魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~
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第19話『剣の時代が終わる時~ナヴァール騎士団全滅!?』【Aパート 】
【数日前・ビルクレーヌ平原・銀の逆星軍陣営】
「紹介する。こちらはカロン=アンティクル=グレアスト氏だ」
突然の主の来訪に、スティードは敬礼しながら「いえ」と規律的に答えた。
極端なまでの実力主義者であるフェリックス=アーロン=テナルディエが、わざわざ家臣一人の為に、激励しに来たとは思えなかったからだ。
「……」
何を聞くべきか、スティードは一瞬の間だが躊躇した。
以前ならテナルディエ家とガヌロン家は政敵の関係にあったのだが、主たるテナルディエ公爵の反逆決起により、同盟を結んだという。
我らが陣営を眺めまわしている若い男に目をやり、スティードは困惑する。
――ガヌロン公の片腕が、一体何の用だ?
この男がガヌロン勢力において大きな発言力を持っているということは、すでに耳にしていた。
自らが軍を率いる指揮官なだけに、同列となるテナルディエ軍に興味を持つのは当然のことかもしれない。
と、スティードが考えていると、テナルディエは思いもかけないことを口にした。
「グレアスト氏は、我が軍に配備される最新鋭の『ジュウ』の観察官として、同行することとなる。頼むぞ」
謙虚で感情毛薄なスティードにしては珍しく、面を喰らって目を見開く。するとグレアストは一礼を取り語り始める。
「こうして顔を合わせるのは初めてですかな?彼のテナルディエ卿が認めた数少ない有能な人物と聞いております。そのような貴方の目にかかれて光栄です」
グレアストにとっての賞賛が、スティードにとっては嫌味に聞こえていた。
ブリューヌより南に位置するムオジネルが、海と陸に分かれて自国へ遠征中、グレアストは政敵テナルディエの副官スティードの軍と対峙したことがあった。
王都ニースで構えていたスティードの軍に積極的に攻めて、何攻の末についには本拠地ネメタクムまで追いやったのである。
あと一戦で――しかし、グレアストにとってはそこまで時間を費やすつもりなど毛頭なかった。たとえ楽しみを先延ばしにしたところで、ガヌロンからの許可を得て兵を運用している今では、いつ『軍』を取り上げられるかわからない。命令は早々に片づけるべきであった。
しかし、スティードはこ れに対して、したたかに抵抗する。
作戦遂行という点においては、『時間稼ぎ』を成しえたスティードの勝利だ。しかし、軍の大半を失うような結果が、果たして勝利と受け入れてよいのだろうか?
そもそも、確実に仕留められる一戦を放棄した理由は何なのだろうか?
「――宜しく。スティード卿」
「――いえ、こちらこそ。グレアスト卿」
スティードは警戒の色を浮かべて一礼する。
「スティードと申します。――しかし、『ジュウ』の観察官とは一体?」
彼の講義を封じ込めるように、得体のしれない鬼謀を持つ『観察官―オブサーバー』は笑みをぶつける。
「我らを正式に国家反逆者に認定したため、ナヴァール騎士団が討伐の任を受けて、こちらへ迫ってき ているのですよ」
「ナヴァール騎士団……最強の『槍』にして『盾』の彼らが動いたわけですな」
まるで世間話を語るかのように、両者は事実を確認し合う。
国民国家革命軍であるこの軍――銀の逆星軍の名称は、とある敵将から送られた称号に対して嫌味を込めて作成されたものだ。
『流星落者―シーヴラーシュ』……流星さえも打ち落とす者。
せいぜい国内勢力と牙を噛み合ってほしいという意志の表れなのだろうが、テナルディエとガヌロンは侮蔑の一言を突きつけたという。
――流星を打ち落とすのは『流星落者』ではない――『逆星』だと
新たな時代の『槍』は弓ではない。銃だという認識を強めるものだった。
「――ではさっそく参りましょうか。 私たちはこれから、その最強の『槍』であるナヴァール騎士団を討ちに行くのですから」
スティードの背筋は凍り付いた。
――あの精強で最強の騎士団を討ちに?本気で言っているのか?
