魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~
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第4章:日常と非日常
第124話「男に戻るまで」
前書き
まだ優輝はTSしたままなので、戻るまでの話です。(正直蛇足っぽいですが)
一応閑話を除いて4章最終話です。
=out side=
「ふっ…!ふっ…!」
八神家にて、一人の男性が鍛錬をしていた。
その男性はザフィーラ。はやて達はそれぞれ用事で出かけており、留守番となったザフィーラは暇だったために鍛錬をしていたのだ。
「……むぅ…」
キリの良い所で中断し、自分の力を確かめるように拳を握る。
彼は…厳密にはヴォルケンリッター全員だが、今の状態に不安を抱えていた。
強大な敵が現れた時、彼らは大して役に立つ事はできなかった。
少々格上の相手でも相手取れる程の実力を持つのが、歴戦の騎士である彼らだが、それでも自身の力量不足を感じていたのだ。
特に、“盾の守護獣”と言う名を冠するザフィーラにとって、盾にすらなれないという事は、ヴォルケンリッターとしても、はやての家族としても情けなく思っていた。
「…やはり、一人では限界があるか」
ヴォルケンリッターは、全員がプログラムで構成された肉体である。
はやてやその友人たちは気にしていない事だったが、それが成長の妨げだった。
プログラムで構成されたという事は、伸びしろがほとんどないも同然だったからだ。
アインスやはやてによってプログラムに干渉し、ある程度は強化も可能なのだが、やりすぎればどのような支障を来すか分からないため、それを試す事もできない。
「他の実力者と戦えば何か道が開けるかもわからんが…」
徒手空拳の技術を伸ばした所で、すぐ限界が来る。
恭也や士郎と手合わせをする手もあるが、やはり魔法も使用した上で限界を超えなければ意味がないと、ザフィーラは考えていた。
「だが、やれる事はやらねばならん。…また、あの時のような事を繰り返さないためにも」
思い返すのは、先日の正体不明の男の襲撃。
援軍として駆け付けたというのに、為す術もなくやられた事が脳裏に浮かぶ。
「…主の許可があれば、アルフと手合わせするのも手か」
とにかく鍛錬を続けようと、体を動かした瞬間。
……家が丸ごと結界に包まれた。
「っ……!」
すぐさま体勢を立て直し、構えを取る。
「(まさか主が留守の間に何者かが仕掛けてくるとは…!)」
主であるはやてを狙った者か、はたまた違う目的か…。
どの道、突然結界を張った相手にザフィーラは油断できなかった。
「ヴォルケンリッター、盾の守護獣ザフィーラだね?」
「っ……!」
そして現れたのは、黒いローブに身を包んだ何者かだった。
認識阻害の魔法が掛かっているためか、顔などが見えなかった。
「…だとすれば、なんだ?」
「別に?…ただ、自身の力量に満足がいってない様子。だから、ちょっとお手伝いをしようと思ってね」
クスクスと笑いながら言うその人物に、ザフィーラは冷や汗を流す。
「(態度と口調、声色からして…女か?)」
「じゃあ、行くよ?自分で見つけてね?」
「っ!」
瞬間、その人物が肉迫する。
繰り出された拳を受け止めようとするザフィーラだが、その威力を事前に察知し、辛うじて避ける。
「ほら、まだまだ行くよ!」
「ぬっ…!」
続けざまに繰り出された蹴りを受け流し、カウンターを放つ。
だが、それは誘導されるように逸らされ、逆にカウンターを喰らってしまう。
咄嗟に防御魔法を使ってダメージを減らしたが、余程の練度だと理解した。
「ちぃ…!」
「…」
魔法を用い、相手の足元から白い棘状のものを生やす。
それを躱させた所へ一撃を放つが…やはり受け流される。
何度か攻撃を繰り返すも全て受け流され、それどころか反撃でダメージを受けた。
そこまで来て、ザフィーラは悟る。
「この動きは…!」
「さすがは歴戦の騎士。今の体捌きでわかるとは」
「“導王流”……!」
それは優輝がいつも扱う導王の武術。
導きの王の名を取り、敵の攻撃でさえ“導く”、守りの武術。
それを、その人物は使っていた。
「なぜ、貴様がそれを…!」
