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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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涙雨

 
前書き
あけおめ(最速)

レインちゃん編の二話となります 

 
 枳殻虹架はアイドルだ。もちろんCDをリリースしてテレビで華々しく歌う、などといったような有名なアイドルではなく、まだまだ下積み中の地下アイドルといったようなものだったが。それでも虹架は真剣にアイドルという仕事へ取り組んできたし、アイドルの仕事はテレビで歌を歌うだけではなく、細々とは仕事が回ってきてはいた。

 そうしてデスゲームで死んだ友人(ユナ)の、みんなの前で歌うという夢を代わりに叶えて、いつかは世界的に有名なアイドルとなった妹と同じステージに立って。アイドルなどという不安定な仕事を許してくれた母親に恩返しをして――などと、ちょっとした幸せな夢を見てはいた。

 まさかそんな思い通りに事が進むとは、もちろん虹架も思ってはいなかったが……母親にセブンのことを痛烈に否定された直後に、どうしようもない事実が虹架に伝えられてきた。

「……失礼します」

 ペコリ、と力なく頭を下げながら、虹架は事務室の扉を閉めた。携帯で伝えられようが直接会って伝えられようが、結果は同じだと分かっていても、こうして会って確かめずにはいられなかった。失意のままに事務室のあるビルから帰ろうとすれば、廊下に数人の女性が立ちふさがっていた。

「虹架ちゃん……ええと、話は聞いたんだけど……残念、だったね。お仕事」

 同じくアイドルを目指す少女たちが数人。ともに歌ったりグループを組んだりといったこともあり、その中でもリーダー格の少女から本当に悲しそうな声色で語りかけられる。どうやらもう広まっているらしい――虹架が担当するはずだった仕事が、急にキャンセルされたということは。

「……仕方ないよ。相手が相手だし」

「でもまあ、枳殻さんならすぐに次の仕事もらえるんでしょ?」

 痩せ我慢だとバレバレだろうと、心配するな、というように笑ってしまう自分に、虹架は内心で自嘲しながら。他の少女たちからも、三々五々と似たような慰めが虹架に向けられていくものの、一つだけ嘲りと皮肉が込められているものに気づく……気づいてしまう。

「……どういう意味?」

「だってそうじゃん? SAO生還者様」

 そして虹架もそれをスルー出来るような精神状態ではなく、険悪な雰囲気を察したリーダー格の少女が止めに入る間もなく、虹架は冷たい声で問い返す。ただしさらに返ってきた言葉は、予想だにしない返答で、虹架はしばし硬直してしまう。

「歌が上手い訳でもスタイルが良いわけでもないあんたに仕事が来るのってさ、あんたがSAO生還者様だからでしょ?」

「ちょっと……」

「止めときなって……」

「可哀想なSAO生還者様を哀れに思った相手が仕事をくれるんだから。よかったじゃない、《SAO》行っといて」

「っ……!」

 周りの制止も聞かず、皮肉めいた少女から虹架への糾弾は続いていく。ただし何も知らずに《SAO》のことを語ることなど、虹架の怒りを買うにはもちろん充分だった。あの浮遊城で人生を狂わされた者、夢半ばで果てた親友、幾度となく苦難に遭いながらもクリアに持ち込んだ彼ら。それらを全て知っていた虹架には、その怒りは当然だった。

 ……だった、筈だった。ただ――

「……虹架ちゃん、今日は帰ってゆっくりしてた方がいいわ。こっちは、私が言っておくから」

「う、ん……」

 何か怒りのままに言い返してやろうとする間もなく、リーダー格の少女に背中を押されて、虹架は事務室のあるビルから一人で降りていく。そうしてオフィス街を無意識に歩いていきながら、虹架はどうして何も言い返せなかったのか、自問自答したものの――答えは最初から分かりきっていた。