口で言い表すだけで、予想をはるかに超える過酷な任務だ。
ブリューヌは前例に見ない戦火に包まれようとしている。内と外、そのどちらにも敵が存在する。
本来なら、今頃のムオジネル、ザクスタン、アスヴァールは虎視眈々とブリューヌの大地を狙っているはずだ。
しかし、そのような飢狼どもは、今でこそ目立った動きを見せていない。
まるで――嵐の前の静けさの環境が、ブリューヌ全土を覆いつくすようでもあった。
グレアストは独り言のようにつぶやいた。
「ロラン卿――どちらが時代最強の『槍』かを、思い知らせて差し上げる」
あの最強の黒騎士を文字通り『蜂の巣』にできる。そう思い浮かべると、愉悦が止まらないグレアストであった。
それは、かつてヴォルン伯爵討伐失敗の任に遂行できなかった『蜂牢獄―フレロール』への当てつけだったかもしれない。
【ナヴァール騎士団・ビルクレーヌ平原・銀の逆星軍より500アルシン先にて対峙】
この日、ナヴァール騎士団はブリューヌの命運をかけて、ビルクレーヌの戦場に姿を現した。
一人一人が精鋭という屈強な集団に、ナヴァールの名を知るものなら、誰も が対峙せずにいたいと思うだろう。
剣の時代において――ナヴァール騎士団こそが最強。そう誰もが謳いあげていた。
その集団の筆頭に立つ黒き風貌の男――黒騎士ロランは、馬を隣に並べて進む友人オリビエに語り掛ける。
「オリビエ、報告にあった『火を噴く槍』と『鉄の乳母車』というのは、あれのことなのか?」
「――おそらく。銀の流星軍を打ち破り、一騎当千を誇る戦姫さえも屠ったという『ジュウ』と呼ばれるものだ」
「そして目の前にいる陛下の敵が――銀の逆星軍」
目前には、何やら槍を携えている一個中隊が対峙している。遠くからでは確認しがたいが、言われて見れば『槍』に見えなくもない。
ただ、乳母車らしきものは見られなかった。どこかに秘匿している のだろうか?それはわからない。一つだけわかることがあるとすれば――
「この戦いの先に、ヴォルン伯爵の正義が示せるならば、俺は『鬼神』となりて戦場を駆ける」
揺るぎない強い決意表明に、オリビエは憂うような表情を友に向けた。そして、その言葉を振り切るかのように『今回の陣形』を団長たるロランに進言した。
「ところでロラン。今日の陣形は『三日月』にしないか?」
三日月の陣形――三つに分けた、独特の武装手段を有した部隊が多様な攻めで敵を翻弄する陣形。
ナヴァール騎士団が得意とする陣形の一つであり、幻惑する兵法にて指揮系統を『内部』より斬り崩すために練りだされたものだ。
確かに、『ジュウ』と呼ばれる未知の兵器に対し、一番有効な 手なのだろう。相手の出方がわからないのであれば、こちらから仕掛ける仕掛けるしか無い為、『機動力』と『突進力』を最大限に引き出した陣形が最も理に適っている。
しかし、ロランの返答はそれを却下したものだった。
「いや、今回は『槍』の陣形でいく」
「……ロラン?なぜだ?」
槍の陣形――天上の神々より見れば三角形の陣形。
これは、『一騎当千』の武力たるロランが先頭に立つことで、敵の出鼻をくじき、瓦解した雑魚兵を一掃したあとに、『決戦特化』のオリビエが指揮官を討つ、というのが『槍』の陣形の運用方法である。
ザクスタン、アスヴァール二国を常から相手取っている紛争の都合上、このような陣形が生み出された。自軍の損耗率に相手の遠征率をくじく ために。
もっとも、本来なら指揮官たるロランが後方に控えるべきなのだが、兵の先頭に立ち、敵を討つというのがこの男の使命だと、自分自身で思っている。
先ほどのオリビエの問いに、ロランは答える。
「この戦はブリューヌの『大義』を背負って戦わねばならない。銀の逆星軍の恐慌に苦しむ民に勇気を示すために」
たった一つの――正義の『槍』として。
その言葉に、オリビエは一定の理解を示した。だから近隣の騎士団にも援軍を要請しなかったと――
例え討伐に成功できたとしても、国王直属軍であるナヴァール騎士団が『ようやく勝てた』となれば、国王の威信にも、王に忠誠を誓う貴族や民の信頼を砕いてしまう。ただ勝てばいいというわけではない。ロランなりに勝利 したその後のことも考えているのだろう。
かといって、この戦いは『決して負けられない』ものであることも事実だ。我々の敗北はブリューヌそのものの敗北に等しい。それを承知しているオリビエはなお指揮官の友人を口説く。
