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ソードアート・オンラインーツインズ・リブートー

作者:相宮心
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SAO:tr3―この世界での日常―

 
前書き
なんとかサボらずに三話が無事かけました。

といっても、書き直したりしているだけですが(汗) 

 
アスナが言っていた六十一層『セリムブルグ』という所は美しい城塞(じょうさい)都市。華奢(きゃしゃ)尖塔(せんとう)を備える古城を中心とした市街はふんだんに配置された緑と白亜の花崗岩で精密に造り込まれている。簡単に言えばヨーロッパにありそうな美しい街並みである。
 ここの面積はほとんどが湖で占められており、外周部から差し込む太陽、または月の光が水面を煌く様はまさに絶景。市場も店も豊富で、『セリムブルグ』をホームタウンにと願うプレイヤーは多いでしょう。
 だが、部屋が驚愕するほどお金がかかるらしく『セリムブルグ』に住むプレイヤーは、余程ハイレベルに達さないかぎり入手するのは不可能に近いと言われている。
 電気街と城塞都市との空気が明確に離れているせいなのか、または夕陽によって茜色に輝く街並みの美しいのか、兄は両手を伸ばしながら深呼吸をした。

「うーん、広いし人は少ないし、解放感があるなぁ」
「まあ、なんとなく気持ちはわからなくないわね」
「……お前、ほんと素直じゃないな」
「兄に言われたくない」
 
 私と兄との何でもない日常会話を先頭に立って案内しているアスナがこんな提案をしてきた。

「なら二人共も引っ越せば?」
「「金が圧倒的に足りません」」

 私も兄もできたら『セリムブルグ』に住みたい。きっと『セリムブルグ』は将来、海外でこんな美しい街で暮らしたいと思う人は多いはず。私もそうだもん。
 でも私達にはお金が足りないのである。
 実はお金が圧倒的に足りたいわけではないんだよね、兄は知らないけど。一応頑張れば住むこともできるのだが、そうしたら今ある家具や武装を売らないといけなくなる。そこまでするのなら今の家で我慢して攻略や生活に必要な物を買った方が良いよね。そもそも『アルゲード』が気に入っているわけだし、ここは私には合わないと思うんだよね。そういうことにしよう。

「ところで、アスナ。先ほどの護衛は何なの? さっさと護衛廃止した方が良いわよ」

 アスナの隣にいるドウセツが遠慮なしに訊ねてきた。
 私と兄が遠慮して聞かなかったことを唐突に言いやがったよ、この人。
 ドウセツの問いにアスナは動かしていた足を止めて答えた。
 
「……わたしも護衛なんて行き過ぎだと思っている。いらないってなんども言っているけど……ギルドの方針だからって、参謀職達に押しきれちゃって……」
「面倒ね。だったら私の様にギルドをやめればいいのよ。今抱えている事から楽になれるわ」
「そう言うわけにはいかないの」

 アスナは首を左右に振って、やや沈んだ声で続ける。

「昔は団長とイリーナさんと二人ずつ声をかけて作った小規模ギルドだったのはドウセツも知っているでしょ」
「そうね」
「でも人数がどんどん増えて、メンバーが入れ替わったりして……最強ギルドなんて言われ始めた頃から、なんだかおかしくなっちゃって…………ドウセツの言う通り、抜けたら楽になれるのかな」

 言葉を切って、アスナは夕陽のある方へ半分体を向けた。
 アスナが漏らした不安混じりの不満、そしてどこかへ視線を向けるアスナはどこかすがる様に見えた。その姿に私は何も言えなかった。
 数秒間沈黙が続いたが、アスナは場の空気を切り替えるように歯切れのいい声を出してきた。

「まあ、たいしたことじゃないから気にしなくてよし! 早く行かないと日が暮れちゃうわ」

 先に立ったアスナに続いて、キリト、私、ドウセツの順に、街路を歩き始めた。



 アスナの住む部屋は、目抜き通りから東に折れてすぐのところにあった。そこは小型ではあるが、美しい造りのメゾネットタイプの三階建てだった。
 どうしても自分の家と比較すると、アスナの住んでいる家ってお金かかっているんだなぁと思ってしまうのは何故だろうね。

