ママライブ!
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第六話 憧憬
七夕祭りでのライブが終わり、それから土日を挟んだ月曜日。
Lyraのメンバーである輝穂、飛鳥、瑞姫の3人は登校前の朝練を、神田明神男坂で行っていた。
階段を駆け上がっての体力トレーニングは、アイドル活動を始めてからは学校に行く日の早朝にほぼ毎日のように行われている。
「ねえねえ。やっぱり七夕ライブ、楽しかったよね!?」
それぞれ階段を上りきってひと休みしている中、輝穂は目を輝かせて言った。
「それ言うの何回目なのよ。耳にタコができそうだわ」
呆れた眼差しで瑞姫は輝穂に言う。
七夕祭りでLyraのライブが終わった直後から、輝穂はことあるごとにそう言っている。瑞姫からしてみれば何回も同じことを聞かされてもううんざりだ。
「でもテルの言う通り、ライブ楽しかったよね。お客さんも盛り上がってくれて嬉しかったな」
「だよね! ああ、早くライブがしたい!!」
「つい3日前にしたじゃない……」
ライブが終わってから輝穂はずっとこんな調子だった。
それから朝練を切り上げて輝穂たちは音ノ木坂学院に登校した。
「みんな、おっはよー!」
いつもよりかは少しテンション高めに輝穂が教室のドアを開けた。
輝穂たちLyraの3人組が来たことに気が付いたクラスメイトたちが、輝穂たちのもとに続々と集まってくる。
「お祭りのライブ見たよ!」
「すっごく楽しかった!」
「3人とも可愛かった!」
「中学の友達も楽しかったって言ってたよ!」
「ねえねえサインちょうだい!」
「あ、私もサイン欲しい!」
「私も私も!」
押し寄せるクラスメイトの波に、輝穂たちは困惑した。まるで芸能人にでもなったみたいで背中が痒くなる。
「み、みんな落ち着いて!」
このままだと収拾がつかなくなりそうで、輝穂はそうクラスメイトたちに言った。
しかし、クラスメイトたちは輝穂の言うことをきかずに、我先にとサインを求めてくる。
この状況には飛鳥と瑞姫はもちろん、元気が取り柄の輝穂までもが参っていた。
教室はさながらパニックとなっていて、すでに収拾がつかなくなっている。
「ちょっとあんたたち、入り口のところで騒がないでくれる? 教室に入れないじゃない」
すると、輝穂たちの後ろから聞き慣れた声がした。
振り向くとそこには現役アイドル、七夕えみ。
えみのその言葉に、さっきまで騒ぎ立てていたクラスメイトたちが静まり返って、教室に入ろうとするえみに道を空けた。
クラスメイトによってつくられた道を、えみは黙って通り過ぎて自分の席に着いた。
その様子に輝穂は微かな違和感を覚えながらも、輝穂たちもえみに続くようにそれぞれ席に着いた。
集まっていたクラスメイトたちも、えみに言われたことを気にしてか席にぞろぞろと席に戻っていく。
「ねえ飛鳥、今日のえみちゃんどこか変じゃない?」
さっき感じた違和感の正体を探ろうと、輝穂は隣の席の飛鳥に話しかけた。
「えみちゃんが? 私はいつも通りだと思うけど」
「なんていうか……いつもに比べて静かじゃない?」
「……そうね。言われてみるとそうかも」
「なにかあったのかな?」
心配そうに輝穂はえみに視線を向ける。同じように飛鳥もえみを見ていると、あることに気がついた。
「あ、たぶんだけど、周りに人がいないからそう感じるんだと思う」
「……どういうこと?」
「えみちゃんは芸能人だから、周りにはいつも誰かいて話をしているでしょ? でも今日は私たちのところにみんな来ちゃったから」
「あー、そうかも」
感じていた違和感に合点がいき輝穂は納得した。けれど同時に、周囲に人がいないえみに対して寂しさと申し訳なさが芽生えた。
放課後になってLyraの3人は屋上で練習をしていた。
いまだライブの興奮冷めやらぬといった彼女たちだが、それでも反省点はいくつもある。
迷惑にならないよう小さめの音量で曲を流しながら、彼女たちはダンスの練習に励んでいた。
Lyraオリジナルの2曲をひと通り歌いながら踊る。
今のところ予定のない次のライブに向けて、彼女たちは妥協を一切しない。
「はぁ~、休憩っと」
練習に一区切りをつけて休憩をとる。3人は屋上にペタンと座り込んで流した汗をタオルで拭き、スポーツドリンクで水分を補給したりしていた。
突然、ギィっと重たい音がして屋上の扉が開かれた。
そこにいたのは現役アイドルのクラスメイト、七夕えみ。
「あ、えみちゃん。どうしたの?」
輝穂がえみに尋ねる。えみは足早に輝穂たちのもとへ歩いていき、目の前で立ち止まった。
どことなく不機嫌そうなえみの表情に、腰を下ろしていた輝穂たちは立ち上がる。
「……これ、あげる」
そう言ってえみは、輝穂たちに3枚の紙切れを差し出した。
「あ、ありがとう」
それを受け取って初めて、輝穂たちはその紙切れが何なのかを理解した。
「ライブの招待状……」
それは来週に開催されるえみのライブの招待状だった。
