彼願白書
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リレイションシップ
カーテンコール
「わかったわ。速やかに帰還するように。」
叢雲は壁掛けのインカムを置いたあと、壬生森達のほうに戻ってくる。
「子供のほうも撃破したわ。」
「そうか。」
壬生森は窓から空を横目に見ながら、ほとんど生返事みたいな声を出す。
「憂鬱そうね。」
「憂鬱にもなるさ。」
ほれ、と壬生森が手に持って差し出した栓を取った缶の箱の下に、叢雲は右の手の平を出す。
箱を揺すり、からんからん、と鳴らして叢雲の手には白い飴がひとつ転がる。
それを、叢雲は口に放り込む。
「ハーミテスの真名は……インディアナポリス、でいいんだな?」
「私の、このブルズアイが曇ってなければね。」
叢雲はパチリと開いた紅い瞳を、人差し指で示しながら、薄荷の香りのする返事をする。
壬生森は膝の上に置いているタブレットの画面にタッチペンを走らせる。
「他に何か気付いたことは?」
「あのネームレベル、純粋純血の深海淒艦じゃなかったわ。あの深海淒艦、いろいろと歪みすぎていた。未完成だったのか、欠陥品だったのか……」
「ハッキリと言うと?」
「……あれは艦娘よ。深海淒艦が育てた艦娘か、深海淒艦に裏返った艦娘か、深海淒艦を無理矢理に艦娘にしようとしてリバウンドしたか。細かい経緯はさておき、アイツをやった時の手応え……あれは確かに、艦娘のそれだったわ。」
「……そうか。そこら辺はいろいろと調べていかねばなるまい。」
どうやら、壬生森の憂鬱はより深くなったようだ。
叢雲はその憂鬱の理由の一端をなんとなくわかってしまった。
「アンタ、タウイタウイの件で引き摺るのは無しって言ったじゃない。」
「心情的な問題だ。割り切ることと顧みないことは違う、と思う。」
そう言うだろうな、と叢雲はわかっていた。
壬生森の性格をよく知る叢雲だから、それはわかっていた。
そして、未だにそう言わせていることが、叢雲は悔しい。
これだけ長い付き合いで、弱音のひとつも聞けたことがない。
叢雲はずっとそれが、自分自身の問題だと思っている。
弱音を溢すには、自分では不足なのだろうか。
そう、思えてならないのだ。
「アンタがやったことでもないのに、よくもまぁ引き摺るわね。」
「あの一件を上手いこと利用して、いろいろやったのは私だしな。無関係、というにはあまりにも手前勝手に利用した。」
壬生森は肩を竦めて、タブレットの画面に目を落とし、カツカツとタッチペンを滑らせる。
「それに、私がお前にやらせたことだ。お前一人に咎を被せるのは、本意ではない。」
「アンタねぇ……まぁ、いいわ。」
壬生森の言葉に、叢雲はしばらく考え込み、そして呆れたように肩を竦める。
「……話が逸れたな。なんであれ、核攻撃という最悪のオプションは避けられた。ついでにだが、駆逐艦の艦娘を二人、救出することが出来た。」
壬生森の座る反対の壁側には、止血と応急措置が既に終わり、あとは『おおどしま』に備え付けた簡易ドックに放り込むだけとなった状態で長椅子に寝かされている神風と、それに寄り添うようにして座り、気が抜けたのか寝落ちしている春風の姿。
「成果は上々かしらね。」
「最悪の二個手前、というところだろう。」
「それを、上々って言うんじゃない?」
「……確かに、そうだな。」
壬生森は一通り、タブレットに入力を終えたのか、視線を上げて窓の外を見る。
既に小さくなりつつあるトラックの島影。
そこはもう、荒れ果てた無人島と言ってもいい。
「トラックはどうなるかしらね。」
「官民そっくり丸ごといなくなった無人島だ。復興は、難しいだろう。」
「では、放棄?」
「放棄するには、位置が悪い。当面は鎮守府だけ復旧することになるだろう。」
「ひどい話ね。」
「そんなものだ。町、というものは一年や二年で作るものではない。開拓する者がいて、通う者がいて、居着く者がいて、そこで育つ者がいて、気の遠くなる年月を経て、そうやって堆積した上に、町というものが出来るのだ。」
