【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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番外編
【番外編】カルラ様の受付
「うーむ」
魔国ミンデア宰相アルノー・ディートリヒは、魔王城にある宰相用の執務室へ向かう途中、通路で唸るような声を出してしまった。
「宰相様、お考え事でも?」
少し斜め後ろを歩いていた従者が、その唸り声を拾った。
「……まあ、非常に大きな懸念が発生してな。心配していたところだ」
「なるほど。国の将来を日々憂慮されているはずの宰相様を、さらに苦悩させる新たな懸念――。さぞ壮大で深刻なものなのでしょうな」
皮肉たっぷりに言った従者だが、宰相のほうはその真意を拾えなかった。
「うむ。リンドビオル卿が前に人間を捕らえ、生かしたまま奴隷として使っているらしいのだが……。そやつがどうもこの王都内で開業し、店をやっているらしいのだ」
「私も耳にしておりますが、魔王様ご承認とも伺っております。それが宰相様の懸念なのですか?」
「いや、それ自体はまあどうでも良い」
首をひねる従者に対し、宰相が続ける。
「問題はカルラ様がその人間に弟子入りし、店の受付をされているらしいということだ」
「最近カルラ様があまり街をフラフラされないと思ったら、そのような事情があったのですね……。ですが、その件も魔王様ご承認の上なのでは?」
「そうなのだ。魔王様とリンドビオル卿とカルラ様の三人で決めてしまったらしい」
「そのお三方で決められたのであれば問題ないように思えますが」
「問題ないわけがない。カルラ様が特定の人物……しかも人間のもとに通っているなど、もってのほかだ」
「はあ」
「カルラ様の身が心配だ。いまさら弟子入りを覆すわけにはいかんが……。ふむ、一度その店を視察に行こうか」
良いことを思いついたと言わんばかりに、手をたたく宰相。
しかし従者はそれに対し、ため息を一つ挟んでから答えた。
「その奴隷殿の店は、かなり忙しいと聞いております。宰相様の視察であれば現場はその対応をしなければなりませんし、当面は控えたほうがよろしいのでは? 業務の邪魔をしてカルラ様に嫌われても知りませんよ」
嫌われても――という言葉で、宰相の肩がぴくっと反応した。
「……それくらい考えがないはずないだろう。私は宰相だぞ」
さっそく準備をしようということで、宰相は行き先を変更し、執務室とは別の自室に向かった。
従者からポツリとつぶやいた「まあたいそう深刻なお悩みで」という言葉も、耳には入っていないようだった。
***
「なぜ人間にこんな良い立地で店をやらせるのだ。リンドビオル卿の考えは理解に苦しむ」
宰相はマコトの治療院の前に到着すると、従者に対しそんなことを言い出す。
「ここがたまたま空いていたからでは? といいますか、なぜ私まで変装する必要があったのでしょう」
「お前もカルラ様に顔を覚えられているだろう」
二人とも、仙人のような長く白い付け髭を顎と鼻下に貼っている。
そう。宰相は変装し、客として潜り込もうというつもりだったのである。
従者が「無駄な努力になる気がしますがね」と言いながら、治療院の扉を開けた。
正面にある受付には、誰もいなかった。
宰相の視線の先は受付から待合室のほうに移る。
待合室にはすでに中年の男性客が一人、椅子に座って……いなかった。
なぜか床に座り、ひれ伏すような姿勢で紙に何かを記入している。
「ねえ、せっかく椅子あるから。受付表は座って書いてー」
「そ、そうは申しましても……カルラ様を立たせて私が座るわけには」
「だめー。座って。マコトからもそう言われてるから。ボクがおこられるー」
「そ、そうですか……。ならば座らせていただきます」
中年男性が恐縮しながら椅子に座る。
(ん? 変なやり取りだな。どういうことだ?)
(カルラ様は街に出ることが多かったので、顔を覚えている者もいるのでしょう。相手が魔王位継承権者だと知っていれば庶民は当然畏まります)
(なるほどな)
(しかしこれは好手ですね。カルラ様が受付なら、たとえ働いているのが人間の奴隷であろうが、トラブルは起きにくいでしょう)
(……)
椅子に座った男性が受付表を書き始めると、カルラは変装した二人のほうにやってきた。
「おはようございますー。えっと、いまここにいる人以外にも待ってるひとがいるから、整理券を……あれ? アルノーと、いつもいっしょにいるひとだー。なんでそんなかっこしてるの?」
(宰相様。早速おバレあそばされていますが?)
(な、なぜだ……?)
「今日は『しさつ』なの?」
「あ、ああ、いえ。視察というほどでもありません。チラッと中を見たいと思っただけです、ハハハハ」
「そうなの? 何か用意したりしなくていいのー?」
「いえいえ! 大繁盛でお忙しいと思いますので。特にカルラ様にご対応していただくことはございません。すぐに帰りますから」
「はーい」
宰相は逃げ出すように治療院から撤退したのだった。
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