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国木田花丸と幼馴染

作者:ゆいろう
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迫られる選択



 夏休みはあっという間に過ぎ去った。変わったことといえば、学校の二学期が始まったということ。マルとルビィが浦の星女学院という女子高を受験するということ。そして、俺。

 マルが浦の星を受験すると知ってからの俺は、以前にも増して勉強をするようになった。以前が全くしていなかったこともあるが、それでも勉強に対する姿勢が変わったと我ながら思う。

 授業は寝ないで真面目に聞くようになり、わからないことがあれば先生やマルに聞いたりして、とにかく俺は高校受験に対して動き始めていた。

 だけど勉強を進めていると、時折ふと立ち止まって周りを見渡してしまうときがある。そこにはいつも俺の隣で楽しそうに笑う幼馴染の姿がなくて、一緒になって笑うルビィがいなくて。

 そこにいる俺は孤独なのだ。

 俺はひとりになるために頑張っているのだろうか。そんな疑問を抱いて勉強の手が止まる。まだ訪れてもいない高校生活を想像すればするほど、不安が大きくなっていく。

 そんな悪い想像を振り払うように、俺はブンブンとかぶりを振る。

 今は授業中、集中しなくては。





「ハルくん、帰るずら」


 放課後になってマルが俺に声をかけてくる。いつもと変わらない日常で、俺は少しホッとした。


「おう、帰るか」

「ルビィちゃんも、ずら」

「うん! 花丸ちゃん、榎本くん、一緒に帰ろ!」


 そうして俺たちは三人で帰路についた。


 校門を出てしばらく歩いたところで、ふとマルが俺に視線を向けてきた。


「ハルくん、今日もウチで勉強するずら?」

「おう、一旦着替えてから行く」

「ずら」


 最初こそは俺の家だったが、夏休みの間俺はマルの家に行って勉強をしていた。そのおかげで勉強がだいぶ捗ったのだ。


「ルビィちゃんも来る?」

「ルビィもいいの!?」

「うん!」


 ルビィも乗り気なようで、今日の勉強会は三人になりそうだ。


「あ、でもお姉ちゃんに聞いておかないと。ちょっと電話するね」


 スマホを取り出して電話するルビィ。申し訳なさそうに話しているが、時折笑顔も見えたりする。


「み、未来ずら……」

「スマホぐらい、いい加減見慣れろよ」


 マルの家は電子機器の類がほとんどなく、マル自身も携帯電話を持たせてもらっていない。だからマルがスマホを見ると、いつも未来だとか言って驚くのだ。


「お姉ちゃん、晩ごはんまでには帰ってくるようにって!」

「よかったね、ルビィちゃん」

「うん!」


 どうやらルビィの参加が決まったようだ。これで今日の勉強会は三人になる。

 それから他愛のない会話をして歩いていると、気がつけば俺の家のすぐ近くまでやって来ていた。


「じゃあ俺は一旦着替えて行くから、二人は先に行っててくれ」

「ずら」

「うんっ」


 そう言う二人を見届けて家の中へと入る。まっすぐに自室に向かって、入るやいなや制服を脱ぎ捨ててジャージに着替える。

 通学カバンから必要なものだけを取り出して、別のカバンに詰め込んでいく。ここにはマルの家で勉強するための教材だけを入れていくのだ。

 そんなこんなで準備完了。俺はマルの家へと向かった。





 インターホンを押しても反応がなく、玄関が開いていたのでそのままマルの家の中に入った俺は、マルの部屋を目指していた。

 一段上るたびに軋む木造の階段を上り二階へいき、少し進んだところにマルの部屋がある。

 マルの部屋の前までたどり着き、ドアを開けようとしたら、中から会話が聞こえてきた。


「ルビィちゃんって、ハルくんのことどう思ってるの?」

「え、榎本くん!? 花丸ちゃんどうしたの急に!」


 おお、これが噂に聞くガールズトークというやつか。気になるのでこのまま少し聞くことにしよう。


「なんとなく気になったずら。それで、どうなのルビィちゃん!」

「うぅ……」


 ルビィの泣きそうな声。扉の向こうで彼女が縮こまっている様子が目に浮かぶ。


「す……」

「す?」





「……………………好き、だと思う」





 なっ――!?




「ずらぁ……やっぱり、マルの予想通りずら」



 え、マジ!? ルビィって俺のこと好きなの!? やばいやばいどうしようこの状況!




「そういう花丸ちゃんは、どうなの! 榎本くんのこと!」




 おいおいルビィ、マルにも聞くのかよそれ! まあ確かに自分だけ答えたんじゃ不公平だからって、突っ込みすぎだろ! これがガールズトークの力なのか!



