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彼願白書

作者:熾火 燐
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提督はBARにいる外伝、ロッソ
  元提督は地下室にいる。

 
前書き
ごません氏の「提督はBARにいる」とのコラボ作っぽいなにか。先にあっちを見てからのほうがきっと楽しい。 

 
「相変わらず不健康そうな場所にあるわね、貴女達のオフィスは。」

「大っぴらに動くべきじゃない部署の扱いなんて、こんなものよ。実用性も兼ねているし。」

永田町、内務省の地下。
表から入るには3つの内に1つしかない扉や、唐突に上下に分かれた階段、それらの正解を探して抜けなければならない、迷宮のような通路。
階段を上り下りして、通路を右に左に曲がり、ここが地下なのかも確信出来なくなる程の奥に、『統合分析室』とプレートが付けられた鉄扉がある。
そこに向かって、二人の女性が歩く。
一人は、一種軍装の黒衣に帯刀した長い黒髪の女性。
手には紙袋を下げており、そこそこ大きな荷物が入っている。
もう一人は、白く輝く髪に紅い眼のワンピース姿の少女。
あまりにも通路の殺風景さや、交わされる会話に対して、幼くすら見える。

両者の共通項は『元艦娘』であること。
前者は、戦いに無理が出て身体を壊しての引退。今は教鞭を執る立場にある。
後者は、この先の職場に『秘書』として移籍したが故に、現場を離れた。

そして、後者の主はこの先の扉の向こう。
二人が入っていった先にソファで資料を目隠しに寝ていた。
灰色のカッターシャツ、グレーのスーツ姿で、そのジャケットはソファのアームレストに引っ掛けて置かれている。
そんなだらしない姿の男を、黒髪の女性が資料の上から頭を小突いて起こす。

「いてっ!」

目隠しにしていた資料が落ちるのを拾いながら、男は飛び起きる。
三十前だろうか、若く見える男にしてはだらしなさ過ぎではないだろうか。
寝起きゆえか、不機嫌な顔で起こした帳本人を向く。

「壬生森、ご機嫌はどう?」

「最悪だな。原因は主にお前とお前の旦那が悪い。私を寝不足にした帳本人に起こされるのは流石に腹が立つ。」

内務省統合分析室“分析官”壬生森。
それが彼の名前と肩書き。

「元帥や私をそんな風に言える人も、めっきり減ってしまった。」

「お前が昔は『余』とか名乗ってたのを知ってるのもな。三笠、今回の一件は流石にくたびれた。しばらく開店休業のウチになんの用だ?」

黒髪の女性を『三笠』と呼んだ壬生森は、テーブルの上に手を伸ばして、そこで止まる。

「やっぱ飴玉じゃ様にならんな……」

テーブルの上のガラス皿に盛られた、個包装の飴をひとつ取りながら、壬生森はぼやく。

「タバコよりは健康的じゃないか?うちのも、タバコを少しは控えてほしいのだが……」

三笠も壬生森の向かい側のソファに座って、皿から飴を取る。

「60も回って今更禁煙、ってタマじゃないだろ?ありゃ、死ぬまで絶対に止めないな。」

「違いないな。」

「で、三笠もどういう風の吹き回しだ?いつもなら赤レンガに呼び出すくせに。」

「御礼を言うのに相手を呼び出すほど、私は無礼ではないが。」

三笠が紙袋を、そのまま壬生森に渡す。
その紙袋を見ながら、壬生森は訊く。

「黄金色のお菓子?」

「そんなわけないでしょ。崎陽軒よ。」

「ほう……こりゃあ、晩飯には困らんな。昔と違って、今は都内じゃ置いてないから、有難い。」

壬生森は紙袋の中身を確かめて、オフィスの奥の部屋にいそいそと入っていく。
それと入れ違いで、いつの間にか先に奥の部屋に行っていた叢雲がお盆に湯呑みを三つ載せて持ってくる。

「まったく、崎陽軒のシュウマイをお土産って……古典的な手段に誤魔化されるものねぇ。」

「流石に適当すぎたか。こういうのはどうにも不馴れでな。自分でお土産を選ぶのは難しいな。」

三笠は叢雲からお茶の入った湯呑みを受け取り、たまたま立っていた茶柱を見ながらごちる。

「まぁ、いいんじゃない?前線に出てるわけじゃないし。」

「礼号作戦発令直前を狙っての妨害工作の件といい、獅子身中の虫はまだまだいる。こちらでも独自に調べているのだが、どうにも手が回りきらない。」

「ま、アンタ達はそもそも他に仕事あるだろうしね。で、その獅子身中の虫は当然問題だけど。」

叢雲はお茶を啜りながら、三笠に問う。

「他にも問題は山積みじゃないの?」

「……例えば?」

叢雲は湯呑みをテーブルに置いて、皿から飴玉を口に入れて転がす。

「この前の米国からのアイオワ、どうするつもりなのよ?記念艦として米国からマスターシップを回されたけど、どこの鎮守府も受け入れには難色を示してたらしいじゃない。」

「彼女なら……最終的にブルネイが引き受けたわ。クルツ少将経由でね。」

「ブルネイね……最近、随分肩入れしてるじゃない。信用できるの?」

「そうね。彼は凄いわよ。」

「君がそこまで入れ込むとは、なかなかだな。」

叢雲と三笠の会話に壬生森が割って入る。
盆に載せていた小皿をテーブルに並べる。
小皿に載せて出してきたのは、カステラ生地で小豆餡をくるんだような巻鮨みたいな見た目の菓子だ。

