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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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曇天

 
前書き
後日談的なアレを多少は込めながら。SAOゲーム三作目でお馴染み、ロストソングのヒロインことレインちゃんの短編です。とはいえあくまで、キャリバー編から書いてきた拙作のレインちゃんですので、まあちょっと色々と違うやも。

レイン。レプラコーン。SAO生還者。アイドル志望のバイトメイド。生き別れの高スペック妹と再会。SAOの時にユナと友達。確認 

 
「レインは《吟唱》スキルを取らないの?」

 これは夢だ。レインがあの浮遊城に囚われていた時に、歌を通じて出会った友人と語り合っていた時の夢。最前線とは程遠いある中層の転移門の近く、NPCの合唱団の演奏を待ち合わせしながら聞いていれば。吟遊詩人のような格好をしたような友人から、不思議そうに顔で覗き込まれた。

「え……いやー、だってその、人前で歌うのはちょっと恥ずかしいかなー……なんて」

「えー、レインったら、私なんかよりよっぽと上手いのに」

「そ、それに! わたしはユナみたいに楽器は使えないよ!」

 友人――ユナのアバターを吟遊詩人たらしめている要素の一つに、その手元に置かれた小さいハープを見ながら、レインは《吟唱》スキルを取得できない理由を語る。遂にプレイヤーにも取得条件が発生された《吟唱》スキルだったが、目の前のユナという友人以外に取得者を見たことのない理由の一つに、その発動条件の厳しさがあった。自力で楽器を弾きながら歌を紡ぎ、武器を持てないともなればこのデスゲームで持つ者などいるはずもない。

「そんな……レインとデュエットするの楽しみにしてたのに……」

「うっ……」

 現実世界ではピアノを習っていたと教えてくれたユナと、小さい時に妹へ子守唄を歌っていた歌好き程度のレインでは、少々以上に差が開きすぎている。それでもデュエットしようという願いは譲らず、ユナがあからさまな演技で泣き崩れているにもかかわらず、放っておけないレインが困り果てていれば。

「ちょっと、ユナ」

「あ、エ……ノーくん遅ーい」

 レインにとっては助けとなる待ち合わせ相手の声が響くと、先程まで泣き真似をしていたことを忘れたように、ユナはケロリと少年を迎え入れる。現実でも幼馴染みでもあるという彼は、そんなユナの姿にはもう慣れっこなのか、特にどうという反応も起こさずレインへと向き直った。

「すまないレインさん、ユナが無理を言って」

「ううん! それよりノーチラスくんは、どうだったのかな?」

「ノーくんならバッチリでしょ?」

「ああ、なんとか……血盟騎士団の入団テスト、合格してきたよ」

 多少ながら疲れた表情が見え隠れしていたノーチラスだったが、それでも笑顔でレインたちに応じてみせる。少数精鋭だと評判の新進気鋭の攻略ギルドに、まだ二軍とはいえ入団が許可されたのだと。レインが賛辞の言葉を言おうとする前に、合格など分かっていたとばかりにユナの拍手が響く。

「ノーくん、頑張ってたもんね。おめでとう」

「……ユナが応援してくれたおかげだよ。レインさんのメンテナンスもね」

「おやおや~? レインちゃんは二人の邪魔者ですかな?」

「そ、そんなんじゃ……」

「……分かってる。おめでとう、ノーチラスくん」

 幼い頃から引っ越しを何度か繰り返してきたレインにとって、気心が知れた幼馴染みというのはそれだけで羨ましく。しかもノーチラスからユナへのバレバレな好意ともなれば、少しはレインもからかいたくなるものだ。

「それじゃあノーくんの合格祝いに、どこか美味しいものを食べに行こっか!」

 デスゲームという環境で友人が出来て、救われていた時期の夢。いつか大勢の前で歌を歌いたいと、無邪気に夢を語っていた少女は、仲間を守るために死んでしまったという悪夢。だからレインは、ユナが叶えられなかった願いを叶えなければ、と、強く誓ってしまう。

