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千雨の幻想

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7時間目

 結果だけ言えば、ネギたち三人の勝利となった。
 一人になったエヴァンジェリンだったが持ち前の格闘センスと柔術で接近戦をものともせず、隙を見ては距離を開け、魔法を繰り出していた。
 しかし万全の状態でなかったことと予想外に早く結界の修理が行われたことが合わさり、結界が再展開された瞬間に全魔力を封じられ、あやわ河に落ちかけるかと思われたところをネギ先生救われることとなる。

 そうしてこれまでのギスギスした雰囲気もどこかへ消え去り、いつも通りの3-Aの騒がしい空気になり始めたころ。

「よお、やっと終わったみたいだな」

 どこからともなく狐の面を身に着けた千雨が姿を現す。
 その背後にはどこか申し訳なさそうにうつむいている茶々丸がいる。

「貴様……よくもまあのこのこと姿を現せたものだな」

 そうエヴァンジェリンが恨めし気にいう。

「まあ、返すって言っちまったし連れ帰るわけにもいかないからな」

「ふん、こてんぱんにしてやりたいのはやまやまだが、今さっき再封印されたばかりでな、貴様を痛い目に合わせるのはまた次の機会にしてやる」

 ありがたく思え、と彼女は続ける。
 おお怖え、とふざけてみるものの内心やりすぎたかな?と少しばかり焦り始める千雨。

「あの、ありがとうございました」

「ん?」

 突然の感謝の言葉に振り向けば、そこには自身を見上げているネギ先生の姿があった。

「礼を言われるようなことは何もしてねえよ、ただの八つ当たりだからな」

「それでもキツネさんがエヴァンジェリンさんたちと一人で戦ってくれていたおかげで彼女たちを無事に助けられましたし、そもそも逃げるならもっと早くに逃げられましたよね?」

「う……」

 確かにそうだ、と千雨は思う。
 
「それに弱い者いじめが見逃せないっていう人に悪い人はいないと思うんです」

「あー……」

 その純粋な眼差しに耐え切れず視線をそらす。

「へえ、怪しそうなわりには結構いいやつなのねあんた」

「しかしよぉ、それならそんな仮面なんてしてねえで素顔で――あ何でもないっス!」

 オコジョが何か言いかけたところで手にしていた小太刀を向け、黙らせる。

「まったく、他人の子と気にしてる暇があるならさっさとあいつらを回収した方がいいんじゃないか? たぶんそのままなんだろ?」

「あ、そうでした! まき絵さんたちを直しにいかないと!」

 と杖に乗り、飛び去るネギ。

「ちょっと待ちなさいよ!!」

 さらにそれを追いかける明日菜とカモ。

 通常の人間以上のスピードで動く彼らの姿が見えなくなるまでそう時間はかからなかった。

「さて、……で貴様はどうするつもりだ? どうせ気づいてるんだろう」

「……まああいつらに聞かせる話でもないからな」

 三人が消えた途端その場に不穏な空気が流れる。

「ここまで派手にドンパチやったんだ、そりゃ気づかれるさ」

 そう言って千雨は振り返る。

「わかっていたのなら、話は早いね」

 そこにいたのはネギでも明日菜でもなかった。
 スーツ姿の中年の男性とその背後に並ぶ数名の人間。男性と同じくスーツをまとった者もいれば、千雨と同じく学生服の者、さらには修道服を身にまとった者もいる。
 歳も性別もバラバラな彼らの共通点はたった一つ。彼らはこの麻帆良の実態を知っているということ。
 それすなわち、彼らは”魔法使い”であるということに他ならない。

「エヴァンジェリン君が近々ネギ君に戦いをしかけるだろうということは予想されてたからね、こうして皆陰ながら見守っていたわけさ」

 それを聞き、「ふん」とそっぽを向くエヴァンジェリン。
 確かの校長である近衛近右衛門から釘を刺されたこともあり、こうなることが想定されていても不思議ではない。
 けれど、と彼は、高畑・T・タカミチは続ける。