「お茶請けが飴玉ではあんまりだろう。この前、佐世保に行った帰りに買ってきた、かす巻きだ。」

「……ありがとう。相変わらず、好きなのね。」

「佐世保時代はしょっちゅう食べてたからな。これの甘さはずっと変わらん。」

そう言いながら、壬生森は手で持ってもぐりとひと口。
壬生森のお気に入りで、佐世保に行かなくても定期的に取り寄せている一品だ。

「ちょっと……私が飴玉を舐める前に出しなさいよ。」

「とか言いながら、かす巻きを見た瞬間に噛み砕いてるのは誰だ?まったく。」

ガリガリと飴を噛み砕いて、お茶で口を流している叢雲を見ながら、壬生森は肩を竦める。

「さて、三笠。最近……アイオワ受け入れや鎮守府交流、陸軍との手打ち……何かと中心にブルネイがいるが……いったい、何事かね?」

壬生森がちらりと三笠に眼をやる。
それだけなのに、三笠は少しだけ物怖じする。
謂れが無くとも、向けられただけで戦くような眼。
昔はこんな眼が三笠自身に向いたことはまるでなかったのだが……

「礼号作戦でのザラのマスターシップ救出、更に前線航空基地設営に敵中枢への殴り込み。中心にはブルネイの艦隊がいる。鎮守府交流、というのもブルネイが中心のようだが……」

「壬生森、それはだな……」

「なにかね。」

三笠は嫌な汗をじとりと感じる。
これを言ったら、間違いなく壬生森がブルネイに向かう。
叢雲が間違いなくセッティングする。
だって、この二人は……

「実はブルネイの金城提督は、自前で鎮守府内にバーをやっていてな。」

「バー?」

ぴくりと叢雲の眉が動く。
壬生森も、聞き入っている。

「その、なかなかの料理上手で、元帥がそのことを吹聴していたら『是非、気になる』との声が前から来ていてな……」

「へー。」

聞き流しているッ!このモフモフ白兎、途中の説明を聞き流しているッ!
次にこのモフモフ秘書艦が何を言い出すか予想が出来るッ!
三笠はこの自分の目的のためにはやたら老獪な手を選ぶこの叢雲が、いつの間にか苦手になっていた。
事務的に見せ掛けて、しれっと私心を織り込んでくるこの秘書艦の手管に、三笠は幾度となく痛い目に遭わされてきたのだ。

「で、三笠は食べたことがあるの?」

「も、もちろん。元帥がうっかり吹聴するのも納得の腕をしている。」

叢雲は、それを聞いてにやりと口端を上げる。

「司令官、アンタ……確か、海軍各鎮守府への第三者調査団の話があったよね?」

「うん、あったねぇ。」

壬生森は、叢雲の言葉に同じように口端を上げる。
この上司にして、この部下ありだったことを三笠は内心で頭を抱える。

「司令官、まだ枠はあるわよね?」

「あるねぇ。海外の鎮守府査察となると、どうにも揃って尻込みするらしくてなぁ。」

「『軍閥化や非合法な活動の疑いがある鎮守府』に充分、当てはまってるわよね?ブルネイ。」

「当てはまっちゃてるねぇ。査察対象に入ってるし、査察に行かないとねぇ。」

叢雲と壬生森は揃って同じような顔をして、茶番劇をやっている。
この二人は行く気だ。
公務でブルネイまで、公費で飯を食いに行く気だ!

「ま、待て!ブルネイには……」

「止めるの?いいの、三笠?私達を止めると、上はこう判断しちゃうわよ?『海軍にはやはりブルネイを軍閥化させ、独立しようとする動きがある。』ってね。」

ただですら、鎮守府交流で金城には迷惑をかけているのだ。
その上で更に「内務省からメシウマの噂を聞いた査察官まで行くからご飯ヨロシク!」と言ったらどうなるか……

「叢雲、ブルネイの金城には最近、面倒ばっかり言ってるのよ!私がそこから更に叢雲達までご飯を食べに行くなんて言ったら……」

「言わなきゃいいじゃない。あくまでも向かうのは、内務省の査察官。『軍閥化や非合法な活動の疑いがある鎮守府への査察』自体は公式に行われる訳だしね。まぁ、そんくらいでカンカンになるようなら……表向きのためにきっちりと制圧するわよ。問題ないでしょ?」

「叢雲、しかしだな……」

「美味しいんでしょ?その提督の料理。実際には真っ当によくやってるんでしょ?そのブルネイ鎮守府。私は美味しい料理が食べられる。海軍は政府に潔白を証明できる。政府も査察受け入れの時点で疑念は晴れる。みんなみーんな、丸く収まって、ドントウォーリー、ビーハッピー!……ってなるじゃない。どう?悪くないと思うけど?」

三笠はやられた、と頭を抱える。
そう、この二人は美味しいものがあると聞いたら止まらない悪癖があるのだ。

「さて、手土産はどうしようか?米国との大平洋輸送ライン復旧の第一弾で商用輸送船が持ち込んでくる輸入品の中に、確か酒樽があったよなぁ。」

「積んできているのは……あらやだ、L&Mインダストリアル傘下の輸送船じゃない。」

「手土産としてはこの上ないな。バーを自前でやるくらいには、酒が好きなんだろう?」

わざとらしいくらいトントン拍子に茶番劇が繰り広げられる。
まさか、まさかだが……いや、間違いない。
三笠は確信した。

「あなた達、まさか最初から!?」

「アナタ以外からも聞いてたのよ。『やたら旨いご飯作る提督がいる』ってね。幌筵の提督からも聞いていたわ。」

「元帥と三笠お気に入りのブルネイ第一鎮守府、金城提督の『Bar Admiral』。その存在はずっと気になっていた。艦隊運用でも、ご飯でも、ね。」 
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