国木田花丸と幼馴染
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恋愛相談
「――ということがありまして……」
「あのさあ……」
目の前にいる女の子は、凍てつくような視線を俺に送ってくる。俺は彼女に先日マルの家であった出来事を話したのだ。
あれから一人で考えても結論は出ず、今俺は頼れる人生の先輩に相談に乗ってもらっている。
だが、彼女の出した答えは。
「とりあえず一発殴っていい?」
「なんでっすか!?」
一発殴らせろという理不尽なものだった。俺は真面目に相談しているのに、どこに殴られないといけない要素があるのか。
「背中だけ! 背中だけ軽く叩くぐらいだから!」
「そ、それならまあ……いいっすよ」
どうにも殴られないと話が進まない雰囲気。仕方なく、俺は彼女の意に従うことにした。後ろを向き、背中を彼女に預ける。
そして。
「リア充爆発しろーーーー!!」
――バシーンッ!!
「痛ってぇ……!!」
気持ちいいほどの快音を響かせた張手が響き渡った。俺にとっては気持ちいいことなんてなにひとつなく、ただただ痛い思いをしただけであった。
「ふぅ、スッキリした!」
気持ちよさそうに腕で額の汗を拭う彼女。そんなひと仕事終えたような仕草をされても……理不尽だ。
「ちょっと曜さん! なにが軽くですか! めちゃくちゃ痛かったっすよ!」
彼女――渡辺曜さんに文句のひとつでも言ってやらないと気が済まない。頼りになる先輩だけど、ここは黙ってはいられなかった。
「だって、思いつめた顔で『相談に乗ってほしい』なんて言われたら気になっちゃうじゃない。それが恋愛相談、しかも二人から告白されて困ってるなんて……ああもう、陽輝なんて爆発しろ!」
爆発しろと言われても、俺にどうしろって言うんだ。背中の痛みだけで俺はもう爆発したような気分だ。
今日は土曜日。本格的に勉強に取り組み始めた俺だけれど、勉強ばかりしていては息がつまる。土曜日だけは息抜きとして、いつもの水泳場に泳ぎにきているのだ。
そして今日も曜さんと会い、俺は曜さんに先日のことを相談した。その結果、背中に思いっきり張手をくらったのだけれども。
「いや、真面目に聞いてほしいんですけど……」
「そうは言っても、私その子たちのことよく知らないし。知っていたとしても『じゃあそっちの子にすれば』なんて軽率に言えるわけないでしょ」
「そう、ですよね……」
背中を叩いただけかと思いきや、曜さんは意外と真剣に考えてくれていた。だけど、真剣に考えれば考えるほど答えがでなくなる。
軽率に答えを出して、マルかルビィのどちらかと付き合うことになったとして。選ばれなかった方が悲しむのは明白だ。
「陽輝は、選ばれなかった子を悲しませたくないんだよね」
「そうです。だから困ってるんですよ」
「まだどっちと付き合うかも決めてないのに?」
「うっ……それは……」
曜さんの言う通りだ。俺はまだ、マルとルビィのどっちと付き合うのか、決めてすらいない。
マルのことは好きだ。だけど、ルビィのことも好きだ。それが恋愛感情を含んでいるのかどうか自分でも定かではないが、どちらにせよ好きという気持ちに偽りはない。
「二人ともフッちゃうとか?」
「それも考えましたけど……それだと、二人とも悲しむと思うんですよ」
「優柔不断ね」
「すいません……」
どちらかが悲しい思いをするのなら、ならばいっそ二人とも断ってしまうのもアリなのでは。そんなことも一瞬考えたりもした。
だけどその答えは俺の自己満足であると気づき、すぐに思考から捨て去った。
あれからまだ一週間も経っていないが、俺はなかなか結論を出せないでいる。決めるなら、早めに決めてあげるのがマルとルビィのためになると思っているからだ。
顎に手をあて考え込む俺と曜さん。本当にどうすればいいのか……考えているそんなときだった。
「そうだ! じゃあいっそのこと、私と付き合ってみる?」
「……はい?」
思わず声が上ずってしまう。いきなりなにを言いだすんだ曜さんは。
「そうすれば陽輝も彼女ができて、二人のうちどちらか一方が悲しむことがなくなるでしょ?」
「えっと……いいんですか?」
思わずそう問いかけて後悔した。曜さんがいいと言って、それでどうするんだ。
「……やだなぁ冗談だよ冗談! このタイミングで二人以外の子と陽輝が付き合ったら、それこそその二人は悲しむと思わない?」
「あ、確かに……。もう曜さん、変な冗談言わないでくださいよ」
「あはは、ごめんごめん」
笑いながら詫びる曜さん。確かに彼女の言う通り、俺にはマルかルビィどちらかの気持ちに応えるしたないのだと思う。
「……それにね」
さっきまでの冗談っぽい顔ではなく、曜さんの顔が真剣な表情になった。
「どちらかを選んだとしても、選ばれなかった子は納得できると思うんだ」
「納得、ですか」
「うん。私もすごく仲良い友達がいてね。もし友達と同じ人を好きになって、私が選ばれなかったとするでしょ? でも好きな人は好きなままだし、友達のことも大好きだから。だから私は、納得できると思うの」
なんだか難しい話だけど、少しわかったような気がする。もしかしたら俺は、どちらかを選ぶことでマルとルビィの仲が悪くなることを恐れていたのかもしれない。
二人にとってお互いは大切な友達だから。
だけど、友情はそう簡単に瓦解しない。大切な友達はどんなことがあっても大切な友達で。恋愛のいざこざで離れるような友達だったとしたら、その程度の存在だったというだけ。
曜さんは言葉を、俺はそう受け取った。
覚悟はできた。あとは――。
「それと大事なのは、陽輝が誰を好きで誰と付き合いたいのかっていうこと。自分の気持ちに嘘ついたらダメ。たぶんその二人のどっちかだろうから、しっかり考えること。わかった?」
「はい!」
マルとルビィ。二人のうち俺が好きなのはどっちなのか。肝心の自分の気持ちに気がついていない。あとはしっかり考えて、自分の気持ちに気づくだけ。
「曜さん、相談に乗ってくれてありがとうございました! 俺、しっかり考えて答えを出します!」
相談に乗ってくれた曜さんに礼を言う。今日、曜さんと話ができて本当によかった。きっと曜さんに相談しなかったら、俺は今日気づいたことにずっと気づけないままだったと思う。
「うん! 頑張れよ、少年!」
そう言って曜さんは右手を大きく振りかぶり――。
――バシーンッ!!
「痛……ッ! ありがとうございます!」
いつものように、背中を押してくれた。
「じゃあ俺、泳いできます! 今日は本当に、ありがとうございました!」
「うんうん、泳いでこい泳いでこい!」
改めて曜さんに礼を言って、俺はプールに泳ぎに向かった。
「……冗談じゃなかったんだけどなぁ」
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