ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人
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辺境異聞 5
【トーチ・ライト】で明るく照らし、地下にあるワインセラーをくまなく調べる。
夢では左奥から三番目の樽の床に隠し扉があったが、はたしてその部分だけ埃が堆積しておらず、頻繁に動かしている形跡があった。
問題は開け方だ。
「コマンド・ワードを唱えて開閉する魔術的なカラクリだ。はて、あのヘルギのような少女は夢のなかでなんと唱えただろうか……」
「コマンド・ワードなど不要だ」
「おいおい、まさか攻性魔術で床に大穴を開けるつもりじゃないだろうな」
「おお、そういえばここは古代遺跡なんかとちがって霊素皮膜処理(エテリオ・コーティング)が施されてないから、その手が使えたか。たしかにそっちのほうが手っ取り早いな」
「じゃあ別の方法を考えていたのか?」
「そうだ。【ファンクション・アナライズ】でコマンド・ワードを読み解くつもりだったんだが……」
【ファンクション・アナライズ】。
対象物の分析・解析をおこない、物理的な構造や機能はもちろん、魔術的な事柄も知ることができる探知の魔術。
「こんな床、壊したほうが早いよな」
「いやいや、ぜひその解析魔術で読み取ってスマートに進めてくれ」
「注文の多いやつだねぇ」
セリカの解析魔術によって知り得たコマンド・ワードを唱えると、ワイン樽ごと床が横にずれて地下へと続く階段が現れた。
地下二階。すえた臭いのする古い通路を進むと、道がふたつにわかれている。
「左手法に則って、とりあえず左から攻めるか」
「前に迷宮探索を希望していたよな。ちょうどいい機会だ、いくつか基本の呪文を教えてやろう」
黒魔【スペーシャル・パーセプション】。
空間把握の術。微弱な音波を放ち、その反響によって、ごく近距離の通路構造を魔術的に把握できる。
黒魔【アキュレイト・スコープ】。
遠隔視の術。光を操作することで、視覚を遠方へ自在に伸ばせる。
白魔【トラップ・サーチ】。
罠感知の術。あらゆる罠は仕掛け人の攻撃的悪意・害意が空間に残るため、それを拾うことで罠の存在を察知する。
「おお、なんだか潜りゲーみたいだな」
「あとは【ディテクト・マジック】と【イレイズ】などが『魔導探索術』における重要な魔術だ」
魔導探索術。
地図作成、水や食料の調達、照明の確保、罠や仕掛けの探知、周囲の索敵、碑文の解読、そして戦闘。あらゆる技能や知識が試される総合技術であり、魔導考古学を専攻する魔術師には必須のスキルだ。
左手側の通路の先には扉があった。
「罠も施錠もなし、開けるぞ」
扉を開けた瞬間、 髑髏の山が視界を埋め尽くした。
山のようにされこうべが積まれている。
異様なのはそれだけではない。
穹窿天井から吊るされた三灯のシャンデリアも、 壁面に施された装飾も、長椅子も、燭台や花瓶も、奥にある祭壇に置かれた十字聖印も――。部屋にあるすべてが人骨で作られている。
「これは……! まるでチェコのセドレツ納骨堂じゃないか」
「納骨堂を兼ねた礼拝堂といったところか。しかし悪趣味の極みだな」
「蝋燭や篝火の燃えさしが残っているのを見ると、現在も定期的に礼拝がおこなわれているということか。しかし、なにを拝んでいるんだ」
「決まっているだろう、暗黒神だ」
「暗黒神てのはどういう神様なんだ?」
「善悪二元論の聖エリサレス教において絶対の正義、善であり至高の存在である神に対抗し、絶対悪として表される存在。法や秩序を重んじる神に対し、欲望に忠実であれと説き、無秩序や混沌を良しとする。創世神話において神との戦いに敗れ、魔界や地獄と呼ばれる異界の深闇に堕とされるが、徐々に勢力を盛り返してふたたび神に戦いを挑むとされている」