「マルも、ハルくんのこと好きずら」



 これ、俺が聞いてることを知られたらたぶん殺されるんだろうなあ。



「ずっと前から好きなんだけど、ハルくんはダメダメのバカだから、マルの気持ちに全然気づいてくれないずら」

「あー……榎本くん、そういうの鈍感っぽいよね」

「そうずら! ハルくんは勉強だけじゃなくて、恋も全然できないバカずら!」



 確かに、二人の想いはたった今、偶然盗み聞いた形で初めて知ったけど。それにしてもひどい言われようだった。



「でもハルくんは、いざという時になったら助けてくれるずら。ヒーローみたいにカッコよく」

「そうだよね! ルビィもサヤカちゃんに問い詰められてたとき、ハルくんに助けてもらって。それで……」

「惚れちゃったずらね」



 なんだか、扉の向こうでものすごく恥ずかしい話が繰り広げられているのでは? これを聞いて俺は、これから二人とどう接していけばいいのだろうか。いつも通りの振る舞いができるのだろうか。


「そ、そういえば! 榎本くん遅いね」

「本当ずら。そろそろ来てもいい時間なのに」

「どうしたのかな。……もしかして、ルビィがいるから……」


 いや、部屋に入れる空気じゃないから外で盗み聞きしているだけです。これ、バレたら本当にヤバいな。


「そんなことないずら。ハルくん、ルビィちゃんのこと大好きだから」

「だ、だだだだいっ!? ……あぅ」

「そ、そういう大好きじゃなくて! たぶん友達として、ルビィちゃんのこと好きって意味ずら」

「そ、そうなの……?」

「うん、見てたらわかるずら」


 まあ、ルビィのことはマルの言う通り、友達としては好きだ。幼馴染だからなのか、見ていてそういうことがわかるらしい。

 しかし友達としては好きだけど、恋愛としてと聞かれると……返答に困る。そもそもそういったことは考えたことがない。


「話してたら喉乾いてきたずら。マル、飲み物とってくるね」

「うん、いってらっしゃい」


 まずい!

 そう思ったが逃げ出す暇がなかった。





「………………ハルくん?」




 内側から開かれた扉。扉の前にへたり込む俺。俺を見下ろす幼馴染。


「よ、ようマル、奇遇だな」


 なにが奇遇だよ。ここで勉強する約束だったじゃないか。奇遇もへったくれもあるか。




「ハルくん……聞いてた?」




 怖い怖い怖い! 完全に目からハイライトが消えてるぞ俺の幼馴染!



「な、なんのことだ?」



「聞 い て た ?」



「聞いてました、はい」




 屈服。幼馴染の前で屈辱だ。だが隠し通す自信もなかったし、ならばいっそ当たって砕けるしかないと思ったのだ。





 そのあと俺はマルと一緒に飲み物をとりにいき、部屋に戻るとマルとルビィの前で正座をさせられた。

 マルは笑顔だけど顔が笑っていないし、ルビィは顔を真っ赤にして下を向いている。……どうすりゃいいんだ。

 そんな静寂を切り裂くかのように、マルが口を開いた。


「ハルくん」

「は、はい!?」

「どこから聞いてたの?」


 ヤバい。マルのやつ、いつもの口癖を忘れるぐらい怒ってる。いつもなら「どこから聞いてたずら?」なのに!


「えーっと……『ルビィちゃんって、ハルくんのことどう思ってるの?』からです」

「マルの真似はしなくていいの」

「……ごめんなさい」


 場の空気を和らげるために仕掛けたマルの真似は、どうやら不評のようだ。結構似てると思うんだけど。


「そこから聞いてたならもう知ってるよね。マルもルビィちゃんも、ハルくんのことが好き」

「お、おう」


 なにこの状況。ルビィはずっと顔を髪の毛より赤いんじゃないかってぐらい赤くして下を向いて黙り込んでるし、マルは怖いし。


「それで、マルたちの気持ちを聞いたハルくんはどうするの?」

「……どうするって? マルかルビィのどっちかを選べってこと? そんなの――」


 今この場で選べと言うのは、あまりにも酷すぎるだろ。選ぶのは俺だけど、選ばなかったどちらかのことを考えると、とてもこの場で今すぐ答えを出すわけにはいかない。



「少し、考えさせてくれ」


「……わかったずら」




 俺はこうして、また嫌なことから目を逸らしてしまうのだ。勉強がそうだった。今は向き合っているけれど、それまではずっとしてこなかった。その対象が変わっただけのこと。


 今日はもう帰ってほしいとマルに言われて、俺は言う通りにマルの家から出ていった。


 自分の家に戻り、部屋のベッドに寝転がって考えてみるが、どうしたらいいのか皆目見当もつかない。



 結局その日、俺は直面の問題から逃げるように、なるべく思い出さないように、勉強に没頭したのだった。



  
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