千雨の幻想
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9時間目
4月22日、火曜日。 就学旅行初日。
麻帆良学園は当然のことながら学校である以上通常のそれと同じ行事が存在する。
修学旅行もその一つで普通の学校と異なる点と言えば旅行先が選択制になっていることくらいだ。
ネギ先生率いる3-Aや3-D、3ーH、3-J、3-Sの五組は京都から奈良を五日間に渡り訪れる計画となっている。
一般生徒として過ごしている千雨もその行事に参加し、楽しい思い出の一つにでもしようと考えていた。
……新幹線に乗る前までは。
「か、かえるだあああああああああああああああああ!!?」
新幹線に乗り皆が騒がしく遊び始めて数分後、どこからともなくカエルが大量発生した。
しずな先生の水筒や生徒の持ってきたお菓子の中からなど、至る所からカエルが跳びだし車内は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
「…………うるせぇ」
その惨状の中静かに音楽を聴いていた千雨はあまりの騒音にイヤホンを外して辺りを確認する。
(カエルっつてもこんな大量に忍び込めるわけがねえ、ってことは)
その時一匹のカエルが千雨の顔目掛けて跳躍する。
カエルが顔に触れるかどうかという距離まで来た刹那、千雨はそれを素手で掴みそのまま握りつぶす。
「……こうなるよな」
手を開けばそこに会ったのは無残なカエルの死体ではなく、どこにでも売っていそうなたけのこの形をしたお菓子だった。
(だれかが魔法、いやこの感じは呪術か? まあいい、そのどっちかを使ってこのあたりにカエルに変えるように仕掛けたっつうわけだ……、ふざけやがって)
憤りを覚えつつも、犯人が分からないのでは何もできず。とりあえず手の中にあるそのお菓子をぽいっと口のなかに放り込み、再び音楽に集中し始める千雨だった。
「ふふ、ふふふ、ふふふふふ…………」
とある旅館の客室。
千雨は一人、怪しげな笑い声を漏らしていた。
今現在は夜、修学旅行1日目が終了しようかという時間だが、もちろん何事もなかったわけではない。
なぜか道中には落とし穴があり、音羽の滝には酒が混入され、あわや修学旅行中止の危機に立たされた。何とか誤魔化すことができたが、千雨の我慢は限界点まで達していた。
「何処のどいつか知らねえが、これはもう私に喧嘩売ってるってことでいいよなぁ」
実際にはネギ個人への嫌がらせだったのだが、そんなことは千雨の知る由もない。
たとえ事実を知っても、修学旅行に水を差され、イライラを溜めに溜めた今の千雨にはそんなことなどもうどうでもいいことだろう。
「念のために装備一式持っておいて正解だったぜ、目にもの見せてやる……」
そう危ない決意を胸に抱いたとき、ふと千雨は時計を見る。
「ああもうこんな時間か……、さっさと風呂に入るか」
着替えなど必要なものをまとめ、露天風呂へと向かうと先客がいた。
「ん、桜咲か」
「長谷川さん、ですか……」
脱衣所への暖簾をくぐろうとしていたのは出席番号15番、桜咲刹那。
「あんたも今から風呂か?」
「ええ……」
そう言うと先に中へ入ってしまう。
それに続き千雨も中へ入る。
「しかし、桜咲がこんな所へ来るとは意外だな」
「……何でですか?」
服を脱ぎながら話しかける千雨に同じく脱衣しつつ返す刹那。
「いや今さっき知ったんだが、ここって混浴らしいからな」
「な!?」
「まあ、せっかくの露天風呂だからな一回くらいなら入ってみてもいいかと思ったが、……嫌ならやめとくか?」
「い、いえ、大丈夫です」
必要なもの以外を脱衣かごに納め、二人は浴場へと入る。
そこはまさに露天風呂といった風体で、竹でできた敷居や湯を囲む岩々など和を重視した味わいのある設計となっている。
刀を浴室へ持ち込む刹那に若干呆れつつも、露天風呂を壮大さへ関心し、あたりを隅々まで見回す。
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、なにも……」
そう誤魔化した千雨だったが彼女はこの場にいた先客たちに気付いていた。
(まさか先生とオコジョが先に入ってたなんて……、混浴だってのを知らなかったんだろうな)
一応素肌をできるだけ隠し、千雨は一人シャワーがある方へ向かう。
反対に刹那は湯へと向かい、刀を床に置き体に湯をかけ始める。
そこで何かぶつぶつと呟いているようだったがシャワーを浴び始めた千雨には聞こえるはずもなく、ただ漠然と何か言ってるとしかわからなかった。
そうやって頭を洗い始めた時。
「誰だっ!?」
刹那が大声を上げた。
「逃げるかっ、神鳴流・斬岩剣!!」
おいていた刀を抜き、露天風呂内にあった岩を横に切り裂く。
(一般施設でそんな技を使うんじゃねえ!? 私が一般人だったら大騒ぎするぞ!)
