ソードアート・オンラインーツインズ・リブートー
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SAO:tr2―閃光と鬼道雪―
前書き
ツインズのリブート版なので、所々変わっていないところもありますが、大幅に変わったところもあります。そんな新しいキリカ達の物語をどうぞ。
「ちょ、ちょっとタンマ!」
鈍色に光る剣尖が私に容赦区なく襲い掛かる。
私は咄嗟に体制を低くしてその攻撃を回避した。
「タンマって言っているのに……」
私が静止するように言ったところで奴は止めてはくれないだろう。
そんなことをわかっていながらも、私は『イービルラビットマン』と言うウサギ顔の人型モンスターに言ってしまうものだ。まあ、いかにも海外アニメみたいな悪巧みしそうで可愛い毛のない表情をしている奴にどのみち話が通じるわけないと思うけどね。
『イービルラビットマン』の特徴は、右手に持っているダガーをちまちまと相手を煽らせる素早い攻撃に加え、奴のソードスキルを喰らってしまうと、一定の確率でアイテムが盗まれる厄介な仕様になっている。そしてアイテムを盗むと逃走する…………な面倒くさいことこの上ない。
今日も七十四層の『迷宮区』の攻略に励んで一日分働いて転移ゲートに戻ろうとしたら面倒なモンスターとエンカントするなんてね。きっと今日の星座占いは下位の方でしょうね。
「すぐにケリをつけさせるわ」
こんな時こそ私は余裕の姿勢を保ち、右手に持っている薙刀を構え直す。
私の一瞬の隙を確実に抉る様に『イービルラビットマン』は短剣スキル『ラピッド・バイト』で一気に距離を詰めてきた。
『ラピッド・バイト』はダッシュしてからすれ違うように斬りつける技。元々使い勝手が良いだけに、ちくちくと攻撃するのに短剣は相性がいいのだろう。
でも私は『ラビッド・バイト』を“簡単”に避ける。
逆に相手の隙ができた瞬間を私は見逃さずに捉える。
一歩前に踏み出し、右から左へと大きく薙ぎ払う斬撃、薙刀のスキル『吼龍』を使用。『イービルラビットマン』の心臓を抉るようにクリティカルヒットした。
悪巧みの可愛くないうさぎは奇声を上げ、斬られ役が名演技ばりのように背中から倒れた。そして死体として残ることなく、ガラスを割り砕くような大音響と共に微細なポリゴンの欠片となり、風とともに舞い散って消滅した。
モンスターを倒した私は経験値と時々アイテムを貰い、視界中央に紫色のフォントで浮き上がった加算経験値とドロップアイテムリストを一瞥してみた。
「こ、これはっ!?」
手に入れた物は食料品に対して仰天してしまった
「ら、ラグー・ラビットの肉!? え、うそ、なんでっ!?」
私が驚いた理由は二つ。
一つはラグー・ラビットの肉は滅多に手に入る事ができないS級のアイテムである事。
もう一つは本来、超レアモンスターである『ラグー・ラビット』を倒さないと手に入れられ物であるからだ。
その『ラグー・ラビット』は逃げ足の速さに関して、モンスターの中でも最高の位置に値し、倒すところか接近戦になるのも困難。故にラグー・ラビットの肉を手に入れう事は非常に難しいなかなか出に入れないのだが、どうやら今日の私は運に恵まれているらしい。『イービルラビットマン』が持っていたのはおそらく、他のプレイヤーから盗んだ物と見ていいだろう。
そうなると奪われたプレイヤーは運に恵まれていなかったんだろうね……ご愁傷様です。
しかし困った事に……私ラグー・ラビットの肉を料理できる程の腕前はない。それどこか、料理スキルという技能を取っていない。完全に宝の持ち腐れ状態だ。
そもそもラグー・ラビットの肉というS級の食材を調理できるのは、達人級の料理人プレイヤーしかいないだろう。
そんな人が私の周りに…………いや、いるか。でも、相手が相手だからなぁ……私なんかが話しかけていいものだろうか。別に遠慮する必要はないし、私としてはその人とお喋りをする口実ができるから願ってもないことなんだろうけど……。
…………まあ、無難にお金にしたほうがいいか。取引次第では十万コルに値する額だ。お金は多くあっても困ることはないからね。
