魔法科高校の劣等生 〜極炎の紅姫〜
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不穏な影
新入部員勧誘週間も今日で四日目。
深紅は今日もため息をつきながら走り回っていた。
敢えて苦労を買って出る必要はない、つまり校庭を見回る必要はないだろうと初日で悟り、通報を受けたらその場に行くやり方をしている。
……にも関わらず、自分の行く先々でトラブルが起こりまくるのは何故なのか。
−−−初日にちょっと目立っちゃったのかもな……。
達也ほど大きな事件に関わってはいないが、初日は校庭を突っ切る巡回をしていたために多くの揉め事に巻き込まれた。
おまけに灼熱地獄や術式解体まで披露してしまったため、悪目立ちしたのだろう。
二科生であるという事もあり、毎日のように嫌がらせを受けていた。
嫌がらせというのは、やたらとトラブルに巻き込まれることだ。
自分の行く先々でどうでもいい揉め事が起こり、また無視するわけにもいかず突っ込むと、自分に向かって魔法が飛んでくるのだ。
……これを作為的だと感じない方がおかしい。
今も通報を受けてトラブルの現場に向かっているところだが、魔法が自分に向かって発動されるのが視えた。
ウンザリしながらも術式解体で魔法を吹き飛ばし、魔法の放たれた方角に目を向ける。
……毎日魔法を吹き飛ばすだけで放っておいたが、流石に深紅も我慢の限界だったのだ。
しかし相手も然る者で、彼女の視界に姿が入った瞬間ものすごい速さでその場を去っていった。
−−−これ以上の追跡は、時間の無駄にしかならないわね。
追いかけることを諦め、最初に向かっていた通報現場の方に足を向ける。
……彼女が得た犯人の手がかりは、細身の男子生徒だということと、右手首につけられた、赤と青の線で縁取られた白いリストバンドだけだった。
♦︎♢♦︎♢
「達也、深紅。今日も委員会か?」
帰り支度中の深紅と達也に、カバンを持ったレオが声をかけた。
「今日は非番だ。勧誘週間も終わったしな」
「やっとゆっくりできるよ……」
疲れ切った感を強く出す二人に、レオは思わず苦笑を浮かべた。
「大活躍だったもんなぁ」
「勘弁してよ」
「少しも嬉しくないな」
憮然とした顔でため息をつく二人に、レオは噴き出しそうになるのを必死で我慢する。
「今じゃ有名だぜ。
達也の方は、魔法を使わず並み居る魔法競技者を連覇した謎の一年生。
深紅の方は、二科生にして超高位魔法を操る紅姫ってな」
「えっ……」
レオの言葉に深紅は驚きを隠せず声をあげた。
「紅姫って……」
誰か不知火家に詳しい人でもいるのだろうか、と。
紅姫は、女性の火神子……つまり自分のことを指し示す言葉だ。
「あぁ。深紅ってさ、髪も一房紅いし目も紅いだろ。おまけに加熱魔法を使うからってそう呼ばれてるんだ」
レオのあっけらかんとした物言いに、深紅は安堵のため息をついた。
−−−不知火のことを知って言われたわけじゃないのね。……偶々ドンピシャのあだ名だったけで。
「深紅の紅姫はわかる。でも、俺の場合謎のってなんだよ……」
「一説によると、達也くんは魔法否定派に送り込まれた刺客らしいよ〜」
突然ひょっこりと顔を出してそう言ったのはエリカだ。
「誰だよ、そんな無責任な噂流してるは……」
達也は驚きもせず、ますます顔を渋くする。
「えっ、あたし〜」
「おい!」
「もちろん冗談よ。噂の中身は本当だけどね」
「タチの悪い噂ね」
深紅も若干渋い表情だ。
「わたしも、紅姫って響きはいいけど、一週間に三回も死ぬ思いをしたよ?」
「俺の方もだ……」
「今考えるとさ、よく無事だったよね、わたしたち」
「あぁ。本当だ」
「今日からデバイス携帯制限が復活しますし、もう大丈夫なんじゃないですか?」
美月からかけられた慰みの言葉に、深紅と達也は大きく頷くのだった。
♦︎♢♦︎♢
生徒会の昼食風景も、前とは随分様変わりしていた。
まず、ダイニングサーバーの使用はめっきり減った。
摩利につられて、深雪、深紅、真由美もお弁当を作って持ってくるようになったからだ。
そしてメンバーが増え、あずさはほぼ毎日(強制的に)生徒会室で昼食をとるようになっていた。
「達也くん」
昼食も食べ終わる頃、いきなり達也に摩利が話しかけてきた。
本人はさりげないつもりなのだろうが、野次馬丸出しの笑みが隠しきれていない。
達也はほとんど無意識に、構える。
「昨日、二年の壬生をカフェで言葉責めにしたというのは本当かい?」
「……先輩も淑女なんですから、言葉責めという言葉を使うのはやめたほうがいいのではないでしょうか」
微かに間を開けてなんとか返した返答は、少し焦点のずれたものだった。
「ハハッありがとう。あたしを淑女扱いしてくれるのは達也くんぐらいだよ」
「そうなんですか?自分の彼女をレディとして扱わないなんて、先輩の彼氏はあまり紳士的ではないようですね」
「そんなことはないっ!シュウは……」
そこまで言って、摩利はハッとしたように口をつぐんだ。
「………………」
しばらく、無言が続く。
「何故、何も言わない」
「何かコメントした方がいいですか?」
摩利の視界に、豊かな黒髪が波打つのが見えた。
不本意ながらそちらに目を向けると、案の定真由美が肩を震わせて笑っていた。
「……それで、二年の壬生を言葉責めにしたというのは本当かい?」
摩利はどうやら、今の会話をなかったことにしたらしい。
達也は一つため息をつき、
「そんな事実はありませんよ」
とだけ言った。
「そうなのか?壬生が顔を真っ赤にして恥じらっていたという目撃情報があるのだが」
摩利がそう言った瞬間、生徒会室に奇妙な現象が起こった。
達也の左隣からは、強い冷気が漂い、
達也の右隣からは、強い熱気が漂う。
深雪は俯いて、長い髪で表情を隠しているが、深紅は達也の顔をアルカイックスマイルを浮かべ見つめている。
「お兄様、一体何をしていらしたのですか?」
「達也、一体何をしていたの?」
氷の女王と炎の女王の声が、重なる。
「ま、魔法……」
そう呟いたあずさの声には、怯えが混じっていた。
「よっぽど事象干渉力が強いのね……」
そういう真由美の声には、感心したような響きがあった。
「深雪も深紅も落ち着け。きちんと説明するから、魔法を抑えろ」
そう言われて、深雪はゆっくりと息を吐き、深紅はずっと目を閉じた。
室内を漂っていた冷気と熱気が収まる。
「申し訳ありませんでした……」
「すいません……」
魔法を暴走させてしまったことに羞恥を感じ、深雪と深紅は頬を赤らめる。
「夏場は冷房いらず、冬場は暖房いらずね」
場を和ませる、というよりは、自分を落ち着かせるための真由美のジョーク。
そして達也はその場の全員に、壬生 沙耶香との会話を正確に再現し、聞かせた。
「どうも風紀委員の活動は、生徒の反感を買っている面があるようですね」
最後にそう締めくくる。
真由美と摩利の顔は、同じように曇っていた。
「点数稼ぎのために強引な摘発、なんてあるんですか?
