彼願白書
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リレイションシップ
オープニング
海面を駆ける死の宣告。
次々に吹き上がる水柱。
そこに起きる爆轟。
飛び出した天龍達の後ろを追うように控えていた吹雪達が、まさに狙い済ましたタイミングで魚雷を走らせていた。
それがまさに、水に入った直後という一番どうしようもないタイミングで怪物に突き刺さっては爆ぜる。
「まったく、ここまで引っ張り出すまでに並の姫クラスなら5回は死んでる火力を叩き込んでますよ……」
「あれだけの打撃を叩き込まれても存在を維持出来るものは生物、施設などを問わずに不知火は知りません。」
「けど、まだ生きてます。あいつ、まだ死んでない!」
そう、浜風も、不知火も、吹雪も、気付いていた。
海中に潜り込みながら、身体を捻って魚雷の着弾点をずらしているのを。
海中で続く爆発から、一際大きな爆発が起きて、何かが急浮上するのを。
そして、彼女達は久方ぶりに見た。
深海淒艦が誕生したその瞬間を、見た。
「ターゲット確認、私達は誤解していました……撃破すべき敵『ハーミテス』は、コイツです!」
そして、吹雪は連装砲を構え直す。
吹雪がハーミテス、と呼んだのは他ならぬ。
紅い水柱の吹き上がったあとの、未だに荒れる水面に立つ。
青白い肌や群青の髪、白金の眼。
黒いエナメルの光沢のかかった、拘束具のように締め付けられたレオタードとロンググローブ。
その内には無駄無く引き絞られたすらりと長く、それでいて指先ひとつ動かすだけでも、みしりと拘束具が軋む音が聞こえてきそうな強靭な力を持っている手足。
彼女が持つ物はたったそれだけ。
それだけにも関わらず、彼女は存在として完成していた。
ここが例えば、血染めの海ではなくパリスコートであり、これが例えば、自分達と同族であったならば、間違いなく見惚れていたかもしれないほど、その姿は完成していた。
故にこそ、吹雪は手に持つ連装砲の狙いをぴたりと定めた。
纏っていた紅い雫を全身から滴らせる彼女を、吹雪はここで撃破せねばならぬ敵だと認識したのだ。
故に、群青の髪に手櫛を差し入れ、その髪を大きく広げるかのように左右に腕を伸ばしてはためかせた刹那に、吹雪はトリガーを引いた。
一度、ではなく二度、三度と。
「こいつを、やっつける?そんな程度で済ましてはいけません!ここで沈めます!」
命中、着弾を意味する爆発が次々と開花し彼女の姿をすっぽりと包んでしまう。
これが、ただの深海淒艦だったならば。
それが例えば、現役の提督が「いる」と聞いただけでウンザリする戦艦タイプの姫クラスであったとしても。
顔、肩、胸部、と当たればただでは済まないだろう部分に、砲撃が刺さって爆ぜているのだ。
吹雪は海面を横に滑りながら、片手の連装砲で、曲芸染みたピンポイントスナイプを実現している。
それでも、それでも。
「ぐっ!」
「吹雪!」
爆発から飛び出して、吹雪の眼前にまで跳び跳ね駆けた敵は、熊手のように指を広げた手の平を袈裟斬りのように振り下ろす。
それを左腕で防ぐも、吹雪はそのまま崩されて吹き飛ばされる。
それを止めようとして、浜風が両手の砲を構えて狙いをつけるよりも速く、敵は吹き飛ばした吹雪に向かって駆ける。
吹き飛ばされて宙に跳ね浮いている吹雪に、それを止める術はない。
まずは一人、と確信して疾走する敵の顔が歪む。
そして、吹雪に向かっていたその軌道が突き飛ばされたかのように横に逸れる。
「確かに、かなり不味い存在です。」
敵が体勢を崩した状態から受け身を取り、睨んだ先には、桃の髪をしたブレザー服姿の少女。
ピンと伸ばした腕の先、指先をぴたりと揃えた左の掌底を下げ、その手の平を見ながら指先を動かして開いて閉じてを繰り返す。
「今ので抜けませんでしたか……残念ですね。」
駆逐艦、不知火はあまり口ほどに残念そうにせずに、砲ではなく、平手を構える。
不知火は今の吹雪のやりとりで、砲戦という選択肢を既に捨てている。
吹雪が今回、普段なら用いない『とっておき』の砲弾を持ち込んでいるのを不知火は知っている。
それですら、こいつには明確なダメージになっていない。
不知火の持つポシェットタイプの連装砲も、装填しているのが通常弾である以上は、これの装甲は抜けないだろう。
つまり、不知火の砲戦能力は実質ゼロと考えていい。
こういう事態そのものは不知火にも割と多く、普段ならばそもそも魚雷で仕留めるのだが、既に全魚雷を初撃で撃ち尽くし、デッドウェイトとなった発射管も投げ捨てている。
そして、この程度で打つ手無しとなることを、不知火は当然ながら良しとしてはしない。
故に、片手間ながらも徒手空拳での戦い方も研鑽している。
「まぁ、それはいいでしょう。」
不知火を睨み付けた敵は拳を構え直す。
その構えは、構えというにはあまりにも理性のない、獣染みたもの。
そして、相対した不知火はニヤリと口元を上げる。
「来なさいよ。沈めてやる。」
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