ソードアート・オンライン 宙と虹
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前書き
茅場さんのチュートリアルが長いので、今回は今までよりも少し長めです。
ゴーン、ゴーン……とどこからともなく荘厳な鐘の音が、草原中、いやあるいはこの世界中で鳴り響く。そのボリュームに思わず誇張ではなく飛び上がる。
「うおわっ!?なんだっ!?」
叫んだ俺の体を、謎の青白い光が包み込んでいく。青い光の向こうで、草原の景色がどんどんと薄くなっていく。全く知らない現象に慌てるが、その時に視界にあるものは既に草原ではなく、はじまりの街の中央広場だった。
「一体どうなってるんだ?」
しかし、思考は停滞せずに続けていた。俺以外にも他のプレイヤー達が広場にはたくさんいた。多種多様な種類の、男女の集まりだ。
人数を見る限り、現在オンラインのプレイヤー全員だろう。全員を集めるために強制テレポートさせるということは運営のアナウンスか何かがあるのだろうが、一体何が起こっているのだろう。
ざわめきを断片的に聞き取っていくと、どうやらログアウトボタンが消えているらしかった。右手を振ってメニューを出すと、確かに昼間そこに存在したログアウトのコマンドはきれいさっぱり消え去っており、ログアウト出来ないことを暗に告げている。
それだけでも十分にプレイヤーの不安を煽るものだったが、さらに追加の爆撃が投下された。
突如、夕闇に彩られた空が真っ赤なシステム警告に覆われていく。
そして、そのパターンタイルから粘度の高い液体のようなものが垂れてくるが、それはすぐに一定の形を成して、俺たちの前に現れた。
それは、赤いローブ姿の人間だった。いや、人間というのは正確ではない。何故ならその赤いローブのアバターには、一切の顔と呼べるものがそのフードになかったからだ。
その赤いローブアバターに言いようのない恐怖を覚えるが、次の言葉でその恐怖は畏怖へと変わった。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
金属質な響きの、男の声。次いで口無き口が告げた言葉は、予想をはるかに超えたものだった。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
その名前は、かつて何度も聞いたことがあった。このSAOの開発ディレクターにして、ナーヴギアそのものの設計者でもある、量子物理学者。ゲーマーなら知らない人間はいないだろう。
しかし、なぜ彼がこんなことを。茅場は、メディアの露出を極力避けており、彼が受けたインタビューが掲載された本も、さほど多くはない。
『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅してることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す、これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
「どういうことだ……?」
茅場の言ったことが、今この状況ではすべて真実であるというのに、頭はそれを否定しようとするし、事実、俺は未だにその言葉が信じられなかった。いや信じようとしなかったというべきか。俺の否定を無視して、淡々と彼は続けていく。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的なログアウトすることはできない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止や解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合……』
少しの間をおいて、静寂に満ちた空間の中、世界の真実がじわりじわりと蝕むように告げられていく。
『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる』
一瞬その言葉が理解できなかった。生命活動の停止。一秒以上かけてその言葉が意味するところを悟った。つまり、死。
今このゲームをプレイしていない誰かが、ナーヴギアを外したり電源を落としたりすれば被っている人間が死ぬ。茅場晶彦は今そう言ったのだ。
『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除また分解、破壊の試みのいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件はすでに外部世界では当局及びマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点でプレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』
一呼吸おかれる。しかし、俺はその先を決して聞きたいとは思わなかったし、聞きたくはなかった。だが、無情に、淡々と、無機質な声は言葉を繋いでいく。
『―――残念ながら、既に二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも、永久退場している』
どこかで、細い悲鳴があがる。それを耳にした瞬間に走る、強烈な寒気。これが現実なのだという、意識の変革。
「うそ、だろ……」
呆然とした声しか出なかった。周りにいる奴らも、みんなその言葉を完全に現実と認識できていない。まだ、単なるデモンストレーションなのではないか……そんな風に思っているのだろう。俺だって、全然信じられない。
『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要は無い。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ている事も含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険は既に低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の身体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』
俺たちの焦りとは裏腹に穏やかに告げた茅場の台詞に、誰かが鋭く反論した。
「何を言ってるんだ!ゲームを攻略しろだと!?ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか!?こんなの、もうゲームでも何でもないだろう!!」
しかし、その声が聞こえたかのように、またしても茅場の言葉は穏やかで、抑揚が薄かった。
『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって《ソードアート・オンライン》は、既にただのゲームではない。もう一つの現実とでも言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』
その先を予測するのは、簡単すぎた。この手の話は、大体お約束のように決まり切ったルールを提示してくることを読み漁った本の知識から知っていた。
『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
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