「しかし……いいのか? その……」

 建物の入り口で躊躇(ちゅうちょ)している兄。今更なにをためらう必要があるのだが、このヘタレめ。

「だったら帰ればいいじゃん? 肉だけ置いてってね」
「お前、もうちょっと気づかう言葉とかあるだろ……」
「甘いこと言っているんじゃないわよ。それにアスナと私と兄以外の家で、他に料理出来る場所あると思う?」
「いや、ドウセツの家とかあるだろ。確かアスナ程ではないが、ドウセツも料理するんだったよな?」
「何で貴方が私の家に来なければいけないの? 来ても金と肉を置いて行けば考えてあげてもいいわよ」
「もはやそれ強奪並みのプレゼントだろ……」
「ドウセツが素直に家に招くわけがないでしょ。ということでアスナの家しかない、つまり他の選択肢なんてあるわけないの。ヘタレて逃げるか、さっさと覚悟を決めておじゃまするか決めなさいよ、妹として恥ずかしいよ」
「わ、わかったよ、躊躇した俺が悪かったって」

 私とドウセツにボロクソに言われた兄は覚悟を決めて階段を登った。
 ……アスナが望んでいることなんだから、ちゃんと受け止めなくちゃ駄目だからね。

「でも、私としてはドウセツの家でも良かったんだけどね」
「嫌」
「さいですか」

 ドウセツは素っ気なく長髪を払い私を抜かし、階段を登った。ワンチャンあると思ったんだけどなぁ……。
 私もドウセツの後に続いてドアをくぐると、私はアスナの部屋を一目見て言葉を失ってしまった。
 広いリビング兼ダイニングと、隣接したキッチンには明るい色の木製家具がしつらえられ、統一感のあるモスグリーンのクロス類で飾られている。
 まさに女子力が高い部屋だってことが一目瞭然で居心地が良さそうな雰囲気が漂わせている。
 とりあえず必要最低限揃えられている私の部屋とは雲泥の差をつけられた事を思い知らされた。
 
「……口開いていて、気持ち悪いわよ」
「え? あ、あぁー……あ、アスナ! これ、いくらかかっているの?」

 ドウセツの指摘に私は恥ずかしさを隠すように慌てて訊ねてしまった。

「んー、部屋と内装を合わせると四千kくらい。着替えてくるからキリト君達はそのへん適当に座ってて」

 kが千をあらわす短縮語だから……四千Kは四百万コルか。結構なお値段であるが、買えないことはない。お金がなくても最前線でこもっていれば、それくらいは稼げるはずだ。まあ、変に無駄使いしていれば別なんだけど。
 ……ちょっと明日から、張り切って大幅に模様替えをしようかな。それでアスナみたいな女子力高い部屋になるのなら、私だってできるはずだ。

「じゃあ、私達も着替えよ」
「別にこのままでいい」
「いいから来る!」
「馴れ馴れしく掴まないでくれる?」
「こうでもしないと、ずっと拒むでしょ?」

 とりあえずドウセツの冷淡な声音に負けずに、兄の視線が映らない場所へ移動した。
 着替えって言ってもドウセツは武装を解除しただけで、私は戦闘用のコートと武装を解除しただけだけどね。
 兄妹だからと言って、そうやすやすと着替えている所を男には見せたくないものだ。私達の肉体は3Dオブジェクトのデータに過ぎないけど、体は体よ。
 ラフな格好になったところで、テーブルに『ラグー・ラビットの肉』をオブジェクトとして実体化させる。後はアスナにまかせよう。

「これが伝説のS級食材かー……で、どんな料理にする? はい、キリト君!」
「シェ、シェフお任せコースで頼む」
「ドウセツは?」
「ちゃんとしたものなら何でもいい」
「キリカちゃんは?」
「愛がいっぱいのラブリー料理!」
「アスナ、今のは無視していいからな」」
「え、えっと……そうね、じゃあ、ラグーだから煮込み系か……シチューにしましょう」