「最低だ、わたし……」

 彼女から糾弾されたことは、まごうことなき事実だったからだ。他のアイドル候補の少女たちに比べて、歌以外が特に勝っているわけではない虹架が少しとはいえ仕事が上手く回ってきているのは、その《SAO生還者》という特異な経緯があるからだった。正確には《SAO生還者》だから採用した、と先方から言われたようなことはないが、そうであろうと想像することは容易だった。

「あ……」

 多くの人生を狂わせたデスゲームだと友人たちや自らを通して知っているからこそ、そのデスゲームを利用して仕事を貰っている自分が、とても汚いもののように虹架は感じてしまう。そもそもアイドルという仕事を選んだのは、デスゲームで夢を叶えられなかった彼女(ユナ)の夢を――とまで考えたところで、虹架の視界は駅前に設置された大きなモニターへ向けられた。

「……ユナ」

 そんな巨大なスクリーンに映っていたのは、《オーグマー》と《オーディナル・スケール》の宣伝を担当するARアイドル、『ユナ』だった。ある計画のためにデスゲームで死んだ虹架の親友と同じ姿形をした少女は、同一人物ではないとはいえ虹架とは及びもつかない存在となって、浮遊城で語った夢を叶えていた。

 ユナから夢を託されていたなどと、虹架が考えていたのは、余計なお世話だったと言わんばかりに。夢を叶えたユナの姿は、モニター越しにも輝いて見えた。

「わたし……何、してるんだろ」

 そう呟いてからの虹架の記憶は覚束なかった。何も考えずに機械のような足取りで家まで戻り、母が出かける前に用意していったであろう夕食を無感情に見つめて、自身は朝と同様にベットへ倒れ込んでいた。そのまま七色のことや母のこと、仕事のことにユナのこと、全てを失って意識を失ってしまいたかったが、虹架の手は勝手に《アミュスフィア》へと伸びていた。

「リンク・スタート……」

 逃避先が意識を失うかVR世界か、その違いしかなかったが。


「っ!?」

 虹架――レインへ最初に聞こえてきたのは、誰かの驚愕の声だった。ログイン場所の近くにいたプレイヤーが新人だったのかな……などと勝手に考えていたレインだったが、次の瞬間にはレイン当人がその立場となっていた。

「ふぇ……わわわ!」

「レイン!」

 瞳を開けたレインが最初に見たものは、吐息が交わるほど近い距離にいた男性プレイヤー。それが友人であるということに気づく前に、レインは驚愕から飛び退こうとしたものの、床にあった木箱に足を取られて勢いよく転んでしまう。どんがらがっしゃーん、という昔ながらの擬音が似合う転びようで天井を仰いで、ようやくレインは自分が何をしでかしたか気づくこととなった。

「そっか……わたし、ショウキくん家でログアウトしたんだっけ……」

「あー……大丈夫か?」

「……えへへ。ゴメンね」

 切れ長の男性プレイヤー――新しいアバターはまだ見慣れないが、ショウキから呆れたような声色とともに差し出された手を掴んで、何とかレインは素材まみれの場所から脱出する。木箱の中に入っていたのが鉱石系だったからまだマシだったものの、体液とかそういった素材ではなかったことを感謝しながら、煤を払いながらレインは彼に愛想笑いを返す。

「……ひとまず、片付けだな」

「……本当にごめんなさい」

「悪いと思ってるなら……そうだな。店の開店準備、手伝ってくれ。レインの意見も聞きたいし」

「う、うん!」

 リズと交代して準備してるのにさっぱり終わらない――という愚痴をしばし語るとともに、ショウキはレインに背を向けて床に落ちた大きめの素材を木箱に回収していく。思うさまバラバラにしてしまった当人であるレインも、それに習って散らばった素材を木箱に回収していくと、ふと、レインの口は勝手に言葉を紡いでしまっていて。

「……ねぇ。ショウキくんはさ、自分が最低だって思ったこと、ある?」

「…………あるよ」

 突如として意味も分からぬことを呟いてしまったことを、レインが訂正する暇もなく答えが返ってきてしまう。ただし返答してきたショウキは、素材の整理をする体でレインに背中を向けたままで――その姿は、顔も見ないでやるから何でも文句を吐けと、ショウキが不器用に言っているような気がして。

