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千雨の幻想

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5時間目

 時代の最先端の科学と時代錯誤の魔法を併せ持つ一見完璧に見える麻帆良学園にも定期メンテナンスというものが存在する。
 年に二回、夜8時から12時まで学園都市全体が停電し、その間一部の設備を除くすべての電力が停止する。
 学園の生徒のほとんどはこの日に備え前日から、もしくは当日に行われる停電セールにてろうそくなどを購入し、8時以降の電灯の代わりとして使用している。
 千雨もその一人で、この日ばかりはパソコンを使用するわけにもいかないのでおとなしくろうそくのそばで魔導書を読みふけっている。
 もちろん、本来なら今日も例年のように魔導書を熟読する予定だったのだが想定外の事態が発生した。

「おいおいまじか!?」

 停電し、準備していたろうそくに火を灯そうとした瞬間、彼女の感覚が異様に強大な魔力を捕らえた。
 彼女は急ぎ、窓へと走る。
 大きく窓を開き、隅から隅まで学園を見渡すとあることに気が付いた。

「結界の一部が消えてやがる!? ちくしょうなんだってこんな」

 こんな時に、そう言おうとして気が付く。
 強大な魔力、そしてここ最近騒ぎを起こしていた吸血鬼の存在に。

「マクダウェルのやつか……」

 そう思いいたるとすぐさま身を翻し、ベッドの下へ腕を入れ、そこにあるものを引き出す。
 それは大きな長方形のジュラルミンケースと一つの衣装ケースだった。
 まず衣装ケースを開ける。そこに本来納められるべき衣類はなく、代わりに御札や裁縫針と比べ物にならないほど巨大な針や八卦の印が刻まれ所々に金属が張り付けられた籠手のようなものなど、ほかの人間がみれば奇妙としか思えないような品々な収められていた。

 千雨は籠手を両手につけて、何度も手を開いては閉じてを繰り返す。
 そのまますっと札や針に触れる。すると不思議なことに最初からそこに何もなかったかのように次々と針や札が消えていく。
 ある程度を残し衣装ケースを閉じると、次にジュラルミンケースを開く。
 そこには一対の日本刀が収められていた。
 片や長さ1メートルを超える大太刀に、片や50センチほどの脇差。
 それら2つを取り出して、ジュラルミンケースを片付ける。
 その後にタンスを開け、そこに隠してあった先日香霖堂で購入した仮面を手に取り、装着。

「さて、……急ぐか」

 千雨はそういうと、大きく開かれた窓へと駆け出し、そのまま飛び出していった。






「ひ、ひきょうですよ! クラスメイトを操るなんて!!」

「言っただろう? 私は悪い魔法使いだって」

 魔力と妖気を頼りに千雨がたどり着いたその場所にはエヴァンジェリンと茶々丸にネギ先生、となぜかメイド服を身にまとったまき絵、明石裕名、大河内アキラ、和泉亜子4名がいた。

(そういえば吸血鬼の伝説に噛まれたら同じ吸血鬼になるってもんがあったな、噛まれてすぐ変化がなかったことを見ると一時的な物か、それとも遅延性だったかはわからんが……)

 ギリ、と千雨は強く歯を食いしばる。
 もともと、彼女は自分から魔法使いたちと関りを持つ気なんて欠片もなかった。今回の事件だって自身に危険が及ぶ可能性があったからいろいろ調べていたわけであって、決してネギ先生を助けるためというものではなかった。
 ただ、彼女にも人並みの感性は存在する。
 人が傷つけば悲しく思うし、不条理なことがあれば怒りも覚える。
 彼女が知る限り、今エヴァンジェリンの手下となっている4人は魔法とは関係を持たない一般人のはずだった。
 それがああも勝手に吸血鬼化され、ネギ先生と戦う手駒とされているのはいい気がしない。少し間違えれば千雨もあそこにいたかもしれないのだから当然ともいえるだろう。

「マスター!」

「ああ、そこだな」

 ただ今回に限りはその人として当然の感性が仇となった。

(しまった!?)

