千雨の幻想
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6時間目
「お前たちはボーヤと遊んでやれ!」
エヴァンジェリンがそう告げると4人のクラスメイトたちがネギ先生へ襲い掛かる。
同時に彼女は従者である茶々丸を連れ、その場から離れる。
その行動の意味を千雨はすぐさま察した。
(私と先生を分断する魂胆か、……無視してもいいが遠距離からやばい魔法でも撃たれたらひとたまりもないな)
歴戦の魔法使いが詠唱を終えるのに必要な時間とあの4人を傷つけずに倒して且つエヴァンジェリンの元へ茶々丸の妨害を潜り抜けて到達するのに要する時間では、明らかに前者の方が圧倒的に早い。
そう結論付けると、すぐさま行動に移す。
「悪い! そっちは頼んだ」
「え、ちょっと!?」
瞬動を駆使し、エヴァンジェリンを追う。
屋外へ、壁を蹴り上がり屋根の上へと走る。
先ほどの場所から少し離れたそこで、二人は千雨を待ち構えていた。
「悪いが時間が惜しいのでな、貴様から先に片付けさせてもらう」
そう言って戦闘態勢に入る二人。
その様はまさに歴戦の戦士のあり様そのままで、不意撃ちなどは困難に思えた。
「ま、そうなるわな」
対して千雨はあくまで自然体。
格上で、しかも二人を相手にしているにもかかわらず、それを一切悟らせることなく自然体を保っている。
それがエヴァンジェリンには不気味に思えた。
(こいつ、相手の力量差がわからないほどの阿呆か? ……いや、こいつからはそう言った類じゃなく、わかっていて自然体に振る舞っているように思える。 なぜだ?)
そうしてエヴァンジェリンが今まさに攻撃に入ろうとしたまさにその時、「ああ、そうそう」と千雨が口を開いた。
「マクダウェル、後ろには気をつけろよ」
彼女がそう言い終わるか、それともエヴァンジェリンが『それ』に気付いて振り返ったのが先かはわからなかった。
「な!?」
彼女が振り返ったその先に、今まさにエヴァンジェリンを殴りつけようとしている千雨の姿があった。
「博麗式・障壁抜き!」
魔力でも気でもない、霊力を帯びた拳がエヴァンジェリンへと迫る。
彼女は間一髪でそれをよけるが、代わりになにか砕けるような音が響いた。
(私の障壁を拳一つで破壊しただと!?)
千雨はすぐにもう一撃繰り出すが、エヴァンジェリンが距離をとるほうが速かった。
「マスター!」
すぐそばにいた茶々丸が殴りかかるが、千雨は半歩身を引き差し出された腕をつかみ、そのまま引きながら体をひねり、反対の拳に気を込めて胴を殴りつけた。
「ああぁ!」
「茶々丸!?」
気で強化された拳はたとえ少女のものと言えど普通の人間がくらえば重症になりえるその一撃は、茶々丸をエヴァンジェリンの足元まで吹き飛ばす。
「立てるか、茶々丸!?」
「問題ありません、マスター、……しかし」
と彼女が視線を落とすと、胴体部の一部に凹みが生じているのがわかった。
「これは、あとで博士に怒られますね」
「それは仕方あるまい、だがあれはどういうことだ」
エヴァンジェリンは先ほどまで千雨がいた場所、千雨が自然体でたたずんで対峙していたあの場所へ視線を移す。
そこにはもちろん誰もおらず、この場にいるのは千雨と彼女たち三人のみだ。
「一瞬たりともあいつから目を逸らさなかった、だが事実私はあいつが背後に迫るまで気がつかなかった」
そこが彼女にはわからなかった。
瞬動や縮地の使い手ならこれでもかというほど見てきた。
その経験からか目の前の狐の女が使う瞬動が自分が見失うほど速く上手いものだとは思えなかった。
事実、ネギ先生の前で見せたあれは目で追えていたし、茶々丸も補足できていた。
機械の目と戦士の目、その両方を欺き不意を衝くほどの技術。
さらには彼女が常時展開している障壁を貫通して一撃を与える拳。
そのどちらとも彼女にとっては脅威と言えた。
(闇の魔法を使うか、いや大魔法すら被害が大きいのにあれは使えん、どういうトリックかは知らんがまずはあいつの手品の種を割るしかない)