「悪魔とはちがうのか?」
「人々に信仰される、されないかのちがいにすぎない。と考え、悪魔と同一視する者もいる」
「あんたはどう思う」
「悪魔だろうが善神だろうが悪神だろうが、ようは強力なモンスターさ」
「エリサレス教の神や暗黒神には固有の名はないのか?」
「それはむずかしい質問だな。当然やつらにも『真の名』があるはずだが、それは極秘にされている。というか人の世に伝わっているかどうかですら不明だ。複数の宗派や教団がそれぞれ別の呼称で――」
話しながら室内を調べていると、いきなり埃が舞い上がった。
ここは地下にある。風など、吹かない。
「アッシュか!」
アッシュ。死体を焼いた灰を元に作り出されるアンデッド。 普段は容器に納められていたり、砂や埃のように地面に広がっているが、生ある者が近づくと舞い上がり人型をとって襲いかかってくる。
灰という肉体的な特徴から武器などによる攻撃は効かず、一度焼かれた存在であるため炎も効果がない。
アッシュの攻撃もまた直接的に危害をあたえるものではなく、目標となる生物を包み込み、口や鼻から体内に侵入して内臓を傷つけるというものだ。
アッシュだけではない。
無数の骸骨――スケルトンがうごめき、起き上がった。
犬のような顔と蹄を持ったグール、黄色く輝く穢れた光につつまれたワイト、骨と皮だけのドラウグル。
さらには頭蓋骨の形をした悪霊ラフィン・スカルなどの肉体を持たないホーントまでもが出現した。
「うううう……ぐぼぼぼぼぼぼぉぉぉ……」
「新鮮な血肉だぁ、捧げよ捧げよ、われらの贄となれぇ」
「脳みそぉぉぉ、喰わせろぉぉぉ」
「おれは、はらわたが食いたい」
「熱イィィィィ、寒イィィィ、ひもじイィィィ、苦しイィィィ」
悪しき不浄の死者たちが、生者への憎悪と敵意を剥き出しに襲いかかる。
「アンデッドの叩き売り状態だな。SAN値がぐんぐん減っちまいそうだぜ、まったく!」
「自慢の見鬼とやらはどうした、陰陽師。こういうのを察知できるんじゃなかったのか?」
「こうも陰の気まみれの場所で、個々の幽鬼の気配なぞわかるか!」
にじり寄ってきたグールを蹴り飛ばし、飛来する頭蓋骨に刀印を切る。もといた世界であればその一撃で修祓できたのだが、やはり異世界では勝手がちがう。退かせるだけにとどまる。
「なんだ、思ったより使えないな。見鬼とやらも」
「そんなことより【セイント・ファイア】は使えるか? この手の連中には一番効果があるだろう」
【セイント・ファイア】。
【ピュアリファイ・ライト】の上位呪文で、広範囲におよぶ浄化の炎によって悪霊や屍鬼たちを節理の環へと回帰させる高等浄化呪文。
「……《地獄に堕ちろ》」
セリカの唱えた言葉に反応し、黒く輝く魔力の線が縦横無尽に奔り六芒星法陣を瞬時に形成。
闇よりもなお昏く、夜よりもなお深い深淵色が世界を染めて、霊的な奈落が出現した。
召喚儀【ゲヘナ・ゲート】。
現世に縁なき霊的存在を問答無用で虚無の奈落へと引きずり堕とす外法。それがあたえるのは魂の救済ではなく、節理の円環からの排斥。
すなわち、永劫の無。
「――――ッ!?!?」
アンデッドたちは二度目の断末魔をあげることなく、この世界、いや宇宙から永遠に抹消された。
「…………」
「どうした、イボイノシシにキンタマを舐められたような顔をしているぞ」
「どういう例えだ! ……今の呪文、たしか亡者らを問答無用で消滅させるやつだったよな」
「そうだ。まさかおまえ、無慈悲だのかわいそうだのと言い出すんじゃないだろうな」
「まさか。 悪意や害意を持った相手が攻撃してきたら、遠慮なく反撃してもいい。まして殺る気満々な相手に慈悲をかける必要なんてない。こいつらだって好きで悪霊になったわけじゃないが、襲ってきたからには反撃しなければならないし、どんなに実力に差があったとしても命を奪いにくる相手に手加減は無用だ」