えみから受け取った招待状を見て、瑞姫は不思議に思った。
どうしてえみが自分たちをライブに招待するのか解らない。輝穂と飛鳥も動揺の疑問を抱いていた。
するとえみは、輝穂たちをまっすぐ見据えて言った。
「あんたたちの七夕ライブ、見たから」
「えみちゃん、見に来てくれたんだ」
飛鳥がそう言うと、えみは少し恥ずかしくなってそっぽ向いた。
「だから、次はあんたたちが私のライブを見に来なさい」
えみは踵を返して屋上から立ち去ろうとし、数歩ほど進んだところで立ち止まった。
「ライブが終わったら控え室に来て。スタッフには言っておくから」
「うん、わかった」
輝穂の返事を聞いて、えみは今度こそ屋上から去って行った。
だんだんと小さくなっていく後姿を、3人は見えなくなるまでずっと眺めていた。
そして迎えたえみのライブ当日。会場のドームはえみのファンで埋めつくされていた。
輝穂たち3人は客席の最前列、ステージに最も近いところにいた。
「うわ~、すごいね」
あまりの人の多さに輝穂は間の抜けた声をあげる。
「みんなえみちゃんのファンなんだよね」
そわそわと飛鳥は周囲を見渡して、改めてえみの人気ぶりを実感した。
「あ、そろそろ始まるみたいよ」
会場から音楽が流れ出して、瞬間的に静寂が訪れる。
曲とともにえみの歌声が聞こえ、会場は歓声に包まれた。
ステージに煙が噴出される演出があって、ようやくえみが姿を見せる。
会場の歓声はよりいっそう大きくなった。
それからえみはオープニングの1曲を歌い終えた。
「みんなー! 盛り上がってるかー!!」
『うおぉぉぉぉ!!』
えみが観客にそう問いかけると、客席から大きな歓声が返ってくる。
「にっこにっこにー!」
『にっこにっこにー!』
えみの言葉に、観客はコールアンドレスポンスのように答える。
「みんな盛り上がってるねー! それじゃあ次の曲、いっくよー!!」
そう言うと曲が流れ出して、再びえみのパフォーマンスが始まった。
すさまじい盛り上がりを見せるえみのライブを、輝穂たちは最前列で楽しんで眺めていた。
ライブ終了後、輝穂たちはえみに言われたように控え室へ向かった。
関係者以外立入禁止の看板付近にいたスタッフにえみに呼ばれていることを伝えると、輝穂たちはそのスタッフにえみの控え室へと案内された。
ノックをして扉を開けると、えみはスタッフの大人たちに囲まれて談笑していた。
大成功と言っていいライブに、えみの顔は達成感で輝いていた。
スタッフの1人が控え室に入ってきた輝穂たちに気づいて、えみにそのことを伝える。
「すいません。友人が来たので少し外しますね」
そう告げてえみは入口付近で立ち尽くしている輝穂たちのもとにやって来た。
「待たせたわね。少し話をしたいから、場所を変えましょう。ついてきて」
そう言ってえみは控え室を出て歩き出す。輝穂たちもえみのあとを追って歩いていく。
今日のライブを見て、改めてえみは遠い存在なんだと認識したLyraの3人。
なんだか話しかけるのもおこがましい気持ちで、終始無言のまま前を歩くえみについていった。
「着いたわ、ここで話しましょう」
えみに連れてこられた先は、つい先ほどまでライブをしていたステージの上だった。
他の観客やスタッフはいない。さっきまで熱気が充満していたステージは静寂に包まれていた。
今ステージ立っているのはえみとLyraの3人のみ。
彼女たちはステージ中央で並んで立っている。
「私のライブはどうだった? 楽しんでもらえた?」
横にいるLyraの3人に語りかけるえみ。
「うん、とっても楽しかったよ! 招待してくれてありがとう、えみちゃん!」
興奮した様子で輝穂はえみの問いに答えた。
「ありがと。あんたたちのライブもなかなか良かったわよ」
「あ、ありがとう」
えみに自分たちのライブを褒められて、瑞姫は恐縮そうに礼を言った。
そこで飛鳥は、えみが自分たちをライブに招待した理由を思い出した。
「そういえばえみちゃん、七夕祭りのライブ見に来てくれてたんだったね。それで今度は私たちにライブを見に来てほしいって」
「ええ、そうよ」
そう答えるとえみはゆっくりと前に歩き出して、ステージの一番前で立ち止まった。
「あんたたちには、私のライブを見せたかったの」
Lyraの3人に背を向けたまま、えみはそう言った。
「どういうこと?」
言葉の意図が理解できずに、輝穂はえみに尋ねる。
えみは依然として輝穂たち3人に背を向けたまま語りだした。
「悔しいけど、あんたたち……Lyraのライブに私は魅了されたわ。だからLyraに七夕えみというアイドルを見せつけてやりたかった。本当に悔しいけど、私はLyraをひとつのアイドルグループとして認めたの。だから――」
えみは振りかえってLyraの3人を見つめ、力強く宣言した。
「――これから私たちは、ライバルよ!!」
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