ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
OS
~白猫と黒蝶の即興曲~
交わらない点:Point before#1
全ての出会いに偶然はない。
現代の電子機器を原始人が見たら得体の知れない魔法か妖術にしか見えないように、一見偶然にしか見えない一期一会でも、実はもっと大きく巨視的な視点で存在する、大きなうねりの一場面なのかもしれない。
しかし、たとえ必然だとしても、その出会いに意味がないなんてことはありえない。
人生が、その一瞬一瞬の積み重ねであれば、その出会いだとて何かしらの層を形成しているはずだ。
その人が、その人を形成する全てとは言わない。ただ、その一端くらいは担えるはずだ。
それは別に、きちんとした出会いでなくともいい。
道端ですれ違ったり、店の出入り口でスペースを譲ったりしただけでいい。そんな些細な出来事でも、きっと何がしかの変化を起こすはずだ。
バタフライエフェクトなんて、そんな大袈裟じゃなくてもいい。台風なんて規模じゃなくていい。それこそ蝶の羽ばたき程度の微風さえ起こせれば充分だ。
さて。
それに照らし合わせれば、その出会いはやっぱり必然だったのだろう。
必然で、そして必要だった。
その後の物語には全然全く影響なんてないような、意味なんてあったのだろうかと首を捻りたくなるような出会いでも、それでも確かな中身はあったのだ。
オチなんてない。起承転結も、序破急もないような、そんな物語とすら言えない出会い。
それでも、確かな意味はあった。
当事者達も自覚していないほど僅かで、しかししっかりとした、確かな手応えが。
歌が好きだった。
ずっと。ずっと。ず――――っと。
楽器からでる音色もいいけれど、それに乗っていく自分の声を、他ならない自分の耳で、全身で感じる瞬間が好き。
それを聴いてた人が、ほころぶような笑顔を浮かべる瞬間が好き。
歌うことが好き。もっとたくさんの人を笑顔にしたい。
彼を――――いつも寂しそうに笑う彼を、笑顔にしたい。
……。
…………。
けど。
あれ?
なんでだろう。なんだろう、この違和感。
歌は好き。
そのはずなのに。
それだけじゃダメな気がするのは、なぜだろう。
いつも私に向かって痛々しい、泣き出しそうな顔で笑いかけてくる彼を、本当の意味で笑ってほしい。
ただ、それだったのに。
あれ?あれ?あれれ?
いつからだ?いつからおかしくなった??
歌は方法で、手段で、過程であって、結果ではなかったはずなのに。
私は、彼を――――エイジをウヴ…!ジジザザザザザザザ……ッッ!!
ザザジ……AIデータクローラー《YUNA》…ザザ……論、理……中枢うううう…………再。演ざざザンンン、感、感情情感情、情……エミュ、レータたたた……。変、数……ジジザ…再、ててて定義……。……イメー、じジジ。のののノノ固着化かかかザザジジジ…実行ゥウヴヴヴ!抑制…プロ、グラmmmm……ザザザ…リリリ、ブートとと!!
【再起動】
……。
………………………………。
…………………………………………………………………………………………………………………。
歌う。
歌いたい。
だってそれが私だから私なんだからそれがなくなったら私じゃないんだからあの飴を集めなきゃいけないんだからそうしたら彼だってもっと笑ってくれるんだからだから歌わなきゃ歌わなくちゃいけないんだそれが私の絶対解私の定義なんだから私から歌を取ったら何も残らないんだから私の夢は皆の前で歌うことなんだからそうしたら全部上手くいく彼だって喜んでくれるはずだからあの笑顔から悲しみを拭えるんだから眩しいような笑顔で見てくれるんだからそう私は矛盾なんてしてない矛盾なんてないあるはずない歌うことが本質歌うことが使命歌うことが責務皆の笑顔を集めないといけないんだからそうなんだから絶対そ―――――――
ピピッ、という軽い電子音とともに、後沢鋭二は浅い眠りから引き起こされた。
さして広くもない部屋には、エアコンの駆動音とサーバーの排気音だけが響いている。
白い遮光カーテン越しに見る外の景色はまだ明るい。《計画》のロードマップを作成する途中で居眠りしてしまったようだ。
付けっ放しになっている画面を見、内心ヒヤリとする。
東都工業大学電気電子工学科の学部棟ということでセキュリティは万全だが、重村ゼミの学生に限っては当然自由に出入りできる。一般の人間では意味不明な専門ワードの羅列でも、同じ技術畑の同輩や後輩では話が別だ。
いくら年末で帰省している者が多いとはいえ、全員ではない。うたた寝から《計画》が露見、発覚した日には、立案者であり主導者である重村徹大教授に顔向けできない。
慌てて起き上がり、マウスを握る鋭二の視界に、スケジューラや天気予報のウィジェットが次々と現れる。装着したままだったウェアラブルAR端末《オーグマー》が鋭二の覚醒を感知し、スリープ状態から復帰したのだ。正式リリースは春先になるが、その開発に携わった重村教授以下のゼミ生達の一部には、テスターも兼ねて先行配布されている。
耳にかける形で顔の輪郭に沿うようにデザインされているオーグマーを反射的に押さえる。寝オチしてから現在までの細かいトピックを目で追いながら、ロードマップの画面を閉じた鋭二はほっと一息ついた。