「なぜ…ね。それは、貴方が知る人物にも言えなくて?」
優輝はいつも使っているが、本来ならそれは“ありえない”武術。
ベルカの騎士であり、ヴォルケンリッターであるザフィーラは知っていてもおかしくはないが、本来なら文献のみの武術である。
そんな導王流を扱う存在は、いるはずはないのだ。
…尤も、例外は常に存在するもので、優輝はその例外なだけなのだが。
「この際、正体は気にしなくていいの。…さぁ、限界以上の力を引き出して、全力でぶつかりなさい。その時こそ、新たな“可能性”を垣間見れるのだから」
「…元より、そのつもりだ!!」
技術もあり、格上の相手。そして、どうやら敵意はない。
そんな相手は、ザフィーラにとって今最も望んでいた相手だった。
だからこそ、ザフィーラは全力でその人物へとぶつかりに行った。
「ザフィーラ、ただいまー。大人しくしてたかー?」
夕方。ヴィータと共に家に帰ってきたはやてはそういいながら家の玄関を開ける。
「…うん?なぁ、はやて。ザフィーラそこにいねぇか?」
「んー?…ホンマや。どうして庭…それも仰向けでいるんやろ」
家の角で隠れて足しか見えないが、仰向けでいるであろうザフィーラがそこにいた。
それを見て、少し嫌な予感がしながらもはやては近寄る。
「ザフィーラ…?」
「…む、主。これは失礼を…」
「良かったぁ…誰かにやられたんかと…」
はやてが来た事で、ザフィーラはすぐに起き上がる。
「夕方…まさか、そこまで時間が経っていたとは…」
「一体、何をやってたんや?」
「…少しばかり、手合わせを」
簡潔に述べたその言葉に、はやてとヴィータは首を傾げる。
「手合わせって……誰とや?」
「正体は分かりませんでしたが…主程の年齢の、導王流の使い手の少女でした」
「導王流……って、はぁっ!?」
ザフィーラの言葉に、ヴィータが驚きの声を上げる。
「導王流って…あいつが使っているのも十分おかしいのに、他にも使い手がいたのかよ!?」
「え、え、それってそんなおかしい事なん?」
「あー…はやては知らないだろうけど、導王家はとっくに途絶えてるんだ。当然、導王流も伝わっていないから、あっても文献だけの存在…のはずなんだけど…」
「その使い手がまた現れたっちゅー訳か」
理解の早いはやては、その説明でどう言う事か理解する。
「この際、なんで使い手なのかは置いておこう。それで、ザフィーラはその相手とずっと手合わせしてたっちゅー事か?」
「はい。事の発端は突然結界を張って現れ、私が力量不足に悩んでいるのを見抜いた上で、手合せをすることに…」
「ほぼ通り魔みたいなやっちゃな…。…って、力量不足?」
ザフィーラが悩んでいるという事に引っかかり、聞き返すはやて。
「…私は、強大な敵に対し、あまり主の役に立てていません。それこそ、“盾の守護獣”の名が泣くほどに。だからこそ、強く在ろうとしていました」
「……そうやったんか…」
「その事を考えれば、今回の相手は敵意もなく、全力で挑める相手だったため都合が良く、こうして夕方まで手合わせが続いたという訳です」
ザフィーラの説明に色々思う事はあったが、はやては何回か頷き…。
「…何か、見つける事はできたんか?」
「…はい。我が守護の拳。未だ至らない点を見つけ、更なる高みがあると知りました」
「そっか…。今後プラスになる事やったら、何も言う事はないわ。それじゃあ、改めて家に戻ろか」
跪いてそういうザフィーラにはやては優しく微笑みかけ、改めて家に戻った。
「…ところで、その女の子の正体に心当たりはないん?」
「いえ…ただ、狼である私だから分かったのですが…ニオイが似通っていました。志導優輝と」
「血縁者って事かなぁ?まぁ、わからんもんは仕方ないか」
「……ふふ、やっぱり“可能性”を感じれるのはいいね」
つい先ほどまでザフィーラと“手合わせ”をしていた人物。
その人物…否、少女は羽織っていた黒いローブを消し、帰宅していた。
「後は…明日でいっか」
そう呟きつつ、家のドアを開けた所で…。
「この……どこほっつき歩いていたのよー!!」
「…っと」
飛び出してきた跳び蹴りを受け流す。
跳び蹴りをしてきた相手…椿は、受け流されて体勢を崩し…消えた。
パシィイイン!!
