彼願白書
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リレイションシップ
グリップ
「彼等がやったことは、つまるところは我々の後追いです。彼等は、『自分達はうまくやる』と思っていたのでしょう。我々が禁忌としたことを焼き直した結果、トラックを壊滅させる事態を起こした。それにも関わらず、タイプワン、と彼等が呼称するものが、なぜ今は前線にいないのか。彼等はその理由を軽視していた。核攻撃を延期して我々の戦闘データをねだったのも、結局はその現れです。」
「彼等は、タイプワン……君達の言うオリジナルの戦闘データを得るために、核攻撃を延期した……と?」
藤村の言葉に壬生森は、力なく首を横に振ったあと、からりと一笑する。
「最小単位の一兵士としては破格の打撃力である艦娘、その中でもタイプ―オリジナルは別格です……強大な敵を一撃で光に滅する、空間をねじ曲げあらゆる射撃を消し去る、無際限に砲雷撃を対象か自身の滅亡まで放つ、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ……彼女達は真に望み願うことを実現するための力を得ることが出来る。問題はその力が、如何なる形で現出するか、なのです。」
壬生森は、タバコの箱を懐から出そうとして、藤村に吸ってもいいかと目配せする。
藤村は、では自分も、と応接用のテーブルの上の灰皿を指差す。
互いに向かい合うようにそれぞれソファーに座り、壬生森は長くて細いタバコを咥えて火を着ける。
藤村は灰皿の隣の木箱から葉巻を出して、短いナイフで先端を切り落としてからマッチで火を着ける。
「使い方次第では、確かにこれは既存の戦術も戦略も引っくり返るようなモノです。実際、私もそれを踏まえた戦力の艦隊を率いていました。ですが、産み出すリスクはそれを遥かに上回り、本来なら到底は採算に合うものではないのです。」
壬生森は灰皿にいつもよりよく燃えるタバコの灰をとん、と落として煙混じりの溜息を吐く。
「彼等は気付いたのでしょう。今回の一件で、ネームレベルが如何なるものであるかを。そして、オリジナルはただの失敗例として、忘れ去られることになるでしょう。」
「誰かがチャリオットを作れば、誰かもチャリオットを作り、誰かが作った戦艦を誇れば、誰かは更なる大きさの戦艦を作り、誰かに航空機で艦隊を滅ぼされれば、誰かはそれ以上の数の航空戦力を押し並べ、誰かが核を作り出した結果、誰かは地球を7度滅ぼしても余るだけの核を溜め込んだ。そうやって、人は発達してきた。オリジナルも、その愚かな歴史のひとつに加わるのではないかね?」
藤村の言葉に、壬生森は呆れたような、うんざりしたような、そんな顔で肩を竦める。
「それを愚か、というのは酷でしょう。リスが秋に自分達が把握できない数の木の実を隠すことを、愚かとは言わないように。そして、それだけ繰り返した失敗を学ぶことが出来るのも、また人でしょう。」
藤村は葉巻を咥えたまま、静かに壬生森の話を聞いている。
「米国に理性があることを、私は信じるべきだと思います。」
「それは、分析官としての見解かね?」
藤村の短い質問に、壬生森は答える。
「もっともらしく言っても、つまるところは『人の良心』に寄って立つ見解であることは弁明しません。しかし、保険が必要とあらば、その保険を用意できます。」
「その保険とは?」
「これを。」
壬生森は内ポケットから、熊野からブルネイでの別れ際に渡された手紙を藤村の前に置く。
桜色の洒落た紋様に、わざわざ封蝋がしてある封筒。
「かつての部下からラブレターを貰うような、罪作りな色男になったつもりは毛頭ないのですが、どうやらそうでもなかったようで。返事に悩んでいたのですが、必要とあらば、と。」
「……秘書官が拗ねるぞ?」
「ビンタのひとつくらい、覚悟してますよ。」
「酸素魚雷を食らわされるぞ?」
「まぁ、それはそれでしょう。」
藤村と壬生森の会談は、最後は笑い話で決着した。
壬生森の魚釣島行きは、そのあと日をおかずに本決まりとなり、巡視船『おおどしま』も魚釣島所属となったのだ。
「お前が二つ返事で納得するとは、思いもしなかったがな。」
「前にも言ったでしょ?アンタのいる所が、私の戦場よ。アンタの戦場が永田町から魚釣島に戻るなら、それに付いていくだけよ。」
カツカツと靴音が鳴り、壬生森は叢雲と熊野、そして鈴谷を伴っていつかぶりかの司令本部内の廊下を歩いていく。
「まぁ……戻ることにしたきっかけは気に入らないけど、そのくらいの些事を笑って流せるくらいには喜んでるのよ。」
叢雲は含むところがあるような微笑みを壬生森に向ける。
同姓である鈴谷からしても、どきりと来るような笑顔だった。
そんな叢雲に、壬生森は頬を指先で掻く。
「……君は、また鳳翔のメシが毎日食えるのが嬉しいんだろう?」
「それもあるわね。」
「あるんだ……」
壬生森の言葉にこともなげに返す叢雲に、壬生森はさすがに毒気を抜かれる。
そんな二人の様子に、熊野はささやかに頬笑む。
「お二人とも。今までの留守にしていた分、キリッキリに働いてもらいますわよ。」
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