魔法科高校の劣等生 〜極炎の紅姫〜
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有志同盟
前書き
今回はオリジナル要素がかなり少なめです。
『全校生徒の皆さん!』
授業が終わり教室のみんなが帰り支度をしている時、ハウリング寸前の大音声がスピーカーから流れた。
「何だよ一体こりゃぁ」
「ちょっと落ち着きなさいよ、暑苦しい!」
「……エリカちゃんも落ち着いて」
何人かの生徒が慌てふためく中、
『失礼しました。全校生徒の皆さん!』
今度は少し決まりが悪そうに、同じセリフが流れた。
「ボリュームの絞りをミスったようだな」
「達也、そこをツッコンでる場合じゃないと思うよ」
深紅もね、とエリカは思ったが、口には出さなかった。
『僕たちは学校内の差別を撤廃する、有志同盟です』
「……達也、この前のことと関係があるよね?」
「あるだろうな……ほぼ間違いない」
達也が沙耶香に聞いた「待遇改善要求」は、深紅もすでに知っている。
この放送ジャックはその「待遇改善要求」のためのものだろう、とすぐにわかった。
『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』
「ねぇ、行かなくていいの?」
机に座ったままスピーカーに目を向けていた達也と、その机のすぐ横に立っていた深紅に、エリカがそう声をかける。
その声音は、ワクワクとした感じを隠しきれていない。
「……そうだな、行ってくるか」
ちょうどいいタイミングで、深紅と達也の携帯端末が震えた。
委員長からのお呼び出しだろう。
「じゃあね。エリカ、美月、レオ」
深紅は緊張感のかけらもない声、表情で、三人に手を振り、達也と一緒に教室を出て行った。
♦︎♢♦︎♢
途中で会長に呼ばれた深雪と合流し、放送室前に向かう。
そこには既に、摩利と克人と鈴音、風紀委員会と部活連のメンバーが顔を揃えていた。
「遅いぞ」
「すみません」
摩利からのポーズだけと叱責に、ポーズだけの返す。
みんなが中に踏み込んでいないのは、扉が閉鎖されてる所為だろう。
犯人たちは、なんらかの方法で放送室のマスターキーを手に入れたらしかった。
「明らかに犯罪行為じゃない」
「その通りです。だから私たちも、これ以上彼らを暴発させないよう慎重に行動すべきでしょう」
呟いた深紅は完全に独り言のつもりだったが、鈴音はそうは思わなかったらしく真面目な返事を返した。
「こちらが慎重になったからといって、相手側が聞き分けよくなるとはあまり思えない。
多少強引でも早々に解決するべきだ」
すかさず摩利が口を挟んできた。
意見の対立が膠着状態を生んでいるのだろう。
「わたしも委員長に賛成です。このままここで止まっていても、ことは進まないでしょう」
深紅も摩利に同意を示す。
彼女は別に好戦的なわけではないが、モタモタと待つのはあまり好きじゃないのである。
「十文字会頭はどうお考えなんですか」
この達也の質問に、みんなから意外感をたたえた視線が彼に返ってきた。
達也自身出過ぎていると思ったが、膠着状態を放置するよりいいだろうと考えた結果だ。
「俺は交渉に応じてもいいと考えている」
「では、この場はこのまま待機したほうがいいと」
「それについては判断しかねる。
明らかな不法行為を放置すべきではないが、学校施設を破壊してまで対処しなければならないほどだとは思わないからな」
克人のスタンスはつまり、鈴音に近いもの。
達也は深紅と摩利からの不満げな視線を受けながら、一礼して引き下がった。
そして、携帯端末をブレザーの内ポケットから取り出した。
音声通話モードを立ち上げる。
「壬生先輩ですか?司波です」
ギョッとした視線が数本達也に向けられた。
「それで今どちらに……放送室ですか。それはお気の毒です」
そんな視線を完全に無視して、達也は会話を進める。
「十文字会頭は交渉に応じると言っています、生徒会長も……同様です」
鈴音からのジェスチャーを受け取り、微かに間を開けながらも真由美の意向を沙耶香に伝える。