 大勢の前で歌うというユナの夢は、今やレインの夢となっていた。そうして託されたにもかかわらず、まるでその夢は呪いのようで――

 
「虹架! 虹架ー!」

  ……そこでレイン――虹架は、夢から微睡みへと段階的に目を覚ます。誰かが自分の名前を呼んでいるような気がして。

「ん……んん……」

 枳殻虹架は、朝が苦手なようで得意なようで苦手だった。どうしてそんなややこしい話になっているかと問われれば、友人と泊まり込みの合宿や遊びに行った際には、誰よりも早く率先して起きられる自信があった。そうして他の友人たちを時間通りに起こしてやれるのだが、そういった友人たちがいないとさっぱりだったからだ。

「……朝に起きるんじゃないの?」

「あっ!」

 呆れ気味な母の声に、遂に虹架はベッドの誘惑から抜け出した。毛布を投げるように起きると、わざわざ部屋まで起こしに来てくれた母の顔が見上げられる。今日のアイドルとしての仕事は午後からだったが、午前にも大事な用がある、といった世間話を覚えていてくれたようだ。

「お、おはよう……おかあさん」

「……それじゃ私、仕事だから。昼間に一度帰ってくるけど、その時にもまた寝てないようにね」

 まだ半ば以上に寝ぼけ眼だったが、もう役目は果たしたとばかりに母は部屋から出ていこうとする。スーツをピッチリと着こんだ母は、後ろ姿でもまさしくキャリアウーマンといった様子で、見た目に違わず海外にも進出するような企業に勤めている。ただし結婚した際に一旦は退職したために、年齢とは不相応な階級ではあるらしいが、そんな不満を母は虹架にもらしたことはない。

「あっ……待って、お母さん!」

「何?」

 そんな母のおかげで、豪勢とは言わずとも虹架は暮らせてきているわけだけど、あまり家族の時間といったものはない。虹架もそれに文句を言ったことはないが、今回ばかりは仕事に向かおうとする母を呼び止めた。

「昨日、言ったこと。考えてくれた?」

 外行き用の格好で見下ろされると、自分が何か悪いことをしているような錯覚に虹架は襲われるが、負けじと語りかけたものの。母は虹架から目を離して、返答することもなく部屋の扉を開けていた。

「お母さん!」

「やめて。昨日も言ったとおり……だから」

 それだけ言い残すと母は虹架の部屋から出ていき、そのまま家の扉が開閉する音が聞こえてくる。どうやら仕事に向かっていったらしく、虹架はため息とともに再びベッドに横たわった。もちろん二度寝をするためではなく、枕元に置いてあった《アミュスフィア》を装着するためだ。

「……リンク・スタート」

 起き抜けということで、まずは色々としたいこともあったが、それらすらも後回しにして虹架は《ALO》へとログインしていく。少々の待ち時間とともに、風景は妖精境へと変質していき、自らの身体も《枳殻虹架》から鍛冶妖精の《レイン》へと入れ替わっていく。

「ふぅ……」

 ひとまずはアバターの身体を自身に慣らすように、手足を動かして調子を確かめる。かの浮遊城のデータを流用したために、姿見に映る姿は見る人が見れば現実の姿と同じだが、虹架の亜麻色と違ってレインは燃えるような真紅の髪色となって、どことなくメイド服を思わせる軽装鎧を身につけている。そんなお気に入りのコーディネートとともに、先日ログアウトする際に使った宿屋から出ると、彼女との待ち合わせの場所である隣のカフェテリアへと足を伸ばす。

「紅茶を一つ」

 イグドラシル・シティの隠れ家的なカフェテリア、という触れ込みの通りに、朝という時間もあってか他に来ている客は多くない。そんな触れ込みと同等に、美味しいと評判のレアチーズケーキも頼みたいところだったが、現実で何も食べていないのにこちらで食事をすると非常によろしくない状況になる。最悪は栄養失調になってしまうと、レインはなんとか誘惑を断ち切りながら紅茶を口に運んで待ち合わせの相手を待てば。

「お姉ちゃーん! お待たせ!」

「そんな慌てなくていいよ、七……セブン」

 カフェテリアの入口が勢いよく開くとともに、そんな元気な声がレインに放たれた。久々に会うことになったものの、まるで変わりはないようで、レインも安心したように七色へ――最愛の妹へと微笑んだ。

