勇者にならない冒険者の物語 - ドラゴンクエスト10より -
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転生3・忘却、そして・・・
ベッドの上で目を覚ます。
上体を起こして周囲を確認してみる。
見覚えのない部屋。シングルベッドが二つ並んでおいてあり、窓際のベッドに眠っていたようだ。大きくないタンス、窓際のベッドに続くように配置された小さめの机、反対側の壁にはシンプルな鏡の備え付けられた化粧台。
家具の配置から、旅館かホテルのようだがどこか違和感を覚えた。
頭が痛い。身体もだるい。
車の音も人々の喧騒も聞こえてこないここは、いったい何処なのか?
・・・車、とは、何であっただろうか・・・
頭痛のする額を右手で抑え、初めて自分の肌の色に気付く。
「・・・肌が・・・青い・・・?」
何かがおかしい。だが、何がおかしいのかが解らない。
自分は一体、何故ここにいるのか、何故肌が青いのか。
半分開いた窓から一陣の風が潮の香りを運んでくる。
海が近いのか?
海沿いで生活していた覚えはないから、旅行か何かで来ているのだろうか。
気怠い体を引きずって化粧台まで行くと、自分の姿の異様さに一層気付かされた。
醜くはない。醜くはないが、短く切りそろえられた緑色の髪の毛と青い肌、耳に当たる部分には魚のヒレのような物がついている。
触ってみると、作り物では無い事が判る。感触があるし音もそこから聞こえるからだ。
特殊メイクだろうか?
・・・特殊メイク、とは、何であっただろうか・・・
「俺の・・・身体?」
そういえば、
ここは何処だろう?
自分は、
・・・・・・・・・・・・誰だ?
がちゃり、と音が聞こえて振り返ると、扉を開けて小柄な尖った長い耳の女性が驚いたような顔をしてこちら見つめていた。
青みがかった黒髪を後ろで低い位置でツインテールにして和服に似た学生服のような白い衣装を身に着けている。
可愛らしい、が、覚えのない顔・・・。
「お、おぬし・・・」
だっと駆け出して彼の胸に飛び込んで来る。
「よかった・・・。目が覚めたのだな! 本当に良かった・・・」
顔を上げて涙ぐんだ顔を向けてくる。
「3日も眠り続けていたのだぞ? もう、駄目だと思っていた・・・。いや! 違うぞ! 必ず目覚めると信じていた!」
「それは・・・どうも・・・」
見ず知らずの女性にここまで心配される自分は、いったい何者なのか?
彼は戸惑いながらも女性の両手をそっと外して身体から離れさせる。
「それで、どうだ? どこか具合の悪いところはあるか? いや、それよりもまだ横になっていなくてはだめだ。今何か食べるものを持ってきてやるからな。ほら、ベッドに横になるんだ」
「いや、ちょっとまってくれ・・・!」
「うむ、何だ?」
「君は・・・・・・、いや、すまないが、君は誰だ?」
「!?」
驚いた小柄な女性が右手にこぶしを握り締めてフルフルとわななきながら声を震わせる。
「き、き、きさまは・・・どうして目が覚めて早々そういう冗談を言うか!」
「いや、まてっ! 知っているんだったら教えてほしいだけだ! 俺は・・・誰だ?」
「は!?」
「ここは・・・どこだ?」
小柄な女性は青い顔をして固まっていた。
そんなにショックだったのだろうか。
「おっすー、チョウキー! さかなくんは目覚めたかにゃ~?」
赤い肌、長い黒髪にあか抜けた笑顔の美人。身の丈は170センチくらいだろうか。背には穂先が十字になったヤリを背負っており、額には二本の角が・・・。
「鬼?」
「ふぎゃー! モンスターじゃないにゃ! 出会い頭になんて言うかなこの恩知らずは!」
怒って甘殴りしてくるとわかる。身の丈は自分も一緒くらいか。