本来、千雨の実力でここまでエヴァンジェリンを追い詰めることはできない。
しかし、ここが麻帆良学園であることとエヴァンジェリンが千雨の力を知らないという二つの要因が千雨を後押ししていた。
エヴァンジェリンは昔から女子供は殺さないという信条を持っている。
その上ここは囚われているとはいえ無関係の人間が大勢存在する学園都市だ、死者を出すような威力の大きい魔法は使えない。
となれば必然、格闘戦か威力の低い魔法で勝負する必要があるのだが――
「それじゃあ、もう一度いくぜ」
そう言って、千雨の姿が消える。
同時に背後をとられないように茶々丸とエヴァンジェリンはお互いに背を預ける体勢になり、千雨を待ち構えるが、
「残念、外れだ」
上から聞こえてきた声に、二人はすぐさまその方向へ振り向く。。
二人から数メートル上方に、千雨は両手を彼女たちに向ける体勢で浮遊していた。
「必殺の、『マスタースパーク!!』」
千雨の両手のひらの八卦が描かれた金属から膨大な虹色の奔流が二人に迫る。
エヴァンジェリンはそれを咄嗟に回避することに成功するが、
「すみませんマスター、左腕部を損失しました」
完全には避けきれなかった茶々丸はその左腕を光に飲み込まれ、そのまま引きちぎられていた。
「いやいい、それよりもあいつから絶対に目を離すな」
少しの破損なら問題ないというふうに彼女は振る舞う。
(こうなれば無理にでも近づいて拘束、いやその前に見失うか、二度も私の目を欺いたのだから三度目もありうる、……ただでさえ時間がないというのに!)
焦る彼女に茶々丸が小さな声で話しかける。
「マスター、あの方の消えるトリックについて少しわかったことがあります」
「! ほう、言ってみろ」
そのまま小声で話し合う二人。
それを見つめる千雨。二人の様子から何か口に出せない嫌な予感というものを感じていた。
だがそれも、エヴァンジェリンがとった最初の行動で吹き飛ぶこととなる。
「あははははははは! そうか、そういうことだったか!!」
おかしそうに大笑いする彼女。
その奇怪な様に千雨は虚を突かれることとなった。
「まさか600年生きた私が、そんな子供だましのような手に引っかかるとはな!」
キッと千雨をにらみつける彼女。
その様子から先ほどの焦りは消え、どこか自身に満ちた表情をしていることが千雨にも見て取れた。
(うえ、もうばれたか? 早すぎだろまじで)
たった二回しか披露していないあの技が見破られたかもしれない、という確信にも似た考えが千雨をよぎる。
「じゃあ、試してみるか?」
しかし、だからと言って止めるわけにはいかない。
もしかしたらハッタリや勘違いかもしれないと希望的観測から三度目の技を行使する。
だが、
「後ろです!」
「ああ、氷爆!」
茶々丸の指示のもとエヴァンジェリンが真後ろに向かって手をかざし、魔法を放つ。
すさまじい凍気と爆風が巻き起こり、冷気で発生した白い霧に一時視界不明瞭になるがそれもすぐに晴れることとなる。
「……まったく、少しは自身があったんだけどな」
晴れたその先にいたのは体中の所々に霜をまとった千雨だった。
制服の一部も破れたりして傷ついており、少々痛ましい姿となっている。
「いや貴様はよくやったよ、この私は二回も欺いたのだからな! ただ茶々丸の性能を侮ったのが運のつきだ」
茶々丸はロボット、正確に称するならガイノイドである。
その性能は目視で確認した人間の脈拍や体温などを検知するほど繊細なもので、人間には見えないありとあらゆるもの探知することができる。
「戦闘武装のすべてを機能停止にし、それで浮いたCPUを感知にまわしてようやく捉えることができました」
「いかに貴様がうまく消えても、大気の流れやわずかな摩擦音まで消しきれなかったようだな」
それを聞いて千雨は、焦るでもなくなっとくした。
「ああなるほど、だから絡繰にばれたのか」
そう、千雨はエヴァンジェリンが捉えられないほど高速で動いていたわけではない。
文字通り姿を消していたのだ。
「私はこの力のこと、『幻と実を操る程度の能力』って呼んでる』