「よくないわよ、久々にお姉ちゃんと会えるっていうのに。場所まで探してもらって、しかも待たせるだなんて」

 まさか目覚めてから五分も経っておらず、わざわざ昨日にこの近くでログアウトしたので、早いのは当然だったが。もちろんそんなことが言える訳もない……主にレインの見栄の問題で。

「それくらいは、お姉ちゃんに甘えてもらっていいの!」

 七色・アルシャービン――セブン。レインが幼い頃に離婚した父方に引き取られた妹であり、今や世界的に有名なVR空間についての研究者であると同時に、アイドルとしての活動も行っている。そもそも父母の離婚の理由が、幼い頃から天才だったセブンの所在をめぐったものだったが、世界に羽ばたくほどになったのは嬉しい誤算というべきか。

「……もう。あ、あたしはココアを一つね!」

 そんな天才少女だとしても、レインからすれば、ちょっとした騒動の後にようやく再会できた最愛の妹だ。基本的にはVRについての研究が進んだアメリカで活動しているが、今回この《ALO》をにわかに騒がせた《デシタルドラッグ事件》の解決のため、短い間ながらも帰国することとなっていたため、束の間の再会を楽しんでいるところで。

 ……レインの夢であるアイドルを、あくまでVR研究者としてのついでに行っているにもかかわらず、大成していることに複雑な気持ちがないと言えば嘘になるけれど。

「それと、このレアチーズケーキを! ……名物らしいけど、お姉ちゃんはいらないの?」

「えっ!? えっと……じゃあ、わたしもいただこうかな」

「じゃあレアチーズケーキを二つね!」

 などと嫌らしいことを姉が考えてしまっているなどと、夢にも思っていないような妹の無邪気な言動によって、我慢していたレアチーズケーキまで注文されてしまう。これも変なこと考えた罰かな――とレインは思いながらも、それはそれとして名物に相応しいレアチーズケーキに舌鼓を打つことにする。

「美味しー!」

「セブンもやっぱり甘いものが好き?」

「それはやっぱり、女の子としては当然じゃない?」

 レアチーズケーキとともにココアを冷ましながら飲むセブンをいとおしく見ながら、レインは知るよしもなかった妹の好みを聞いていく。今まで会えなかった期間を埋めるように、特別な事情など何もない姉妹に近づくように。

「お姉ちゃんは最近どう? 夢ってのに向けて邁進中?」

「うん。もちろん順調ですぞ?」

 つい先日に転がり込んできて大口の仕事のことを思い出して、反射的に顔をほころばせながらレインは言葉を返す。VR空間で行われるテレビ番組のようなもので、司会者とともにゲストとしてVRゲームをプレイする、という内容でいて。ネット配信とはいえレインには天職といえる内容であり、午後から収録ということもあってレインのテンションは最高潮だった。

「順調ついでに、いい加減に話してくれると嬉しいんだけどー」

「まだダメ。ゴメンね?」

 そんなテンションの高い姉とは対照的な妹で。レインも一生懸命にレアチーズケーキを口に運んでいた動作をいったん止めると、不満そうなセブンの頭を撫でて、不承不承ながらも妹を納得させていく。セブンにアイドル活動のことを秘密にしているのは申し訳なかったが、世界的に人気なアイドルに対して、チラシ配り程度の地下アイドルとして接するのも気が引ける。せめて少しは有名になってから……という姉のわがままに、セブンはケーキを咀嚼しながらジト目で姉を見つめていた。

「……そんなに大事な夢なんだ」

「……うん。親友から託された、とっても大事な夢なの」

 セブンのものはどこか皮肉めいた言い方だったものの、レインの回答は苦笑いながら真摯なものだ。あのデスゲームから帰れなかった親友の、もう果たすことは出来ない夢だから。

「ところで、ここを指定しておいてなんだけど、この喫茶店、分かりにくくなかった?」

「ええ、ちょっと恥ずかしいけど。お姉ちゃんの前にショウキくんに会ってたから、連れてきてもらっちゃった」

「そっか、ショウキくんに……」

 そして姉妹揃ってケーキをペロリと食べ尽くしたのを合図にするように、レインはふと話題を変えるのも兼ねて、セブンがこの店に来た時から気になっていたことを聞いてみれば。そうして思いもよらずにセブンの口から放たれた恩人の一人の名前に、レインはどこかボーッとして答えていた。先日の《デシタルドラッグ事件》には、何やらショウキも関係していたと、現実の世界で忙しかったレインも聞き及んでいる。その結果として《SAO》から引き継いだデータを削除し、新たなアバターでゲームをリスタートして、リズとともに新たな鍛治屋を営んでいるとも。