必死に見えてない聞こえてないふりをする千雨。
少しどたばたしたものの、お互いの姿を確認したのか一応は刃を収める刹那。
一難さって一安心する千雨だったが彼女の期待を裏切るように女性の悲鳴がその場に響き渡った。
(!? この声は、近衛か!)
急ぎ桶に溜めていたお湯を頭からかぶり泡を流して声をした方向を見れば、すでに刹那とネギ、カモの三名が脱衣所へと向かっていた。
千雨も急ぎ彼らの後を追い、脱衣所へ入ると、……出席番号13番、近衛木乃香と明日菜の両名が大量のサルに下着を剥ぎ取られているところであった。
「なんだこりゃ……」
よく注意してみれば、コレらは生物ではなく呪術で作られた式神であることにきづく。
同じく式神であることに気づいた刹那はすぐさま刀で斬りつけようとするが、本物のサルと勘違いしたままのネギがそれを止め、……揉みあった末にサルに文字通り足元をすくわれ縺れて転んでしまう。
「ちょっと、このままじゃおサルに木乃香がさらわれるーー!!」
エッホエッホと胴上げのように木乃香を担ぎ上げ、運び出そうとするサルたち。
彼らは急ぎ彼女を目的の場所まで運ぶため外に出ようとした。
そう、今まさに千雨がいる浴場への入り口を通ろうとして。
(はぁ……)
サルからすれば目の前にいる一般人程度なんとでもなるとでも思ったのか、そもそも低級すぎて何も考えなかったのか、サルたちはそのまま突き進む。
それに対して千雨がとった行動は一つ。
「……」
扉を閉める、だった。
通常の扉だったら破壊される可能性があったが、千雨は扉を閉める際に少しばかりの霊力を付与した。
そうして強化されたと知らずにサルはそのまま突撃し、そのまま反動で後ろにはじき飛ばされた。
「きゃあ!?」
「木乃香お嬢様!? ――神鳴流奥義・百烈桜華斬!!」
ともに弾き飛ばされた木乃香を受け止め、片手で幾重もの斬撃を放つ。
低級式神ではそれに抵抗できるはずもなく、斬撃を受けあっけなく紙へと戻ってしまう。
「まったく、世話が焼ける……ん?」
霊力による強化を解除し、体を洗いなおそうと千雨が歩き出すと、浴場の外に生い茂る木々が激しく音を立てて揺れる。
(……今のを見てた奴がいるな、ってことは狙いは近衛で私らへのちょっかいは目をそらすための陽動?)
新幹線に出現したカエルと今現れたサル、この両者を見比べた結果おそらく同じ術者と判断した千雨が導きだした答えだそれだった。
実際は私怨が入ったただの嫌がらせなのだが、千雨が知る由もない。
「せっちゃん、よーわからんけど助けてくれたん?」
「お嬢様……は! い、いけません!!」
ばっと木乃香を離し、外へ逃げようとするが、今の自分の格好を思い出し、すぐさま踵を返して浴場へ脱兎のごとく駆け出す刹那。
なお、彼女は完全に混乱しきっており浴場に千雨がいることが頭から抜け落ち、扉を開けた先にいた千雨とぶつかってひと悶着あるのだが、それはまた別の話。
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