「……ありがと。わたしはね、ついさっきあったよ。自分が最低だって思うこと」

 ショウキから出された案がレインが先走ったせいで失敗したことも、何か悩んでいることも、どうやら彼にはお見通しだったらしい――と、レインは小声で礼を言っておきながら、無言の言葉に甘えて彼の背中に話を続けていく。少しは木が紛れるだろうと、自分がぶちまけてしまった素材を拾いながらも。

「わたしがやるはずだった仕事が急にキャンセルされちゃったの。他の人にやってもらうからって」

 別にそれぐらいはよくあることで、駆け出しの地下アイドルという仕事からして、レインも幾度となく経験していることだった。しかし今回ばかりは違う話であり、震える唇からレインはその真実を言い放った。

「わたしの代わりの人は七色だって。すごいよね、この前に日本に来たばかりなのに、もう仕事でいっぱいだって言うんだから。妹ながら誇らしいですな!」

 先日の《デジタルドラッグ事件》のために来日していた七色は、そのために来ていたわけでもないだろうに、日本の番組にも顔を見せていた。虹架が受け持つ筈だった回もその一つであり、長期的にも短期的にも、虹架より七色を採用する方が番組にとって利益があるのは当然だ。それはレインも分かっていたが、納得できないことが一つだけあった。

「うん……誇らしくて。七色が世界に認められて、嬉しい筈なのに……」

「…………」

「……嫉妬してる。お姉ちゃんなのに、妹が何でも出来ることに嫉妬してるの……えへへ、お姉ちゃん失格」

 ずっと感じていたことではあった。アイドルとしても世界的にも有名な妹と、地下アイドルの駆け出しである自分の差は。そんな悲観的なレインの告白に、少しだけショウキの素材を片付ける手が止まったが、すぐに平静を取り戻して何も聞かなかったかのように作業を再開する。

「分かってたつもりだったんだけど。七色のことなんて関係なく、ユナの夢を背負ってアイドルになるって」

 それでも妹への嫉妬心というレインとしては許されないことを抱いてしまっていた時、自分が背負っていた筈のユナの夢を、姿が同じように作られていただけとはいえ『ユナ』本人が叶えている瞬間を見てしまえば。レインのこれまでは、全て崩れさるような錯覚に襲われてしまう――有名なアイドルになるという夢は妹が、大勢の前で歌うという浮遊城で潰えた夢は親友が、レインが何かするまでもなく叶えてしまっているのだから。

「……だけど、わたしは必要ないみたい。ねぇ、ショウキくん。わたし、わたしさ……」

 片付け終わった木箱を置いて、レインは依然と背中を向けているショウキへと、助けを求めるように手を伸ばした。何から助けを求めているかはレイン本人も分かっていなかったが、その何かの近くにはいたくないとばかりに、ゆっくりとショウキの方へ歩き出していて。

「わたし……何で……」

 こちらを見ないように配慮してくれているにもかかわらず、レインはショウキの背中へ触れてしまう。それで引き金が引かれたかのように、ずっと言わないようにしていた最低な言葉を口に出してしまう。

「わたしは何で、七色じゃなかったのかな……!」

 ――言ってしまったことによる解放感と自己嫌悪が、いっぺんにレインへと襲いかかってきた。妹に何もかも及ばないような、勝手に託されておきながら親友の願いを重荷扱いするような、こんな最低な人間ではなくて、幼い時から天才少女として育てられてきた七色になっていれば。ただ自分が一時の苦しみから逃れるためだけに、デスゲームのおかげで仕事を貰っていることを否定出来ないような、一番に自分が嫌いな人間にならなくてすんだのに。