「っつぅ…!幻術かぁ…」
「殺気も何もないから、気づけなかったでしょう…!」
頭上からハリセンが振り下ろされ、小気味いい音が響く。
「それよりも!貴女その姿でどこ行ってたのよ!」
「どこって…ちょっとそこまで?」
「普段の優輝もそうだけど、今の貴女も大概ね…優奈…!」
冗談めかして言う少女、優奈に椿は怒りに拳を震わせる。
「というか、今日は一日中優奈でいたって訳?優輝は大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫なはずだよ?いやぁ、まさか頭ぶつけて私と入れ替わるなんて」
事の発端は些細な事だった。
寝起きにドジってベッドから落ち、その時に頭をぶつけて優奈の人格になったのだ。
そんな原因に今朝は優奈を含めて全員が呆れていた。
「どの道、因子は段々と戻っているから明後日くらいには男に戻るよ」
「そう。…って、良く分かるわね」
「優輝と比べてそういうのに気づけるみたい」
家の中に入りながら椿とそんな会話をする優奈。
「(…“みたい”だなんてわざとらしい。気づけるのじゃなく、“わかる”のに)」
だが、その裏では嘘をついている事に苦笑いしていた。
もちろん、それを椿が気づく事はない。…気づくはずがなかった。
「(私と優輝は違う。だから、椿は私の心を読み取れない)」
そう。ずっと一緒である優輝なら、例え表情が変わらなくても分かるかもしれない。
だが、優輝とは“別”である優奈は、それすら起きない。
だから、優奈が裏で考えている事に、椿は気づかなかった。
「あ、おかえりー」
「ただいまー」
「なんで葵は暢気なのよ…」
リビングへ行き、葵が出迎える。
二人のその暢気なやり取りに、椿は呆れていた。
「…で、改めて聞くけど、どこに行ってたのかしら?」
「どこにって言われてもなぁ…。はやての家?」
「…聞き方が悪かったわね。何をしに行ってたのかしら?」
優輝とは全く違う性格に少しイラっとしつつ、椿は問い詰める。
「もう、そこまで怖くならなくても…。ちょっと、ザフィーラと手合わせしに行っただけだよ?彼、どうやら自分の力量不足に悩んでたみたいだから」
「それで、相手をしたという訳?」
「うん。厳密には“可能性”を見つけてもらったんだけどね」
「ふぅん…」
分かり辛い言い回しで答え、椿は半目で見る。
「まぁ、いいわ。でも、貴女は優輝ではなく優奈として今はいるの。だから不用意に外出しないでちょうだい。一応親戚という言い訳はできるけど…わかってるわよね?」
「分かってるって。もう、心配性だなぁ」
「貴女が飄々とした態度を取っているからよ!」
“以前はこんな感じじゃなかったはずなのに…!”と頭を抱える椿。
初めて“優奈”になった時と比べて、色々と違っていたのだ。
「本当…色々な点において優輝とは違うわね…」
「あはは。案外表裏一体かもしれないね。優輝が持ってない“もの”は、私が持っていたりして」
「っ……!」
冗談めかして言う優奈に対し、椿は目を見開く。
「…どういう、事かしら」
「んー?何が?」
「優輝が持ってない“もの”を、貴女は持っている…。貴女は、優輝が“代償”としたモノを知っているのかしら?」
まるで、その事を言っていたかのよう。
そう感じた椿は、真剣な面持ちで尋ねた。
「まさか!私は適当な予想で言っただけだよ。そこになんの他意もない」
「……そう」
数々の経験から、椿と葵は“嘘”を見抜く事ができる。
ましてや、神の分霊たる椿は嘘だけでなくその言に込めた“真意”も見抜ける。
尤も、相手によっては見抜けない場合があるが…。
ともかく、その椿でも優奈の言葉には他意がないと思えた。
常人が見れば、明らかに他意がありそうな言い方にも関わらず…だ。
「まぁいいわ。夕食にしましょう」
「了解っと」
もう一度溜め息を吐き、椿は諦めたようにそういった。
葵も椿がそう言ったのを見て探ろうとするのをやめた。
…確かに、優奈に他意はなかった。ただし、それは“知らなかった”だけ。
