彼願白書
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リレイションシップ
クロスファイト
「たっ!」
吐き出す息のついでに出たような一喝。
そして、水柱。
霧島の眼は緑の光を牽いてすら見え、その弾き飛ばした弾丸はもう20を越しただろうか。
霧島の顔は表情すら変わらずとも、水柱を被っただけではない、濡れた顔からでも、その疲労は見て取れる。
それはそうだろう。
ただですら明らかに並の視覚では捉えられないだろう高速弾が正確に飛んできているそれを叩き落とすという神業を続けているのに、その周囲には盲打ちにしか見えない砲撃の弾幕が散発的にだが、付近に着弾しているのだ。
だからこそ、熊野は焦燥する。
決定打がない。
それどころか、揺らぎもしない。
熊野は、かつて魚釣島を占拠したネームレベルを想起した。
あれが自身の一番最初の戦闘で、あの時はただ、自分自身が弱かったのを覚えている。
そして今、熊野は思う。
強くなっていくのは、自分達だけではない。
なればこそ、歩みを止める訳にはいかない。
今、自分達の手持ちで何が出来るかを考える。
「霧島、あとどこまで進めます?」
「どこまででも、必要ならば。」
霧島の言葉はまだ、強い。
ならば。
「至近距離での直接打撃戦闘に切り替えますわ。翔鶴と瑞鶴は後方でこのまま近接支援。」
「……いや、私達も行きましょう。表面上は効いてないかもしれませんが、爆撃のサイクルさえ早めれば少しは違うかと。それに、伏兵による分断の可能性もあります。」
翔鶴の言葉に熊野はぎょっとする。
「空母が、戦艦クラス以上の砲撃に直接晒される意味がわかってますの?」
「撃たせなければいい。そう言ったのは貴女でしょ、熊野。」
開き直ったのか、自信があるのか、瑞鶴も姉の意見に乗る。
「そもそも、逆にこの中に16インチ弾が直撃して痛手にならない者がいるのですか?リスクは皆、同じです。いや、一番リスクを負っているのは熊野、貴女ではありませんか?」
翔鶴の意見はもっともなのだ。
熊野は航空戦力の指揮、自身の打撃戦闘、回避行動、攻撃指示、全てを並列で行っている。
そして、この中で一番打たれ弱いのは間違いなく熊野自身だ。
翔鶴の言葉に、熊野は顔を手で抑えたあと、空を見る。
熊野は暗い雲の多い空を見上げ、ひと息吐いた。
「……頭に血が昇っていたようですわ。龍驤達に、そろそろ出てもらいましょう。私達はこのまま打撃戦闘を続けましょう。霧島、龍驤達が突入するまではなんとか、頼みますわ。」
「ドンパチ、派手にやっとんなぁ……なんやあれ、爆炎で姿がほとんど隠れとるで。」
「地に足着いて、ガッチリ踏ん張ってやがる。ありゃ、よっほど変り者だな。普通なら逃げるだろ。ま、普通じゃないからネームレベル、ってことか。」
龍驤達がついに、ハーミテスに肉薄する。
ハーミテスは遠くの熊野達に気を取られているのか、龍驤達には眼もくれないで砲撃を続けている。
「やはり熊野達の攻撃ではびくともしてないな。想定内だが。」
「戦艦と空母二隻ずつ程度の打撃力でなんとかなるならネームレベル指定はされんやろ。ただですら、鈴谷も欠けとるし。」
まぁ、いつものパターンが崩れとらんだけ上出来や。
龍驤がそう言った直後に、明らかに火砲のそれではない甲高い音が鳴り、ネームレベルの口から青白いブラストが吹き出るのを確かめた。
「あの、開けっ放しとる口から出とるあれ……怪しいと思わへん?」
「さっきからたまに鳴る、やたら甲高い音はあれが出してたようだな。」
イグアナかトカゲか、そんな印象があるものの、全身から伸びるトゲのような砲の数々と肩にわざわざ着けたような大口径の連装砲。
それとは明らかに違う、口のような部分から伸びる異質で巨大な砲塔。
そして、それら全てが火を噴いているのだ。
全ては熊野達に向けて、放たれているのだが、当の熊野達に有効打として届いているのは口の中からのブラストだけのようだ。
あとは近付けないように弾幕として放たれているのを、龍驤はこっそりと飛ばしていた上空の偵察機から確認している。
「ほな、まずはあれを潰そか。あれが潰れたら状況はだいぶ変わるで?」
