ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
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第3章 儚想のエレジー 2024/10
21話 望まぬ再会
石段に腰を下ろした眼前のプレイヤーは、首を横に振って足早にその場を立ち去った。
数秒遅れて、緑色の胴衣に全身鎧と統一された装備に身を包んだプレイヤー集団、今は確か端的に省略されて《軍》と呼ばれていたか。かつての恩人紛いのプレイヤーが指揮していたギルドの成れの果てに所属しているであろう者達が横切るのを横目に流す。これまでに三十余名ほどのプレイヤーに対してティルネルが欲する薬草の情報源を聞いて回っていたが、なんとも糸口さえ見出せていないというのが現状であった。
本来ならばここにヒヨリを加えた三人一組がティルネルの思い描いた理想形だったのだろうが、実のところは想像し得る最悪のシナリオを辿って開始以前に離散してしまうとは当人も思っていなかったらしい。お互いにそれぞれ居場所の悪さからか、碌に続きもしなかった会話も今となっては無言となり、それが更に経過する時間から受容する苦痛をより強いものにする。いや、そう思っているのが俺だけなのかさえもう定かではないのだが、少なくともこのまま闇雲に捜索を続けたところで時間を無為に浪費するだけにしか思えない。ティルネルには申し訳ないが、アルゴへのバトンタッチを進言しようと思い至ったが、意見を切り出すタイミングは不意に奪われる。
進行方向の十字路を曲がった先、ちょうど俺達の横を通り過ぎた軍の全身鎧集団が去っていった先から、圏内とは思えないような絹を裂くが如き悲鳴と荒々しい衝撃音が響いたのだ。場所が場所なだけに、HPを損なうような直接的な危機とは思えないと理性は即座に危険性を低く見積もったが、悲鳴をあげた声にどこか幼いような印象を受けるとやはり尋常ならざる事態を予期して身体が勝手に走り出していた。背後にティルネルのローブを擦りながら走る足音を聞きながら十字路を軍のプレイヤー達の進んだ方向に曲がると、目を疑うような光景があった。
狭い袋小路には六名のプレイヤーが確認できた。全員がグリーンカーソルの、SAOのシステム上は罪を犯していない善良なプレイヤーだ。うち三名は緑の胴衣の上にプレートアーマーを着込んだ《軍》のプレイヤーが俺達に対して背を向けて――――更に言えば、路を塞ぐような陣形を組んで――――いて、その奥には三名の非武装のプレイヤーが追い込まれるような格好で動けずにいるようだった。その非武装の三名はSAOの年齢制限と照らし合わせると明らかに若い、というより幼いばかりか、少し手前に倒れている少年は空の木箱に背中から飛び込んだような散らかり様の中に身を横たえている。一目で暴力沙汰を連想させる状況に鉢合わせた不運に溜め息が盛大に零れた。余程大きい音だったのだろう。自分でも意図的に呆れた感情を包み隠さなかったのだから、当然の帰結として加害者側であろう《軍》のプレイヤーの視線を集めることとなる。
「なんだお前、なんか用かよ? こっちは取り込み中なんだ。さっさと散れ」
「いい歳こいた大人がガキを囲んで取り込み中か。アンタ達いい趣味してるよ」
売り言葉に買い言葉というか、挑発的な言葉に対して軽率な皮肉を返すのは、俺自身も荒んでいるという兆候なのだろうか。朝のヒヨリとの一件から、ティルネルとの居心地の悪い共同捜索と今日はまだ半日しか経っていない筈なのに悪いことが立て続けに起こっているのだから責められないとして、対峙する軍のプレイヤーには見知った顔は一人としていないことに気付く。二十五層における《アインクラッド解放軍》の損害、それを受けて前線から撤退した後に加入したプレイヤーだろうと予想して、かつての顔見知りでなかったことに内心で安堵しつつ、変わってしまった軍の姿に一抹の落胆を感じつつ改めて彼等に向き合うと、第一声を切り出した軍のプレイヤーは怒りに顔を引きつらせていた。
「……ナメた口聞いてんじゃねえぞ? 俺等はこのガキどもに納税の義務ってモンを教えてやってたところなんだよ」
「『教えてもらってた』の間違いじゃないのか? ………って、危なっ」
