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彼願白書

作者:熾火 燐
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リレイションシップ
  ゲームセット

「御姉様!あれを!」

「あれは……」

神風と春風は救援とおぼしき艦娘達とネームレベルとの戦いを観ていた。
自分達とは明らかに違う戦闘ロジック。
同じ艦娘とは決定的に違うのは、その距離感。
あまりにも近すぎる距離で、比喩表現ではなく直喩表現での『殴り合い』。
神風はその戦闘に、『魅せられていた』。
自分達に足りなかったのは、これなのか。
そして、自分達が持たなかったものを持っている彼女達は何者か?
神風はそれを知りたかった。
自分達が持たなかったものを持っている彼女達が、何故それを持っているのか。

だからこそ、気もそぞろで。

戦場に向かって引き寄せられるように歩く神風は、その道中にいる灰色の女の姿を見つけても、ただの障害物にしか見えていない。

振り返ったその姿が、本来ならば憎むべき怨敵にも関わらず。

「ホウ……」

「……邪魔。」

神風はまるで躊躇いもなく、ほぼ条件反射で発砲する。
発砲したあとに、邪魔だと独り言を呟く。
その仕草に、春風は驚愕する。
自分の知る姉と同じと思えぬほどに、神風は振り切れていた。
神風からしたら、蚊を叩いた程度の感覚。
その程度で、神風は目の前の姫クラス以上の存在なのは明らかだろう相手になんの躊躇いもなく砲を放ったのだ。

「御姉様!」

「来ないで!」

春風を制しながら、神風は更に砲撃を加える。
目の前にいるのが、ただの深海淒艦ではないことくらいは神風もわかっている。
むしろ本能に近い部分では、春風よりもこの深海淒艦がなんなのかをわかっていたのかもしれない。

故に神風は目の前の敵を、生かしてはおけなかった。
しかし、それ以上に理性が湾外へと移行しつつある戦場に気を惹かれていた。

だからこそ、神風の結論は『こいつを速やかに殺す』であった。

「このまま死んで!死んでしまえ!」

ガチンッ、と音が鳴った瞬間に砲を投げ、拳を握って一足で爆発と煙に巻かれる目の前の敵に殴りかかる。
しかし、神風のその拳は届かない。

それより先に神風の身体は腹からくの字に折れて、春風の元に吹き飛ばされる。

「けっ、はっ……」

「御姉様!」

呼吸というよりまるで洞窟に吹き込もうとしては押し返される風のような音を立て、神風は脇腹を押さえる。
押さえた手の平の下から、紅い染みが広がっていくのが確かに見える。
そんな神風に春風はその具合を診ようとするが、春風はじゃり、と第三者の足音を聞いてしまった。

そこには、まるで先程と変わらぬ姿の深海淒艦。

春風は初見で既に、この敵を『まずい』と直感的に判断し、そして今、更に『まずい』と気付く。

旧タイプベースの駆逐艦の自分達にどうこう出来る相手では、そもそもなかったのだ。

嗚呼、これは。

そこから先の感想を春風は紡げなかった。
次に来る下の句が、すんなりとわかってしまったから。

その次に来る下の句は

『死ぬ。』

覚悟はない。
許容もない。
理解はしてしまった。

姉より先に、この結末をわかっていた。
止めたところで、見つかった時点で詰みだったのだ。
彼女は悲しい将棋指し。
四十九手先まで配されたあらゆる死がどれも全て避けるということが出来ないという王手であると理解してしまった。

敵は頬を上げ、指先を染める血をもてあそびながら、一歩ずつ歩いて近付く。
長く、黒い髪。
紺碧と漆黒の混じる長い丈のドレス。
背中から、いつの間にか出された不釣り合いな剛腕と指代わりにか、その先にはめこまれた砲塔。
“ネームレベル”『ハーミテス』は、この深海淒艦のことであったと、後に知る。
彼女達の仇はすなわち、この目の前の黒い乙女。
駆逐艦娘二人でどうこう出来る相手では、そもそもない。

状況は完全に詰みだった。
神風の脇腹の傷は相応に深いらしく、それでも吹っ飛ばされただけ、手加減されていたのが春風にもよくわかる。
手刀で脇腹に切傷を入れられるような鋭さなら、そもそも、吹っ飛ばす必要がない。
もっと深く斬り込んでしまえば、そのまま致命傷となったはずなのだ。
つまり、まだこの深海淒艦は遊んでいる。