「まったく、なんだありゃ。下品な装備ってのは、ああいうのを指すんじゃねーのか?」
「違いないな。ああいうのはさっさとぶっ壊すに限る。」
龍驤が投げた式紙から、いつもの爆戦を羽ばたかせる。
それを合図に天龍と木曾は愛用の刀を携えて駆け出す。
お互いに軽口を叩きつつも、この二人に隙や無駄はまったくない。
もともと同門であり、互いの太刀筋も理解し尽くしているからこそ、絶対の信頼がある。
相手が例え、深海淒艦の種別を明らかに外れた巨大なモンスターであったとしても。
彼女達はきっと、変わらずに戦える。
もはや交わす言葉はない。
打ち合わせる意図も、確かめる覚悟も、もはやここにおいて必要はない。
そんなものが必要ないくらいには、彼女達は各々が強くあったから。
天龍と木曾は海面をまるで水切り石のように駆ける。
水切り石と違うのは、それが途中で水面に没するようなものではなく、明確な殺意で疾走する艦娘であったこと。
ネームレベルは、もはや習性というべき反応で口の中の巨砲以外の全身の砲を二人に向ける。
「そのアホみたいに開けっ放しとる口、そろそろ閉じいや?」
一瞬だった。
化け物が攻撃目標を熊野達から天龍達に移そうとした一瞬の隙。
その一瞬の隙でなければ、龍驤の飛ばした爆戦から投げ込まれた爆弾が正確にその口の中に放り込まれることはなかっただろう。
口の中に入り込んだ爆弾は、たった一発。
本来の爆撃機のそれより遥かに小さく、風切り羽根も付いていない、ただの派手に爆発するだけの黒いフットボールは、およそ9.81m/s^2の重力加速度による落下運動と雷撃高度より遥か下の超低空からホップアップしつつ航空機から放り出されたという物理法則によってやや、山なり気味に放物線を描いてその口へと入り込んだ。
普段ならば海面を跳ねていたハズのその爆弾は、信管の作動から起爆までそれなりの時間を要する。
だからこそ、その爆弾は口の中の更に奥まで転がり込む。
鈍く、太鼓を叩いたような音がする。
口から煙を吐いたネームレベルは、完全に天龍達に顔を向けようとしていた。
しかし、そうするにはもう遅すぎた。
煙を吐きながら開けた口の中に左右から差し込まれる刃。
天龍と木曾が左右から突き立てたその一撃。
それが、巨砲の薬室を確実に貫く。
「かてぇなぁ、こいつ。このまま切り飛ばしてやろうと思ったのに。」
「まぁ、どっちみち、二度と撃てねぇだろうさ。」
二人が剣を引き抜くと、そこには無視出来ない大きさの亀裂が確かに出来ていた。
「オマケだ。遠慮せずにとっときな。」
木曾がサイドアームでマウントしていた魚雷を、発射管ごとその口に投げ込む。
本来ならば、魚雷だけがその巨体の土手っ腹に刺さるハズだったそれを、もはや用無しとして潔くパージ出来る割り切りのよさが、木曾の美徳だろうか。
対する天龍は、ネームレベルの頭上に飛び上がり右足を思いっきり高く上げる。
「薬は注射より飲むのに限るらしいぜ、ってなぁ!」
天龍はネームレベルの頭蓋を右足の踵でしっかりと捉え、思いっきり蹴り落ろす。
明らかに体格差のある状態ながら、その威力は激しく打ち据えられたその金属音に周囲の者が耳を抑え、眉をひそめるほどのもので。
物理法則など明後日に放り出した、不条理な威力の踵落としはその蜥蜴の頭蓋を確かに地面に叩き付け、上顎を閉じさせ、今度は魚雷5発の爆薬によって喉奥まで爆発の串刺しになる。
逃げ場のない爆発は取って付けたかのような肩の連装砲などを吹き飛ばして溢れ出す。
同時にトゲのように生えていた高角砲も次々に根元から内側の爆発に吹き飛ばされて落ちる。
明らかに魚雷だけの爆発ではないそれは、確実にネームレベルの身体を内から砕いていく。
引き摺るように水面に向かって這い、水の中に入り込もうとする化け物に次々に熊野達が遠巻きに撃ち込んだであろう砲弾と爆弾が突き刺さる。
それでも怪物は突き進み、口から黒い汚泥と破片を吐き出しながら、身体から瓦礫が剥がれ崩れながら、ついに水面に身を潜らせた刹那だった。
「私達のことを、忘れてはいませんか?」
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