「あ……ごめん。背中、シワになっちゃってる」

「レインは、優しいな……出来た」

「え? ショウキくん、今なんて……え?」

 そうやって自分で勝手に話をした後に、どうでもいいことで煙に巻く――そんなところも大嫌いだ、とレインは自分でも不思議なくらい冷静に自分をけなしながら、ショウキの背中から手を離すと同時に。レインの勝手な告白が始まってから、ようやくショウキから返答らしい返答が小さく告げられたが、レインには上手く聞こえずに。

「何、これ?」

 振り向いたショウキに聞き返そうとしたレインは、今まで彼の背中しか見ていなかったが故に見えなかった、店内の向こう側に返答を聞き返すことも忘れて言葉を失った。素材を収納してあった頑丈な木箱やショウキが回収していた鉄系の素材が床に敷き詰められていて、普通の床より一段高い場所を形成している上に、そこに灯りが当たるようになっていて、まるで――

「何って……ステージだよ。即席で雑な手作りだから、プロにはそう見えないだろうけど」

「いや、ステージにはギリギリ見えるけど、わたしが聞いてるのはそういうことじゃなくて!」

 ――とてつもなく簡素なものではあったものの、それは確かにライブステージだった。気がつけば出来ていたソレに気を取られて、レインは先程まで感じていた自身への嫌悪感をも忘れて、驚きながらもショウキを問い詰めてしまう。

「なんでステージなんて作ったの? って聞いてるの! もう……」

「レインのソロ曲、聞いたことがなかったから。それに、レインがどうしてアイドルになりたいのかも」

「わたしが、アイドルになりたい理由……?」 

 慌てたレインからの問いかけに対して、そしらぬ表情のままショウキは椅子など用意していて、すっかりステージの前で歌を聞く準備を整えていた。そうしながらもショウキが逆に問い返してきた、『アイドルになりたいと思った理由』には、レインは言葉に詰まってしまう。最初は『託された親友(ユナ)の夢のため』と答えようとしたが、それはあくまで目的の一つであり、理由やきっかけではない。

「……いいよ、歌ってあげる。こんなサービス、めったにしないんだから。光栄に思うといいですぞ、ショウキ殿?」

「せいぜい、末代までの自慢にするよ」

 結局、ショウキの問いに答えられなかったレインは、不承不承ながらも急造のステージに昇っていく。まさかショウキが本当に、レインのソロ曲を聞きたいからとステージを作った訳ではないだろうと、何か考えがあるのだろうという信頼感もあったからだ。

「ショウキくんが好きなのって神崎エルザさんだっけ? アレとはちょっと方向性が違うかなー」

「新しいジャンルの開拓を頼む」

「おやおや~。メジャーデビュー前にファン獲得ですかな?」

 ただ簡単に乗せられてしまったような感覚には陥るものの、レインとしても歌うからには真剣であり、悩みや自己嫌悪などその後だ。適当な軽口を叩きながらも、ショウキが造ったステージをチェックしていく。もちろん彼を信じていないわけではないが、いかにもな急造品のためにダンスやパフォーマンスに耐えられるかどうか、というチェックは必要不可欠だった。

「ん……よし」

 見立てでは大丈夫だったが、試しに軽くステップを一つ。ミシリ、というちょっと不安になる音はしたものの、とりあえずは大丈夫そうだとレインは判断する。ステージ開始だとショウキの方を振り向いてみれば、今の異音に冷や汗を流していたようで、大丈夫だと安心させるポーズを取っておくとともに。

「……別に、わたしが重いから音したわけじゃないからね?」

「何も言ってないし思ってないぞ」

「よろしい。じゃあ……始めるよ」

 ……最後に、ちょっとした指摘を念のために。何を怖がっているのか、手を挙げて降伏の意を示しているショウキをよそに、レインは深呼吸を一つ。今までの鬱屈した心理を吐き出して、血の滲むような練習の日々を吸い込んでいく。

『ずっと鳴り続けるのは――』

 そうして鬱屈した気持ちの代わりに口から吐き出されていくのは、レインの持ち歌の中でも最もお気に入りの、七色が発表している一曲の一つ。もちろんBGMなど流れない簡素なステージではあったものの、その分は自分がカバーするべきだと、レインは普段より派手にステップを刻んでいく。