聞き慣れない上に気に入らない響きの単語を皮肉ると、片手剣の刃が鞘を滑って抜き放たれた。圏内だからダメージを負うことは一切無いが、反射的に躱すと隙だらけの脇腹を蹴って薙ぐ。この応酬だけで中層辺りのプレイヤーの方がもう少しマシな立ち回りをするだろうと冷めた評価しかさせてくれないほどに、彼等の実戦経験の乏しさが目に余る。
察するに、第一層で着込むには不釣り合いな性能の――――それでも最前線のプレイヤーのそれとは比較するべくもないが――――装備は、どうやら納税を強制するための脅しの意味合いと、あまり考えたくはないがその納税の成果なのだろうか。先程の情報収集に協力してくれたプレイヤーが足早に去ったのは彼等が原因とするならば、ここの住人に危機として認知される程度には徴税とやらを行っているのだろう。リソースの平等分配を掲げていたギルドとは思えない変貌ぶりだ。
「………野郎、ふざけやがって!?」
「正当防衛だ、やっちまえ!」
正当防衛を主張できるのは俺なのでは、という質問は当然取り合ってもらえず、挙句の果てに囲まれてしまった。とはいえ、この状況に乗じてティルネルは既に隠蔽効果のあるエルフ系Mobが有する専用スキルを発動させていた。《まじない》と呼ばれるそのスキル群は、SAOの舞台であるアインクラッドが現在の百層にもなる空の城を形成する以前に存在していた《魔法》という奇跡の残り香なのだというが、その効果は補助的なスキルに大きく偏るが、正しく優秀の一言に尽きる。俺が軍の注意を惹きつけているうちに十字路を後退して隠れ率を大幅に上昇させ、塀を渡って背後を取っていた。今回は挟撃ではなく子供の救出を主眼に据えての行動だったが、流石に手際が良い。当然、まともに《索敵》スキルを持たないであろう彼等には看破など度台望むべくもない。あまり本気でやり合うのも馬鹿馬鹿しいので、適当に剣閃をあしらってはたまに突き飛ばす程度に抑えて注意を惹きつけていると、ティルネルが子供を塀の向こうへと逃がし終えたと頷いて報せてくる。あとは安全地帯まで誘導してくれるだろう。
「さっきからチョコマカ逃げ回りやがって! 《圏外》で決着つけるか!? アァ!?」
よほどストレスが溜まっていたのか、片手剣を振り回す一人が怒声を張り上げる。
それにしても、身の程を知らない罵声にもそろそろ飽きてきたし、何よりも彼等は琴線に触れてくる。
「俺と街の外に出掛けるのはいいけどさ、さっきのガキどもはどこに行ったんだろうな?」
「うるせぇ! ワケ分かんねえこと………あ?」
俺の指摘に、周囲を取り囲む全員がキョロキョロと周囲を見回した。
獲物を逃がした焦りが最初に、次いでその怒りが案の定俺に向けられる。
「テメェ、軍の任務を妨害しやがって! 俺達に楯突くことがどういう意味か解ってんのか!!?」
「どこからどう見ても全ッ然楯突いてないだろ。むしろ俺は被害者だぞ」
「そんなの知るか! 解ってねえならじっくり教えてやらぁ!」
俺の弁など聞く耳持たずと言わんばかりに、再び武器を構えて襲いかかってくる。だが、ここからは遊ぶ必要はもうない。
一人目、鈍い突起が威圧的なメイス使いの振り降ろしを上体を逸らして往なし、側頭部に拳を叩き込む。道幅の狭い袋小路故に然したる飛距離もないまま壁に衝突すると、メイス使いは急速に流れる風景に酔って膝を折る。
二人目、背後から返しのついた穂先の槍で刺突を繰り出す長物使いは、ここが《圏内》であることを失念していたらしい。その鋒が俺を貫く前に不可視の障壁に阻まれるのを見逃さずに得物を掴み、一気に引き寄せた。重装備に似つかわしくない軽さを力任せに引っ張られて浮いた身体、がら空きの鳩尾に前蹴りを穿つ。当然、蹴り足は寸前で障壁によって遮られるが相手が空中という固定されていない場所にいるならばそのまま薙ぎ払って吹き飛ばすくらいは不可能ではないし、遠心力で内側を揺さぶられる感覚だけはしっかりと残る。痛覚こそ遮断され、攻撃は届かないでいるものの、吐き気に近い感覚だけは与えられる為に、長物使いは自分の得物を手放しては腹を抱えて蹲る。
痛覚が遮断されているとはいえ不快感には抗えないし、慣れていなければ堪えることも難しい。さながらシステム外状態異常に足止めされる軍の両名をそのまま捨て置き、最後の一人となった饒舌な片手剣士と目を合わせた。
「どうした? さっきまで威勢が良かっただろ?」