「ロラン。ヴォルン伯爵の義に、国王陛下の忠誠に応えたいお前の気持ちもわかる……だが」
「分かっている。俺も見栄や誇りだけでこんなことを言っているわけではない」
かすかに、視線を後ろに配るロラン。それは、ロランにとって『民』と同じように、守りたい『部下』が整列していた。
そんな仕草に気づいたオリビエは、友人の男を信じることにした。ロランは変わらずのままで安心したと――
ただの盲信で言うならば、必死に止めたであろう。大事 なことを忘れ盲目になっているのではないかと――
非道な戦いであるからこそ、正道にて導いていかなければならないのだ。
確かに『槍』は、今回の戦において危険な陣形かもしれない。だが、その認識がロランの意志を硬化させてしまったようだ。
『ブリューヌの騎士』として、戦争の過ちは正さねばなるまいと――
「布陣は完了している。いつでもいけるぞ」
「ああ」
そして、騎士団長は高らかに不敗の剣デュランダルを空へ掲げる。
「天空よりブリューヌの大地を見守る数多の神々よ!『逆星』を砕く我ら『勇者』の戦いをとくと御覧あれ!」
逆星……それは、流星の願いを砕く凶の星。星が持つ輝きさえも喰らい、闇に沈む正逆一体の球体。
軍配のごとく、デュ ランダルの切っ先を『叛逆者』に向ける。
「我が剣に続け!!!」
ナヴァール騎士団は一丸となり、『正義の槍』と化して突撃する!
轟く馬蹄――炎のごとく揺らめく騎兵のたてがみ――団長たるロランの覇気がいきわたる兵――
地面のぬかるみはない。前日に豪雨が訪れたが、この具合なら昼頃に安定するだろう。
だが、その昼頃を待たずして、この戦いに決着がつくなど、誰もが想像できなかった。
ロランにしても――小物とみなした逆星達が、これほどのものとは。
グレアストにしても――こんなにもあっけなくナヴァール騎士団が敗れるなど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナヴァール騎士団の動きを感知した銀の逆星軍は、『ジュウ』――マスケットと呼ばれる『火の槍』を三千丁と共に戦場へ着陣する。
ブリューヌ最強の騎士団と言われたナヴァール騎士団を迎え撃つ。
観察官の任につくグレアストが採ろうとした戦術は、かつてなく斬新で、なおも強大で、歴史上凄惨なものだった。
そこに、副指揮官のスティードの姿もあった。
「グレアスト卿――『ジュウ』の欠点は、弾込めの間、無防備になること――」
「その欠点なら解決済みですよスティード卿。我らに逆星の『三日月』があるが故に」
ナヴァール騎士団が得意とする、同名の陣形をつぶやいたグレアストに、スティードは思考を巡らせた。そして答 えに行き着いたのか、ハッとうなずく。
グレアストが考案したそれは、「ジュウの部隊を横に細長い組に分け、『発射』・『装填』を輪廻のごとく繰り返す」ことによって、切れ目のない攻撃を生み出すことが可能となるものだ。
確かに、ジュウを配備された部隊は三日月の形をしている。しかし、騎士団のように縦横無尽に戦場を駆けまわるのではない。
駆けまわるのは――赤白い蜂という名の『鉛玉』なのだ。
そして切り札は、その蜂を大量に斉射できる『蜂巣』もある。これでまける要素は何一つない。
「いかにブリュー……」「撃て」
グレアストの言葉を断つように、本作戦の総指揮官たるテナルディエ本人が短く告げる。
ガヌロンとは違う、魔王の覇気に押されたのか、すぐ さまにグレアストは一番部隊へ指示を飛ばす。
「一部隊、構え」
すちゃりと、その『銃口』が敵の騎兵たちへ向けられる。
機械的に動く彼らは、命令に何の疑いもなく従うだけだ。
すさまじい怒号――自分の命に迫る恐怖によって、誤射をする兵が『オルメア会戦』で多数見受けられた。これでは最大威力を発揮するはずのジュウは意味を成さない。射程距離を納められないために――
しかし、グレアストはそれさえも克服して見せた。
『仮面の踊り』をはじめとした冷酷な処刑を配下の兵へ見せつけることで、これ以上ない恐怖を積ませたのだ。
ただの見せしめではない。次の一手を見越したグレアストの神算鬼謀によるもの。
だからこそスティードは思わずにはいられ ない。もしかしたら、『ジュウ』はグレアストの為に生まれ出でた虐殺兵器なのではないかと――
――はあああああああああああ!!――
すぐ視界には、単騎掛けで迫るロランの姿あり。その後続を若き騎士たちが奔る!
