彼願白書
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リレイションシップ
ショウ、ダウン
「何はともあれ、急に押し掛けてすまんな。」
「なぁに、こっちも総力戦とは言わないが、光作戦関連でバタバタしてるところにアンタが来るって聞いて、どうしたもんかと思ったが……」
「あまり邪魔はしないようにする。巡視船が一隻、ここの港に来るから、そちらの補給の手配だけを頼みたい。これがその補給物資のリストだ。」
「どれどれ……は?」
金城は壬生森から渡された帳簿を見た、割と早めの段階で呆れたとも驚いたとも言い難い反応をする。
もう一回、帳簿を見直してから、やはり怪訝な顔をしている。
「いくつか質問があるんだが、いいか?」
「機密に触れない範囲で、なら。」
どうかしましたか?と言った隣の大淀に帳簿を渡しながら、金城は壬生森のほうを向く。
「艦娘の補給物資が艦隊二杯分に巡視艇一隻。たったこれだけで何をしに、どこに行くのか?知らない仲じゃねぇんだ。答えられる範囲で答えてくれ。」
「……難しいねぇ。」
教えるには容易い。
だが、知ってしまった者の責任というものがある。
壬生森が躊躇うのはそこだ。
「……君は私の独り言を聞いてないし、私はこれから君にはなにも聞かせていない。何かしらの独り言を聞いたとしてもそれは風説、与太話、妄言に類する何かだ。」
「……語るとまずい事柄、ってやつか。」
金城に対して、壬生森はわざとらしいくらいの溜息を吐く。
「そう、これは正真正銘の最高機密。これが横須賀、市ヶ谷での話だったなら、ここまで苦心はしないだろうが……困ったことに、この話はそこだけの話ではない。」
壬生森は隣にいる熊野から持っているブリーフケースの中の赤い表紙のファイルを受け取り、それを金城に渡す。
市ヶ谷のトップシークレット。
この書類だけでも、どこかに流出すれば間違いなくスキャンダルになるだろうシロモノ。
「確かに、きっかけは市ヶ谷だった。今回の光作戦は市ヶ谷が書いたカバーストーリーで、その実はトラック泊地の封鎖こそが主目的。それ自体は君も関知しているところだろうが……では、そのトラックで何が起きてるか、だ。」
壬生森がこのブルネイに来た理由もここにある。
「トラック泊地を急襲、占拠した深海淒艦がいる。最後にトラック泊地から得た情報を元に、市ヶ谷はこの深海淒艦個体を特定した。特定、したんだが……」
『ハーミテス』と銘打たれた個体。
それは、昨今の姫クラス、鬼クラスとは根本的に異なる存在。
通常の深海淒艦の延長線にある姫クラス等とは完全に隔絶したミッシングリンクの先にある超越存在。
強固な防衛網を敷いていたハズのトラック泊地を、まるで積み木を崩すかのようにあっさりと打ち破って見せたその個体を、その特異性などからクラス指定に含めない“ネームレベル”としての対処を市ヶ谷は判断した。
即ち、通常の艦娘による攻撃での撃滅は困難である、と。
ざっと二十年ぶりになるネームレベルの出現に、市ヶ谷が取れるオプションは3つ、あった。
・最後にネームレベルを狩った部隊の人員を集結、派遣した部隊による“ネームレベル”の撃破による事態の解決。
・他鎮守府、泊地の艦娘部隊の派遣による“ネームレベル”の撃破による事態の解決。
・静観。無用な刺激を与えず、補足、追尾し、事態の経過を待つ。
一つ目を選ぶには、当時のネームレベルを撃破した最後の艦娘達で現在も艦娘として海軍に属する艦娘はほとんどおらず、市ヶ谷のオプションとしては現実的ではなかった。
最後のネームレベル撃破から二十年以上経つのだから当たり前なのだが、当時のノウハウは市ヶ谷にはもはや書面しかなく、現代の海戦とはドクトリンすら違う。艦娘も当時とは違う。
再現すら現実的ではなかった。
二つ目はトラック泊地が焼け野原にされた時点で、このオプションによる事態の解決が困難であることは明らかであり、またネームレベルの行動によっては更なる被害を増やす可能性すらある。
何しろ相手は常軌を逸した、空前絶後のモンスター。
もはや、海戦が成立するかどうかさえも危ういのだ。
三つ目は論外。現時点で既に無視できる被害ではなく、このままにすれば海上の安全保障としての海軍の威信に関わる。
手詰まりの市ヶ谷に対して、四つ目のオプションを呈示したのは米特使を通じての国防総省、そして大統領府だった。
トラック泊地は米国からしても重要拠点であり、事態の解決は急務。
何より、過去のネームレベルと同様に繁殖、分蜂を始めた場合には、二つ目のオプションと同様に他の鎮守府、泊地への被害が予想される。