 彼女が半吸血鬼となった4人に気をやるあまり、自身のことがおろそかになり彼女の存在を二人に察知される原因となった。
 当然、いま彼女がいる場所をエヴァンジェリンの魔法が貫くこととなる。
 エヴァンジェリンの放った氷の魔法はすさまじく、並の人間ならば一瞬で哀れな氷の彫刻となり果てるほどの威力を秘めていた。

「まったく、魔法使いってのは物騒なもんだな」

 だからと言ってそうやすやすと倒されるような千雨ではない。
 何事もなかったかのように氷の柱の隣に姿を現すと、心の中の焦りを表面に出さないようにふるまう。

「ほう、あれを躱すとはなかなかやるようだな」

 対するエヴァンジェリンは今現れた不審者をじっくりと観察する。

(こいつ、制服から一応は女だということがわかるが、それ以上のことがわからない……)

 狐の面を身に着けた麻帆良学園の制服の女、それ以上のことが認識できなかった。
 両手に籠手のようなものを身につけていることから刀などの武術を使うと思われたが、エヴァンジェリンの予想に反し、彼女は手ぶらで何も武器らしいものを持っている様子はない。
 声もまるで中性的で、制服がなければ女とは認識できなかったかもれないと彼女は感じた。

「茶々丸、どうだわかるか?」

「いえ分析してはいるのですが、分析する度に違う結果が算出されてしまい……」

 そう小さく頭を下げる茶々丸。

(認識阻害の魔法、それも私すら欺くとはよほどの手練れかそれともあの面の効果か)

 麻帆良にとらわれている身とは言え、600年を生きた魔法使いである彼女を欺く時点で相当な代物であると彼女は考える。
 しかし、今そんなことはどうでもいい。
 突然現れた不審な女(?)よりも待ちに待った獲物を優先したい。
 この日のために準備してきたのだ、もうこれ以上長引かせたくはない。
 そう思う彼女は千雨にこう話しかける。

「そこの女、今立ち去るなら見逃してやってもいいぞ、これから忙しくなるからな!」

 と言ってネギ先生の方へ視線を向ける。
 その鋭い視線に気圧されそうになるもぎりぎりのところで耐えるネギ先生。

「まあ、本来私がどうこう言うような問題でもないし、できればこのまま高見の見物しちまうのが一番なんだけどな――」

 瞬間、千雨の姿が消える。
 その姿を捉えられたのは機械である茶々丸と戦闘経験豊富なエヴァンジェリンのみ。

「生憎、弱い者いじめを見逃せるほど人間が腐っちゃいねえんだ」

「え? ええ!? 今そっちにいたのに!?」

 ぽん、とそう言ってネギ先生の肩に手を置く。
 急にとなりに出現した千雨に困惑を隠せないでいるネギ先生。
 今千雨が行ったのはそう珍しい技ではない。
 人間が誰しも持つ生命エネルギーを燃焼させて得る『気』という力により身体能力を強化、さらに紅白の巫女とたまに会う武術の達人である紅美鈴から教わった体術。それらを合わせたことによって瞬間移動のごとく自身を高速移動させる技である。これを極めることにより『縮地』とよばれる極地へ至ることができるが、千雨自身、自分がそこまでこれを使いこなせているとは思っていない。
 それでも、半吸血鬼となった一般人や戦闘経験の浅いネギ先生が姿を見失うのには十分すぎるほどの速さであった。

「は、後悔しても知らんぞ」

 とエヴァンジェリンは言い放つが内心彼女は焦っていた。

(あれほどぼ瞬動を使う手練れ、となると茶々丸一人では厳しいか……仕方ない、少々急ぐとしよう)

 今宵、麻帆良を覆う結界の一部をハッキングで機能不全に陥らせてはいるが、それも永続するというわけではない。
 麻帆良の職員や魔法先生たちが結界を修復すれば、たちどころに彼女はそこらへんにいる一般人の少女と変わらないくらいに弱体化してしまうことだろう。

 こうして、吸血鬼&ロボットVS子供先生&不審者というまたもや奇妙な決闘が行われることとなった。


 
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