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彼願白書

作者:熾火 燐
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リレイションシップ
  ミーティング、マーチング

鎌倉郊外の海が見える丘にある白い洋館。
それなりに昔からあるらしく、その白い外壁を彩るように緑の蔦が生い茂らない程度に張っている。
そして、その庭先の芝や草木は、庭師が常日頃から手入れをしているのが素人目にもよくわかる。
ここは地元の住民からは、それなりの名家であるものの、館の広さに対して、館の主人と数人の使用人しかいない寂しい場所だと言われていた。
なぜ、「言われていた」という過去形なのか。
それは、この館の主人がもう何年も前に亡くなったからだ。
つまり、主人なき館には、主人なき使用人しかいない。
だからこそ、人数こそ少ないとはいえ、住み込みの使用人達が未だにこの館のハウスキーピングをしていることは、近隣の住民達の興味を惹いた。
いったい、あの使用人達は今、誰に仕えているのか?

その答えを知るものは少ない。



「さて、と。」

その日、叢雲はむぎわら帽子に白いワンピースドレス姿で、芝生の地面に埋め込まれた洋式の墓標の前にいた。
傍らには紫色のオダマキの花を小さく束ねた花束。
そして、汚れた水の入ったバケツと、その水の中でゆらぐ雑巾。

彼女の前にある墓標は丁寧に磨きあげられて、陽光に輝いてすらいる。

その墓標の上に花束をそっと置いてから、叢雲は墓標の上に右手を置き、胸の内の空気を全て吐き出すまで、長く長く吐き出していく。

そして、それ以上に長く長く、そして細く、静かに息を吸っていく。

「……ただいま、戻りました。」

叢雲は、その一言にすら苦しげに呟いた。
墓標に置いた手を、握り締める。
きり、と鳴った歯軋り。
髪で隠れた横顔を、外から窺うことは難しい。
肩が僅かに震えていることだけが、叢雲が露にしている数少ない心情。

「私はまだ、叢雲を辞められない。」




「壬生森様、お代わりをお注ぎしますね。」

「あー、いい。そんなにこまめに給仕されても飲みきらん。というか、そこまで構わんでくれないか?どうにも落ち着かん。」

壬生森はテーブルに置かれた溶けかけの氷だけが入ったグラスにお代わりを注ごうとする女性を制する。
壬生森はただですら、子洒落たウッドデッキのテラスにベンチという落ち着かない空間に、どうにも苦手なこの館の使用人の筆頭のこの女性という組み合わせ。
壬生森は正直に言えば、さっさと退散したいくらいなのを、わざわざ持ってきた資料を見たりしてなんとかやり過ごしているのだ。
普段なら途中で昼寝用のアイマスクにしているだろう資料を、わざわざ何度も読み返すくらいには、壬生森は暇をもて余していた。

「壬生森様、ひとつよろしいですか?」

「……聞こう。」

さて、このメイドを壬生森が苦手にしているのは、様々な要因がある。
ひとつは見ため。
黒い飾り気のないエプロンに、やはり飾り気のない白いブラウスと黒いロングスカートという、カラー写真で撮ってもモノクロな格好に、一度として染めてないという黒い艶髪のショートカットにキツい目でそれなりに美形という、メガネがあったら間違いなく、壬生森が顔を合わせたくない女性ランキングでそこそこ上位に来るとある艦娘に似たような身形なのだ。

当人にはなんの落ち度もないが、壬生森の精神衛生上、なんら気構えなく相対したくない姿であることは、どちらに対しても不幸であったと言うより他にない。

そして、二つ目に、この二人に共通する人間関係がある。
壬生森とこの館の使用人を繋ぐ人間関係は、ある少女が間にいるのだ。

「御嬢様のことです。」

「前言撤回。君の言いたいことは一から十までわかった。」

「わかったなら相応のリアクションを求めます。」

「残念だがインプットとアウトプットは同じ処理速度にならないものだよ。」

「ヘタレ。」

「不名誉な称号だな。」

「ですが、相応です。」

「そこは認めよう。」

「では、改善しましょう。」

「目玉焼きを生卵に戻せ、という無理難題を言ってるが?」

「サニーサイドアップをタンオーバーにしろ、という程度と思いますが?」

ここまでやり取りして、壬生森は露骨にウンザリした顔をする。
壬生森は観念したかのように、問答無用でグラスに注がれたお代わりのハーブティに口づける。

「私達はもう、遅すぎたんだよ。私達の関係は、行き止まりで終わったままなんだ。」

「似た者同士で相変わらずだねー。」

予想していた声ではない声が聴こえた壬生森は後ろを振り返る。

「本当に、相変わらず過ぎるよ?提督。」

壬生森達のいるテラスに繋がるガラス扉の向こう。
そこには、翡翠とも瑪瑙とも言える鮮やかな葵の長い髪が風に揺れる。

「決着がハッキリとするまで、一度でも走り出した乙女は止まらないんだよ?ちゃんとわかってる?」

壬生森が最後に見た時より一回り、成長したらしい身体に真新しいブレザーの制服をラフにめかしこんで。
壬生森が暇を潰して待っていたのは、彼女の来訪だった。

「ちーっす、提督。相変わらず、ダメ男してるねー。」

右手をひらひらと振りながら、わざとらしく片目をウィンクして。
彼女は自分の見た目の完成度をキッチリ理解した上で、可愛らしい自分を演出している。

「鈴谷か。待っていたぞ。」

「お待たせしちゃったねー。やっぱり制服で車を転がすのは失敗だったよ。お巡りさんにバンバン止められちゃって。」 
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