優奈は優輝が何を“代償”としたのかは分からない。元々が一つだったために。
優奈は本当に“予測”として言っただけだった。
それが自身にある“知識”から述べた、“正解”と言えるモノとして。
それは、一種の言葉遊び。
椿の言葉に対し、優奈は“代償”が何なのかは知らないと答え、だが予想していた事は肯定した。そこへ、“なぜ予想できたか”と言う疑念を隠した。
優奈も当たり前のように言ったため、“真意”と呼べるモノはなかった。
予想できる理由を、ごく自然に、当たり前のように隠し通したのだ。
=優奈side=
椿に色々言われた翌日。私はある家に向かっていた。
ちなみに、今回は事前に説明はしてるので、椿に小言を言われる事はない。
「そろそろ立ち直ってもらわないとね」
向かう家に住んでいる彼は、今もなお調子を取り戻せていない。
多少は普段通りになったけど、やっぱりどこか違った。
「さて、と」
インターホンを鳴らす。
事前に調べた感じだと、一人で暮らしているらしいけど…。
〈はい?〉
「…すみません、帝さんいますか?」
〈…ちょっと待ってください〉
聞こえてきたのは、女性の声。その事に動揺しかけた。
神様転生による諸事情で、親と呼べる存在はいないはずだったからね。
ガチャ
「とりあえず、外では何ですから、中…へ……」
「……?」
玄関の扉から赤と黒のメッシュな長髪の、綺麗な人が出てきた。
そして、言葉の途中で私を見て驚いていた。
「貴女は……」
「どうしました?」
「…いえ、知っている方に似ていらしたので…」
どうやら、私を緋雪と見間違えたらしい。まぁ、見た目は凄く似てるしね。
それより、この女性の丁寧な物腰といい、感じる気配からすると…。
「『…リヒト』」
〈『はい。彼女はエアですね。ユニゾンデバイスではないのに、どうやって人型に…』〉
帝の家にいる事から考えると、彼女はデバイスのエアらしい。
エアはfateのギルガメッシュが持つエアを元にしたデバイスのようで、容姿…特に髪色はエアらしい特徴を持っていた。間違いはないだろう。
「(さすがは神様謹製デバイス…。ありとあらゆるデバイスの特徴を持ってるんだね)」
ストレージの汎用性、インテリジェントのAI(というか人格)、アームドの頑丈さ、ユニゾンの人型化。うーん、見事な万能っぷり。
「失礼しました。さ、どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
エアに案内されるがままに、私は帝の家に入る。
優輝の時に、場所は知っていたけど、内装は知らない。
「少々汚いですが、ご容赦を」
「気にしてないので大丈夫です」
少し見渡してみれば、細かい所に汚れが見られるものの、普通に見える内装だった。
…ぶっちゃけて言えば、エアが最近掃除したのか、汚かった名残があった。
多分、先日のあの人形の襲撃が影響してるのだろう。
帝が意気消沈して掃除しなくなったとかそんな感じだろう。
「え………」
「こんにちは。あの時翠屋で会って以来だね」
そして、リビング。そこに彼はいた。
当然、私が来た事に大層驚いたみたいだ。
「ど、どうしてここに!?」
「優輝に頼まれたの。貴方が落ち込んでいるというか、意気消沈しちゃっているから、励ましに行ってくれないかってね。どうして私なのかは知らないけど」
「っ……!」
もちろん、これは適当に作った嘘だ。
一応それらしくしてあるから、疑われる事はなさそうだけど。
「私としては、あの時会っただけで、名前も知らないのだけど…どうしてかな?」
「え……っと…それ、は……」
少し顔を赤くしながら、しどろもどろに言おうとする彼。
ふふ、普段の帝とは全然違うから、ギャップを感じるわ。
「とりあえず、先に自己紹介しましょう。私は志導優奈。優輝から知らされてると思うけど、優輝の親戚よ」
「…王牙帝です…」
拾ってきた猫のように大人しく、小声でそういう帝。緊張してる?
