千雨の幻想
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8時間目
――麻帆良学園のどこか――
「ふむ……これで関係者は全員集まったかの?」
長いひげを蓄えた老人がその場に集まる人々を見渡し、そう告げる。
四角に並べられた長机には先日の夜に集まった以上の魔法使いたちが着席し、静かにそのぬらりひょんのような老人の動向伺っていた。
「では、昨夜現れたという謎の魔法使いについての報告をしてもらおうかの」
「なら私から」
老人――学園長である近衛近右衛門の要請にこたえるように立ち上がったのはしずな先生。
「全員に配った資料にあるように昨夜現れた魔法使い、便宜上『彼女』としますが、彼女は年齢容姿共に不明で目撃した人の証言から女生徒の制服を着用していたことからおそらく女子生徒と思われます。また、これはエヴァンジェリンさんや茶々丸さんにも確認したことなどですが、彼女を目撃したはずの全員の記憶から『狐の面をした女生徒』以外の印象を誰も答えられず、茶々丸さんの記録にも靄がかかったかのように曖昧な画像しかプリントアウトできなかったことから高位の認識阻害の魔法を使用していると思われます」
彼女は手にしたプリントに目を通しながら狐の面の少女の特徴を読み上げる。
「戦闘能力はエヴァンジェリンさんが油断していたとはいえ一時追い詰められるほどの力を有し、茶々丸さんを容易に無力化したことから並の魔法生徒では太刀打ちできないと思われます」
その発言に苦々しいそうに顔をゆがめるの昨夜使い魔を放った女生徒と、それをなだめる大人しそうな少女。
彼女たちも現場にいたが片やまったく相手にされず、片や何もできずに動けなかった者だ。
「過去の事件を洗い直しましたが彼女が出現したのは今回が初めてで、それまでは一般生徒に紛れていたたものと思われます、現在までで判明していることは以上です」
そう言って着席する。
今述べたことは昨夜の確認のようなもので、現状では一切何もわかっていないと言っているようなものだった。
「ふむ、確認された通りじゃと素手の格闘に雷の暴風のような魔法、さらに小太刀も使い瞬動もなかなかの腕前……これほどに多彩な人物は久々にみたの」
「ええ、できればスカウトしたいくらいです」
学園長の言葉に別の魔法先生がそういってうなずく。
「しかし、彼女が我々に何も知らせずにこの麻帆良学園に侵入したという事実は否めません、速やかに発見し処罰する必要があるでしょう」
「ですが一体どこを探すというのです、いくら女生徒と言えどもこの学園の生徒の半数を虱潰しに探すわけにはいきませんよ」
「次に彼女が姿を現した時に捕獲すれば」
「いえ彼女に普通の攻撃は通用しませんわ、私たちの魔法をまるで無いかのように無視して素通りしてしまいますもの」
攻撃的な意見もでるものの、すぐに別の意見に塗りつぶされる。
それほどにこの事態は難航していると言えた。
そうして提案と否定を繰り返し、会議が膠着状態へと移ったころ、一人の生徒が会議室を訪れた。
「ふん、やはり何もわかってはいないようだな」
その声を下方向へ皆顔を向ける。
そこにいるは齢600を超える吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。
「どうせこんなことだろうと思ったから、いいものを持ってきてやったぞ」
得意げに笑う彼女。
それに対し物腰柔らかに高田先生が話しかける。
「それでエヴァンジェリン君、何を知っているんだい?」
「まあ私もそれほど詳しくはないが、奴の目的と奴が所属している組織、いや里がわかったくらいか」
その発言に全員の間に動揺が走る。
今の今まで話し合ったが結局わからなかった部分が明かされるというのだから無理もないだろう。
「では教えてくれんかのう」
「ああ、無論そのために来た……友人の頼みでもあるしな」
最後の言葉は小さくて一部のものにしか聞き取れなかったが、それでも彼女が何か難しい表情をしたのだけは見て取れた。
「アヤツは麻帆良学園の魔法使いでも魔法世界の魔法使いでもなく、幻想郷の魔法使いだ」
幻想郷。その言葉に一人を除き、皆は首をかしげる。
「ふむ、大昔に祖父からそのような話を聞いたことがあるの、なんでも日本のどこかにある妖怪と人間が共存する隠れ里じゃとか」
「ほう、さすがぬらりひょん知っていたか」
ぬらりひょんではないのぅ、という学園長を無視し彼女は続ける。
「じじぃの言った通り幻想郷は日本のどこかにある結界に閉ざされた隠れ里、普通の人間ではまず到達できず、この世から忘れ去られた妖怪や物がたどり着くらしい」
「ふむ、聞いたことはないけどその幻想郷の魔法使いがどうして麻帆良学園にやってきたんだい?」
高畑先生が問う。