ぽかぽかとたたかれながらも、彼は必死に訴えた。
「ちょちょ、ちょっとまってくれ! 君たち本当に何者なんだ!? というか、俺は何でこんなところで寝てたんだ!?」
「大怪我してぶっ倒れたからに決まってるからじゃにゃいか! にゃーにをいまさら・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくれ二人とも!」
小柄の女性が間に割って入ってくる。
「お、おぬし、船の上でのことは覚えておらぬか? 航海に出るときに私にいきなり恋文を押し付けてきたではないか?」
「いや、何の話だ・・・?」
その場に力なく頽れる小柄な女性。
何かを感じ取ったのか、赤い肌の女性もまた叩く手を止めて顔を覗き込んできた。
「んーこれってひょっとして・・・記憶消失?」
小柄な女性が飛び跳ねるように顔を上げる。
「それを言うなら記憶喪失だ!」
あーそれそれーっと、あか抜けた笑顔で応じる赤い肌の女性。
「でも、どっちにしてもあたしらのことも全く覚えてにゃいって事だね! 大変だね!」
「どうして貴様はそんなに楽しそうなんだ、ジアーデ!!」
「でも覚えてにゃい物は仕方がないにゃ。今を大事にするべきにゃ」
「意味が、状況が解っているのかお前は!」
「そんにゃこといわれてもにゃあ~。あたしはチョウキほどこいつに固執してにゃいしにゃ。そもそも赤の他人だしにゃあ」
「赤の他人とは・・・!」
と、抗議しようとして、小柄な女性ははっとした表情でその場に固まった。
大丈夫だろうか?
次の瞬間には飛び起きるように動き出して、彼が横になっていたベッドの脇の小さな棚に手を伸ばし、小さな木片のついたネックレスを取り出す。
「バルジェン、というらしいぞ、おぬしの名前は」
と、彼に向き直って言った。
「バルジェン・・・なんだかしっくり来ないが、それが俺の名前なのか」
「・・・そうだと思う」
「そう・・・か。で、ここは何処だ? 異世界? 地球じゃないのか?」
「ちきゅうってなんだ?」
小柄な女性に聞き返される。
「地球っていえば地球だろう」
「だから、ちきゅうってなんだ?」
「だから、・・・地球は・・・なんだっけ・・・」
覚えていたはずの単語が口にする端からどこかに飛んで行ってしまう。
忘却。それは、呪いの類であろうか。
「俺は・・・地球の、島国にいた・・・? 島国ってなんだ・・・? 東京・・・? とうきょうってなんだ・・・?」
「いや、私に聞かれても困るのだが・・・」
小柄な女性は困惑する彼を見てより一層困惑しているようだった。
赤い肌の女性が化粧台に備え付けられたスツールに腰かけて口を開く。
「ここはジュレットの町。お前たちウェディ族がたくさん暮らす町だにゃ。で、ちきゅうってのが世界の名前だったら、ここはちがうにゃ。ここはアストルティアっていう世界にゃ?」
「アストルティア・・・?」
聞き覚えのあるような無いような・・・。
「とにかく、今は悩んでてもしょうがにゃいにゃ! 食堂に行ってまずは飯にするにゃ!」
促されるままに、赤い肌の女性、ジアーデに手を取られて部屋を後にすることにした。
何かのショックで忘れているだけなら、食事をとって落ち着けば思い出すかもしれない。
そんなはずはないだろうが、今は悩んでいても仕方がないのも事実だ。
この二人は自分よりは状況を知っているはずだ。ならば、今は彼女たちの話を聞いて理解することから始めなくてはならなかった。
部屋を出ると、そこはロビー兼食堂になっていた。
どうやら建物自体は円形に近い作りで、部屋とロビーは直接繋がった造りになっているらしい。
ジアーデはカウンターでグラスを拭いている青い肌の女性に軽く挨拶をすると、大きめの皿にサラダと30センチほどの大きさのトカゲの丸焼き、ポテトの山が乗った料理と少し白く濁った透明な液体の入ったグラスを受け取る。
