彼願白書
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元提督は引き続き、料理を覚える。
前書き
前回の要約
『叢雲は誰かに似て、底意地が悪いんだよ!』『しかもスパルタなんだよ!』
静かにグラスを鳴らした後に、すっと一口。
うむ、やはり濃いな。わかってなかったらゲホゲホしていたかもしれないほど強いキック、そして鼻を抜ける風味。
抜ける風味だけで、意識がケンタッキーに飛びそうだ。
なるほど、これは好きな人はたまらないだろう。
と、壬生森がふと見ればグラス一杯を一気に飲んだらしい金城が、そのキックを堪能していた。
「随分と君は強いんだな……」
「そうかい?美味い酒を目の前にするとどうにもな。我慢が効かなくて困る。」
金城があまりに豪快に飲むから、壬生森もなんだか清々しくなってくる。
持ってきた甲斐があったというものだ。
さて、コンビーフコーンを味わいつつ一飲み。
おぉ、これはなかなか。
シンプルながら、噛み合っている。
作り方は見ていたし、これなら物さえあれば作れそうだ。
「おいひいぃ~♪」
隣の食いしん坊はもう『もごもご』になってる。
最近は食う量自体は少ないが、舌がすっかり肥えて、生半可なものではもごもごしなくなったのだが……
久しぶりにゴキゲンなようだ。
よかったよかった。
昔の痩せっぽちだった頃より、今のほうが見ていて落ち着く。
さて、いつの間にか、金城はオーブンで何かを焼いていたらしい。
スパイスや肉の焼ける香ばしい匂いがしてくる。
どうやら、これが本命のようだ。
オーブンから出てきたそれを皿に盛って、出てきたそれはタンドリーチキンの類いのようだが、カレー寄りのスパイスは感じない。
チキンソテーとかとも違うな。
スパイスの薫りが強いし、オーブンで焼いてるのもある。
野菜、特に長葱や玉葱といったものの匂いが強いか?
工程を考えるに、じっくり焼いていく気長な料理のようだ。
こういう気長な料理はだいたい南半球の民族料理によく見られる特徴だが、はてさて。
「さぁ出来た。中南米の鶏肉料理『ジャークチキン』だよ。」
「邪悪チキン?なんだか弱そうね……」
「その邪悪じゃないですよ、叢雲さん……」
「うっ、煩いわね!そんなの解ってるわよ!」
南米の料理だったか。
オーブンに入っていたからわからなかったが、焚き火かなんかで焼いていたら間違いなくそっち系統の料理とわかっただろう。
なるほど、きっとこれは美味しい。
叢雲がポンコツ出し始めたからきっとそうだ。
では、と壬生森はひとつかじる。
皮はパリッと、身もホロリと、そしてスパイシーな薫りが全体を推している。
そしてバーボンが進む進む。
これはスゴいな。それが壬生森の感想だった。
しかし同時に壬生森は、食べていて思う。
「ふむ、美味いが……これは相当手間がかかるようだ。もう少し簡単なレシピは無いのかね?戻ってからも作りたい。」
壬生森からしたら帰国後にしばらくしたら、唐突に隣の叢雲が気紛れで「あれ食べたい!」と言い出すのが目に見えている。
この秘書艦、普段は有能なのだが、飯には本当に、本当に煩い。
そういう時に出来るだけ安く済ませるために料理のレパートリーばかりが増えていくのはいいやら悪いやら。
味だけでは漬け込んだだろうタレの細かい中身がわからなかったのがあるが、再現しようにも、なかなかに手間がかかるだろうことは疑いようもない。
統合分析室主計の壬生森としては、簡易版も聞いておきたい。
「そういう事ならスパイスすりこむだけのお手軽バージョンもあるぜ。これよりは多少味が落ちるがな。」
食いながら見ていてくれ、と金城は壬生森の目の前で調理を始める。
鶏肉に刃を入れ、火の通りをよくしていくようだ。
そこに、塩、チリペッパー、 パプリカパウダー、クミンパウダー、おろしにんにくを順番に擦り込んでいく。最後にオリーブオイルをまぶすように擦り込んで、しばらく置いておく。
「さて、しばらく置いておくわけだが、この順番に擦り込まないとちゃんと味が付かないんだ。あとでメモ書きを渡しておくよ。」
「ふむ、助かる。さて、置いている間に、聞いてみたいのだが……なぜ、私を『蒼征』と気付いた?」
壬生森は気になった疑問を金城に聞いてみる。
彼が現役で提督を辞したのは、二十年は前のことだ。
艦娘も、ドクトリンも、当時とは違う。接点もない。
「俺が提督になる前の時代、本当に奴等が領海を縦横無尽に暴れていた頃に……何体かの『本当にヤバイ奴』を佐世保所属の『蒼征』が討ち取ったから、俺達に指導し、艦娘を用意するための時間稼ぎが出来ている……教官が口酸っぱく言っていたことさ。そして、その司令官の名前もな。」
「それで、か……なるほどな。」
「壬生森、なんて名前はそうはないしな。」
『蒼征』より『ニライカナイ』のほうが通りがいいと思っていたが、どうやら『蒼征』のほうが通り名としては通っていたらしい。
「さて、あとは焼くだけだ。」
フライパンを熱して、皮から焼いていく。
蓋をして、中身を確認しながら時おり引っくり返し、じっくりと焼いていく。
焼き上がったら、食べやすく切り揃えていくようだ。
「さぁ、出来たぞ。お手軽版のドライタイプだ。」
「では、さっそく。」
フォークで一切れ刺して、一口かじる。
なるほど、先程のが肉の旨味を出しているとするなら、こちらは歯応えだろうか。
それを酒で解すようにすると、驚くほど相性がいい。
これも旨いな。何より先程のより手軽で、これならオフィスのキッチンで作れそうだ。
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