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勇者にならない冒険者の物語 - ドラゴンクエスト10より -

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転生2

 次に倉門が意識を取り戻した時、彼は元の世界の故郷のメモリアルホールにいた。
 自分の葬儀が行われている。
 参列者は、全くいないと思っていたのだが、意外と多く百人は来ているようだった。
 友人は来ておらず、一人手で育ててくれた父と仲の良かった親戚のおばちゃんが葬儀を取り仕切っている。
 他にも、遠縁になっていた親戚の顔が多くみられ、懐かしさを感じる。
 アルバイト先の土建会社の社員や仲間たちも参列してくれていた。
 小綺麗なホールを散策していると、参列者の中にいくらか業界関係者らしき顔ぶれを見つけて驚く。
 エキストラで出演したことのあるドラマ、「諏訪人生食堂」のプロデューサー、朝霧陽介や、ヤクザ者のVシネマ「東北の熊蔵」の監督、伊藤銀次郎、同作品の主演男優、日下部郷力が顔を出していることにまず驚く。
 両方ともネームをロールに乗せてもらえた記念すべき作品だが、取り分けて活躍した覚えはない。
 さらに驚いたのは、「諏訪人生食堂」の三人のヒロインの一人を演じた、アイドルの加賀美響子が来ていることだ。
 加賀美さんとは何度かニアミスしたことはあったが、印象は悪かったはずだ。
 怪訝な顔で業界関係者の顔ぶれを横目に見ながら、自分の遺体が置かれているであろう葬儀会場に足を踏み入れた。

「うわーーーーーーーー!」

 唐突に泣き叫ぶ女性の声に驚いて、そちらをうかがうと、先日振られたはずのキャバ嬢である美南アスカが同僚に肩を抱かれて号泣していた。

「おーよしよし、我慢しないでいいから全部吐き出せー」

「うわあああ、なんで? なんでしんちゃん死んじゃったの!? 私が振ったから!?」

「そうじゃないでしょ、彼が自殺しようとした女の子助けるために誤って落っこちたからでしょ。ちょっと間抜けだけど、あんたのせいじゃないじゃん」

「でも、私が振らなかったらあんなところ行かないもん!!」

「ほらー、鼻水拭いてぇ」

 ポケットティッシュを取り出してアスカの鼻元をぬぐってやっている。

「大体そんなに泣くんだったら告白受ければよかったじゃん!」

「だってさ・・・、だってさ・・・ヒック。私が受けたら養わなきゃってなるじゃん? しんちゃんやさしいからさ? そしたら俳優諦めちゃうじゃん? そう思ったらさ? ううううう・・・」

「はいはい、ほら涙で化粧もボロボロだよ」

「立派な俳優になってほしかったんだもーーーーん! うわーーーーーーー!」

「あーもー、・・・ほら他の人の迷惑になるからあっちいこ? ほら、歩ける?」

「うんん~・・・うわーーーーーーー!」

 入り口で経緯を眺めていた倉門は拍子抜けした顔でアスカの泣きっぷりを見ていた。
 そんな理由で自分は振られたのか、と。
 それに自分ではどちらかというと冷めた人間だと思っていたので、多分告白を受けてもらえたとしても俳優を目指すのはやめていなかったと思う。
 幽霊状態の倉門の脇を、アスカたちがすり抜けていったとき、背後からハスキーな女性の、小さなつぶやきが聞こえて振り向く。
 アイドルの加賀美響子が殺せそうなほど鋭い視線でアスカの背中を追っていた。

「キャバ嬢風情がリクドウの恋人になれるとか思ってたのかよ、厚かましいんだよ!」

 リクドウとは、倉門の芸名だ。リクドウシン。売れていればその名でテレビにも出演していたはずの仮の芸名。
 もちろん、無名のエキストラだった倉門にしてみれば、ただの妄想だったわけだが。

「・・・あいつのせいか。・・・あんな女の為にリクドウが死んだ?」

 いや、俺あなたとそこまで接点ありましたっけ・・・?
 倉門は、可愛らしさと美しさの両方を備えた稀代のアイドルの殺意のこもった視線にうすら寒さを感じた。
 真夏の撮影中に彼女のヒールが汚れたときに、たまたま持っていたクリーニングセットで磨いてあげたことはあったが、あの時だって倉門に向けていた視線は汚いものを見るような蔑む視線だったはず。
 嫌われこそすれ、好意を持たれるようなシチュエーションがあった覚えはない。
 小首をかしげていると、倉門が立っている通路から少し離れた休憩用ベンチの並ぶ喫茶スペースに不釣り合いな、銀の甲冑をまとった女性がこちらをうかがっているのに気づいてそちらに近付いていく。
 案の定、例の異世界の住人らしく、彼に向かって一つ頷いてから問いかけてきた。