先日保健室で誰にも気が付かれなかったように、堂々と空を飛んでも魔法使いにすら発見されなかったように姿を消すことができたり、手に持った本の内容をほかの人から別の内容に見せたりすることができる。
要は自分が思った通りに幻覚を発生させることができる力ととらえてもらって問題ない。
この力のおかげで彼女が魔法使いたちから今の今まで自身のことを隠し通せているのだから。
「無詠唱で魔法の気配もなく幻覚と実体を入れ替える能力といったところか、なるほど種を知らねば不意打ちを防げないわけだな」
常に透明無音で攻撃を仕掛けてくるのだから、これほど厄介なものはない。
仮にこれを使えば真昼間であろうと正面からどうどうと相手の胸にナイフを突き立てることすら可能となってしまうと考えると、その脅威のほどがわかりやすいだろう。
だからと言って、実体がなくなるわけではない。
幻覚で姿を見えなくし、自身の存在を限りなく薄くしたとしてもそこに千雨がいる以上どこかに干渉してしまう。
そこを茶々丸に探知され、覚悟していたものの三度目の不意打ちを行った結果、密かに詠唱していた魔法の直撃をくらうこととなった。
「さあ種がわれたマジシャンなど最早脅威でも何でもない、さっさと退場してもらおうか」
リク・ラク・ラ・ラック・ライラックと彼女が始動キーを唱え始める。
おそらく、次は姿を消してもよけきれないような魔法を使うつもりだろうと千雨は考える。
幻覚だけじゃよけきれない、その事実を実感してるものの、彼女が仮面の下で浮かべた表情は笑みだった。
「……まったく遅すぎるぜ」
「何がですか? 結界ならまだ時間があります」
詠唱中のエヴァンジェリンに代わり、茶々丸が問う。
「いや、私ならもっと早く拘束できてたのになと思ってよ」
何が、とはもはや考えるまでもなかった。
「 連弾・光の11矢!!!」
彼女たちはもともと別の人間と戦う予定だったのだから。
「何ぃ!?」
詠唱を中断し、回避に移る。
彼女がいた空間を11の光球が突き抜ける。
「彼女たちはちょっと眠ってもらいました! エヴァンジェリンさん! 茶々丸さんも降参してください!」
先ほど千雨が見たよりも若干身軽になったネギ先生が空から降り立つ。
「ちぃ、こいつに時間をかけすぎたか……、だかこれで1対2だったのが、2対2になったにすぎん、貴様らに勝ち目があると思うなよ?」
挑発的にそう告げる彼女。
事実、実力でいうなら自分とネギを足したとしてもエヴァンジェリン一人にすら及ばないことは千雨自身重々承知している。
しかし、ネギ先生が来たことで流れが変わったことを彼女は確信した。
そして、追い風となるようにこちらへ迫る気配を千雨は感じ取っていた。
「いや、3対2だとおもうぜ」
「何?」
突如現れた何者かが気合の入った叫びと共にエヴァンジェリンの後頭部に強烈な蹴りを叩き込む。
「はぶぅっ!?」
そんな奇妙な言葉と共に蹴り飛ばされる。
張りなおした障壁も意味をなさず、まるで最初からなかったかのように消え去った。
「やっと来たか保護者、子供ってのは目を離すとすぐにいなくなるんだから気をつけてろよ」
「誰が保護者か!? ……ってあんた誰よ」
と反射的にツッコミを入れる神楽坂明日菜。
あんたの知り合い?とネギに問いかけるが。
「そういえば、僕も名前も知りません」
とネギも気になるようでジーと千雨を見つめる。
「あーなんだ、今はこの面にちなんでキツネとでも呼んでくれ」
そう誤魔化す千雨。
さすがに本名を名乗る気にはなれない。
子供とは言え、彼も麻帆良の魔法使いなのだから。
何それ怪しいわねと素直な感想を述べるが、肩に乗っているオコジョがそれよりもとネギと明日菜に慌てた様子で話しかける。
「姐さんあいつが戻ってくる前にサクッと済まさねえと!」
「えあうんそうね……ネギ!」
「はい……んん!?」
オコジョが足元に展開した魔法陣に気をとられたネギは明日菜が自身へ口付けしたことに気付くのが遅れる。
(おお!? なんだこいつら人前で!! そういうことはどっか別の場所でやれ!!!)