「ふんふん、なにも問題ないじゃないか。それなのになんでホシバナモグラに尻の穴を嗅がれたような顔をするんだ」
「だからどういう例えだよ、それ! ……いやなに、なんかひとりでゲームバランスくずしてる人がいるなー、と思っただけだ」
「バカバカしい、おまえが私のレベルについてこられないだけだろ。精進しろ」
悪霊たちを一掃したあと、礼拝堂をひととおり調べたが、めぼしい発見はなかった。
もと来た道を戻り、右側の通路を進む。
突き当たりの左右に扉があり、どちらも施錠されていた。
「こっちの扉には罠が仕掛けられているな。不用意に開けると中からクロスボウの矢が飛んでくる仕掛けがある」
セリカの【トラップ・サーチ】が反応し、罠を感知する。
「すごいな。罠の有無だけじゃなくて、そんな具体的なところまでわかるのか」
「じゃあ【ブレイズ・バースト】で罠も扉をぶっ飛ばすぞ」
「やめろ! そんなことをして中に貴重な書物や薬品、重要な情報になるような物があったらどうするんだ。爆炎でおしゃかにするつもりか」
「じゃあどうするんだ」
「こうするんだ」
ふところから紙を取り出して呪文を唱えると、たちまち等身大の人形となった。紙を触媒にしたパペットゴーレムだ。
【アン・ロック】で解錠した扉をゴーレムに開かせると、その胸に一本の矢が突き刺ささる。
セリカの言ったボウガンの罠が発動したのだ。
力も耐久性も低い紙製のパペットゴーレムは、その一撃で穴の空いた紙へと変わった。
「ふん、おまえの危惧したとおり中は書庫みたいだな」
「そうだ。あやうく灰塵になるところだったわけだ。……この矢。ごていねいに毒まで塗っていやがる。……ベラドンナの毒だな」
台の上に設置されたクロスボウには扉がある程度開くと発射されるようになっていた。さらに一度射っても扉を閉めると再装填される仕掛けまで施されていた。
慎重に罠を解除してから室内を見回すと、きちんと装丁された本から巻物まで、年期のありそうな文献が束になって本棚にならんでいた。
書庫のようだ。
「げー、また書物漁りか」
「本の山を相手していたのは俺だ。今度はあんたも手伝え、手分けして調べるんだ」
「めんどくさいねぇ、しかもこんな埃っぽくてジメジメした場所でさ」
「たしかに、不衛生な部屋だな」
湿気を吸った埃のもつ独特の臭気が室内を満たしていた。呼吸するたびに肺の中に不潔な黴が入ってくるような気がして身体に悪いことおびただしい。
「烏枢沙摩明王の呪が使えれば一発で清潔にできるんだが……」
「私は向こうの部屋を見てくるから、ここはまかせたよ」
「あ、おいっ。……壊したり燃やしたり吹き飛ばしたりするなよ」
セリカは罠のかかっていないほうの部屋の扉を解錠し、中を覗いてみた。
小さな個室で、朽ちた机や寝台しかない。
「ん?」
ふと気になってドアノブを見ると、外側からしか施錠・解錠できない仕組みになっている。
「座敷牢ってやつかねぇ」
だれかが長いあいだ閉じこめられていた形跡があり、机の上には汚れた本が置かれていた。
手にとって読んでみると、どうやらだれかの日記のようだ。だが保存状態は最悪で、ほとんど読めないうえに内容は支離滅裂だった。
暗号のたぐいではない、この日記を書いた人物は精神に異常をきたしており、その症状は日付を追うごとに顕著になっていく。
次のような内容が、かろうじて読み取れた。
『あの男は悪魔です。神よ、そしてどこかへ行ってしまった愛する人よ、あの悪魔を滅ぼしたまえ』
『ヘルギはどうしているかしら。いくらあの悪魔といえども、あの子にだけは手をかけないと信じています。魔女にそそのかされても、あの子は愛するあの人の娘なのだから』
『ああ、ついにその日が来る。悪魔がほんとうの悪魔になる日が。神よ、ヘルギを守って。ヨーグをお救いください』
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