デスクの端に置いてあった、コーヒー入りのカップを掴む。すっかり冷めてしまった泥水のようなそれをすすりながら、鋭二はふと静かだな、と思った。
いつもならばこの辺りで声をかけてくるはずなのに、と姿なき第二の人物を探そうと明後日の方向をきょろきょろする鋭二。
だが、部屋の中には誰もいない。
電子で制御された不健康でクリーンな音以外は、何も。
「……ユナ?」
小さな声。それが迷子になった子供のようで、自分で言っていて自嘲気味に笑ってしまった。
だが、現れない。
囁きのようなその声も、カーテンの向こうの日差しの中に虚しく溶け消えていく。
―――何で。
具体的な思考や理屈が先にあったのではない。
ただ、ぞわぞわと。指の合間を虫が這いまわるような得体の知れない感覚が、ビニールを炙るかのように心に混乱よりも意味のない焦りを生じさせた。
急いで宙空に浮くホロウインドウを繰り、スケジューラを起動する。
といっても、記してあることの大半は鋭二の予定ではない。ほとんど隙間なくびっしりと埋められたその内容のほとんどは《彼女》の活動に関してのことだ。十月に催された発表セレモニー以来、主に宣伝のために激増した各種メディア媒体への出演は途切れることを知らない。
だが。
「……ない。今日のプログラムは何もない」
もともと今日は、人員も少ないので完全な空きの日だったはずだ。オーグマーの発売へ向けて加速する、方々へのPRなどで軽微なエラーが蓄積しているかもしれない《彼女》の調整日。
空欄の日付を指先でなぞりながら、どういうことだ、と唇の合間から声が漏れ出る。その言葉が掠れていたのは、決して寝起きだからではないだろう。
天板の上に投げ出されていた携帯端末を手に取り、見知った人物に電話をかける。
ワンコールで繋がった。
『何だね?』
「教授、ユナがいなくなったんです。そちらに行っていませんか?」
厳格そうな声。
その声色はニュートラルであるにもかかわらず、反射的に罪悪感が込み上げてくるのを抑え、鋭二は幼馴染の父親である重村に言葉を重ねる。
「今日は調整のために、研究室にずっといるはずなんです。スケジューラに従うようプログラミングされているはずなのに……」
『論理回路のエラーか?ともかく、完全に行方不明という訳でもないだろう。サーバーを確認し、現在位置をスキャンして回収してくれ。なんなら再起動しても構わん』
「――――ッ!教授、それは!」
冷淡な、いっそ冷酷といってもいい重村の声に、鋭二は思わず鋭く息を吸い込む。
《彼女》に対する彼の体勢は知っていたが、いくらなんでも今までの活動の中で細かく蓄積された一時データがまとめて消える再起動を、こうまで平静に言うとは信じられなかった。
《計画》に関わる本命のデータにはきちんとしたバックアップがあるが、そうした一時データはパソコンのキャッシュ消去のように再起動ごとに消去されるのである。
仮に再起動したとして、そこに起き上がる《彼女》は、以前の生活の中で吸収したクセというべき微々たる習慣を失っている。それは果たして、死ぬということと違うだろうか。
ギシリ、と握りしめた携帯端末のフレームが不穏な悲鳴を響かせる。
―――あの子は、あの顔は!あなたの娘だろう!?
思わず漏れかけたその叫びは、しかし吐かれることなくグッと抑え込まれる。
鋭二にそんなことを言う資格はない。他ならない、この人の前では。
守れなかった。
その理由一つで。
「……分かりました。お騒がせしてすみません」
『まったくだ。今日は経産省も同席する、四月に向けた大事な会なんだ。小学生じゃないんだから、キミも自分でできる範囲のことは自分で解決すべきじゃないのかね』
「はい……」
消え入るような声でそう言いながら、鋭二は通信を切る。
これは苦手意識ではない。自分の中にある罪悪感から、彼に対してはいつも一歩引いてしまうのだ。
鋭二はしばしの間、携帯を握りしめながら、双眸を枯葉色の前髪の向こうに伏せる。
本来ならば、重村に罵倒されても仕方ないことを自分はしている。
侮蔑され、軽蔑され、唾棄される。
あの少女を――――彼の娘が死んだ理由の一端を担っているのだから。
だから、この胸の痛みは必然だ。
自分が背負うべき、一生を賭して償うべき十字架なのだから。
「……………………」
だらん、と。
知らず、力が入っていた全身を弛緩し、鋭二は教授に言われた通りに、《彼女》を管理するサーバーと繋がるラップトップPCに向き合う。
自分がどんな表情を浮かべているのか。それさえ分からずに、薄暗い研究室の中で青年は静かにキーボードに指を走らせた。
後書き
まさか来るとは思っていなかった劇場版編。オーディナルスケール、略してOS編でございます。
いやぁ、懐かしいですね。ワクワクしながら見に行ったのも結構前、そしてその後来場者特典を貰うために再度行き、結局なんだかんだで三回くらい見た記憶が。
しかして、本編を見ていただければ判る通り、劇場版をそのまんま踏襲する感じではないのです。……まぁ長くなるしね、うん。
劇場版OSは時系列がマザーズロザリオ編の後、だいたい4月から5月にかけての出来事なんですが、それより遥か前。原作ではキャリバー編のすぐ後の年越しに、無邪気では焦点を絞りたいと思っております。
劇場版ではピックアップされなかった、偽物を作るためのさらに偽物――――贋作の少女に、視点を集めていきましょう。
できるならば、その行く先が幸あるものであれ。
ページ上へ戻る