「ふふん……」

 事件の関係者であるショウキと事件の責任者であるセブンならば、何かしら会話もあったのだろうな、程度にしかレインは思っていなかったが、そんな姉の態度にセブンは悪戯めいた笑みを浮かべていた。

「ところでお姉ちゃんはさ、彼氏とかいないの?」

「ふぇ?」

「彼氏よ、カ、レ、シ。お姉ちゃんったら可愛いんだから、それくらい――」

「いない! いないよー!」

 そんな突如として放たれた飛び道具に、虚を突かれたレインは顔まで髪の色と同じく真紅に染めて、手をブンブンと振り回して否定の意を全力で示す。そんな時期は浮遊城の中で過ごしてしまったし、今は年上ばかりの夜間学校と見習いアイドル業、バイト先のメイド喫茶と、全く男女の出会いの場がないところばかりを活動拠点としているせいもある。

「まさかとは思うけど、セブンは……?」

「そんな暇ないわよ。でも向こうでは普通だし、あたしもそろそろ……」

「早い! セブンにはまだ早ーい!」

 姉として止めねばならぬ時がある、そう直感してレインは説教でもするかのようにセブンへ語りかけた。ただし当のセブンは姉からの説教などどこ吹く風と、さらりと受け流すとニヤリと笑う。

「そうね。やっぱりお姉ちゃんより先に作っちゃうのは悪いし」

「むむむ……」

「お姉ちゃんには、ショウキくんなんかお似合いだと思うけどなー」

「ショウキ、くん?」

 優雅にココアを口に運ぶ妹に言いように遊ばれて、無理やりにでも紅茶を飲んで冷静さを取り戻そうとするレインの前に、またもや一人の青年の名前が浮かび上がる。こうしてセブンと冗談を言い合えるように背中を叩いてくれた恩人で、武器コレクションという共通の趣味によって話もあって、いつぞや《SAO》の記憶を無くした時も親身になってくれて――

「お姉ちゃんをからかわないの! ショウキくんはリズっちが大好きなのは、セブンも知ってるでしょ!」

「えー、お姉ちゃんなら大丈夫だって!」

「ダーメ!」

 少しだけ脳内に浮かんでしまった光景を必死で追い出し、レインはその勢いのまま頼んでいた紅茶を飲み干した。もちろん嫌いという訳ではないが、色々と問題が――などと考えてしまった自らを律すれば、そんな姉をからかうのが面白いと笑うセブンと目があって。

「……もう。そんなことより、その、本題だけど」

「あ……うん……」

「やっぱりダメだった。お母さん……会いたくないって」

 ……チクリと痛む胸中を無視して、こうして会うこととなった本題へと入る。セブンも先程までとは違う神妙な面持ちで聞いていて、レインからの報告には落胆の色を隠せてはいなかった。

「やっぱりお母さんは……会いたくない、わよね……」

「セブン……」

 自嘲するように笑うセブンに、レインは姉としても子供としてもかける言葉を見つけることが出来なかった。

 ……レインが母にもちかけた話とは、セブンがまた日本にいる間に会ってくれないか、ということだった。セブンにとって幼い頃に生き別れになったのは、もちろん姉だけではなく母も同様であり、出来ることならば再会したいとは考えていた。しかし母は、セブンが幼い頃に離婚して彼女を捨てたも同然の身であり、今さら七色に会う資格はないと、ただただひたすらに拒んでいて。せめてVR空間でだけでもと、先日は《アミュスフィア》を勧めてみたものの、のべつまくなしに断られて。