「手紙によればやってきたというよりは元からここにいたらしいが……、あやつの目的は『卒業』だ」
「はい?」
その答えに素っとん狂な声を上げたのは誰だったか、いや声には出さずとも皆心の中で同じような疑問符をあげていたことだろう。
「あやつはまだ年端もいかぬ子供らしいからな、高校を卒業するまではここで過ごすそうだ」
「卒業……、ああだからあと四年なんて言っていたのか」
高畑先生は昨夜の出来事を思い出し納得するかのように手をうつ。
「となると彼女は中学三年生といったところかのう? それでもまだ特定するには至らぬが」
「さあな、正体に関してはこれにも書かれてはいないが、それよりも私は貴様らに忠告しにきた」
忠告、と聞いて場の空気が変わる。
「”あいつに手を出すな”それがこの手紙からの主の忠告だ」
そう言って手に持った手紙をひらひらと見せつける。
「その手紙は誰からのものですか?」
「答える義理はない」
「……なぜ、と聞いてよいかの?」
「さあな、あいつの考えることは昔からよくわからん、ただ手を出したが最後悲惨な運命をたどることは確かだ」
そう断言する彼女の言葉には何か、必ずそうなると確信しているかのような思いが見て取れた。
普通の人間ならいざ知らず、闇の福音と恐れられた彼女が言うのだからそれは相当のことだろう。
「ふむ……、ならこのまま彼女を無視していくのがよいのかの?」
「それが最善だな、幸いにもアヤツは麻帆良学園にも魔法使いにも興味はないらしいし、四年まてば勝手に解決するだろう、……じゃあな」
「ああ、ちょっと待ってくれないかい?」
そう締めくくり、この場を去ろうとするエヴァンジェリンを高畑先生が呼び止める。
「なんだ、言いたいことは言ったからもう帰るが」
「最後に一つ、彼女が言った『魔法使い』とはどういう意味かわかるかい?」
魔法使いとはこちらでは単に魔法を使える人間という意味でしかない。
麻帆良での分類を細かく言えば、魔法を使える先生を魔法先生、魔法を使える生徒を魔法生徒と呼んでいるくらいだから、あまり重要な言葉ではない。
立派な魔法使いくらいになるとそれは重要な意味を持つが、今はそれに触れないでおこう。
「……私も今朝思い出したばかりだが、昔そういう奴らがいたな」
「それは我々とどう違うのでしょう」
一人の魔法生徒が問う。
「貴様らとの違いは簡単だ、貴様らは人間の魔法使い、あいつは魔法使いの魔法使いだ」
「? ですからそれは我々と一緒なのでは?」
「いいや全然違う、あれは人間を止め魔法使いという種族に転化した人外どもだからな」
その言葉に皆が愕然とする。
通常魔法使いになるのに人間を止めるといった事柄は含まれない。才能さえあれば教えを乞うことによって多くの人間が魔法使いになれているのだからその必要などないともいえる。
「そ、そんな非人道的なことがあり得るのですか!?」
「ああ、今ではすっかり廃れた手法だがな」
あくまでも通常では、だが。
「アヤツらは人間の時よりも膨大な魔力を有し、さらには魔法を手足のように行使してくる、半人前と言っていたからまだそこまでではないかもしれんが、少なくとも並大抵の魔法使いどもでは手足もでんだろうな」
それほどまでに人間と魔法使いという種族の間には埋めようのない差がある、と彼女は言外に言っていた。
――幻想郷、博麗神社境内――
夜、そこでは妖怪や人間、はては妖精までも集まり騒がしくも煌びやかな宴が催されていた。
鬼も人も天狗も、皆が等しく盃をかわし、皆が皆楽しくはしゃいでいる。
「……」
その中で未成年という観点から一人だけ酒を飲まず、あちらから持ってきたジュースに口をつけている。
初めは戸惑っていた千雨も慣れたもので、もうこの宴会に参加するのが当たり前となっている。
そうやってこの騒がしい宴を楽しく見守っていた千雨に話しかける人、いや鬼がいた。
「おおぉ~千雨~、あんたも飲んでるかい?」
「あ、萃香さん」
”不羈奔放の鬼”伊吹萃香。
両側頭部から長くねじくれた角をはやし、紫の瓢箪を携えた鬼が彼女の元へやってくる。
「いや、私は一応未成年だからさ、せめて本格的にこっちに移住するまではお酒は飲まないようにしてるんだ」
「ええぇ~、せっかくのいいお酒なのにね」
「あはは、すいません」
「まあ仕方がないよね、……ああそうだ思い出した」
残念がる萃香だったが急に何かを思い出し、千雨に問いかける。
「千雨さ、たしか近々京に行くって言ってたよね?」
「京……、ああ修学旅行で京都に行くって話をしたような」
「うんうん、なら一つ教えておきたいことがあるんだ」
彼女は怪しげに、楽しそうに微笑みこう告げた。
「リョウメンスクナノカミって知ってる?」
後書き
次回、京都編
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