ソードアート・オンライン 宙と虹
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二〇二二年、十一月六日。ソードアート・オンラインのサービス開始日。
もちろんほぼサービス開始と同時刻にログインしたので、その熱狂は今でも覚えている。
「うお……すご……」
あまりの興奮に語彙力は、すべて吹き飛んでいた。今自分は、全然別の知らない未知の異世界にいるのだと錯覚するほどにその世界はリアリティに満ちていた。
石畳や石柱、レンガ造りの建物。そのどれもが、現実ではほとんど見かけない物だ。それなのに違和感なく受け入れられるこの世界は、まさに異世界と呼ぶに相応しいと思った。
俺以外のプレイヤーも続々と接続してきて、たちまちゲームのスタート地点《はじまりの街》の中央広場は人でいっぱいになった。
「うわ、ごみごみしてきたな。アイツは……ほっといても大丈夫か。あれで結構なゲーマーだしな」
独り言で苦笑しつつ、人が増えてきて混み入ってきた中央広場を抜けて裏の通りを目指す。
そこにも既に何人かのプレイヤーが散見出来たけど、広場ほどはまだ混んでいない。
メニューを開いて、ステータスを開くとスキル欄が表示されていた。今あるスキルのスロットは二つ。その一つにこの世界で戦っていくための武器であるスキルの両手剣スキルをセットした。
なぜ両手剣なのか、自分でもよく分からないけどいつの頃からかずっと大剣、あるいは両手剣の類の武器をチョイスすることが多かった。単にロマン性に溢れているからなどとは思いたくはないが。
スキルをセットしたら、次は武器。はじまりの街はアインクラッド第一層の面積の約二割を占める大都市なので、かなりの数の店があるだろうが、その中でもどこの武器屋がお得だとかは元ベータテスターくらいしか知らないだろう。
「まあ適当に探して適当に買うか」
しかし、早く戦ってみたくて仕方のなかった俺は歩いてすぐのところにあった武器屋に失礼してこの世界での初めての武器《ツーハンドソード》という何のヒネリもない名前の両手剣を購入した。
それを装備欄の右手にセットした瞬間に背中にズンッという重みが加わる。首を捻ってみるとそこには無骨で何の装飾もない両刃の両手剣が吊るされていた。
「うわ、すごっ。これ現実じゃ絶対に振れないな」
何はともあれこれで戦いに行ける。そう思うと気持ちは自然と昂ってきた。
はじまりの街の東側への城門をくぐって、だだっ広い草原を眺める。本当に異世界だな、と認識を改めてモンスターを探す。少し歩くと、シュワアアンという聞き慣れない効果音が聞こえた。
つい先ほどまで何もいなかった場所に、青いイノシシが突如として現れている。カーソルを見ると赤。見た目通りモンスターだ。名前は《フレンジーボア》。
「よぉし。初戦闘だな」
背中から剣を抜いて正面で構えて、いきなり攻撃を仕掛けてみる。
「はっ!」
自然と気合を入れるためにそんな声が口からこぼれる。上段からの正直過ぎる一撃。ガスッと剣が軋み、鮮血の代わりに赤いポリゴンエフェクトが生じ、HPゲージが二割ほど減少する。
「よしっ!」
ファーストアタック成功の喜びに浸っていたら、イノシシ怒りの突進が炸裂。
「ごふっ」
軽く吹き飛ぶが、後転しながら態勢を立て直す。視界左上に表示されたHPバーを確認すると一割と少しくらい削れている。痛みは無いが、鈍い衝撃が腹を貫く。
「いってて……て、あれ?痛くはないのか。なんか変な感じだな」
剣を構えなおし、もう一度振りかぶる。今度は角度を変えて斬り付けようとしたが、次の瞬間に体が加速した。剣にも橙色のエフェクトがかかっている。スライドするように足が動き、斜め上からイノシシの首を切り裂いて、HPゲージを喰らいつくした。
「うわっ!?」
急に体が動いたことへの驚きと、イノシシが死んだことへの驚きが重なって二倍びっくりしてしまった。驚いたら寿命が縮むとはよく言うが、もし縮むのなら今ので間違いなく二倍縮んだ。
「今のがソードスキル……。すごい早い動きだったな。えっと、こうだったっけ?」
先ほどともう一度同じように剣を構える。するとさっきと勝手に体が全く同じ動き、速度で、剣には橙のエフェクトを纏って斬り払った。
「これは……確かに爽快感あるなあ!」
何回もそのソードスキル、《ブラスト》をおさらいするべく空撃ちする。数回ほどやってある程度体がモーションを覚えて、気付いたのは自分の動き次第で攻撃速度を重ねることが出来るということだった。
「なるほどね……」
これは重要な要素だ、と思った。これはプレイヤースキル上げが捗るな、と苦笑していると、不意に冷たい風が吹きつけた。時計を見ると時間はそろそろ五時半前。
そろそろログアウトするか……と思った矢先に。
楽しいだけの世界が、《ただ楽しい》だけの世界ではなくなった。
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