 苦笑い気味になっていたアスナは隣の部屋に向かって調理開始した。兄もアスナも私に優しくないやい!
 そんな私の不満が通じているのかはか知らないが、アスナはてきぱきと調理を開始する。ただ、その料理工程は現実世界で見たのと違っていた。 
 というのもSAOの料理は簡略化されていて、たったの五分でラグー・ラビットのシチューが完成するそうなのだ。メニュー操作で調理時間を設定したり、食材アイテムを簡単にオブジェクト化していく工程が現実世界と違っている。
 ゲームだから同然なんだけどね。だから料理をしているよりかは、料理ゲーをしている感覚に近いんだろう。
 それでもアスナのてきぱきした無駄のない動きに、見惚れてしまう。そして作業とメニュー操作を一回もミスも無くラグー・ラビットの肉のシチューが完成され、食卓に整らえる。
 目の前にある大ぶりな肉の塊に、芳香するブランシチューがたっぷりと盛りつけられている。こんなの美味いに決まっている。
 でもこれもデータという食べ物。ラグー・ラビットの肉が入ったシチューというデータを胃に詰め込む。現実と比べると味気もないだろうとSAOがデスゲームになった時はそう思った。
 ところがどっこい。データで変わりないけども現実世界に近しく味も再現され、どういう手段なのかはさっぱりわからないが栄養も与えられていて、満腹感を味わえることができる。
 今日ほど、これまで頑張って来て良かったと思うことはないだろう。

「「いただきます」」

 意外にもドウセツは挨拶してから食べ始め、兄とアスナは何も言わず、スプーンで最上級の食べ物をあんぐりと頬張っていた。まあ、兄やアスナの気持ちはわからなくないけどね。私も早く食べたい。
 兄、アスナに続いて、私達もラグー・ラビットの肉が入ったシチューを口の中に入れ、味を確かめる。

「……こ、これはっ!?」

 思わず、スプーンを落としそうになった。
 
「めちゃ、めちゃめちゃ……美味しい!!」

 柔らかい肉に歯を立てて、溢れるように肉汁がほとばしりて、肉汁とうま味で溺れそうになる。
 『味覚再生エンジン』とか様々な物を食う感覚を脳に送り込むとか、システムが脳の感覚野を盛大に刺激しているだけにすぎないとか、そんなシステムなんか関係ない! ラグー・ラビットの肉のシチューは生まれて一番美味いの一言に尽きる。
 この美味しさを私は誰かに共感してもらいたい。

「これ、めちゃめちゃ美味しいよね!」
「「「…………」」」

 ……あれ?

「み、みんなもそう思うよね!」
「「「…………」」」

 ……あ、あれ?
 何でみんな無視する? 食べることに集中しているの?

「あ、ドウセツはお上品に食べるのね。美味しい?」
「黙って」
「え、いや、感想聞いているだけだよ? それにお喋りしながら食べるっていうのも……」
「黙って」
「えと」
「黙って」
「……はい」

 その後、私達は一言も発することなく食べることに集中して黙々と美味を味わった。



「ああ……今まで頑張って生き残っててよかった……」
「じゃあ、私はこれで……」

 食べ終えたアスナの感想を余所に、お上品に食べ終わったドウセツは立ち上がって去ろうとする。そんな彼女を私は彼女の腕を掴んで引き止める。

「え~待ってよー、もう少しいてよー」
「別に好きでついてきたわけじゃないんだし、もう用がなくなったわ」
「だからって私達仲間でしょー? つれないこと言わないで、まだ一緒にいようよー」
「……うるさい。わかったから離しなさいよ」
「やったー」

 私の根性持っての勝利。ドウセツは露骨なため息を吐きつつ席へ戻っていた。
 その様子を見ていた兄が食欲で満たされた影響なのか、調子に乗った時しか言わないであろう言葉をドウセツに投げかけた。

「鬼と呼ばれるドウセツもキリカには甘々なんだな」

 それをニヤニヤ顔で言われたドウセツは当然の様に、

「貴方達兄妹は本当に愉快な人ね。一体どこをどうしたらそんな風に見えるのかしら。一回目ん玉くり抜いた方がいいのでは? 手伝ってあげるわよ」
「調子に乗った俺が悪かったって」