合図の為に片腕を上げているグレアストは、訪れる『瞬間』を見極めていた。
そして魔王と同じように灰色の侯爵は短く告げる。「撃て」と――
【瞬間、耳を切り裂くような『銃声』が戦場に木霊する!】
慈悲に介さぬ悪意の一斉射撃。
勇敢なる騎兵たちの雄たけ びを、一瞬にてかき消す重低音。
『流星』を隅に追いやった『逆星』が、瞬く間に戦場を埋め尽くしていた。
「お……収まれ!」「馬が言うことを!?」「くそおお!!」
次々と落馬を始めるナヴァール騎士団たちは、見えざる槍……すなわち、『銃声』によって耳を貫かれた。
心に染みゆく銃火の猛りは、騎士の足となる馬を恐怖へ突き落していく。
土砂を巻き上げ、悲鳴を上げ、その生命を虚空へ散らしていく騎士たち。
「……あれ?血が?」
痛覚の前に気づいたのは、一人の若者の……負傷。
なんという威力なのだ?鍛え上げた身体どころか、鍛えた鉄の甲冑と盾をまとめて貫くとは?
体中に走る、焼けつくような痛み。
瞬く間に前進をせき止められたナ ヴァール騎士団は、陣形の『槍』をくじかれた。
そのようなみじめな光景にも拘わらず、オリビエは冷静に対応策を練りだしていた。
「第一陣は私と共に!側面から先頭部分を切り崩す!」
それは、敵の『槍』の矛先を、付け根を狙うオリビエの算段だった。
側面から噛み千切り、前後の挟撃にて銀の逆星軍を瓦解させようとするもの。
しかし、グレアストにとって左右からの奇襲は織り込み済みだった。
副官たる彼の『算段』を、鉄の『散弾』にて撃ち砕いてくれよう――
「三日月――第二陣構え」
再び告げるは水平射撃の命令。第一陣がもたらした赤白い蜂の成果に、グレアストは少々満足していた。
これから見せてくれるであろう――地獄のような光景を、彼は楽 しみにしていた。
「撃て」
なおも続く斉射の号令。
容赦のない無慈悲な用兵を用いるグレアストの戦略。
剣の時代における『夜』と『闇』と『死』の狂葬曲、その初戦に過ぎなかった――
【Bパ-トへ続く】
予告――
足を撃ち抜く鉛玉に、止まるロランは無念の死を覚悟する――
しかし――
何故……お前たちが?
何故だ?
もはや動けぬロランの前に、次々と仁王立ちする配下の騎士達。
間断なく放たれる鉛玉に、その若き生命を散らしていく――
声をかけたかった。でも、轟く『銃声』の中ではその『声』さえも届かないだろう。
俺が守りたかったもの。陛下と民と同じくらいに大切に守りたかった、共に時代を生きたいと願ったお前達が
――――何故!愚策を施した俺などを守って死んでいく!?――――
俺はブリューヌの騎士だ。
民を護り、陛下の敵を殲滅し、騎士の時代を導く『先導者‐アンリミテッド』だ。
俺は護る側の人間だ。なのに――
どうして、俺は護られているんだ!?
どれだけの無念に伏しようと、お前達の『勇星』は消えた――流星のように。
蜂巣砲‐フレローリカ。
まざまざと突きつけられた『時代の変化の現実』に、ロランの心は蜂巣と化してしまうのか?
後書き
ロランファンの方には申し訳ない内容になってしまいましたが、彼の生存フラグを立てる為にご了承いただければと思います。ロラン活躍の展開までしましお待ちを――
今回の話、元ネタである『ローランの歌』や『織田鉄砲隊 対 武田騎馬隊』をモチーフにしています。
気になった方は、この題名をググってみてはいかがでしょうか?
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