 何があろうと頑張っていけるのは、彼女との思い出があるからだ。今は遠くにいて彼女には会えないけれど、彼女の笑顔を思い出せば、どんな悲劇だろうと乗り越えてみせる、と。彼女も同じことを思っているだろうか――そうであれば嬉しいけれど、もしも寂しがっているのならば、彼女の笑顔のおかげで元気な自分の声を、風が届けてくれないだろうか。

『蒼穹に響け――』

 そう、願って。彼女が好きだった歌を口ずさむけれど、もちろん遠くにいる彼女へ届くなど無理な話だ。それでもこうして彼女に向けて歌うのは――

『――Song to Cynthia』

 ――必ず彼女の元に帰るという決意のためだ。例え空を飛ぼうが、時を越えようが、必ず彼女の元へ帰るのだと。それほどまでに彼女は自身の支えであり、ずっと鳴り続ける歌そのものなのだと、蒼穹へ響いていく……

「……ふぅ」

 ……と、Bパートをカットしたために多少は早くなってしまったものの、それでも全力で躍りながら歌った後はVR世界だろうと疲労は残る。レインの吐息とともに、ショウキからの拍手が店内に響き渡った。そんな情熱的な拍手とは対称的に、ショウキがステージ上にいるレインに向ける表情は苦笑でいて、そんなレインも照れ笑いで返すしか出来なかった。

「なんていうか……ありがとね、ショウキくん」

 さっきまであんなに陰鬱な気分でいたのに、ショウキに乗せられて歌を一つ歌ってみせただけで、そんな気分は雲散霧消してしまっていたのだから。まがりなりにも彼に全て愚痴を聞いてもらったからか、ライブ前での彼のおだて方が上手かったのか、それとも……レイン本人が考えたくないほどに単純なのか。とにかく彼のおかげで吹っ切れたのは間違いないと、お礼を言ったものの芳しくなく。

「俺は歌を聞かせてもらっただけだから、こっちがお礼を言いたいぐらい、だ。それで……どうだ?」

「うん……」

 そういえば、愚痴を聞いてもらったのは独り言という体だった、と思い返して。不器用にとぼけるショウキに笑みを浮かべながらも、ショウキから再び発せられた問いには真剣に答えるべく、レインは彼からの問いかけを思い返す――すなわち、どうしてアイドルを目指したのかと。

「……私、歌うのが好きなんだなーって。だからアイドルなんて目指してるの、単純でしょ?」

 セブンのこともユナのことも、ただの言い訳にしか過ぎずに、照れ屋だろうと歌うことが好きだからだと分かっていたはずなのに。ちょっと悪いことが重なっただけで、自分は何をしていたんだろう――と、レインは今更ながらに穴へ潜りたい気持ちに晒される。随分と迷惑をかけてしまった、何を聞いたか忘れてほしい、ああでも独り言って体になってるんだっけ……と、内心にも留めずにレインがあわあわとしていたが、ショウキは全くそれには構わず。

「……だってさ」

「スパシーバ、ショウキくん。それに、やっほー、お姉ちゃん」

「せっ……セブン!?」

 どこかに話しかけているかと思えば、ショウキの視線の先にはレインの最愛の妹の姿がいて。商店街だからか変装はしていたものの、その程度でレインの目は誤魔化せない……というか、セブンだと分からないようにオシャレをしているため、目を引いてしまうのは変わらないというか。

「な、何で、セブンが、その、どうしたの?」

「え? お姉ちゃんったら、悩み事があるならショウキくんのとこに行くでしょ?」

「いや、それは違……むぅ」

「また作戦会議しよう、と思って来てみたら、いいモノを聞かせてもらった……って訳」

 などと現実逃避しながらも、慌ててセブンがここにいる理由を問うものの、すぐさま問いが返されてレインは口をつぐむ。悩み事があったらショウキのところに、などというのは誤解と偏見だというのは伝えたかったが、こうして愚痴を聞いてもらった以上は何も言うことなどなく。