 無表情ながらも冷淡と口にする兄は素直に謝った。ドウセツの発言はきっと脅しだけで本当にやるとは思えない。でも、ドウセツなら本当にやりかねないから恐ろしいよね。
 ほんと、少し声のトーン低いだけで本当に怖いからね。基本的に無表情なドウセツだけど場合によっては無表情だけど余計に怖い時とか普通にあるもんね。
 私も一歩間違えればドウセツの罵倒の餌食にされると思うとひやひやしてしまう。そういう意味を込めて、不思議な香りがするお茶をすすって一息ついた。
 と、同時に兄もお茶をすすっていた。

「…………ほんとそっくりだよね」

 その光景を見ていたアスナがまじまじと見つめながらしみじみに呟いていた。

「いきなりどうしたんだよ」
「だってキリト君、キリカちゃんと同じタイミングでお茶をすすっていたから改めて見ると本当に双子なんだなって」
「昔からよく言われるよ……」

 兄は複雑そうな顔をする。双子故の宿命というか、一卵性双生児として生まれたからの必然といいますか、誰かにそっくりみたいなことをうんざりするほど聞かれている。
 でも兄が複雑な顔をしているのは言われなり過ぎたことではない。兄が私と同じ顔であることに対してだ。
 けしてブラコンではない妹の私からして兄の顔は、イケメンではないが綺麗な顔立ちをしている女顔である。それ故に私がジーンズで兄と一緒にいる時は姉妹だと間違われるだけではなく、親でも見分けがつかない時が多々あったのだ。男である兄からすれば、女と見間違えられるのは複雑な気分になるのは男として当然でしょうね。
 私も兄と間違われて男に見られた時は喜べなかったしね。

「あれ? 思ったんだけど……二卵性双生児?」

 アスナは首を傾げる様に訪ねてきた。
 それを言われた私達がこの後、アスナが何を訊くのかをほぼ把握した。何故ならこの手の質問もよく聞かれるからだ。
 だからアスナが訊ねる前に私が返答することにした。

「いや、私達は世にも珍しい異性一卵性双生児だよ。そっくりだから一卵双生児って思ったけど同性しか生まれないから違うって思ったでしょ」
「え、なんでわたしの考えていることがわかったの?」
「これもよく聞かれるからね。なんとなく流れでわかっちゃうんだ」

 調べてわかったんだけど、一卵双生児は一つの受精卵が分裂したことで生まれる双子故に同性になるパターンが普通で異性で生まれることはまずないそうだ。だから二つの卵子が別々の精子を同時に受精して生まれた双子、つまり異性でも生まれやすい二卵性双生児だと間違われることは当然だろう。でも私達はそのどちらでもない。正確に言えば一卵双生児の分類に入るが、まれに異性として生まれてきた異性一卵双生児である。
 
「私達は運命に選ばれし奇跡の双子だからね」
「大げさだな」
「それくらい別に誇ってもいいと思うけどね」
 
 そんなことと話していると、基本的に話を振らないと喋らないドウセツが入って来た。
 
「そうね、貴方達は選ばれし双子だわ。最前線に出てソロプレイヤーでは最強の双璧を誇る『黒の剣士』キリトと『白百合』キリカ、貴方達が最前線で目立つおかげでここまで来られたわ」
「「…………」」

 無表情に近しい顔で褒められてもなんか嬉しくない。そもそも褒めているのか? 煽っている様にも聞こえるんだが。
 私はともかく、最強緒双璧は兄とドウセツだと思うんだよね。なんて言った所で二人共否定しそうだから言わないけどね。
 それに今、最強になった所でなぁ……。
 過去のことを取り戻すことなんて夢の話。
 …………駄目ね。変にネガティブ思考に堕ちる所だった。ちょっと話題変えるか。
 
「ねぇ、アスナ。最近なんか話題とかないの?」 
「そうね……あ、そう言えば最近、結婚を申し込まれたわ」
「なっ……」

 アスナの唐突な爆弾発言のせいなのか、兄が目を見開き口をぱくぱくしていた。
 ……まさかアスナが自分以外にも目をつけている人がいないと思ったわけ? なわけないでしょうが。アスナは間違いなく、クラスで付き合うとしたら誰ランキングでぶっちぎりの一位の美少女なのよ。しかもメインヒロイン級の美貌と可憐さを持っている。そんな人と付き合いたいと思わない男がいないわけがないでしょうが。
 SAOの世界での結婚は現実世界の結婚とは違っているけども、でも絶対に欲深い恋心っていう奴ですかね、好意なしで結婚したとは思えないんだよね。
 というか、あんた達いつになったらお付き合いが始まるのよ。いろいろあったけど、第一層のフロアボス戦からの付き合いでしょうよ。
 ちなみに兄のまぬけ面に対するアスナの反応はというと、 にんまりしていた。

