彼願白書
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リレイションシップ
ノッキング、ゴング
「目標までの距離、5000。仕掛ける?」
「まだ、ですわ。」
「まだ、早いネ。」
焦れる瑞鶴に熊野と金剛が同時に応える。
既に熊野は瑞雲を放っており、金剛と霧島は『ハーミテス』を射程に捉えている。
しかし、まだ早いと言い切る。
「ズーイ。私達が奴を確実に水上に引き摺り出すには、どうすればいいと思うネ?」
「あのふてぶてしい寝姿に、さっさと一撃見舞って追い立てるのが一番じゃないの?」
「ハァ、だからズーイは相変わらずカガにシバかれるのデース。」
「なっ!加賀さんは関係ないでしょ!?それに、火力を叩き込めばリアクションは必ずあるわ!」
ヤレヤレ、と肩を竦める金剛に瑞鶴が沸騰したかのように真っ赤になって反論する。
「私達は、チャンスが一度きりしかない状態デース。貴重な火力を無駄遣いして、ターゲットをどこかに逃がす?下手をすれば陸に根を下ろして応戦してくる?アリエマセンネ。」
「ターゲットを確実に捉えた上で『ターゲットがこちら側の海に出たがるような攻撃』『水雷戦隊が仕掛けやすい位置に来るように誘導』、この二つの条件を満たした攻撃をする必要がありますわ。それが私達に求められている攻撃でしてよ。」
金剛と熊野の言わんとすることはわかる。
だからこそ、瑞鶴は青褪める。
二人の言わんとすることがわかるくらいには、瑞鶴は頭が回る。
頭が回るからこそ、選択肢から本来ならば外れているオプションがあった。
そして、そのオプションは明らかに、狂気の沙汰にあるものだと、それがわからないような瑞鶴ではなかった。
「真正面から、クロスレンジで殴り合おうって言うの……?私達、機動部隊よね?空母打撃群よね?」
あり得ないのはどっちだ。
瑞鶴がそれを言おうとした時だった。
「ターゲット、活動開始。起き上がって、こちらを向きました。」
『ターゲット周辺のネガスペクトラム増大!ハーミテス覚s……』
翔鶴の声と無線越しの壬生森の声が重なる。
もっとも、壬生森の声はノイズに上書きされてしまったが。
それと同時にさっきまで無言だった霧島が前に飛び出す。
「霧島!」
「敵弾!」
霧島が握り拳を横に振り払うと同時に、甲高い金属音が鳴り、あまりにも大きすぎる水柱が高く上がる。
「翔鶴、今のは!?」
「敵口内から大口径砲が一門!ですが、弾速と威力が明らかにおかしいです!通常の大口径砲のそれではありません!」
「まったく、おかしい威力。こんなのが直撃したのなら、トラックの鎮守府が一発で吹き飛ぶのも頷けます。」
バチリバチリ、と霧島の握り拳を纏う緑の光から火花が飛ぶ。
金剛がまるきり反応出来ず、初動の警戒に徹していた霧島がこれ以上ないほどに狙い澄まして弾き飛ばしても、その防御に皹を入れるような威力。
金剛はその事実を目の当たりにし、眉間に皺を寄せる。
「霧島、下がりなさい。あとは私が。」
「御姉様、それは拒否します。」
前に出ようとした金剛を、霧島は振り返らずに手で制する。
「御姉様にアレを捉えて防ぐのは不可能、と判断します。」
「difficulties、ではなく、impossible、とは随分な表現ネ……それが事実、というのが一番苛立たしいことデスガ。」
「物分りのよい姉で助かります。あれを見切って防御出来るのは、それに全神経を向けた私だけです。」
姿勢を正し、拳を握り直して打ち据える。
そんな霧島の後ろで熊野が右手に連装砲を構える。
「あれを防ぐ、って考えが浮かぶ時点でどうかしてますわ。あのわけのわからない超高速弾、どうやら次弾発射にはそれなりに時間を要するみたいですし、ならば……」
熊野の後ろで瑞鶴と翔鶴が弓を引く。
「撃たせなければいい、ということでよろしいでしょうか?」
「そういうことよ!翔鶴姉!」
鶴姉妹が矢を放つ。
制止は無用。ゴングは既に鳴っている。
「……ヘリに対して本当に無反応だったな。やっと金剛達に反応して、行動し始めたらしい。」
「相変わらず、食えねぇ司令だな。俺達が囮にされてるんじゃねぇかと、ヒヤヒヤしっぱなしだぜ。」
ヘリから海面にロープ伝いに降り立った木曾と天龍が砲声と爆轟の鳴る島を見ながら、そっとぼやく。
その後ろに龍驤達が続いて降りる
「ウチが一緒にいるのに、信用無さすぎへん?」
「龍驤さんがいると、逆にどうにも私達が本命とは思えないのですが。」
「な、なんでや!実際にはあっちの連中のほうがだいたい囮やないの!」
「囮の囮、というパターンもありましたよね。」
「そもそも最初は主力ではなく要撃部隊でした。」
吹雪の言葉に龍驤は言い返そうとするも、不知火と浜風の追撃ちにたじろぐ。
「しかも、本来なら旗艦の叢雲がなぜか別行動してるしな。叢雲一人に何かをやらそうとしてるのは間違いないぜ?」
本来なら天龍達の水雷戦隊の旗艦は叢雲であった。
それが、打撃部隊から龍驤を外して龍驤を旗艦にした機動部隊として組み直されている。
しかも、打撃部隊は一人欠けたまま。
つまり、叢雲は今、出撃していないのだ。
「いちおう、『おおどしま』の護衛という御題目にはなってるが、叢雲をただの護衛に据えるハズがない。きっとまた、美味しいところで出てくるだろうさ。」
木曾の言葉に皆が頷く。
叢雲の役目は最後の一撃か、最後の後詰。
それは昔から変わらないのだ。
「ま、実際には隠居して食っちゃ寝してたせいでマトモに動けんのかもしれへんけどな。ほな、行くでー。」
龍驤は軽口ひとつ、それを合図に全員が駆け出す。
白波を跳び、跳ね、駆ける。
それが六つ、鳴り響く花火の中へ。
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