「……いつから?」

「歌が始まったあたり? いい歌といい雰囲気だったから、ちょっと隠れちゃったわ……ショウキくんにはバレちゃってたみたいだけど」

「そ、そっか……」

「……ねぇ、お姉ちゃん」

 そうして笑みを浮かべながら、帽子を脱いで店内に入ってくるセブンの言葉から、レインは次にショウキへと視線を向けたものの。気配などには敏感な彼は、素知らぬ顔のままステージの片付けをしていて。ともかくショウキへと発していた愚痴を聞いてはいないようだと、ひとまずレインが安心していれば、先程まで笑顔を浮かべていたセブンが真剣な顔つきをしていた。

「……お姉ちゃんの夢って、アイドルだったの?」

「……う、うん。ごめんね、ちょっと言いにくくて」

 それでも、歌を歌い終わった時の『歌が好きだからアイドルになりたい』という言葉は聞いていたのだろう、セブンからの問いかけを謝罪しながらも肯定する。目の前にいるのが当の世界的なアイドルであり、言いにくかったとはいえ、ずっと秘密にしていたのはレインの勝手な都合なのだから。

「……まあ、そうよね。なんなら、あたしのお姉ちゃん、って発表すればあっという間だと思うけど?」

「もう。分かってて聞いてるでしょ。自力で七色に追い付いてみせるんだから、待っててよね」

 とはいえセブンにも言い出しにくかった気持ちは分かるらしく、代わりに冗談めかしてアイドルになる一番の道筋を提示してくれるが、レインは何とか誘惑を断ち切った。確かに『七色の姉』というのは、SAO生還者などよりよほどアイドルへの特急券だろうが、流石にそんなことは姉のプライドが受け入れる訳もなく。

「よね。ま、お姉ちゃんの歌は、世界的なアイドルのこのセブンちゃんが保証するから!」

「うん……ありがと」

 その意気やよし、とばかりに肩を叩いて応援してくれるセブンの姿を見れば、もっと早く夢のことを打ち明けてしまってもよかったらしい、と自分が言い出さなかったことを棚にあげて思っていれば。先程まで快活な表情を見せていたセブンが、少しだけ、怯えたような感情を覗かせたのにレインは気づく。

「セブン……?」

「……次は、セブンの番だな」

「……うん。ねぇ、お姉ちゃん。お母さんのこと、だけど」

 ステージをすっかり片付けてしまったショウキの言葉とともに、セブンの怯えたような感情が表に出たように感じられた。ただし怯えて動けないのはではなく、恐怖に立ち向かうかのようにして――セブンは、母のことだと言うと頭を下げた。

「ごめんなさい。辛いところをお姉ちゃん任せにして」

「えと、ううん、そんなこと……」

「ううん。あたしがお母さんに会いたいってワガママを言ってるんだから、あたしが直接なんとかしなくちゃだったのに。仕事が忙しいのを言い訳にして、逃げてたの」

 確かに事の始まりは、幼い時に生き別れとなった母に、セブンが会いたいと願ったものの拒絶されたことで。レインは母とセブンの折衝役を、上手くいかなかったとはいえ苦痛などと思ったことはなかったが、真剣な様子でセブンの懺悔は続いていく。

「あの子に教わったのに。ぶつかってみないと伝わらないこともあるって。だから――」

 ただし謝罪を終えて頭を上げたセブンの表情に、もはや怯えなどなく何かを覚悟したかのように。同時にどこか懐かしげに、もうどこにもいない『あの子』に教わったことを語る。それを後押しにし、拒絶された母に会いたいと決意を固めて言い放った。

「――あたしが直接、お母さんに会いに行く」


 
 

 
後書き
知ってるかな? 夢っていうのは呪いと同じなんだ。途中で挫折した者はずっと呪われたまま……らしい。あなたの……罪は重い ……

あと挿入歌は実際のシンシアの光、シンシアの光、シンシアの光とは関係ありません。 
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