「キリト君。その様子じゃ、他の仲のいい子とかいないでしょ?」
「わ、悪かったな……いいんだよ、ソロなんだから」
「ドウセツと同じこと言っている……」
「一緒にしないで欲しいわね」

 ごめん、私はドウセツが友達多いそうとは思えないんだよね。

「それを言うんだったらキリカも俺と同等で少ないはずだぞ」
「え、キリカちゃんもなの!?」

 あ、これはアスナの中では私は友達が多そうって見られているのね。それは嬉しいんだけど、逆を言えば私が友達が少ないことを知ってしまったということになる。
 いや、まだ私が友達少ないと決まったわけじゃない。だからここは否定しておこう。

「そ、そんなことないよ! ひぃ、ふぅ、みぃ…………」

 明確に私が友達いるってことを主張させるために指で数えようとしたら、両手の指で足りてしまうことに気づいてしまった。

「あ、兄よりも多いはず! だから大丈夫!」
「そこまで来たら大して変わんないって」

 そんなこと誰よりもわかっているよ! ああ、その通りだよ、友達と呼べる人なんて数えられる程度しかいないわよ!
 
「もう……せっかくMMORPGやっているんだから、もっと友達作ればいいのに」
「そうやってアスナは私押しつけても無意味よ。形だけの友達は友達ではないわ」
「またそうやって屁理屈言う! ドウセツはもっと友達作りなさいよ!」
「別にいらないわ。友達いなくても上手くやっていけるし、そもそも友達がいるいないの違いって、休日に遊ぶことぐらいしか差はないでしょ?」
「そんなことないわよ!」
「本当にそう言い切れるのかしら?」
「だから、そういう屁理屈をどうにかしなさい!」
「無理」
「無理じゃない!

 アスナはまるでお母さんみたいにドウセツを叱りつけるもの、相手は自ら孤独を好む一匹狼。おまけにその牙には他者を遠ざける猛毒がついている。そんな狼はアスナのことなど素直に聞くはずもなかった。
 ……ということは、ドウセツは私のこと友達だと思ってないんだね。それは寂しいなー。
 
「もう……とりあえずドウセツは後回して、キリト君とキリカちゃんはギルドに入る気はないの?」
「「えっ?」」

 ドウセツの屁理屈な発言に頭を悩ませたアスナは、一旦保留にして今度はこちらに話を投げかけてきた。

「ベータ出身者が集団に馴染まないのは解っている」
「あのアスナさん。兄と違って、私はベータ出身者じゃないんですけど……」
「揚げ足とらないの! キリカちゃんもキリト君と似たようなものじゃない」

 アスナは一呼吸ついてから、話を続けさせた。

「実は最近……ううん、七十層を超えたあたりからモンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきているような気がするの」

 それは私も……いや、攻略組の誰しもが感じていただろう、CPUの戦術が読みにくくなってきたのだ。
 もしそれが上層に行くことでモンスターのアルゴリズムが変化する仕様だとしたら、焦らずに慣れるまでのことだ。だけど、システム自体の学習の結果で戦術が読みにくくなっているとしたら厄介だ。今後、フロアボスだけではなく、たかがフォールどに出ている一匹のモンスターと戦うことすら苦戦することになってしまうだろう。
 あんまり考えたくないけど……たった一匹のモンスターに攻略組がほぼ壊滅、あるいは全滅する可能性はなくはない。
 
「ソロだと、想定外の事態に対処出来ないことがあるわ。いつでも緊急脱出できるわけじゃないのよ。パーティーを組んでいれば安全性がずいぶん違う」
「安全マージンは十分取っているよ。忠告は有り難く頂いておくよ」