「…んー、以前会った時とだいぶ違うね。今は意気消沈してるからって言うのもあるけど…ふふ、どこか逞しくなったように見えるよ」
「っ……!」
私の言葉に気まずそうにしながらも少し嬉しそうにする。
あー、本当分かりやすいね。そこが可愛らしく思えるよ。
「まぁ、世間話は後回しにするとして…。何があったか、全部とは言わなくても教えてくれるかな?私を宛がったのは、無関係な第三者だからだろうし」
「……わかった」
本当は、私の事が好きだから、話してくれるだろうって理由なんだけどね。
…立ち直らせるためとはいえ、割とゲスいね、私。
「…あまり、上手く言えないんだが…」
色々誤魔化していたけど、要約するとするならば…。
あの時、あの人形を消滅させた存在、及び力を見たのが原因との事。
非現実的な“現実”を思い知らされて、自分の今いる状況が怖くなったらしい。
自分は転生者で、ここは“リリカルなのは”の世界。そう思っていたんだろうね。
だけど、“そうではない”と思わされる存在が現れた。
“何とかなる”という楽観的思考もできなくなって、こうして意気消沈したとの事。
そして、あのような存在がいた事で、とんでもない事に巻き込まれている…そう考えてしまって、自分にはどうしようもないと、怯えてしまうようになったのだろう。
実際に私に話してくれた事は、もっと違うのだけどね。
これは私が知っている事で補完しただけだから。
実際に話したのは、“現実”を思い知らされて、自分にはどうしようもできないと怖くなってしまったとか、そう言う事。
「……そっか……」
「………悪い、あんたにこんな事を話した所で…」
気まずく俯く帝を、黙らせるようにそっと抱き寄せる。
「……ぇ……?」
「…大丈夫、大丈夫だよ」
「な、なにを…!?」
突然の事に彼は驚いて私を引き剥がす。
「あー、ごめんね?近所の小さい子と同じ感覚であやしちゃった」
「俺そこまでガキじゃねぇよ!?」
顔を赤くしながら帝はそういう。…よし。
「ほら、元気になった」
「あ…って、ちげぇよ!」
「ふふ、でも大丈夫だよ。本当に」
しっかりと断言する私に、帝もぽかんしながらこちらを見る。
「ソレを見て、怖くなったのなら、怖くなくなるくらいまで、強くなればいいのよ」
「っ、そんな、簡単にできるもんじゃ…」
「ええ、簡単ではないわね」
帝の言葉を否定する事もなく、むしろしっかりと肯定する。
あの人形や似た存在は、ただ強くなるだけでは敵わない。
「でも、簡単じゃないから諦めるの?現実は、何でもかんでも簡単じゃないという事は、もう知ったのでしょう?だったら、今度はそれに立ち向かわなくちゃ」
「…でも………」
「…貴方には、立ち向かえるだけの力があるでしょう?」
「っ……!」
でも、だからといって、彼は“無力”ではない。
神に貰った“特典”がある。例えそれが元ネタを真似たものだとしても。
それは確かに神に…あの人形に干渉できる存在から貰った力なのだから。
「頑張って、強くなりなさい」
「……ああ……そう、だな…」
“無力ではない”、それが彼を動かす要因となった。
きっと、彼の前世は無力…と言うより、何もできなかった人生なのだろう。
だから、力があるならばと、やる気を出してくれた。
「ふふ、ようやく元気になったわね」
「……ありがとう。助かった」
「ええ。私としても、貴方は元気で頑張ってくれる方が好きよ」
「っ……!」
“好き”と言う単語に敏感に反応する帝。…あの、ちょろすぎない?