わざと作ろうとした町など、砂上楼閣のごとく崩れ去るだけだ。
壬生森はそう締め、窓の外から叢雲に目線を戻す。
対する叢雲は最後に質問をする。
ヘリはもう、巡航をやめて、ホバリングを始めていた。
「月日が経てば、いずれ、トラックにもまた町が出来ると?」
「それが必要ならば、な。」
その後、トラックから避難して周辺海域に漂流していた船や、周囲の無人島に逃げ込んでいた避難者が、救援に入ったエアボーン部隊によって、次々に発見され、当時の状況が断片的に確認された。
戦力の大部分を『ハーミテス』に依存し、トラック諸島のそれぞれに散っていた、残存戦力のそのほとんどはエアボーンにより迅速に突入した部隊により掃討されていくことになった。
今回の事態に巻き込まれたマスターシップ『サラトガ』とその輸送部隊は今回の救出作戦の功でブルネイに編入。
熱核攻撃があった場合、彼女達はまちがいなく無事ではなかっただろうことは疑いない。
そして、壊滅したトラックに本格的な調査団が入り、その惨状と“ネームレベル”『ハーミテス』の詳細が判明した。
『ハーミテス』は本来、ただの姫クラス相当の能力しかない存在に過ぎなかった。
それが、トラックを壊滅させるほどの能力を得たのは単に、トカゲのような深海淒艦の圧倒的な火力と耐久力があったからだ。
そして、そのトカゲに『ハーミテス』は謂わば“ネームレベル”の卵を産み付けていた。
もちろん、それだけではない。
トカゲのような深海淒艦の死骸を引き揚げ、調査した結果、これは深海淒艦に変異したトカゲであり、内容物などからその食性は人間、特に艦娘を好物としていたことが判明した。
更に、艦娘を意識を生かしたままで、その身体を外殻に取り込んでいたらしく、その体表にはまるでトカゲの身体から逃げ出そうと、もがくかのように手を伸ばしたり絶叫している、黒塗りの人の姿が鱗のようにびっしりと並んでいた。
中にはその身体を貫くように砲塔が伸びていて、内側から串刺しにされて悶えるような姿も散見され、その様相はまるで地獄への門扉のそれ。
そして、そいつを揺り籠にして緩やかなペースでじっくりと育てられる予定だった『子供』は、蒼征の強襲によって、結果的に未完成のまま誕生することになった。
本来ならば揺り籠もろとも取り込み、本来のネームレベル級として完成するはずだったそれは、素体のみでろくな艤装もないまま、着の身着の侭の徒手空拳で戦うことになったのだ。
姫クラスの持つ配下の軍勢の召喚も、鬼クラスの強固な戦闘力もないまま、未完成なままだったことが、港湾部にいた『子供』の状態だった。
では、親はどうだったのか。
親はなぜ、直掩で他の戦力を率いてなかったのか。
これについても諸説ある中で、一番の有力説となっているものがある。
姫クラスの持つ配下の軍勢の召喚能力にも一定のキャパシティ限界があるのではないか?という説だ。
光作戦の表向きのほうでも出現している新たな姫クラスを産み出したのも『ハーミテス』だとしたならば、『子供』とその揺り籠まで産み出した上に新たな姫クラスまで呼び出した『ハーミテス』はもはや、それ以上の戦力をまともに産み出せなかったのだ。
だからこそ、彼女は自分の子供を育てることに専念していたのだ。
後の調査により、『ハーミテス』が戦闘不能になった艦娘や人間を拉致していた様子も目撃されている。
では、その『ハーミテス』は果たしてどこから来たのか。
それについては、後々に明らかになる……とはいささか語弊がある、結論としてしか意味を持たない最終報告としての文書を締める言葉にはこうある。
“『ハーミテス』と呼ばれたこのネームレベルは、発生源こそ正確に明らかにならなかったものの、このネームレベルはトラック壊滅という惨事を単騎で起こした。これは、我々がまだ深海淒艦を完全に打倒し撃破することが未だに叶わぬことであるという証左だ。”
後書き
おしまい。
……だったらいいのにね。
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