彼願白書
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リレイションシップ
スターティング、ポジション
「この音は……砲戦でしょうか?」
「今更、こんなところで誰が砲火を交えるというの……」
鎮守府跡地から離れた塹壕から二人の艦娘が顔を出す。
彼女達はトラックにおける数少ない生き残りのうちの二人。
桜と梅の花のような色合の衣は既に煤け、破け、赤黒い染みで斑となり、その染みが自分自身のものによるものではないことが、なによりも辛くある。
「戦艦クラスの砲の弾着、トンクラス爆弾の爆撃、救援が来たみたいですわ。」
「一時間と持ちはしないと思うけど。相手は私達の鎮守府を一つ、あっさりと攻め落としたのよ?」
「その一時間を無駄にすることは、なりませんわ。御姉様、今こそ退却を。」
「退却……退却!」
片割れが繰り糸が切れたように崩れて、まるで堰の亀裂から圧し出されるような笑いが響く。
その笑いが福を呼ぶとも思えず、空元気も元気と言えるようなそれでもなく、なんの効能などない、からからと響くそれ。
嘲るような笑いをひとしきり吐瀉した彼女は、蹲ったあと、ひと息して起き上がる。
「退却、ってどこへ行こうと?私達の帰る場所はここ、私達の墓標もここ、全てはここです!司令官もここです!全ては、ここ……ッ!」
「御姉様!しゃんとしてくださいまし!わたくしはここで終わりたくありませんわ!わたくし達は戦ったのです!司令官様も!この春風も!御姉様も!同輩達も!それをなかったことになど、したくありません!」
春風と自らを指した彼女は、自らを突き動かす生きる者の意地と姉との絆で今、ここに立っている。
どちらが欠けても、彼女は歩く足を失うだろう。
「春風、私はここを離れて、何を為すべきかわからない。私はもう、何もない。何もないのよ!」
「それでも、座して死ぬよりは幾ばくは違うでしょう!」
「あてもなく、流浪せよと?私に!」
「少なくとも、司令官様はわたくし達の死を望まないでしょう。まして、御姉様の生を一番に願うハズですわ!今は生きるのです!失地回復は、またいずれの機会を待ちましょう!死ねば、それすらありませんわ!」
渋々、致し方無く、思った以上に自分の妹は口喧しかったから、彼女は理由はなんであれ、額を押さえて溜め息を吐いて、頭を振ったあと、ふらりと立ち上がった。
「……まずは状況確認よ。救援に来たのか、ただの一当てか、見極めなければならないわ。」
長く赤茶けたような髪を両手で背中に流し、外したリボンを留め直しながら、彼女は歩き出す。
その足取りは立ち上がった時よりは力強く、歩みは速く。
普段の彼女が、そこにいる。
「了解しましたわ。行きましょう、御姉様。」
「やはり、これは言わなければ締まらないわね。」
そう、彼女が自ら歩き出すための鬨がある。
「第一駆逐隊、旗艦……神風!」
砲を握り直し、艤装を背負い直し、たん、と足音ひとつ。
飛沫上がり、火花駆ける、そこへと彼女は走る。
「さぁ、抜錨よ!」
「で、私を居残りにした理由は?」
「引っ掛かる点があった。確信はなかった。今もあるとは言いがたい。だが、無視をする訳にはいかないと思う。そんな、予感があった。」
「まるで、予感が当たった顔ね。」
壬生森と叢雲は『おおどしま』の甲板で、次のヘリを飛ばす準備が終わるのを待っている。
叢雲は壬生森の『引っ掛かり』に付き合って、一人だけ残ることに同意した。
そして、引っ掛かりから見つけ出した、あることが叢雲の出撃を決めたのだ。
「ネームレベル一体のジャミングなら本来はものともしない現代の無線が、こうして機能停止した。そして、ハーミテスという名前の意味するところ。米軍があまりにもアッサリと切ってきた熱核攻撃という切り札。全部が繋がった。繋がって、しまった。」
「受け入れがたい答えだったの?」
「あぁ、間違いであることを今は願ってやまないよ。」
ふらつきながらもなんとか着艦したヘリに、速やかに燃料補給が始まる。
「叢雲、今回は私も行くぞ。」
「珍しいわね。今回はそんなに不安なの?」
「……タイムラグを減らしたいだけだ。」
壬生森は珍しく、懐の内ポケットから細い煙草を出して、火を着ける。
「煙草まで出して。いつ以来かしら?そんなに強張ってるアンタを見るの。」
「少なくとも、前に開けてたのが湿気てて不味いどころか火が着かなくて、仕方なく新しい箱を開けるくらいには。」
「……何年前のよ、その湿気た煙草……」
壬生森の言葉に、叢雲は呆れ果てる。
本当はどれだけ不安なのだろうか、相変わらず推し量れない。
彼への理解が、未だに追い付かない。
叢雲は、そんな自分にこそ呆れ果てるばかりだ。
叢雲は未だに、壬生森の本心に手が届いていない。
その事実が心に刺さって抜けない楔として、叢雲をもう十年単位で苛んでいる。
「ヘリの用意が出来たようだ。そろそろ向かうとしよう。」
「そうね。決着をつけに行きましょう。」
ひとまずは、獲物を狩ろう。
それもなしに、嘆くような暇はない。
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