そう、春風は判断した。
そして、どのみち詰みである以上はみっともないほどの足掻きの果ての『ちょっとした誤算』のみが、唯一の可能性であることを信じるくらいには、春風は往生際が悪かった。

「止まりなさい。」

姉を庇いながら砲を向けた春風に、彼女は顔を歪め、くつくつと笑い出す。
何が面白いのか。
駆逐艦娘程度が、必死に威嚇しているこの状況が、そんなに面白いのか。
春風の奥歯がぎり、と鳴る。
これはただの悪足掻きにしか見えない。
それは春風にもわかっている。
だが、足掻くにもそれなりに賭けるに値するものがあった。
例えば、上空から聞こえる音が大きくなっていくヘリのローター音。
もしかしたら、それが何かを変えてくれるかもしれない。
変わらなければ?

まぁ、それは死だろう。

だが、少なくとも何かを起こせるのでは?

それだけが春風の賭け。

だからこそ、みっともない足掻きのような、そんな威嚇を選んだ。

そしてヘリのローター音が真上を通過した今、春風の足掻きは結実した。

「見つけたわよ!“ネームレベル”『ハーミテス』!」

声を聞いた春風は最初、周囲を見回した。

人を初め、地上を二次元に生きている生物は、声がすると本能的に周囲を平面で探してしまうものだという。
どうしても、上からというものだと判断するには、訓練を積まない限りは周囲を見回しても見つからなかった場合でしかそもそも気付けないのだ。
そして、ようやっと春風が気付いた空には、正に今、白いワンピースドレス姿に大掛かりな艤装を背負った少女が逆巻くような光を纏った槍を突き出し、『ハーミテス』の張った目に見えるほどの緑光の防御壁と激突するところ。

春風は咄嗟に、姉を庇うように地面に伏せる。
甲高い激突音と同時に濁流のような轟音が響く。
地面に伏せ、目を閉じているはずの春風の瞼の裏でさえ白い光が覆い、春風達を吹き飛ばしかねないほどの爆風が暴れる。
いったい何が起きているのか、春風にはわからない。

暴威が駆け抜けたのは、本当に一瞬だった。

春風はむしろ、そのあとの残響が抜けずにいた。

だからこそ、春風が気付いて顔を上げた時には、既に白いチューブトップドレス姿の少女が地に降りていた。
先程まで、死そのものだったそいつが、膝を着いている、それを見下ろすように。
姿から、その少女がなんなのか、見た目だけなら春風にもわかる。

駆逐艦、叢雲。

それは、春風自身も見たことがあるし、壊滅する前のトラックにも叢雲はいた。

だが、こいつはなんだ?

春風の知る叢雲でありながら、今のは明らかに叢雲という存在に収めるには規格外が過ぎる。
春風は、こんな叢雲を知らない。
手に持ってるそれは、飾りとまで疑われる槍のようなマスト、ではない。
間違いなく殺意の権化であり、破壊の兵器。
まるで、神話の世界からそのまま引っ張り出したような、オカルトの極致にあるような一撃。
あんなものを放つ手段も、存在も、春風は知らない。
そして、春風が叢雲から感じた感覚は、味方の救援ではなかった。

それは、『第三勢力の出現』という感覚だった。

実際、叢雲は春風達のことはどうでもよかった。
目の前の敵を倒すのも、目的ではなかった。
叢雲はただ、速やかに自分と壬生森だけの場所、あの地下室に帰りたいだけ。
自分だけが、司令官の隣にいるあの空間に、速やかに帰りたいだけ。
そのための手段が、目の前の化け物を葬ること。

ただ、それだけなのだ。

叢雲にとって、目の前のネームレベルは、その程度の価値しか持たないし、叢雲は既に、この敵を擂り潰すべく、槍を握り直している。

「ハーミテス……いや、『インディアナポリス』。アンタの狂乱も、長旅も、これまでよ。私がここで、解体してやるわ。」

槍をまた、輝きと共に構える叢雲に、『インディアナポリス』と呼ばれたその化け物は、半狂乱で叫びながら飛び掛かる。
それを待ち構えていたかのように、音すらなく、閃光がするりと胴を貫いて、その身体を宙に縫い止める。

「可哀想に。かつては司令部すら擁した栄誉の艦も、晩節を呪われてこのザマとはね。」

化け物を槍で貫いた叢雲は、憐れみの言葉を溢して、手首を返す。
同時に、絶叫する化け物は貫かれた胴から、全身が光に呑まれていく。
春風が見た、その時の叢雲の顔は、冷めたような、憐れむような、少なくとも喜んでいる顔ではなかった。 
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