ママライブ!
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第七話 合宿
「ライバル、か」
アイドル研究同好会の部室で、輝穂は先日の出来事を思い出して呟いた。
「えみちゃんに言われた言葉だね」
飛鳥が心配そうな眼差しで輝穂を見つめる。
先日、えみのライブを見に行った終わりにえみから突然告げられた言葉に、輝穂と飛鳥は時間が経った今でも困惑していた。
「なに悩んでいるのよ、あんなに啖呵を切っておいて」
「あぁー! 言わないでよ瑞姫、それが一番の悩みの種なんだから!」
瑞姫に言われて輝穂は頭を抱えながら、先日の出来事を思い返した。
『――今からあんたたちは、ライバルよ!!』
勢いよく振り向いてえみはLyraにそう宣言した。
力強い言葉、真剣な眼差し、握りしめた拳がえみの意志の強さを物語っている。
Lyraの3人はそれを強く感じとっていた。輝穂たちよりも身体の小さなえみだが、今は何倍にも大きく感じる。
肌に突き刺さるようなプレッシャーに思わずその場から一歩下がりそうになる。
だが、Lyraはその場にとどまった。
そして、輝穂が一歩前に出る。それを見て飛鳥と瑞姫も、輝穂に続いた。
『正直まだ私たちがえみちゃんのライバルになれるのかは解らない。でも、えみちゃんに認めてもらえたなら私たちは――』
「――いつかあなたの横に立って、そして追い越してみせる!!」
ドヤ顔で瑞姫が輝穂に向って言う。すると輝穂は身を捩って悶えた。
「もう瑞姫! からかわないでよ!」
頬を膨らませて輝穂が言う。プンプンという擬音が聞こえてきそうだ。
「別にからかってないわよ。それに、そんなに恥ずかしがることじゃないでしょ。えみちゃん自身が私たちをライバルと言って、輝穂はそれに応えただけじゃない」
あっけからんと瑞姫は言う。
「……うん、そうだね。よーし、えみちゃんのライバルになるために頑張るぞー!」
瑞姫の言葉に納得して、輝穂は拳を高くつきあげて叫んだ。
*
7月も終盤にさしかかった頃、本格的な夏が到来した。
冷房の効いていない教室というのはさながら蒸し風呂のような暑さで、ここ音ノ木坂学院の生徒たちは着崩した制服の胸元を、恥じらいもなくパタパタと扇いでこの暑さを紛らわしている。
「あーつーいー」
普段は元気いっぱいな輝穂も、この暑さにダウンしていた。机の上にダラーっと身を預けるような姿勢で暑さを呪った。
「たしかに暑いよね。学校にエアコンがあればいいんだけど」
そんな輝穂の様子を見ていた飛鳥が話しかける。
「そうだよねー」
「でも明日から夏休みだから、よかったよね」
「夏休み! ねえねえ、どこか行こうよ!」
夏休みという単語を聞いて、意気揚々と輝穂は提案する。
「どこかって?」
「海とか、山とか! ちょっと遠くに行って合宿しようよ!」
「合宿かぁ」
「瑞姫ー! 合宿しよ!」
さっきまでのダラけ具合はどこへやら、輝穂は瑞姫の席に向かって言った。
「合宿?」
「うん! 夏休みにちょっと遠くまで遊びに行って、みんなでお泊りしようよ!」
「お金がかかるのはちょっと……」
申し訳なさそうに瑞姫は言った。
「う~ん、なんとかならないかな。部費とか?」
「たしか部活として合宿申請すれば、部費が使えると思うよ」
「ほんと!? それじゃあさっそくその申請書をもらいに行こう!」
*
そして夏休みに入って数日後、輝穂は大きな旅行用のカバンを持って東京駅にいた。
今日は合宿の当日。提出した合宿申請は無事に承諾されて、輝穂たちはアイドル研究同好会として合宿に行けることになった。
「あ、テルー! こっちこっち!」
待ち合わせ場所にいた飛鳥が輝穂を見つけて呼び寄せる。輝穂はそれに気づいて待ち受ける飛鳥と瑞姫のもとに駆け寄った。
「ごめ~ん、ちょっと遅れちゃった」
輝穂が来たのは集合時間から10分ほど遅れている。にもかかわらず輝穂はさして悪びれた様子もなくやって来た。
「まったく、時間はきちんと守りなさいよね」
「アハハ、2人とも待たせちゃってごめんね」
「全然いいよ、テルが遅刻してくるのは予想してたから」
少々トゲのある飛鳥の言葉に、輝穂はぶーっと文句を垂らす。
「飛鳥ってばひどーい!」
「それで実際遅れてくるのよね」
「それじゃあテルも来たことだし、行こっか」
「そうね、行きましょう」
「よぉーし、出発進行!!」
電車に揺られることおよそ1時間、輝穂たちは目的の駅に到着した。
「着いたー!」
「とりあえず宿に向かおっか」
「そうね、行きましょう」
慣れない土地を地図を広げながら歩いていくと、20分ほどで宿に着いた。
チェックインを済ませて用意された部屋に向かうと、畳の匂いが仄かにする純和風の部屋が彼女たちを出迎えた。
「おおー、畳だー!」
その光景に真っ先に輝穂が畳の上に寝転がった。ゴロゴロと気持ちよさそうに転がっている。その様子を飛鳥と瑞姫は呆れながらも見守っていた。
「それで、これからどうするの?」
「はいはーい! せっかく来たんだし色んなところを観光したいな!」