また、仮契約のことを知らない千雨はこの行為の意味がわからず仮面の下で赤面していた。
「契約更新! これでいけますぜ兄貴!!」
見知らぬ魔力の気配を帯びた二人。
さっきのキスは何かの儀式だったとそう思うことにした千雨。キスの必要性については甚だ疑問がのこるが。
「ふん、数が増えたところでどうなる?」
そこに明日菜の蹴りかた立ち直ったエヴァンジェリンが舞い戻る。
「まあ確かに、子供先生とバカレンジャーとオコジョじゃ辛いだろうが油断してると痛い目みるぜ」
「ふん、どうだ……ん?」
「はい?」「え?」「ん?」
子供とバカレンジャーとオコジョ、確かに千雨はそう言った。
これほ人物に直すとネギと明日菜とカモミールとなる。
その中に千雨は含まれていない。
「おい、ちょっとまて貴様はどうするつもりだ!?」
「ああ私か? ここでギブアップ」
と軽々両手を挙げて降参のポーズを取る。
そのあっけらかんとした様にこの場にいた全員があっけに取られた。
「ふふふふざけるなーーー!! き、貴様ここまでしておいてギブアップだと!? 何がしたかったんだ貴様!!」
千雨は最初は様子見する気であったし、ネギ先生の手助けをしたのはただ弱い者いじめが見過ごせなかったから。
エヴァンジェリンたち相手に時間稼ぎをしたのは本来の対戦相手であるネギ先生が生徒たちを捕獲するの待つためであったし、彼女自身最初から勝つつもりなどなかった。
とどのつまり、エヴァンジェリンがいままで千雨相手に戦ったことは、まるで無駄だったこととなる。
「確かに、何がしたかったかと言われりゃあただの八つ当たりでしかないが、まあもう少しくらい手助けはしてやるか」
と両腕を下すと音もなくその手に小さな刀、小太刀が現れた。
「え!?」「うそ!?」
魔法を使う様子がなかったのにもかかわらず目の前で起きた不思議な現象に驚愕するネギとただ単純におどろいた明日菜。
「ほう、刀も使うのか」
と仕掛けをわかったつもりでいるエヴァンジェリンは特に驚かない。
ただ元から持っていたものを今見せただけと考えたから。
「ああ、あまり使う機会はないがあんたら相手ならちょうどいい」
ゆっくりと丁寧に鞘を抜き、それをエヴァンジェリン、ではなく茶々丸へ向ける。
「じゃあ、私らは退場というこうか」
「茶々丸! そこから離れろ!!」
エヴァンジェリンが何かに気付き茶々丸へ警告するが、少し遅かった。
「な、これは」
茶々丸が体を動かそうとしたが、動かない。
まるで何か太いロープのようなもので括り付けられたかのように手足の自由が利かないのだ。
「じゃあ、こいつはもらっていくぜ」
「ま、待て!?」
と言って消える千雨と茶々丸。
自身を消せて他人を消せないというわけではない。
自身にかけていた幻覚を茶々丸にも使っただけだということはすぐに理解できた。
「まあこれくらいのハンデはいいだろ、安心しなこれが終わればすぐに開放するから」
姿は見えず、声だけが不気味にその場に響く。
「じゃあガンバ♪」
という言葉を最後に、声は聞こえなくなる。
ただその場にはあっけに取られた三人と、ふるふると怒りに震える吸血鬼だけが取り残されていた。
後書き
普段の二倍くらいの文字量。
何回か書き直したのでキャラなどに違和感あるかも。
あと次でエヴァ編が終わり、その次くらいから京都編になる予定。
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