わたしはこの一週間、そんなことは少しも見聞きしなかったのですが……」
首を傾げながらそうこぼす深紅に、摩利は首を横に振ってみせた。
「それは壬生の勘違いだ。思い込み、かもしれないがな。
風紀委員は全くの名誉職で、成績には関係がない」
「でも、風紀委員が校内で高い権力を持っているのもまた、事実。学校の現体制に不満を持っている生徒には、そう見られても仕方ないかもしれないわね。
実際には、そう印象を操作している輩がいるのだけど……」
真由美の回答に、達也と深紅は小さく驚きを感じる。
思いのほか、根の深い話らしい。
「正体は分かっているんですか?」
彼としては、当然の質問だった。
「えっ?ううん。噂の出所なんて、そう簡単に特定できるものでもないから」
しかし真由美と摩利にとっては、予想外の質問だったらしい。
二人の顔には、ハッキリとした動揺が浮かんでいた。
そしてその時、深紅の脳裏にはつい先日見た、赤と青の線で縁取られた白いリストバンドをつけた男子生徒の姿が再現されていた。
「例えば、ブランシュ、のような奴ら……」
思わずそう呟いてしまうと、動揺が驚愕に変わった。
硬直する真由美と摩利。
「深紅も見ていたのか?」
「うん。達也もだったのね。あのリストバンドを、わたしも見たわ」
「何故、その名前を……」
「噂の出所を全て塞ぐなんて、それこそ無理な話ですから」
深紅が……そして達也が見たリストバンドは、反魔法国際政治団体『ブランシュ』の下部組織、『エガリテ』のシンボルマークだ。
「こういうことは、中途半端に隠しても悪い結果にしか繋がらないものですよ。
いえ、会長のことを責めているのではなく、政府のやり方が下手だと言っているだけなのですが……」
達也がそう言っても、真由美の表情は晴れなかった。
「ううん。達也くんの言う通りよ。彼からがいかに理不尽な存在であるか、そこまで含めて情報を行き渡らせることに努めれば、隠すよりも効果的な対策を取れるのに、私たちは正面から対決することを避けて……いえ、逃げてしまっている」
「それこそ仕方ないでしょう。国立の学校運営に関わる生徒会役員が、国の方針に縛られるのは仕方ありません」
達也の言葉に戸惑ったような表情を浮かべる真由美に、
「そうですよ。会長の立場では、秘密にしておくのも仕方ありません」
深紅もそう声をかける。
「えっと、フォローされたのかしら……」
真由美が戸惑いながら言った言葉に、
「でも、追い詰めたのも司波くんと不知火さんですよね……」
ボソッと呟くあずさの一言。
そして、摩利からも追撃があった。
「自分で追い込んで自分でフォローする、ジゴロの手口だね。真由美もすっかり籠絡されているようだし」
「達也はともかく、わたしがジゴロというのは無理がありませんか」
「おい深紅、俺はともかくとはどう言うことだ?」
「達也は男でしょ?」
「なんか違う気がするが……」
「ちょ、ちょっと摩利!私は籠絡されてなんかいないわよ!」
「そうか?顔が赤いぞ真由美」
「摩利!」
♦︎♢♦︎♢
「…………さてと、そろそろ時間ですから、俺たちは失礼しますよ」
ようやくじゃれ合いをやめた真由美と摩利に声をかけ、達也は席を立った。
それに続いて、深紅と深雪も立ち上がる。
「あぁ、ちょっと待ってくれ。達也くん、返事は結局どうするつもりなんだい?」
「 別に……返事を待っているのは俺の方ですから」
−−自分の意見を学校側に伝えて、それからどうするんですか?−−
達也が沙耶香に向けて放った最後の問いに、沙耶香は答えることができなかった。
だから達也は、彼女に宿題を出したのだ。
自分の意見がまとまったら、もう一度声をかけてほしい、と。
「今の話を聞いて、放っておけることではないとわかりましたから」
「……頼んだぞ」
「自分のできる範囲のことは、やりましょう」
達也は最後に一礼し、生徒会室を出て行った。
深紅と深雪もそれに続いて行くのだった。
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