「ということで、交渉についての打ち合わせを行いたいんですが。……ええ、今すぐです。……はい、先輩の自由は保証しますよ……では」
通話を切って、達也は摩利の方に向き直った。
「すぐにでてくるそうです」
「今のは壬生沙耶香か?」
「えぇ、待ち合わせのためにと教えられていたプライベートナンバーが思わぬところで役に立ちましたね」
達也の背後で、深雪が微かに俯いた。
長い髪で、ムッとした表情を隠すためだろう。
また達也の右隣で、深紅はスッと目を閉じた。
湧き上がった微かな苛立ちを抑えるためだろう。
「まったく手が早いな、君は」
「誤解です」
摩利との会話に意識を向けていた達也がそれに気づかなかったのは、幸運か、不運か。
少なくとも、深紅も深雪もここで達也の足を踏みつけるなどの暴挙にでないほどは、分別のある人だった。
「それより態勢を整えるべきだと思いますが」
「態勢?」
何言ってるんだ?という目で聞き返す摩利に、何言ってるんですか?という目を向ける達也。
「君はさっき、自由の保障すると言っていたじゃないか」
「俺が自由を保障したのは壬生先輩だけです。
それに俺は、風紀委員会を代表して会話をしているとは一言も言っていませんよ」
これには摩利だけでなく、克人も鈴音も、呆気にとられたような顔をした。
この場でのただ二人の例外は、達也を軽く避難する。
「まったく、悪い人ですね、お兄様は」
「本当に意地悪な言葉遊びが得意ね、達也は」
「今更のことだろう」
「フフ、そうですね」
「変わらないわね」
深雪の方は、どこか楽しげな口調で。
深紅の方は、どこか呆れたような口調で。
「でもお兄様。わざわざ壬生先輩のプライベートナンバーを保存していらした理由は今更ではありませんので、後ほど詳しく話を聞かせてもらいますね?」
深雪は満面の笑みで、さらにこう付け足した。
深紅はどうやら、この場は深雪に全てを任せることに決めたようだった。
♦︎♢♦︎♢
「私たちを騙したのね?!」
放送室を占拠していたのは、沙耶香を含める五人。
そして沙耶香以外の四人は風紀委員に拘束されていたが、沙耶香はCADを没収されるだけにとどまった。
摩利が達也の名誉に配慮か結果だ。
「司波はお前を騙してなどいない」
達也を更に言い詰ろうとした沙耶香の背中に、克人が重く低い声をかける。
「十文字会頭……」
「お前たちの言い分は聞こう。交渉にも応じる。だが、お前たちの言い分を聞くことと、お前たちのとった行動を認めることは別問題だ」
沙耶香の態度から、急激に攻撃性が失われる。
克人の放つ迫力に、沙耶香の怒りは呑まれていた。
「それはまぁそうなんだけど、彼らを放してあげてもらえないかしら」
その時、この声と一緒に小さな人影が達也と壬生の間に割り込んだ。
「だが真由美」
「言いたいことは理解してるつもりよ、摩利」
反論の構えをとった摩利の言葉を、真由美は途中で遮った。
「でも、壬生さんだけじゃ打ち合わせはできないでしょ?
それに、彼らはこの学校の生徒なんだから、逃げるという手段も取れないわ」
「私たちは逃げたりしません!」
真由美の言葉に、沙耶香が反射で噛み付く。
真由美はそれを、完璧に無視した。
「先生方は、これらのことを全て生徒会に任せるそうです。
ということで壬生さん、これから打ち合わせをしたいのだけど、ついて来てもらえるかしら」
「……構いません」
「十文字くん、お先に失礼するわね」
「承知した」
「摩利ごめんなさい、手柄を横取りするみたいで気がひけるのだけど」
「手柄のメリットなどないから気にしなくていい」
「そうだったわね。
じゃあ達也くんも深紅ちゃんも深雪さんも、もう帰っていいわよ」
意表を突かれ、三人は一瞬黙り込んだ。
「はい……それでは失礼します」
一番先に回復したのは深雪。
一礼する深雪に続いて、深紅と達也も無言で頭を下げ、その場を去った。
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