「仕方ないわよ。あたしだって、どんな顔して会えばいいのか分かんないし……そりゃ、会いたいけど」

「大丈夫! 絶対にお母さんを説得してみせるから、お姉ちゃんに任せておいて!」

「お姉ちゃん……あ、あたし、もう仕事の時間だから、えっと……それじゃあね!」

 セブンの悲痛な表情に耐えられずに、レインはニッコリと笑いかけてみせる。するとそんな表情を見せてしまったのが恥ずかしかったのか、すぐさま自らが飲み食いした分の会計を済ませて、セブンはログアウトしていってしまう。自分の弱みはあまり見せたくないのだと、最初はそんな妹の姿に、レインもニコニコと楽しげに笑っていたが――

「……はぁ」

 ――セブンが完全にいなくなったことを確信してから、レインは重くため息を吐いていた。

「すいません、お会計お願いします」

 ため息を吐く理由は簡単だ。セブンを安心させたいがためにああは言ったが、正直に言ってしまえばレインには考えなど全くなく。心中複雑なまま、レインも会計を済ませて店を出て行くと、歩きながら考えを巡らせる始末だったからだ。

「レイン?」

 そして歩いている理由も特にはなく、ただ喫茶店に座っているよりはいいという後ろ向きな考えで。気づけば路地裏から盛り場にまで来ていたようで、人にぶつかっていないのがレインにとっても奇跡なほどで。聞き覚えのない名前を呼ばれたことで、ようやくレインは意識を取り戻して振り向けば。

「えっと……」

 開店準備中の店先から声をかけてきたのは、適当に切り揃えられた銀髪と切れ長の目が相まって、どことなく冷たい印象を与える褐色のレプラコーン。そんな彼に見覚えはなく、どこかで会ったかとレインが思い出そうとしていれば、目の前の彼は困ったように苦笑していて。そんな表情にクールな印象は雲散霧消して、むしろレインはそんな落ち着いた印象を持つ友人のことを思い出していた。

「……もしかして、ショウキくん?」

「よく分かったな」

「も、もちろん。アバターが変わっても、レインちゃんがショウキ殿を間違えるわけがないですぞ?」

「時間はかかったみたいだけどな」

「むぅ……」

 そうして悪戯めいた表情で笑いながらも、分かって貰って嬉しい、という思いをどこか内心に留めている表情は、アバターが変わってもショウキという人物に違いはなかった。何を思っているか、表情を見れば非常に分かりやすいにもかかわらず、どうにか無表情に徹してそれを隠そうとして――隠せていると思い込んでいるところが。

『お姉ちゃんには、ショウキくんなんかお似合いだと思うけどなー 』

「っ……」

 などと考えていると、レインの脳内に先程セブンにからかわれた記憶が蘇り、自然と顔が熱くなってしまう。ただの友達、ただの友達、と何故だか言い訳をするようにレインは自らに言い聞かせつつ、頭をぶんぶんと振ってセブンの言葉を脳内から放り投げていく。

「……どうした?」

「ううん、何でもないよ! そっ……そんなことより、前のデータを消しちゃったんでしょ? 大丈夫なの……?」

「あー……ああ、見ての通り。一からのスタートってやつ」

 目の前でいきなりぶんぶんと頭を振り始めたレインに、もちろん困惑する視線を向けてきたショウキだったが、レインにとっては幸いなことにあまり触れないでくれて。そんな彼の表情や声色に、連れ添ってきたデータを削除した後悔や悲しみの感情はなく、むしろ嬉しげにショウキは準備中の店先を示してみせる。そこには大きく目立つように、『リズベット武具店 近日新装開店』と記されていて、文字通りにリズと一緒の一からのスタート、ということだろう。そんな微笑ましい二人の光景を想像していたレインへ、今度はショウキが問いかけてきていた。

「そういうレインも、どうしたんだ? こんなところでボーッと歩いて」

「え? それは……その、セブンがお世話になったらしいから、ショウキくんにお礼を言いに行こう、って! ほら、お姉ちゃんとして!」

「……こっちのアバターも知らないのに?」

「えーっと……あ、ショウキくん、ちょっと時間はあるかな? 相談したいことがあるんだけど」

 解決策もなく安請け合いをしてしまった、などとは言えずに、セブンをカフェまで連れてきてくれたお礼を――ということにしようしたものの、その嘘は嘆息とともにショウキに呆れられる。ならば嘘から出た真だとばかりに、レインは相談に乗ってもらおうと頼み込むと、真剣さが伝わったのかショウキもピクリと反応して。