「まさか、新しい体を得たその日に再び死んでしまうとは思っていませんでしたが。どうです? 自分の世界の状況を見て」

 女性の声だ。
 頭部を完全に覆う兜をかぶっているので表情は見えない。

「どう、と言われましても・・・」

「正直なところ、こうして精神体だけをこちらの世界に飛ばしているのは魔力の消費が激しいので、決断は早くしてほしいのですが」

「決断って、何の・・・?」

「アストルティアに来るのか、この自分のいた世界で新しい命として生まれ変わるのか、ですよ」

 うーん、よくわからないことを言われているぞ。と、倉門は腕組をして首を左に傾げて渋い顔をする。
 銀の甲冑の彼女は、右手を腰に当てて顎をしゃくるような動作をして言った。

「あなたが使ったウェディの身体ですが、居合わせた僧侶がベホイミで回復したので万全の状態になってはいます。しかし、魂のないまま放っておけばいずれ心臓も止まるしその肉体は必ず滅びを迎えます」

 ホールを見渡して参列者の顔ぶれを一つ一つ見ていく。

「あなたは未練があるかもしれませんが、ご承知の通りこの世界の肉体はすでに滅びを迎えていますので、そのまま戻ることは叶いません。魂のままいつまでもこの世界に固執していても、あなたの魂自体もやがて劣化して精神の残照として数百年間地縛霊としてこの世界に残るでしょうが、あなたという存在は解体されて新たな命の部品として他の魂のかけらと混ぜられて、別の生命体として誕生することになるでしょう。もちろん、人間であるという確証もありません」

「そりゃまぁ、そうでしょうねぇ。というか、なぜそんなに熱心に俺をあっちの世界に誘うんです?」

「あなたが使ったウェディの身体が、闘戦士たる素質を持っているからです。いま、アストルティアでは一人でも多くの闘戦士を欲しているのです」

「一人いなくても変わらないような言い方ですが・・・」

「多いに越したことはない、と言っているのですよ」

「・・・それ、俺いります?」

 倉門と鎧の君が幽霊状態で会話しているとき、加賀美響子はなぜかその方向が気になって彼らがたたずんでいるベンチの方を凝視していた。
 元々、霊感が強いことも売りにしているアイドルであり、自慢ではないが「見える」力もあると思っている。
 加賀美はアイドルらしからぬ眉間にしわを寄せた状態で穴が開くほどに虚空を凝視していた。

