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彼願白書

作者:熾火 燐
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リレイションシップ
  ライドオン、アヴァランチ

トラック諸島沖。
―PLH41『おおどしま』
――特装課員待機ブロック

「さて、私は何から切り出すべきか。少し迷っている。なにしろ、この類いの敵の相手はマリアナ以来のことだからな。」

この船には壬生森がかつて率いていた艦娘が12人。
彼女達を前に、壬生森は言葉を詰まらせる。
秘書艦として何年も付き合ってきた駆逐艦、叢雲。
今回の件の発端である航空巡洋艦、熊野。

そして、その後ろには。

「ハッ、昔のムカつくくらいのにやけ面はどこにやったんだ?久しぶりの再会に感動、とかする性格でもないだろう。」

「オレ達をこうして呼んだ、って時点でもう全員、腹は括ってるんだ。遠慮は無用だぜ。」

そうソファーで楽にして座っているのは、天龍と木曾の二人。

「ウチらも海賊狩りばかりじゃ、腕が鈍ってまうからねぇ。」

「久しぶりに厄介な敵なんでしょ?腕がなるじゃない!」

その隣で意気込むのは、龍驤と瑞鶴。

「ま、ズーイのいつもの空回りはさておいて。」

「空回りってなによ!空回りって!」

後ろでいつの間にか持ち込んでいたティーセットで、いつものベルガモットの薫りを燻らせながら『淑女の時間』を嗜む焦げ茶の長い髪を団子2つを作ってまとめたよくわからない髪形の一人の女性。
その隣には似たような顔立ちでメガネをした黒いショートカットにメガネをかけた長身の女性。

「貴女の空回りっぷりがどれだけのものか、データとしてまとめて資料にしましょうか?貴女がそんなでは、姉もおちおち休めないでしょうに。」

「ちょっと霧島!貴女がそれを言う!?」

「Shut up。今はテートクの話す時間ネ。」

「貴女が一番、話を聞く気がまるっきりないよね!?思いっきりティータイムを満喫してるよね!?」

瑞鶴をからかっている二人は戦艦、金剛と霧島。
彼女達は、ある意味では壬生森がもっとも信頼する部下であり、ある意味では壬生森の最大の敵でもある。

「後ろの漫談はさておき……司令、新しい情報などはありますか?」

そして桜色の髪を後ろで縛り、キツい目で資料を見ていた少女が目線を上げる。

駆逐艦、不知火。

いつもは海賊やら不審船に向いているキツめな視線が、今日は一段と厳しいものになっている。

「いや、事前情報をまとめた資料内容に更新はない。さて……作戦、という体すら成してるか怪しいものだが、やることは『いつも通り』シンプルだ。」

部屋には9人。
そして、今は外で周辺警戒をしている3人。
合計12人が、壬生森の連れている艦娘の総数だ。
そして、外の艦娘達にもインカムを介して、壬生森から作戦が伝えられる。
壬生森の隣にスクリーンが降り、照明が一部落とされて、プロジェクターから1体の黒い怪物の写真が映写される。

「今回のターゲット、『ハーミテス』……“女隠者”とはまた、いつもながら市ヶ谷はネーミングセンスが無さすぎる。市ヶ谷の高官はどうやら、このクソトカゲから知性を見出だせるらしい。」

そこには、まさに異形の姿があった。
鮫や鯱を思わせる頭部に、斑模様の鱗や棘で覆われた表皮。
艦橋を模したように瘤と長い棘などが目立つ背鰭。
肩に巨大な三連装砲を載せ、黒く巨大な腕が血管のように紅い筋を光らせて、地面を……いや、紅い瓦礫を地面に押し潰している。
背景と地図を照らし合わせ、その赤い煉瓦の混じる瓦礫の、もともとの構造物を悟り、誰かが舌打ちした。
遠目からのその姿ですら、もはや深海淒艦とはもはや呼べない。
少なくとも、陸に這い上がってのたうち回る戦艦などいるハズもない。

「得られた敵の情報から、ターゲットの主な攻撃手段は超長距離からの大口径砲による戦略的攻撃と通常の大口径砲群による直接打撃であることが判明している。問題はこの超長距離砲撃がいかなるものであるか、明確なデータを録れていないこと。というより、こいつに関する唯一のまともなデータは、この画像を切り出した動画だけしかないのだ。」

動画を観るのは、あまりお勧めできないため、一番鮮明な部分から画像を切り出した。
壬生森の言葉に、熊野はそっと頷き、叢雲はそっぽを向いた。
名もわからぬ駆逐艦から送信された、その映像はあまりにも無惨な結末がノイズ混じりでもハッキリとわかるほどであった。
その動画を最初に観ていた時に、熊野は途中で目を反らし、叢雲は最後まで観たあとにしばらく席を外した。
ありふれた結末と言い捨てるには、それなりには血みどろの結末だったそれを、壬生森が伏せるのは当たり前とすら言えた。

「今回のターゲットから航空戦力は確認されていない。陸に根を下ろしたベースタイプでもないことから、水上打撃戦を想定している。我々が戦いやすくするために、まずは奴を海に引き摺り出せ。」

そこまで言ったところで、インカムのブザーが鳴る。

「なんだ?」

『翔鶴です。目標を捕捉しました。鎮守府の跡地にとぐろを巻いて静止しています。目標は休眠状態にある模様。』

甲板にいた翔鶴からの通信。
一足先に彼女に偵察機を飛ばさせていた、その結果が出たらしい。

「周囲で他に確認出来るものはないか?敵でも味方でも死体でもいい。」

『上空からはターゲットの周囲どころか、トラック本島には生死を問わず、他の生物を確認出来ません。まるでそこには最初から誰もいなかったかのように、時間が止まったかのように、静かです。』

「……ふむ、そのまま監視を続けろ。」

『了解しました。』

インカムの通信を切り、壬生森は考える。
見えている敵はターゲットのみ。
海中に潜んでいる可能性。
既に分蜂し、小型は全てウルシーの姫クラスに付いていった?
休眠状態なのも、新しく群れを為す下準備?
生体が全く確認出来なかったことの因果関係。
そして、唯一の動画から見えたもの。

壬生森の出した結論は、壬生森自身も正しいのか判断に悩むもので。
そして、その結論があろうがなかろうが、他に選択肢はない。
そもそも、選択肢という贅沢な怠惰は、この海にはない。

「予定通り、作戦を開始する。」 
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