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彼願白書

作者:熾火 燐
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提督はBARにいる外伝、ロッソ
  元提督は船上にて。

 
前書き
前回の要約

「ブルネイまで飯食いに行くぞー」「おー」 

 
「まったく、大平洋渡ってアメリカから日本に戻ったと思ったら今度はそのままブルネイだなんてなぁ……」

船員の一人が、甲板を掃除しながらぼやく。

輸送船『ウーノ・ネイト・オーウェン』

その船は、アメリカからの輸入品を多数積んでいた。
本来なら全て日本の商社に引き渡されるハズだったそれは、なぜか一部が船に載ったまま、空いたスペースにブルネイに送る民製品と“来客”を更に載せて、そのままブルネイに向かうことになった。
船員にはいくらかの報酬が上乗せされるとはいえ、半ば無理矢理捩じ込まれたスケジュールに泣いている船員もまた多く、その大半は「早く地面に足を着けたぁい!」という理由だった。
彼等は春の中枢海域攻撃後に確保された大平洋ルートでの初の日米間往還をしたばかりなのだ。
彼等からしたら命懸けの航海から戻ったらそのままブルネイに飛ばされたようなもので、ぼやくのくらいは仕方ないと言える。
だが、彼等は知らない。
日本に戻った時に待っているのは『机上で自立する給与袋』であることを。
悪趣味なことに、そのことを隠しているのは彼等が掃除している甲板からも見えるところにいる“来客”だ。


「しかし、普通ならグロッキーになるか、暇をもて余すかのどちらかだろうに……船旅に慣れてんな。あの二人組。」

「結局、夕方にブルネイに着くまで船酔いのひとつもしなかったな。」

船員が横目に見ているのは、甲板の片隅、艦橋の日陰にいる男女だ。
片方はスーツ姿の若く見える男、片方は白いワンピースドレス姿の少女。
親子というには近過ぎるし、夫婦というには少女が若過ぎるし、あまり似てないが年の離れた兄妹辺りだろうと見える、この二人がこの船の“来客”だった。

「ねぇ、アンタ。久しぶりに船に乗りたい、なんてどういう風の吹き回しだったの?」

本を開いていた壬生森に、隣の叢雲は飴を舐めながら問う。

「自分がやってきたことを、たまには振り返りたかった。自分が生きてる間に、こんな穏やかな海を見れる日が来るとは思わなかった。」

「レーダーにも感無し、ここまで平和な海とはね。護衛の艦娘も、私を除けば駆逐艦娘の二人だけ。私達の現役時代じゃ有り得ないことね。」

「だが、今はそれが出来る海だ。」

開いていた書籍を閉じた壬生森が、海を見る。
叢雲も、同じ海を見る。

「私達のやってきたことは、無駄じゃなかった。この海が、証明してくれるわ。」

「だからこそこの平穏を、七つの海が取り戻したあとのことを考えなければならない。艦娘を軍事から分離させ、終戦後の軍事転用や不当な処遇を防ぐための……国際法が必要だ。そのためにやらなければならないことはいっぱいある。」

「そのひとつが、ブルネイに?」

「あそこは希に見るジュウコン鎮守府でもあるらしい。ケッコンカッコカリ、これの廃止を検討するには間違いなく障害となるだろう。」

壬生森は現役時代からケッコンカッコカリには反対だった。
元から人道に反したモノだとしていた上に、半ば押し切られた形でしたケッコンカッコカリをした相手には先立たれている。
それ以降、提督時代から今までずっと付き従ってきた叢雲とすら、彼はケッコンをしていない。

端的に言えば、トラウマなのだ。

理論的にも反対していた上に、感情的にも反対している。

彼はだからこそ、ケッコンカッコカリ廃止を視野にいれている。
艦娘を人として扱っても兵器として扱っても、当たり障りのないように賢しくバカにしている。人として扱うならカッコカリなど冒涜的だし、兵器として扱うならば極めて悪趣味が過ぎる疑似恋愛。
この基本原理に、悪感情も伴っているのだ。
壬生森はケッコンカッコカリを艦娘の戦後を考える上での最大の障害とすら捉えている。
それが正解か否か、壬生森は見定めたいと思っている。
故に、ブルネイへと行く。

「ケッコンカッコカリと、結婚。どちらもしている上でここまでのジュウコン。何を考えているか、何も考えてないか、どっちなのかな。」

「知らないわよ。行って聞いてみたら?」

叢雲の言葉はそっけない。
昔から、叢雲はケッコンカッコカリの話題が出る度に不機嫌になる。
今も、叢雲の頬越しにガリ、と飴を噛んだ音が鳴る。
だからこそ、壬生森はそこで話をやめる。
もう、何十年とそうやってやってきたのだ。 
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