「ちょっと……セブンのことでさ」

「……力になれるかは分からないけど」

「それでもいいよ。お願いします」

 開店準備といった大事なときに、また自分たち姉妹のことで彼に厄介ごとを持ち込むのは、レインとしても非常に申し訳がたたないものの。それでも離婚した母などと、デリケートかつセブンにしてはスキャンダルになりそうな話題など、レインはショウキ以外に相談できる相手はいなかった。もちろんショウキが相談内容を言いふらすような相手とも思えず、困ったような表情の彼に、もう一度だけ深々と頼み込んだ。

「じゃあ……狭いけど、入ってくれ」

「う、うん。お邪魔します」

 そうして店の側面に設えられた入口から、レインは新装リズベット武具店へと入っていく。まだ開店準備中ということか、中は様々なものがゴチャゴチャと転がっており、実際よりなお狭く感じられた。端に作られた炉も小さなもので、楽しいことだけではなさそうだな、とレインは他人事ながらそんな考えが浮かんでしまう。

「椅子は……あったあった、ほら。まだ練習、というかスキル上げ中のものでよければコーヒーも淹れるけど」

「ありがとう。そんなに長居する気はないから、コーヒーは大丈夫だよ」

 ストレージの中から二つの椅子を取り出しただけではなく、コーヒーまで用意してくれるらしかったが、先程までカフェにいたこともあって飲み物は丁重にお断りして。ショウキくんのコーヒー美味しかったのに、しばらく飲めないんだな――などと、関係ない思考に逃避しようとしてしまう自身を律しながら、レインは椅子に腰かけながら語りだした。

「えっとね、セブンと……お母さんのことなんだけど」

「…………」

 黙って聞いてくれるショウキに甘えて、レインはこれまでのことを簡単に語っていく。セブンが幼い頃に別れた母に会いたがっていること、それに対して母はセブンとは会いたがっていないということと、レインとしてはもちろん再会して欲しい……が、母がセブンに会わせる顔がない、というのも分かるということ。母にセブン、どちらも多忙のために会う機会はなく、VR空間での対面を勧めたものの母には拒否されたということ。

「わたしたちは仲良く再会できたから、お母さんも……とは思うんだけど、なかなか、ね」

「……レインの母さんは、VRとかには詳しくないのか?」

「え? う、うん……」

 お母さんがVRについて知らなかったから、セブンがどれだけ天才か分からなかったのも、離ればなれになった理由の一つだから――という言葉を、レインは必死になって内心で飲み込んだ。例え母がVR空間について詳しかろうと、母はセブンの英才教育には反対していただろうから。

「それがどうかしたの?」

「いや、会うだけなら、《オーグマー》を使えないかなって。騙し討ちみたいになるけど……」

 言いにくそうに躊躇するショウキだったが、レインには何となく言いたいことは伝わっていた。VR空間といった最近のテクノロジーに詳しくない母と、騙し討ちという言葉の意味するところは。

 ……母に《オーグマー》を使わせて、なし崩し的にセブンと会話をさせようというのだ。今まで海外にいたとはいえ、セブンはもちろん《オーグマー》について把握しており、面白いガジェットだと語っていた覚えもあって。直接の対面は出来ないが、セブンなら《オーグマー》を十全に使った機能で再会できるだろう。

「ありがとう、ショウキくん! ちょっとセブンにも話してみるね!」

「だけど、これじゃ――おい!」

 それだけショウキにお礼を言い残すと、レインはいてもたってもいられずに、リズベット武具店でログアウトすると。数時間ぶりに現実世界のベットで飛び起きて、すぐさまセブン――七色のプライベート用のアドレスでメールを送る。幸いなことに七色も仕事中ではなかったようで、すぐさまメールの返信が届いていた。

「よっし……!」

 七色からのメールに目を通してみれば、少し気乗りしないようだったが、それでも母と対面するために必要なことだと了承してくれたらしい。それからは母が帰ってくるまで、後回しにしていた朝の準備や午後の仕事の用意、担当する家事を終わらせつつ、妹に言われた通りに自身の《オーグマー》を調整して時間を潰しつつ。午後に待ち構える待望の仕事と、母と妹の再会に、虹架はソワソワと落ち着かないでいた。