やる気になってくれるのは良いけど、さすがに単純すぎ。
「…どうぞごゆっくり…」
「あ、エア、おま、どこへ!?」
そんな私達の様子を見てか、エアはお菓子と飲み物を置いて退散していった。
物凄い穏やかな微笑みを浮かべていたので、帝もお節介を焼かれたと気づく。
…まぁ、空気を読まれて退散されたらむしろ止めたくなるよね。
「さて、立ち直れたみたいだし、せっかくだから世間話でもしましょうか」
「あ、ああ…。でも、何を話せば…」
どういった事を話せばいいのか、帝は判断がつかないらしい。
…人付き合いも学んでいった方がいいよ?
「そうね、今まで優輝とどんな事をしてきたとか、どういう事があったとか、そんな身近な事で構わないわよ」
「わ、わかった」
そういって、帝は緊張した面持ちで話し始めた―――
「…あら、もうこんな時間」
「え?あ、いつの間に…」
長い事話し込んでいたらしく、太陽が西に沈み始めていた。
「じゃあ、そろそろ帰るわね」
「ああ…また、会えるか?」
「……そうね、いつかは分からなくても、会えると思うわ」
割と楽しい時間だった。
緊張しながら身近な事を話す帝は、初々しさがあって可愛らしく見えた。
私も優奈として好物とか色々話したりしたし…。
「……な、なあ!」
「…?」
玄関に向かう私に、帝は意を決したように話しかける。
「…俺、頑張るから…!もう、挫けないように頑張るから…だから…!」
「…ふふ、その時は、褒めてあげるわよ。“頑張ったね”って」
「っ~~~!」
顔を真っ赤にして、帝は頷く。
「じゃあ、またいつかね。帝」
「…あ、ああ!またな、優奈!」
手を振り、私は帰路に就く。
見えなくなるまで、帝はずっと私を見送っているみたいだった。
「…お待ちください」
「…何かな?」
帰路の途中、後ろから話しかけられる。
「貴女は…何者ですか?」
「それ、どういう事かな?私は優輝の親戚なだけだよ?」
「誤魔化さなくても結構です」
…うーん、どうやらばれてるみたいだね。
どこまでわかってるかは分からないけど。
「いくら好きな相手とは言え、彼が親戚というだけの貴女を宛がうはずがありません。…いえ、こんな初歩的な部分は省きましょう」
「…へぇ」
「……貴女は、どのような“存在”なのですか?」
やはり神謹製のデバイスなだけある。…そこまで気づけるなんて。
…でも、答える義理はないよ。
「私は私。志導優奈だよ。それ以上でも、それ以下でもない」
「…飽くまで答えないのですか」
「まぁ、悪い事は企んでないさ。それに、私は帝の“可能性”を信じてるよ」
「……………」
無言で視線を交わす私とエア。
「…マスターを気に入ってるのですね」
「だって、あそこまで照れられると可愛く思えるじゃん」
「新たな一面と言う意味では同意しますが…。まぁ、いいです。どの道ここで暴き切るには情報も足りませんし、引き下がります」
そういって、一歩引くエア。まぁ、当然だね。
「ですが、何か事を起こすのであれば…」
「分かってるって」
「……では、失礼しました」
被せるように私が言うと、エアはそういって帝の家へと帰って行った。
「…帝の気に入ってるのは、本当だよ。…それこそ…」
踵を返し、改めて帰路に就く。
この後は、帝は立ち直ったと椿にも伝えて、そのまま就寝した。
…帰り際の私の頬が赤かったのは、きっと夕陽のせいだろう。
「………優奈…!なんでこんな事を……!」
翌日、人格と性別が戻った僕は、黒歴史になるであろう優奈の行動に頭を抱えた。
…いや、本当何してんだあいつ…!
後書き
司に引き続き誰だこれ。(帝を見ながら)
踏み台だったのにどうしてこうなった。
…とまぁ、現実を思い知らされた後、立ち直った帝でした。ザフィーラの話はおまけです。
緋雪と優奈の雰囲気の違いはますます増してます。
雰囲気の違いのイメージとしては、fateのイリヤ(プリヤ)とイリヤ(SN)みたいな感じです。
そして、優輝と優奈は別の存在と考えてください。性別が変わっただけであれば、ただ単に女性の思考になった優輝ですが、人格まで変わるともはや別人です。
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