 アスナの真剣味の発言に対して兄はやんわりと断った。
 そんな兄にドウセツは身も蓋もないことを薦めてきた。

「何言っているの? ギルドは楽しいところよ? 仲良くチームプレイと自然と仲良くなれるわ」
「説得力ねぇよ……」

 うん。むしろ嫌味に聞こえるって。なら何でドウセツはギルドを脱退したんだって言う話だよ

「じゃあ、キリカちゃんはどうなの?」
「わ、私!?」

 今度は私に振ってきた。ど、どうしよう……とりあえず、断る姿勢で……。

「わ、私は……ひ、人見知りだからギルドはちょっと……」
「会う度に馴れ馴れしく接してくる貴女の方が説得力ないわね!」
「さ、最初だけは人見知りなの!」

 別に嘘ついていないもん。出会ったら君と私は友達だねっていう人種じゃないんだもん。ただ、断った理由は人見知りだからじゃないんだよね……。
 私と兄はアスナの誘いをどんな形であれ断った。だけど、アスナは納得いくわけがなく、こんな提案を出し始めた。

「そうだ、しばらくわたしとパーティー組みましょう。ボス攻略パーティーの編成責任者として、キリト君は頼りになるし、キリカちゃんも強いし、人当たりも良いから問題ないわ。そしてドウセツは放っておけないからわたしと一緒にいたほうが安全だしね。あと今週のラッキーカラー黒だし」
「な、なんだそりゃ!」
「私、白だけど!」
「何一つ良くないのだけど」
 
 あまりの理不尽な言い様に私達は当然反対する。

「んな……こと言ったってお前、ギルドはどうするんだよ」

 まず兄の反撃。

「うちは別にレベル上げノルマとかないし」

 あえなく撃沈。

「護衛のあの二人はどうすんの? あと私は白だから関係ないよね?」

 私の反撃。

「護衛の二人は置いてくるわ。実は明日のラッキーカラー白なの」

 続いて撃沈。

「うざい」

 ドウセツの反撃……というか、ただの悪口。

「うざくても結構です」

 それでもアスナはめげずに、やんわりと受け止めた。
 どうしよう……なんか勢いに呑まれてしまいそうな気がする。アスナも私達のために思って勧めてくるのは伝わって……ていうか、私達はアスナの息子か娘さんですかね。
 私達のことなんて放って置いて良いのになぁ…………。
 何とかして抗うためにも反抗材料を思い浮かようとするなか、兄がもう一度反撃を開始した。

「いや、やっぱり遠慮しとくよ。アスナも知っているだろ、パーティーメンバーの助けよりも邪魔になるデメリットの方が多いってこと」
「あら」

 その刹那、アスナが笑みを浮かべたと思った時にはナイフを兄の鼻先にピタリと据えられていた。
 ……兄も強がって余計なこと言わなければいいのに。この場にいた誰もがアスナの行動に身動き出来なかった。つまりアスナは相手の技の軌道を見抜けない程の実力があるという証明をされてしまったというわけだ。
 この期に及んでアスナは足手まといだと言えないでしょうね。

「キリト君も知っているでしょ? ついでにドウセツの実力は保障するし、キリカちゃんは……キリト君が一番解っているよね?」

 笑みを保つアスナの発言がとどめになったのか、兄は両手を軽く上げ降参のポーズを取った。

「解ったよ……俺の考えが浅かった」
「それでいいのよ」

 アスナは兄の鼻先に突きつけているナイフを引っ込めた。
 あぁ……この流れはもうアスナが握られている様な気がする。冷静に考えたら、アスナからの誘いを断る理由がほとんどないんだよね。
 兄の実力は妹の私が誰よりも知っている。ソロプレイヤーでは間違いなく最強だ。そんな兄と最強ギルドである血盟騎士団の副団長の『閃光』のアスナに加え、元血盟騎士団で兄に負けず劣らずの実力を持っている『鬼道雪』のドウセツの三人と一緒に攻略するデメリットが存在しないんだ。大分楽になるのは確かだし、安心感をこれ以上ないぐらいに得ることになる。
 ソロでは限界も限られてくる。アスナが言った通り、想定外の事態に対処出来ない時が必ず訪れるだろう。その時、私が無事でいられるのかは自分さえも保障してくれない。
 攻略組として、最後まで生き残ってゲームをクリアしたいのであれば、アスナの誘いを拒む理由はない。
 ……ただ、私仲間と行動することに対して、“未だに恐れている”。
 忘れることができない過去の出来事。
 忘れることを許されない、自分自身の過ち。
 あの出来事とあの言葉が……何度も脳裏をよぎり、胸を締め付けられる。
 …………私は未だにあの出来事から、ちゃんと向き合えていない。怖いんだ。自分のせいで助かる命を落としてしまうことが……。
 …………。
 …………駄目ね、私。
 ここでアスナの誘いを拒み続けて、勝手に独りで死んだらいろいろと申し訳ないよね。こういう時こそ、頼らないといけないよね。
 ちゃんと向き合うって決めたんだから、逃げてばっかじゃだめだよね。
 少しずつでもいいから、前を向こう。

