彼願白書
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リレイションシップ
スラッシュエンド
『龍驤、聴こえてる?こっちにいたネームレベルは始末した。』
「派手にあんだけドッカンドッカン言わせて……相変わらずで何よりやわ、ホンマ。」
トラックに来てから、これまで機能が死んでいたハンディの無線に叢雲から通信が入る。
龍驤はその意味をよくわかっていた。
つまり、本命は叢雲によって既に撃破され、龍驤達の前にいるこの敵は、“ネームレベル”『ハーミテス』ではない。
『生き残りを二人見つけたけど、一人が急を要するわ。先にこの二人を連れてヘリで『おおどしま』に帰るから、アンタ達もそっちにいる奴をさっさと仕留めて帰ってきなさい。』
「なんや、手伝おうとかそういうんはないんか。」
『引退したロートルにどこまで働かせる気?そいつはアンタ達の仕事よ。』
にべもない、と龍驤は切れた無線を仕舞い込む。
確かに、人数だけならこっちは11人も割いているのだ。
叢雲の言うこともまた、もっともだ。
「やっぱり、叢雲に本命を取られたか。」
「全部、聞いとったんやろ。その通りや。」
龍驤は『また自分達が囮だったか』と頭を抱え、木曾はそんなことはさておき、と刀を構える。
「ま、コイツも間違いなく“ネームレベル”相当だろう。どっちも本命みたいなもんだろ。」
そして、天龍が左手の刀を肩に担ぎ、目の前の敵とその先の水平線を見据える。
「さて、的が小さすぎる上に動き回りすぎて狙いが付かなくて焦れたのか、熊野達もこっちに向かって来てる。」
「ウチもあんなの、やりにくいしなぁ。なんやあれ。シャカシャカ忙しないやっちゃなぁ。」
龍驤の肩を竦めながらの一言。
それはすべからく、事実である。
相手は船という意識がないらしく、まるで水上を駆け回る『生き物』のように振る舞っている。
二足で駆けたかと思えば、突然に四足で跳ね、そして前足とも腕ともつかない動きで殴りかかる。
龍驤の思った印象で言うならば、それは『狼に育てられた少女』の動きだった。
主に狙われて襲われている不知火もよく捌くし、浜風と吹雪も跳ね回る相手によく当てる。
だが、相手は狂暴性に身をやつした獣であり、それを止めるには些か力が足りない。
遠距離砲撃はもはや選択肢にならないとしたら、熊野達は直接叩きに来るのは予想できた。
「ちっ!」
ぼやく龍驤達のところに、突き飛ばされた不知火が転がるように滑り込んでくる。
「本命ではなくとも、こいつ……なかなか手強いです。」
「なんや、不知火も気付いとったか。」
「気付かないハズがないでしょう。こいつ、あのトカゲの中からまだ未成体の身体のまま離脱したんです。言わば、あのトカゲはサナギのようなものだったのでしょう。その推理に辿り着けたのは、叢雲がやっただろう島での爆発がきっかけでしたが。」
そこまでわかってるならいいか、と龍驤は天龍に目を向ける。
「ほな、天龍。さくっとやって帰ろか。」
「だってよ、木曾。任せた。」
「俺に振るなよ。お前も行くんだよ。」
目に見えて面倒だと言わんばかりの態度の天龍を木曾が引っ張る。
「なんだよ。ガワが取れた瞬間に、大したことなくなったし、木曾に丸投げしようと思ったのに。」
「投げるな。賭けだ。飛び掛かられたほうが斬って、仕留めたほうが勝ち、ってことでどうだ?」
「賭け分は?」
「次の外での晩飯。」
「乗った。」
軽口を叩きながら、天龍と木曾は海面に四つん這いの状態で喉を鳴らす化け物のほうに向かって歩く。
これは確かに知性を感じない。
「天龍さん!」
「あー、いらんいらん。帰り支度しとけ。」
吹雪と浜風が援護に構えるのを、天龍が手を軽く振って制する。
そこに少しだけ、更に体勢を低くした化け物が飛び掛かったのは、天龍のほうだった。
いや、厳密に言えば天龍のいたところに、というべきか。
飛び掛かった化け物を打ち上げるように、波を切ったような怒濤が下を駈け、化け物は海面に落ちる。
「あーあ、あっちに行ってりゃまだ数刻は長生きしただろうに。」
その波涛の先端で、天龍は持っていた刀をゆっくり鞘に納めていく。
化け物は振り向きもしない天龍のほうに向きを変え、もう一度飛び掛かろうとする。
「ま、往生してくれ。」
天龍の刀が鞘に納まる音が鳴る。
水が噴き出すような音がする。
化け物が踏み出そうとした足が、伸ばそうとした腕が、捻ろうとした胴体が、そして振り向こうとした首が、まるでもとからバラバラだったかのように離れて崩れ落ちる。
「お見事。」
「は、何が見事なもんかよ。帰るぞ。」
バラバラとなった化け物の身体が全て沈んだあと、爆発と光を伴った水柱が上がる。
それだけを横目にちらりと見た天龍は、木曾のほうを向く。
「木曾、帰ったら晩飯の賭け、忘れんなよ。」
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