バルジェンの方を見た女性は少し驚いたような顔をしたが、すぐに別の料理の乗った皿を差し出してきた。
彼に差し出された料理は、何かをすりつぶして固めた「山」だ。それ以外には何も乗っていない。
これは何だろう。
不思議そうに眺めていると、ジアーデが笑いながら教えてくれた
「それはポテトとコーンをすりつぶして練り上げたポッチャデコーンっていう料理にゃ。病み上がりにいいにゃ」
よさそうに聞こえなかったんだが・・・。ここではこれがおかゆ替わりなんだろうか。
一緒に渡された液体を見る。
こちらは彼女が受け取ったものと一緒のようだ。
ジアーデに促されるままにテーブルに行こうと踵を返したところで、背後からシャツの裾をひっぱられる。
「持ってほしい」
チョウキ(と言ったか)、小柄な女性がカウンターを指さす。
そこにあった皿は、どう見ても彼らが受け取ったものの倍はある。
何かの木の実と野菜の山だった。
「重いのだ」
「そりゃそれだけ乗ってればな・・・」
仕方なく液体の入ったグラスをカウンターに置いて大きな皿を片手に持つと、彼女は代わりにグラスを運んでくれた。
二人仲良くテーブルに着くと、ジアーデが口元を猫のようにして微笑んでテーブルの真ん中に置かれていた匙立てから金属製の匙を手渡してくれた。
「仲がよろしいにゃあ、自分で持てないわけじゃにゃいのに」
「う、うるさい! それより、これからの事だが」
バルジェンとチョウキが椅子に座るのを待ってジアーデは切り出した。
「記憶云々は正直、どうしようもにゃいし、解らにゃいまま周りから刺激しても戻らにゃいと思うから。まずは冒険者登録から始めるにゃ」
「いやまて、何故冒険者登録からなのだ」
ジアーデの提案に、チョウキが疑問を挟む。
ジアーデはトカゲの肉をナイフとフォークで器用に解体しながら軽快な口調で言う。
「きょうび所在不明な奴が出来る仕事なんて冒険者くらいにゃ。記憶が戻るまでは一人でいるのも生活に困るだろうし、冒険者なら管理人にさざ波のしずくを上げれば誰でもなれるしにゃ」
「誰でもではないだろう。冒険者になるには少なくとも一人で旅ができるだけの、モンスターから身を守る程度の戦う技術は必要だ」
「シードッグどもはあれでいてそこそこ強いにゃ。それを瞬殺したんだからそれなりに強いんだと思うけどにゃ」
「彼は船乗りだ! 戦士でも武闘家でもない。戦闘要員ではなかったんだぞ!?」
「おかしいにゃあ・・・。あれは武闘家の動きだったと思うんだけどにゃ・・・。戦闘要員でしょ?」
ジアーデがバルジェンを見ると、彼はわからないという風に肩をすくめてポッチャデコーンを口に運んで白く濁った透明な液体で流し込んだ。
「おかしいにゃあ。ジアーデの目は節穴じゃないんだけどにゃあ」
ジアーデがバルジェンを見る。
彼は小首を振りながら答えた。
「そう言われてもな。そもそも自分が解らないのに」
「じゃあダーマの神官に聞くにゃ! 職業の適正が解るにゃ!」
チョウキがため息をついてグラスをあおる。
「それは冒険者登録を済ませて一人前のレベルに達した冒険者に対しての話だ。登録もない冒険者でもない者に教えてくれるわけないだろう」
「じゃあとにかく登録するにゃ!」
「だから・・・! まったっく・・・、では朝食を食べ終わたら冒険者の酒場に行ってみよう。よいか? バルジェン」
「いろいろ解らないことだらけだ。ついていくよ」
「うむ」
チョウキは不機嫌そうにしながらも口元をほころばせて小さな木の実を口に運んだ。
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