「いらない、とは言えない。素質のある者を一人でも多く探すのが、我ら闘戦聖母に使える巫女の役目」

「でも、俺をスカウトする理由にはならないような」

「何を言う。あなたは重傷を負って死んだウェディの身体に憑依しながらそれを酷使して戦いまで出来たほどの素質の持ち主だ」

 困ったように首の後ろを左手でかきながら頭を右に傾けて口の両端をへの字に引き下げる倉門。

「あれなー。あれはあのウェディのポテンシャルが高かっただけで俺が強かったわけじゃないしなぁ」

「あのような格闘スタイルはアストルティアにはありません。何より、どんなに肉体のポテンシャルが高かろうとも、それを生かせるだけの強い魂がなければ無意味なのです」

「あの青年ではダメだったと?」

「彼の魂にはポテンシャルを生かせるだけの力はありませんでした。でも、あなたにはある」

「うーん・・・」

「ねぇ、リクドウ。あんたよね。あんた誰としゃべってんの?」

 二人だけの世界だと思っていた倉門と鎧の君がぴたりと固まる。
 恐る恐るそちらに視線を動かしてみると、明らかに加賀美が二人の顔を覗き込んできていた。

「うわー・・・みえていらっしゃるー?」

「霊感、強いほうなんで」

「うむ。この世界には闘戦士たるに相応しい強い魂の持ち主が多いようだ」

「いやいや、そんな関心の仕方するなよ」

「それよりさ、あんたなんで女子高生にくっついて落っこちてるのよ。女子高生も重軽傷とはいえ助かったのに、あんただけ死んじゃってさ」

「はなしややこしっ! てか、本当に見えてるんかーい!」

「ところで、彼女もアストルティアに来てくれるということでいいのか?」

「さそうなし!」

「なに? あんたが次に行く世界? あの世ってこと?」

「来てくれるというのであれば手頃な死にたての身体がないか探してみますが」

「わけわからなくなるから話にまぜんな!」

「行きたい行きたい。行く条件は?」

「こちらの世界で死を迎えることです」

「だから、さそうなし!」

「死ぬのはやだなぁ。ほかに方法ないの?」

「時空を超えるには、肉体は容量が大きすぎるのです。肉体から魂を解放しない限りは無理です」

「なーんだ。残念。せっかくだからあんたは行きなさいよ。どうせこっちにいたって、何もできないっしょ?」

「うん、まぁ」

「そっちにいって価値のあることが出来るんなら、行ってきな。あたしはそんなあんたを応援する」

「う、うん。・・・所で、俺って加賀美さんと接点あったっけ・・・?」

「ハイヒールふいてくれたよね?」

「うー・・・うん」

「あと、夏祭りの中継」

「・・・うん?」

 そんな仕事は行った覚えがないが・・・。

「長野の有名な花火でさ。あんたあたしに焼きイカおごってくれたじゃん?」

 そういえば、上田の花火で迷子になっていたらしい少女に財布代わりに連れまわされた覚えが・・・。

「え・・・、あの時の女の子? が、加賀美さん?」

「そ。もう3年も前よね」

「えええ・・・かわいい子だとは思ったけど全然気が付かなかった」

「あんたアイドルに疎すぎんのよ」

「ええー・・・」

「ところで、こほんっ」

 鎧の君が意を決したように割り込んでくる。

「通常は見えないはずの私たちと会話していては、周囲から異常者だと思われませんか?」

「別に気にしない」

「というより、そろそろ答えが欲しいのです。クラカド氏」

「おうう、話し戻してきたねぇ・・・」

「もっとも、今のままのあなたでも闘戦士としては不足しているのですが」

「不足してるんかい!」

「はい。何故なら、あなたは自分自身に限界を設定してしまっている。何をするにも、諦める線引きをしてはいませんか?」

「ああ、言われてみると確かに」

「ですので、こちらでの記憶の全てを、消去してもらうことにはなります。そうすることで、あちらでの出会いもまた絆を失うことにはなりますが。闘戦士としての魂のポテンシャルは飛躍的にアップします」

「なるほどねぇ・・・」

 しばし考えるように腕を組んで首をかしげる倉門。
 そんな彼に、加賀美が後ろ手に手を組んで身体を左右にゆすりながら語りかけてきた。

「どうせ死んでるんだし。あっちの世界に行ったらこっちの世界の記憶なんて残ってても意味ないっしょ?」

「あー・・・うんん・・・」

「だったらさ、思い切って忘れちゃいなよ。そんで、あっちの世界で新しい生活謳歌しな。きっとそれがあんたの為だよ」

「そう・・・かな」

「向こうに行って、出来ることもあるんっしょ? だったら、向こうで活躍してきな!」

「おう・・・。ありがとうね。加賀美さん」

「いいっていいって! ね、鎧の人!」

「後押し感謝いたします。では、クラカド氏。次に目覚めるとき、あなたはすべての記憶を失っていることでしょう。そこから始めてください。闘戦士への道を」

「全部忘れて闘戦士とやらになれるのかどうかはなはだわからんが・・・」

「大丈夫です。私にはわかります」

「加賀美もね、応援してるよ」

「うん、ありがとう・・・。それじゃあ、行きますかね・・・」

「ご決断感謝します。では、私の手を握ってください」

「お、おう・・・」

 倉門の魂は、鎧の君の精神体の手を握り締めた。
 それから、鎧の君が厳かに呪文を唱え始める。
 加賀美は頼りなげなシルエットだった倉門の姿が、徐々に明るみを増していくのを、美しいと思いながら眺めていた。
 やがて、光の中に消えたシルエットの残照を求めて、しばらくその場でたたずむ。

「行っちゃったな・・・。今度こそ本当に・・・・・・。はぁ~、あたしもアストルティアいきたーい!」

 一言、そんなことを口走った後、加賀美響子は葬儀場から一人去っていった。 
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