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彼願白書

作者:熾火 燐
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提督はBARにいる外伝、ロッソ
  元提督はドヤる。

 
前書き
前回の要約


『けんぺーさーん、てーとくがたかおをなかしたー!』『いーけないんだーいけないんだー!』『けんぺーさんにいってやろー!』 

 
「ちょいと、失礼。」

金城が助手雲くん(名前を聞いてないので、仮で心の中でこう呼ぶことにする)にノズルコックを出させて、早速嵌め込んでいく。

ジョッキに注がれる鼈甲飴のような色とトウモロコシの薫りがこちらにも漂ってくる。
いい薫りだ。
ワイルドターキーのスペシャルボトルになるハズだった奴だ。市場価格に直せばそれはそれはブッ飛んだ額のものになるが、樽ごと市場に出る前に押さえた上に他の樽も一部まとめ買いし、さらに他の輸出品と一緒に送ることで輸送費も安くつけた。
結果として、市場価格の三割ほどの値段に出費を押さえることに成功したので、手土産としては上々のハズだ。

さて、金城はどう反応するか、壬生森はニヤニヤしてしまいそうになる。

金城は匂いを確かめ、ジョッキの中で踊らせて、すっと一口行った。

「『ワイルド・ターキー』とはまた貴重な物を。密輸品かい?」

「まさか。政府が扱いに困っていたアイオワを此方で引き取ってもらったと聞いた。その迷惑料も込めて、だ。」

驚いた。銘柄まで当ててくるとは思わなかった。
ワイルドターキーはバーボンでありながら、コーンの比率は全てのバーボンの中でも一番少なくライ麦と麦芽が多いとされる。
そして、蒸留時の時点でのアルコール度数が他より低いため、そのあとの加水処理も当然ながら少ない。
結果としてそれがバーボン本来の旨味を生かしており、ケンタッキー州が誇る最高のバーボンとまで評されたことがあるシロモノだ。

バーボンに覚えがあるなら、封蝋のメーカーズマーク、パブでお馴染みのビーム共々、七面鳥がガン睨みしてくるラベルが頭に浮かぶだろう。
といってもいつの間にやら、七面鳥はそっぽを向いてしまったのだが。
理由は諸説あり、「コワイッ!」って苦情があった説、「七面鳥のくせになまいきだ」説、「単に飽きたから変えた」説、「あっち向いてホイしてる最中」説だのいろいろあるが、公式にはさりとて触れていない。まぁ、そもそも名前の由来が「七面鳥狩り仲間の間で試作品を出したらウケたから」というテキトーな理由だから案外、当人には『七面鳥?いや、関係ないし。』みたいな感じかもしれない。

まぁ、そんなこぼれ話はさておき、バーボンはしばらく、輸入すらままならず日本では値段が跳ね上がった。
最後に輸入されたメーカーズマークの一瓶の末端価格は去年の時点でちょっとしたベンツ一台買うほうが安いというビックリな価格だ。
ここまでハイパーインフレとなったほど、輸入は困難であり、ヤの付く自由業な方達等がシベリア鉄道経由などで命懸けの密輸してきてはトンデモ価格でブラックマーケットを駆け抜ける、ということもあった。

一番ブッ飛んだ値段になったとされるのは、フォアローゼスマリアージュの一瓶。なにしろサラリーマンの平均生涯収入では逆立ちしても足りない値段から「オークションが始まった」のだ。
つまり、ハンマープライスはこれより遥かに上である。
ただ、これは買手と出品者が通じており、米国本土でしか売られてなかったフォアローゼスマリアージュを仕入れたというアピールのために行われた茶番であったとか。

さて、そんな訳でこの樽もそんな密輸品のひとつと金城が疑うのは無理もない。
だが、今回は真っ当に(機密費とかいろんなコネとかいろんな力業で)購入したものだ。胡散臭い紛い物の類ではない、本当のワイルドターキーだ。

そんなワイルドターキーの樽を見ながら、金城は少し考え込んでいる。

「アンタもしかして……『蒼征』の壬生森か?」

壬生森は驚いた。
既に提督時代よりも今の内務省勤めのほうがキャリアは提督時代に前後して、ン倍は長いくらい前のことな上に、『ニライカナイ』ではなくそっちの名前が出るとは。
何より驚いたのは、そっちの肩書きで呼ばれても嫌悪感のない自分に驚いた。
どうやらいつの間にか、『蒼征』を過去として受け入れていたらしい。
なんで酒樽を見てわかったのかは知らないが。

「その名前も既に懐かしいな。その通り、私が……その壬生森だ。」

「そんなすげぇ提督が俺みたいなチンピラ崩れに何の用だい?」

「私は既に提督の職は辞した身だ。それに、今の仕事の方が本職でね……しかし、チンピラ崩れとは卑下し過ぎではないかね?」

すげぇ提督、と来た。
いったいどんな噂が尾びれ背びれ胸びれ生やして泳ぎ回ったらそんなことになるのか、と壬生森は振り返る。
振り返るが、すげぇこと、というのはあまり覚えがない。
勝てる戦いを無理矢理勝って、負ける戦いはそそくさ退いていただけに過ぎないという結論に至る。
やっぱり、すげぇ提督というのには程遠い。

しかし、そんな強面で緊張されては本来の目的が達成できない。
だから叢雲、こっちを睨むな。私もここまでガチガチになるとは予定外だったのだ。
「どうすんのよ!めっちゃ警戒されてるじゃない!ご飯食べたいだけなのに!」みたいな目でこっちを睨むんじゃない!
あー、これは下手に誤魔化すより素直に白状したほうがよかろう。

壬生森はそこまで逡巡し、素直に白状することにする。

「……ここに来た理由?酒を飲みに来ただけだが?」

「……は?」

うわ、なに言ってんだコイツみたいな顔になった。
ちゃんと説明しないと胡散臭さしかない。

「だから、私達二人はこの店の噂を聞き付けてね。それで是非そのお手前を味わいたいと、横須賀からここまで来たのだよ。」

あ、助手雲くんが小さくピースしてる。
どうやら、助手雲くんは最初からわかっていたらしい。
偉いぞ、助手雲くん。君はたぶん、最高の助手だ。

「三笠に聞いたのよ。アナタ、とっても料理が美味しいらしいじゃない?期待してるわ。」

ついでに叢雲が追撃ちで説明する。
やっと本題に入れる、というかご飯が食べれると、すでに気分はルンルンになっているのがよくわかる。
これは、叢雲が最初から説明したほうが早かった気がしないでもない。
何はともあれ、壬生森のタスクは無事に達せられたようだ。

「まぁ、何でもいいさ。ウチは基本メニューは無し、材料さえありゃあ大概の物は何でも作るってのが俺のポリシーだ。」

「ふむ、メニューが無いのか。では、先程の『ワイルドターキー』に合う肴を。……あぁ、なるべく会話を邪魔しないような手軽な物にしてくれ。」

「私は……そうね、何かカクテルを。出来れば甘口の物を頂戴。肴はとりあえず適当でいいわ。」

メニュー無し、なんでも来いとはなかなかのスタイルだ。
ここはひとつ、腕を見てみる意味でちょっと難題を振ってみる。
バーボンは元より、癖の強い酒だ。
何かを食いながら飲むのにはあまり向いてない酒であると思う。
シンプルな串焼きみたいなものや、乾きものが一番無難なツマミだろう。
それを分かっていながら、『料理』を頼んだ。
さて、この難題をどう返すか?早速、見物である。 
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