「ただいま」

「お帰りー!」

 そうして虹架が午後から夜まで仕事のため、いったん昼に帰ってくる手筈となっていた母の声が玄関に響いた。七色にメールを送って合図とすると、デコレーションされた《オーグマー》を片手に、虹架は玄関へと駆け出した。

「……虹架? あなた、仕事じゃないの?」

「うん、そろそろ。それよりさ……」

 怪訝な表情を隠さずに家の中へ入っていく母に、虹架はニッコリと応対する。VRに詳しくない母に《オーグマー》をどう装着させるかは、虹架の舌先三寸にかかっており、《オーグマー》を隠すように後ろ手に組んだ拳に嫌な汗が流れていく。母は七色に会いたくないと言っている以上、馬鹿正直に言うわけにはいかずに、今こそアイドル活動で身につけた演技力で――と、虹架は自分に言い聞かせていく。

「あ……あのね、お母さん」

「なに?」

「コレ、ちょっと付けてみてくれないかな!」

 ……そうして虹架が取った手段は、真正面から正直に頼み込むことだった。深々と下げた礼とともに差し出された手には、虹架の《オーグマー》が握られており、突然の申し出に母もすっとんきょうな表情を見せていて。

「……どうしたの、いきなり。知ってると思うけど、母さんはあまりそういうのは――」

「一回! 一回だけでいいから、ね?」

「……分かったわよ。どうすればいいの?」

 それでも必死で頼み込む虹架の姿に折れてくれたようで、《オーグマー》を受け取ったものの使い方は分からず。そこは虹架が教えながら《オーグマー》を起動すると、起動時の『オーグマーにようこそ』の声に驚いたように、母の身体がピクリと跳ねる。

「ちょっと……驚かせたかったの?」

「違うよー。えっと、そろそろ……」

「だから、何が――」

 カフェで見たセブンそっくりのジト目で見てくる母を手なずけながら、虹架は母からゆっくりと離れていく。家に《オーグマー》は虹架の分しかないため、装着できない虹架には姿を見ることは出来ないが、母には《オーグマー》を通して七色の姿が見えているはずだった。その証拠に、驚愕で目を見開いた母は――

「えっ――」

 ――装着していた《オーグマー》を潰すように握り締めると、そのまま床へと投げつけていた。

「……言ったわよね、虹架。こういうのはもう止めてって」

 金属音を響かせながら床を転がっていく《オーグマー》に構うことも出来ずに。そして虹架を見据える母の瞳には、明らかな怒りの感情が浮かんでいた。そこで虹架はようやく、この方法を提案してくれたショウキが止めようとしていたことや、セブンがあまり乗り気でなかったことの意味を理解する。

 こんな不意討ちのような真似に、母が怒らないわけがないと。

「……でも……」

「いい? 私はあの子を……七色を捨てた、親失格な女なの。もうあの子に会う権利なんてないの。分かるでしょ?」

「……だって! 七色が……七色はそれでも会いたいって!」

 まるで子供に説教するかのような母の口調だったが、対する虹架も子供のように言い訳をすることしか出来なかった。それでも七色は母親のことを恨んだりはしていないと、どうしても会ってやってくれと、虹架にはそう伝えることしか出来なかったが――

「もう止めて……私をこれ以上、苦しめないで。お願いだから」

「…………」

「……ごめんなさい。母親失格なのは……分かってるけど」

 ――沈鬱な母の表情に、茫然自失となって言葉を発することも出来ない虹架に対して、母は何も言わずに家の階段を上っていった。思った以上に否定の気持ちをぶつけられた虹架は、そんな母の背中を追うことも、急に回線が切断されたであろう七色に連絡することも出来ず、ただ立ち尽くすことしか出来ずにいて。

「お母、さん……」

 ……どうしてこうなってしまうんだ、と答えの出ない疑問を自らに投げかけ続けていたレインが目を覚ますのは、目覚ましのように携帯の着信音が鳴り響くのを待たねばならなかった。

 
 

 
後書き
全三回ほどの予定です。よいお年を。

ホロリア? アリシ? 何のことです? 
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