「……アスナ、提案を出していい?」
「何かしら?」
「パーティーのことなんだけどさ、私とドウセツ、兄とアスナの二人組にしない?」

 せっかくパーティー組むんだったら、兄のハーレム構成よりも兄とアスナの二人っきりの方がいろいろと進展するだろうという気を遣って提案することにした。
 アスナは私の出した案に賛成するか否かを悩ませ、考え出す。
 その時間、隣にいる兄がボソボソ声で話しかけてきた。

「……いいのか」
「え、なにが?」
「お前……集団行動とか苦手なんだろ?」

 やっぱ兄……キリトは私のお兄ちゃんだから、どうなっても心配しちゃうんだよね。でもお互い様だけどね。

「まあ、いつかはこうなるとは思っていたし、そろそろ私も誘われたら考えようと思ったから丁度いいかなって。そんなことよりも、兄には悪いことしちゃったね」
「なにが?」
「いや……兄もあんまり好きじゃないでしょ?」
「お前ほどではないし、大丈夫だよ。というか、何故アスナが俺を誘った理由がわからんのだが……」

 この兄……アスナがわざわざ会いに来て、わざわざ自宅へ招いた理由がわからないというわけなの? そこまで伝わらないのなら傲慢だよ。そうだよ、主人公あるあるの鈍感属性が兄にもあるとしたらあいつらと同じ傲慢でしかないのだ。
 そうなると余計、四人パーティーよりも二組のペアを作った方がアスナのためにもなるし、兄のなるのだからアスナには是非賛成してほしいわね。
 ……まあ、兄は大丈夫だと言ったけど、あれ嘘だよね。アスナの想いが伝わっているかはともかくとして、本当は兄も拒んでいるんだよね。
 人のこと言えなければ、私も嘘ついているから何も言えないんだけどね。

「う~ん……キリカちゃんなら、ドウセツを任せられるね。うん、わかった。わたしはキリト君と、キリカちゃんはドウセツと組むことにしましょう」
「だから、何で私が……」

 アスナは賛同してくれたが、ドウセツは反対していた。
 うん、予想通りの反応だね。
 どうせ人と組むんだったら……そりゃあ強くて、気が合って優しい人がいいに決まっている。
 そしてドウセツなら、私は超ありがたいことなんだよね。毒舌でわりと辛辣だし、気は合わないのかもしれないけど、それを抜きにして私はドウセツが良い。
 
「いいじゃん、私と組もうよ~。なんだかんだの付き合いでしょ私達~」
「嫌」
「なるべくドウセツの迷惑にならないからさ、私と組もうよ~」
「誘われている時点で嫌」
「むーケチ!」
「ケチで結構」
「こけこっこう?」
「……バカにしているの?」
「い、いえ、滅相もありません……はい、ちょっと調子に乗りました」

 私の必死な願いは受け入れてもらえず、何も考えていない一つの発言のせいで不機嫌にさせてしまった。
 あれは間違いなくゴミを見る目だった……あの鋭い視線に私は快感を…………得ることはなかった。つまり私はマゾ体質でないことを証明できたのだ。
 いや、何も嬉しくない。ただ単にドウセツを不機嫌にさせただけじゃん。
 これでドウセツに嫌われたら嫌だなぁ……どうにかして、機嫌を取り戻さない。

「ちょっとドウセツ」
「キリカが悪い」

 はい、その通りです。ドウセツはなんにも悪くないです。悪いのは私なのでアスナは私に怒るべきなんです……。

「……わかったわよ」

 ドウセツのぽつりと漏れた声が聞こえてきた。
 …………。
 ……今、なんて?