「君は一体誰なのかな? ほかの全魔法先生・生徒には連絡が取れていて彼らではないことは確認済みさ」

「さあな、誰だと思う?」

「さっぱりわからないね、できればこのまま大人しく私たちについてきてくれるとありがたいが」

「は、それでほいほいついていくようなら、幼稚園からやり直した方がいいと思うぜ」

 タカミチの誘いを挑発的に断る。その言葉からは彼らに対する敵意が見え隠れしていた。

「なら多少強引にでも君の正体をあばくしかないね」

 とタカミチの後ろにいた内の一人が前に出る。
 それにつられ、ほかの生徒や教師も戦闘態勢に入るのが見て取れた。

「はぁ……わかっちゃいたが、こればっかりはしかたねえか」

 彼らからしたら千雨は所属不明の怪しい人間。
 そんな奴が目の前にいれば捕まえようとするのが普通だろう。
 一触即発な彼らの様子を前に千雨はどうしたかと言えば。

「まあ、あんたら人間にゃ無理だと思うがやるだけやってみればいいさ」

 まるでそれらが最初から無いかのように、まるっきり無視して背を向けて歩き出した。

「な!? 待ちなさい!!」

 焦った女生徒の一人が千雨を捕らえようと黒衣の使い魔を放つが、捕まえることができない。

「何?」

 いや、そもそも触ることもできていない。
 使い魔たちが千雨を捕らえるために触れようとするが、その度に彼女の体をすり抜けてしまう。
 まるでそこに初めからいないように、まるで立体映像に触れているかのように彼女に指一本触れることができていない。

「茶々丸、本体はどこだ?」

 また幻覚を使ったものだと思い、茶々丸に本体の居場所を探らせるが。

「いえ、マスター……間違いなく目前の彼女から生体反応が発せられています、また周囲にそれらしい反応が感知されないことから、彼女は幻覚ではないと思われます」

「なんだと?」

 それを聞き、険しい表情で考え込む彼女。

(それほどの完成度が高い幻覚ならなぜ私の時に使わなかった、それがあれば無駄なダメージをおう必要もなかっただろうに、いや待て、あいつは何て言った? 幻と実を操る程度の能力……いやまさか)

「ああそうだ、忘れてた」

 周りに飛び回る使い魔をまるで無視して、懐から洋封筒を取り出す。

「マクダウェル、あんた宛てに手紙があったんだ」

 とまるで手裏剣でも投げるかのように洋封筒をエヴァンジェリンに向けて投げ渡す。
 クルクル回転しながらそれはまっすぐエヴァンジェリンに向かい、彼女はそれを右手で受け取る。

「それといい機会だから言っておく」

 振り返り、魔法使いたちに向き直る。

「あんたらが何もしなけりゃ私も何もしねえ、あと4年くらいすりゃおとなしく出てく予定だから――」

 彼女の言葉を遮るように、千雨を中心に竜巻が発生する。
 並の術者ではただとらわれるしかないほどに強力なものだが、

「それまで、ほっといてくれりゃあいい」

 千雨は何事もなかったかのように竜巻から脱出する。
 竜巻はそのままにすり抜けるように出現するその様をみて、彼らの間に動揺が走る。

「高畑先生レベルならともかく、そこらの人間の魔法使いじゃあ私の敵じゃねえからな、やるだけ無駄だ」

「は、まるで自分が人間じゃないとでもいいたげだな」

 そう言って踵を返そうとするが思わぬところ(エヴァンジェリン)から待ったがかかる。

「ああ、半人前と言え私も魔法使いだからな、そこらの人間相手くらいなら楽勝だわ」

「君は魔族とでもいうのかい?」

「いいや、魔法使いだ、もっともこの意味が分かる人間が麻帆良にいるかどうかは怪しいがな」

 高畑の問いに皮肉をつけて返す。

「無駄話はここまでだ、じゃあくれぐれも私に関わろうとすんじゃねえよな」

 そう言って彼女の姿は消える。
 魔法使いたちはすぐにあたりを捜索するが見つかるわけもなく。
 こうしてネギ先生が麻帆良にきてから一番危険で、騒がしい夜は終わりを告げた。


 
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