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ダン梨・N
ある日の夜、豊穣の女主人にて。
この日、バミューダは別の店で食事をしているためにベル一人。余計なお邪魔虫がいないと内心で黒い事を考えていたシルはベルに近づいていく。人間関係の基本は相手を知る事。彼女はさっそくベルの事を知ろうと話しかける。
「ベルさんの親御さんってどんな人なんですか?」
「え、知らないですけど」
「えっ」
「物心ついた頃にはおじいちゃんしかいなかったし……それに今は神様が親みたいなものですよ。一応バミューダも家族みたいなものかな?」
「……な、なんかゴメンなさい」
「え、何がですか?」
ある意味衝撃の一言が話しかけたシルだけでなく周囲にも伝染してゆく。まぁこの店の人間は良くも悪くも人生の荒波に揉まれた人ばかりなのでこの程度は不幸話にも入らないレベルだが、まだ若いベルにそういう言葉を言わせてしまったという謎の罪悪感を覚える。
ベルとしては別段両親がいないことで辛かったり虐めを受けたといった記憶はさしてないので、気にしてはいないのだが。
「え、えーと……では気を取り直して!バミューダさんとベルさんってオラリオに来る前からの長いお付き合いなんですよね?」
「はい。……と言ってもバミューダと初めて会ったのは2年くらい前だから長いってほどでもないですけどね」
「へぇー、出会ったきっかけをぜひ!」
「いや、バミューダって身寄りもなかったからおじいちゃんが引き取って………って、皆さんなんか猛烈にテンション下がってません?」
「下がるよそりゃ……早速ながら地雷二つも踏み抜いてるんだもん」
さらに衝撃の一言が豊穣の女主人のメンバーのテンションを果てしなく下落させていく。普段はポジティブで口達者でいつも笑っているバミューダが孤児なんて、そんな悲しい事実今更知りたくなかった。しかしベルは首を傾げつつもなんと自ら地雷原に特攻を開始する。
「しかもバミューダって2年以上前の事全然覚えてないんですよねー。お医者さんによると記憶喪失らしいんですけど、探しても家族どころかバミューダを見たって人すら見つからないし。村じゃ元奴隷で、酷い虐待の末に辛さの余り自分の記憶を封じ込めてしまったと噂している人も……」
「やめて!そういうこと言われるとこれまでのバミューダさんの明るさが逆に辛くなる!!」
「今になって思えばあんなにドケチで値切りまくるのも、おじいちゃんに拾われるまで浮浪者みたいな極貧生活を送っていたからなのかも……」
「やめて!朝の市場で梨を値切ってるバミューダさんが直視できなくなっちゃうぅ!!」
バミューダ・ベル両名、客観的に見るとかなり不幸な子である。
なお、この混乱は騒ぎを聞きつけてやってきたバミューダが「不幸かどうかは俺らが自分で決める話だろ」と若干苛立った声で宣言したことで一応の終息を見た。
「で、何であんなに機嫌悪そうな声だったのバミューダ?」
「不幸だと思われてる事がムカツクというひねくれもの特有の心理を演出してみた。実際の所、そんな視線向けられても鬱陶しいだけだし」
「うわぁ。我が家族ながらうわぁ。もうね、名前改名してゲスーダかクズーダにしない?」
「我が家族ながら流石にその言い方は酷くね!?」
二人のポジティブさを見て、二人とも両親いないのによくこんなにしっかりした子に育ったなぁ、と周囲はひそかにホロリと涙を流すのであった。
= =
「ザッケンナコラー!スッゾコラー!」
ある日の路地裏に響き渡るはネオサイタマの風物詩。
「おや、クローンヤクザの鳴き声が。もうそんな季節かぁ」
「どんな風流!?というかくろーんヤクザって何さ!?」
さて、状況は簡単だ。帰り道にショトカしようとした俺とベルはガラの悪いクローンヤクザめいた冒険者がちびっ子少女に詰め寄るという事案発生に遭遇している。二人とも突然現れたガキ二人に驚いているが、今はそんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。騒ぐぞー!!
「馬鹿お前、クローンヤクザなんて実在する訳ないだろ?まったくお前は少し冒険小説を読みすぎなんだよ。いつまでもおつむが子供じゃ立派なトマトになれないぜ」
「まだトマトの話引っ張ってるけどそれはさておき、言い出したの君だよね!?何でちょっと僕が先に言い出したみたいな雰囲気醸し出して外人みたいなやれやれポーズしてんの!?抗議するよ!?出るとこ出るよ!?」
「て、テメェら何突っ立ってやがる!見世者じゃねえぞ!!」
(ていうか、退路塞がれてるんだけど何なのこの人たち!?え、ソーマ・ファミリアのグルでもないの!?誰!?)