「仕方ないから組んであげるわ」
「ほ、ほんと!?」
「好きにして」

 ドウセツの態度は素っ気ないけど、でも私と組むことを受け入れてくれた。
 しかも好きにしていいと言った。

「じゃ、じゃあ私とイチャイチャチュッチュ」

 ちかっ、と目の前を銀色の閃光がよぎり、気づいた時には右目の視界はナイフがピタリと私の目先に据えられていた。

「それ以上言ったら……わかっているわよね?」
「ご、ごめんなさい……」

 無表情ながらも冷たい目で警告を伝えるドウセツに、私は逆らうことなんてできず、先ほど兄と同じ様に両手を軽く上げて降参のポーズを取って謝罪をした。
 だって、好きにしてって言ったじゃん……。

「じゃあ決まったところで、キリト君とわたしは明日の朝九時、七十四層のゲート集合ね」
「……なぁ、やっぱりこれって強制的なのか? 俺にも……わ、わかったから、戻せ!」

 アスナが右手のナイフを掴み、強いライトエフェクトを帯び始めるのを見た兄は、慌ててこくこく頷いた。
 一時どうなるかと思ったけど、上手く行って良かった。これで少しは兄とアスナの関係も進歩するだろうとは思うし、私も少しずつ向き合える様になれたらいいな。

「ドウセツ、私達はどうしよっか?」
「九時頃、五十ニ層『フリーダムズ』に来ればいいわ」
「あそこって……草原ばっかじゃん。そんなところでいいの?」
「だったら来る? 自分の目で確かめて見たら?」

 こ、これはまさかの…………お持ち帰り!?

「そ、そんな、まだ早いって~!」
「何勘違いしているか知らないけど、貴女が思っていることとはまったく違うから。自らの無意味な妄想に失望しなさい」

 ちょっと……もうちょっと期待に膨らませて希望を抱いていてもいいじゃないの。
 しかし、これは期待しないわけにはいかないじゃない。だって、わざわざドウセツから誘って来ているんだよ。こんな珍しいことを見逃すわけにはいかないわ。

「何もしませんので、お泊まりさせてください!」
「何かするつもりだったのね。……早くも解散しましょうか?」
「そ、そこは勘弁して! なんなら望み通りに罵られ役、ペットプレイ、SMプレイ、踏み台などなどエムエムが喜びそうことをされても構わないから!」
「そんな性癖はないから変態」
「今のは、じょ、冗談、冗談だから!」
「戯言の間違いでは?」

 戯言とは失礼な。いや、自分で言ってなんだけどあれは戯言だと思われるよね。
 ……しかし。こんなくだらない会話していても、明日になれば文字通り命がけで攻略か。明日生き残れるかわからない、明日死んでしまう可能性があるかもしれない。そんな過酷な世界で命がけて戦う。
 なんだか、急に不安になっちゃったなぁ……楽しい日々が続いたら、どれだけ楽なことなんだろう。
 ここ最近、誰しもがゲームの世界をもう一つの現実として慣れ始めている気がした。
 茅場晶彦のせいでSAOの世界に閉じ込められた時はどうなるかと思ったけど、住めば都……どんな過酷な環境も私達人間は良くも悪くも慣れてしまったんだ。
 もしかしたら、現実世界に帰りたいと思わない人も結構いるんじゃないかと思う。二年近く経ってしまえば、外部からの救出は期待できないと諦めている人も多いのかもしれない。
 茅場晶彦。
 チュートリアルで私達をSAOの世界に閉じ込めた理由、その目的は達成したと告げていた。
 なら、この現状はどう思っているのだろうか。神様の様にどこかで鑑賞している時、何を思っているのだろうか。二年近く経った今、子供の夢を叶えた茅場は未だに満足して続けているのだろうか?
 いや、それも茅場にとっては一興かもしれない。世界を創った神様は既に目的を果たしてしまっている。こんなことになるとは思わないはずだ。
 ……なんて、そんなの私が茅場の気持ちなんかわかるはずもない。
 私達は受け入れた日々を送るしかない。攻略組の一人として、現実世界に帰るためにも、一歩ずつクリアに近づける様に頑張ることだけだ。 
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