遊ぶ気満々といった輝穂に飛鳥と瑞姫は呆れる。
「一応部活の合宿で来たんだから、ただ遊ぶだけっていうのはまずいんじゃ」
「部活といったら、ダンスや歌の練習?」
「それだったら、ここじゃなくても出来るわ」
「そうだよね……」
なかなかいい案が思いつかない中、輝穂がふと思い出したように言った。
「……あ、そういえば! 2学期が始まったらすぐ文化祭の準備が始まるよね!?」
「たしかに、そうだね」
「すると、文化祭でライブをしたいのね」
「その通り! それでね、また新曲をつくりたいかなーって」
「またなの……。まあ、いいけど」
曲づくりは瑞姫の専門分野であるため作業はどうしても瑞姫ひとりになるのだが、瑞姫はそれを良しとした。なんだかんだ言いつつ曲づくりが好きなのだ。
「新曲をつくるにしても、やることは普段と変わらないような……」
「甘いよ飛鳥、考え方が甘々だよ! 初めて来た場所、初めて見る景色。色々なものを見て新しいアイデアが生まれる! ついでに観光もできるし一石二鳥だよ!!」
ずいっと迫って輝穂が語ったアイデアに、飛鳥と瑞姫はその迫力に言葉を失った。
「な、なるほど」
「輝穂にしては、悪くないアイデアね」
そう、輝穂の提案は意外と悪くないアイデアだった。
なにはともあれ、これからの予定が決まって3人は早速部屋を出て観光に行こうとする。
「あれ? 結局、観光することになっちゃった……」
色々と理由づけされて結局、最初に輝穂が言ったように観光することが決まったことに、飛鳥はポツリとそう呟いた。
*
それから様々な観光地を見て回って、宿に帰る頃にはすっかり日が暮れていた。
夕食はその地方の料理を小さな老舗店で食べて、その味に満足しながら3人は宿を目指して歩いていた。
その途中、小さな湖の横を通りかかったところで輝穂がふと足を止めた。
「テル? どうかした?」
怪訝そうに飛鳥が尋ねる。かなり歩いたので、もしかしたら足を痛めたんじゃないかと心配になってくる。だが、そんな心配は杞憂だった。
「……ホタルだよ! ほら、あの湖のところでいっぱい光ってる!」
言われて飛鳥と瑞姫も湖のほうに視線を向ける。
「……スゴい」
「わぁ~、キレイ」
無数のホタルが光を放ちながら飛び回るその光景は、言葉を失うほどに幻想的だった。
「私、今日ここに来てよかったわ」
「私も。こんなにステキな場所に来れてよかった」
「なんだか、違う世界に来ちゃったみたいだね」
それからしばらくの時間、彼女たちはホタルを眺めていた。
*
ホタル観賞を切りあげて宿に着くと、3人は今日の疲れと汗を流すために宿にある大浴場へと向かった。
「はぁ~、いい湯だな~。疲れがとれる~」
浴槽に入りながら輝穂は気の抜けたような声を出す。
「ちょっと、おっさんくさいこと言わないの」
「そうだよテル」
「だって露天風呂だよ! 他に誰もいないんだよ! テンション上がるよね!」
「テンション上がるのか疲れたのか、どっちなのよ」
「ふふっ」
どっちつかずな輝穂の言葉に瑞姫と飛鳥が呆れる。
どう見ても今の輝穂はテンションが高い。彼女たちの他に利用者がいなく、3人は露天風呂を満喫している。
「ねえ飛鳥、瑞姫。上見て!」
輝穂は露天風呂から見える空を指さして、飛鳥と瑞姫に見るように促した。
「うわぁ……キレイ」
「……すごいわね」
見上げた先にあったのは、満天の星空だった。
「すごいよね! 私こんな星空はじめて見たよ!」
輝穂が目を輝かせて興奮した。星たちは東京で見るよりもよく見えている。
「さっきのホタルもすごかったけど、こっちもすごいわね」
感動を抱きながら星空を見上げていると、瑞姫はあるものを見つけた。
「あ、あれ、夏の大三角じゃない?」
「ほんと!?」
「え、どれどれ!?」
瑞姫は夜空を指さして、ゆっくりと動かして三角形をなぞる。
「あの一番光っているのがこと座のベガ。そこから左に見えるのがわし座のアルタイル。そしてそこから下のほうにあるのがはくちょう座のデネブ。この3つを結ぶと夏の大三角になるわ」
輝穂と飛鳥は、瑞姫の動かす指をたどって視線を動かしていく。
「あ、見えた!」
「私も見えた! あれとあれとあれだよね!?」
「ええ、そうよ」
瑞姫は得意げな顔で言葉を繋いだ。
「夏の大三角の中で一番光って見えるのが、こと座のベガなの。それとベガは七夕の織姫の星でもあるのよ」
「ほんとだ! あの中で一番光ってる!」
「織姫かぁ。ステキだね」
輝穂と飛鳥がそれぞれ思ったことを言う。
ふと、なんとなくそんな気分になって瑞姫は柔らかい微笑みを浮かべて星空を見上げた。飛鳥と輝穂も、瑞姫にならって視線を移した。
それから先の言葉は瑞姫、飛鳥、輝穂の3人とも、考えるよりも先に口をついて出た。
「あれがわし座のアルタイル」
「はくちょう座のデネブ」
「そして、こと座のベガ」
Lyraの3人は時間が経つのも忘れて星空を眺めていた。
まるで宝石のように夜空に散りばめられた星たちは、強く光り輝いていた。
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