某ネゴシエイター作品ではトマト=クローンヤクザはあながち間違いとも言えないというくそくだらない情報はさておき、俺たちの出現に二人は猛烈に困っているようだ。そらそうか。目の前で急に漫才始められたら誰だって困る。俺だって困る。しかし困らせる気なので別に問題はない。
「というかバミューダ、今更だけど目の前のあれ!剣まで取り出して暴れようとしている暴徒がおもっくそいる前で僕らこんな事してていいの!?」
「ははは、焦る事はないぞベル。なにせあのどことなくやられキャラっぽい陰湿そうなお兄さんと俺らの間には見ての通り美少女という名の肉壁が存在する訳だから今なら悪口言い放題だぞ!!」
「こいつやっぱりクズーダだ!女の子盾にするとか頭おかしいんじゃないのこの馬鹿は!?」
「何を言う、そんなこと言ったらこんな狭い路地で長剣振り回そうとしてる上に年下に大人げなく襲い掛かる最低のクズが目の前にいるだろ。糾弾する順番を間違えるなよベル。その選択は、ともすれば致命的な過ちになるぞ」
「くっそ……正論だけどくっそ……!!め、目先のクズを殴りたい……ッ!!」
プルプルと震える拳を握りしめながらもベルはやっと決心して俺を倒すのはやめたらしい。
「ええと、あれだぞ!女の子に暴力とかどんな理由があっても最低だぞ!!そういう悪いことする奴はこの僕が許さない!」
「じゃ、ついでに俺も許さん!本音はどっちでもいいけどぉ!!」
「全力でフザケ倒してんじゃねえぞこのガ………き………」
怒り狂ってとうとう襲い掛かろうとしたお兄さんは次の瞬間絶句する。
なぜかと言うと、俺とベルが同時に槍を腰だめに構えていたからだ。ベルが持ってるのは俺の予備ね。
普通に考えて、横幅の狭い裏路地で二つの武器がぶつかり合った場合、二種類の優劣が求められる。一つは単純に小回りが効く方が立ち回りやすいというものだ。そしてもう一つは狭い路地以外でも重要だが路地ではより致命的になる、リーチの差である。
お兄さんの剣の刃渡りは精々が70セルチ程度なのに対し、俺らの槍は170セルチ。槍としては短めだが、これで同時に戦闘に入ればステイタスに大きな差がない限りお兄さんは槍の刺突を躱しきれない。まぁ、躱したら二人ともナイフに切り替えるのでそれはそれで無問題。
ザックリ言うと、詰みである。
「どうしたクズ。かかってこい!俺らが正々堂々勝負してやる!正々堂々な!それともテメェはタマ〇ンもついてなけりゃママのおっぱいからも離れられない甘ったれの×××野郎か!?年下のガキ二人にいいように言われても自分一人では覆せない腰抜けか!?ならそこで腰を抜かして哀れっぽく懇願して見せろ!お願いだからもうやめてくださいと涙と鼻水を垂らしながら地べたに顔を擦り付け、□□□のようにへこへこ尻でも振ってみろ!俺はそんな連中を足蹴にするのが好きで好きでしょうがないんだ!」
「うわあ。協力してる僕が言うのもあれだけど、二人同時でリーチに勝る武器を突き出しておいて正々堂々とかよくもいけしゃあしゃあと言えるよね。自分が優位に立っているのを良い事に鬼教官も思わず満足の全力煽りだし、もはやキチーダだね……鬼畜とキ〇ガイとのダブルミーニングで」
「逃げてもいいぞ、腰抜け!尻尾を振って糞尿を巻き散らしながらママの名前でも叫んで逃げてみろ!20年以上も人生を送っておきながらまったくウジ虫にも劣る根性を精一杯に震え上がらせて、ノミの心臓を動かしてみろ!もっとも貴様のようなゴミがそんな力を振り絞っては心臓が破裂してみっともなく路地裏でくたばること請負だがな!!」
「………ッ!!こ………クソ……ああぁッ!!」
男は全力で何か言いたげだが、目の前に突き出された槍に下手をすると貫かれかねないという現実的な脅威のせいで俺の言う通りのへっぴり腰になっている。年下冒険者にここまで煽られたせいで引く選択肢も取れないのに本能に従ってリスクへ飛び込むことも出来ない、典型的な駄目冒険者である。
結局、この乱痴気騒ぎは原作通りリューさんが穏やかじゃないですねと騒ぎを聞きつけてやってくるまで続いた。リューさんは俺と冒険者の謎の攻防に一瞬どっちを助ければいいのか悩んでいた。いやぁ、本当にクズでごめんなさいとしか言えない。
こうして騒ぎは終息し、男は逃げ、件の少女もこっそりその場を後に――。
「おいこらちょっと待ちなよ兄ちゃんよー。この子追っかけてた理由をじっくり聞かせて貰おうじゃーん!」
「ギャアアアアア!!あ、足に鞭が絡みついて逃げられん!?」
「やんちゃで奔放にも程があるでしょうバミューダさん!?格好つけて追い払った私の立場は!?」
「だ、大丈夫だった、君?ごめんね僕の友達がクズで。あ、よく見たらちょっと擦り傷がある!?すいませんリューさん、店に救急箱とかありますか!?」
(前も後ろも逃げ場がないから逃げられないんだけど!?ちょ、何この馴れ馴れしい白髪!!ああ、もう!今日のリリの運勢って一体どうなってんの!?)
いやぁ、今日はまだまだ面白い一日になりそうだ。俺はとても晴れやかな気分になった。
後書き
N=「逃げられんぞぉ~!」のNであると同時に「なんて日だ!」のNでも「何なんだ、アンタ」のNでもある。
こんなふざけた小説で原作ブレイクのチャンスがあって、何もしないとかありえない(真顔)。
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