米国からしても、無視は出来ない存在故に、呈示されたオプションは苛烈なものだった。
・米国西海岸沖に展開中の米海軍SSBN『トランシルヴァニア』からの大陸間弾道弾によるトラック諸島もろともの殲滅。平たく言えば熱核攻撃による“ネームレベル”抹消という事態の解決。
米国側は核攻撃を視野に入れた速やかな撃破をすべきであると判断したのだ。
それに伴うトラック泊地で現在も生きているかもしれない市民や泊地の人員の犠牲を全て、このネームレベルによって既に虐殺されているものとするカバーストーリーすら、彼等は用意した。
「救援に出そうとしたところで、事態の解決までトラックには誰も近付くな、近付けるな、何もトラックから出すな、って全鎮守府にストップがかかったのは、こんなふざけた作戦のためだった、ってのか……」
核使用のための海域封鎖、という事実までは辿り着けていなかったらしい。
いや、あの腹黒な横須賀の大将が市ヶ谷組と手を組んで、徹底的に隠匿したまま、このブルネイにも手を回したのだろうか。
なんにせよ、壬生森は市ヶ谷内部のパワーバランスには口出しするつもりはない。
「市ヶ谷がもう少し短絡的だったなら、君が自重していなければ、と考えるとぞっとする話だね。」
「ぞっとする、どころじゃねぇよ。今だってなにも知らないこっちの娘達も海域封鎖に回ってるんだ。ふざけやがって。」
「まぁ、待ちなよ。海域封鎖に出ている君の娘達は少なくとも、私がこの島にいる間は無事だ。」
「どういうことだ?アンタが核攻撃を阻止するってのか?」
どこかに駈けていこうとした金城を壬生森が止める。
壬生森は、明らかに気が立ってるだろう金城に頭を抱えつつ、自分がこれから赴く作戦の概要を話すことにする。
「少なくとも、私がしくじるまでは、核攻撃はないよ。そのために私が来たのだ。」
熊野が壬生森に話を持ち込んだのは、米国から核攻撃を呈示され、市ヶ谷が熟慮を始めたタイミング。
その熟慮の間に壬生森は駆け回り、働きかけ、市ヶ谷が熟慮の末の同意をする、その僅か前に、ある部署から『待った』をかけることに成功した。
内務省危機管理情報局。
市ヶ谷からしたら、とんだところからの待ったである。
何しろ、市ヶ谷と内閣、そして米国だけで内部にすら極秘に進めていた話に、本当の蚊帳の外から内務省が割って入ってきたのだ。
内務省危機管理情報局が出したプランは、かつてネームレベルを撃破した最後の経験のある艦娘達、つまり表向きにはかつて存在した、裏向きには魚釣島にて現存する即応部隊『蒼征』の投入。
権力の拡大が予想された海軍へのカウンターマスとして、 かつて自衛隊から海軍を再編する際に内務省がどさくさ紛れに わざわざ海上保安庁を国交省からブン取る形で傘下に入れ、その海上保安庁所の属としていた本当に初期の艦娘達を独自に指揮下に入れた、海軍の裏切り者とすら言うべき部隊。
言うなれば、“ネームレベルを狩ることをわかっている連中” による電撃的急襲でのネームレベル『ハーミテス』の撃破 。
米国側はリアルタイムでのネームレベル狩り、また米国がタイプワンと呼ぶ初期の艦娘の戦闘データを得られる可能性に関心を示し、当然ながら横入りしてきた内務省に市ヶ谷は憎々しくすら思っており、内閣は三者三様の板挟みとなることになった。
そんな交渉のテーブルで内務省が得たのは、作戦実行までの時間。
さらに言えば、実質的な核攻撃の開始時刻の決定権。
壬生森達がトラックに突入してから12時間後までに、ネームレベル『ハーミテス』が撃破された場合、トラック泊地への熱核攻撃は中止。
残敵があれば第三種特異種対応として、次なる戦力の派遣による殲滅する。
この条件を捻出し、時間を捻出し、実行に持ち込んだ旧トラック泊地突入作戦。
そのために、壬生森はここに来たのだ。
「つまり、だ。アンタがしくじったらトラック泊地は更地と化して、偏西風でこっちにも影響が出る可能性すらある、と。」
「そうだな。突入時の通信をキャッチしたら、海域封鎖の任務に出してる艦娘を保護出来るように手配しておくことを勧める。これが私が出せる最大の情報だ。」
「何か手伝えることは……ねぇんだろうな。」
頭を掻く金城に、壬生森は少し考えたあとに答える。
「あれば最初から書面にして届けているが、強いて言うなら……戻ったら何か食わせてもらいたい。」
後書き
しれっとネタを振っていくスタイル。最低か!
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