「わ、解ってんのか!? 軍はSAOで最大の攻略ギルドなんだぞ!!?」
「ああ、良く知ってるよ。《オっさん》にも世話になったからな。………だから残念だね」
二歩、三歩、近づくにつれて、片手剣士は後退る。
金属装備という分かりやすい外見的ステータスを俺が身に付けていない以上、この戦力差をレベルの差だと判断するにそう難くはない。彼もまた、彼我の差をようやく認識したのだろうが、もう遅い。
彼等は余りにも貶め過ぎた。かつて、《アインクラッド解放軍》を立ち上げた男がどんな思いでギルドを育てたか。どんな思いで二十五層フロアボス戦を終えたのか。どんな思いで攻略の最前線から退いたか。「知らない」と一言で片付けさせるわけにはいかない。
握られた片手剣を蹴って得物を撃ち払い、爪先が地に着く前に半円を描いて再び片手剣士の首元を捉える。やはりダメージを伴うレベルでの打撃は圏内の使用によってダメージこそ無力化されるが衝撃だけは確かに残り、袋小路の奥まで数メートルを弾かれるように吹き飛ぶ。乱雑に積み重ねた木箱や立て掛けた板のオブジェクトを散らしながら地に伏すと、そのまま咳込んでうつ伏せに倒れた。彼が起き上がる隙も与える意思はなく、首を掴んで無理矢理起こして塀に背中を打ち付ける。
「アンタ、さっき《圏外》に逝くって言ったよな」
「や、やめ……」
「安心しろよ。俺は別に苦しそうにしてるヤツを圏外に連れ出そうなんてしないさ……」
泣きそうな顔で不格好な安堵の表情をつくる片手剣士に、俺は笑いかけてやる。
もう安心していい。自分の発言通りに圏外へいく必要なんてない、と言い聞かせてやるように。
「………ここで死ね」
代わりに、片手剣士の目の前に一つのウィンドウが表示される。同時に、彼の表情の一切が氷結した。表示されているのはデュエル申請。内容は、《全損決着モード》。
なんの不思議なことはない。彼が意図していた《圏外でのHPを削り合う殺り取り》について、俺はあくまで《圏外に出なくてもいい》と言っただけ。殺さないとは一言も確約していないではないか。
「誰か助け……ッ!?………嫌だァァァァ!?」
首を掴む手を剥がそうと、片手剣士は残った左腕で抵抗するが、そもそも彼が実感したレベル差は死にたくないという意思力程度では覆せるものではない。もう片方の右腕は、俺の左手が捉えている。人差し指を握り、その指先はゆっくりとウィンドウの承認ボタンへと迫っていた。彼の助けとなるであろう後方の二名に至っては既に姿が無い。謂わば見捨てられたのだろう。それまでの威勢はどこへやら、今度は悲鳴をあげる側となった片手剣士の指先と承認ボタンとの距離が残り2センチメートルと迫ったところでそろそろ脅しも止めようとした矢先、左腕にそっと手が置かれる。
「そいつにはワイからよう聞かしとく。せやから、そこまでにしといてやってくれんか」
見覚えのない軍のプレイヤーを見据える視界の外から、やけに聞き覚えのある懐かしい関西弁が耳に届いた。同時に、このような場で再開したくないであろうその人物に、苦々しげに挨拶をする。
「………久しぶりだな、オっさん」
後書き
キバオウさん登場回。
いつになく陰鬱な展開で更にバイオレンスな戦闘描写。時を同じくしてか、それとも若干のズレがあるかはさておき、圏内で相手に恐怖を刻んだ抜刀妻の手法とは異なる方法で、主に吐き気や酔いや噎せを利用した圏内ならではの戦闘方法が描写出来てればいいなぁ(願望)
あと弁明するならば燐ちゃんは軍のプレイヤーを殺害する意図はありませんでした。多分。
さて、原作でも軍の徴税の始まった時期であり、もう圏内でさえマッポーめいたアトモスフィアが立ち込めるサツバツとした雰囲気が漂いまくりとなっております。
そんな折、《アインクラッド解放軍》の創設者であるキバオウさんと一番出会いたくないタイミングで再会した燐ちゃんは何を思うのか。というかキバオウさんをオっさん呼ばわりなのか燐ちゃん。子供を安全地帯まで誘導するティル姉とはちゃんと合流できるのか。というか当初の目標はどうなるのか。
今後の展開、なんと全部ノープランです(ドヤァ…
次回更新はまたも不定期。失踪しないというか書きたい事があるから出来ない。でもまとまらない。つるぁぁい。
ではまたノシ
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