さて、と……。S級のアイテムをゲットしている以上、下手に進んで盗賊プレイヤーかイービルラビットマンに盗まれたらもったいない。せっかく手に入れたのだから大事にするべきだと私は解釈して腰の小物入れから青色の宝石を取り出した。
魔法の要素がほどほど排除されているこの世界で、わずかに存在するマジックアイテムは全て宝石の形をとっている。
大変貴重ではあるけど、明日頑張るから今日は自分に甘えようと言い聞かせて青い宝石を使用、瞬間転移で七十四層の転移門に行かずに五十層の『アルゲード』へ転移した。
●
『アルゲード』という街は簡潔に表現すれば猥雑の一言に尽きる。ぶっちゃけ雰囲気だけならドンパチが起こってもおかしくはない。
広大の面積なのに巨大な施設はひとつとして存在せず、無数の狭くて通行困難な道が重層的に張り巡らされているし、何を売るとも知れぬ怪しげな工房や、二度と出てこられないのではないかと思わされる宿屋などが軒を連ねている。実際、ここ一年ぐらい住んでいるけど、未だに道を覚えていないところがあるし、迷うこともある。
“彼”を含め、NPCも一癖も二癖のある人達が多いのも特徴になってきた気がする。私も最初はとりあえず安くてそれなりに内装がオシャレな寝る場所だけ確保していただけだけど、すっかり街の雰囲気が気に入っちゃったみたいだ。
そんなことを浸りながら、私はラグー・ラビットの肉とアイテムを買取したいので、顔馴染みのゴツイ体系ではあるが笑うと愛嬌のある、エギルと言うプレイヤーが経営している買い取り屋へ足を向けた。
転移門のある中央広場から西に伸びた目抜き通りへと踏み込み、人ごみを縫いながら数分歩くと、エギルの買い取り屋についた。五人も入ればいっぱいになってしまうような店内に入った途端だった。
「あっ……」
店内には嫌でも見知っている“彼”の存在を捉えた。
私が全身白に対して彼は全身黒。古ぼけた黒いレーザーコートに同色のパンツとシャツ。同じ金属製防具が少なくて美肌で顔立ちが良い。
何よりも私とほぼ同じ顔をしている奴なんかこの世にいない。
「やーやー愛しのお兄ちゃん、元気にしていたかな?」
「……なんだキリカか」
こいつ露骨にガッカリした顔しやがった。
「なにその反応、せっかく久々にお兄ちゃん呼びしたのに照れるとか喜ぶとかそういう頬が赤らめく反応してくれてもいいじゃない」
「お前の場合、愛とか恥じらいとかがこもってないんだよ。俺にそういう反応してほしかったら、俺の事をもっと感情込めて大好きと言ったらどうなんだ?」
「え、実の妹にそんな要求するとか、ちょっとキモイですけど……」
「お前も露骨にドン引きするなよ。冗談に決まっているだろ」
「それはそれでなんというか……兄が私に対してシスコンがないみたいでちょっと傷つくんですけど」
「めんどくせぇな、おい……」
中身のないやり取りをしていると、しっかりとしたガタイの良い男、クラインが豪快に笑っていた。
「お前ら相変わらず仲良いな、ほんと」
「こいつが変に突っかかるだけよ」
「兄がノッてくれないのが悪い」
それぞれ同じタイミングで同時に主張する。くだらない会話になるのは相手が悪いんだと。
まあ、それでも私も兄も仲良い事は否定していないんだよね。
“一時期は敬遠”していたこともあった。最初の頃は一緒に行動していたけども、いろいろと会って今は別行動になっている。それでも私達の思いやりは関係性は途切れていないし、深まったともいえるだろう。
兄がどう思っているのかはわかんないけどもね。
「というか、キリカ。お前なんか嬉しそうだけど、何かあったのか?」
「お、さすあに。良くわかっているじゃない。」
私は兄の顔が魚の目の様に驚く様を想像しながら、エギルに近づく。
「エギル、さっそくだけど買い取りよろしくね」
「おう。で、何を売るんだ?」
「ラグー・ラビットの肉」
S級アイテムを口にした瞬間、私は瞬時に兄の方へ顔を向けた。ドヤ顔つきで。
さあ! 魚の目の様に驚くさ……ま…………。
…………あれ、驚いてはいるけども想像していた顔とが違う。私のプランは顔が強張るはずがない。
「……なんで驚かないの?」
「いや、驚いているって」
「嘘だ! 私のプランは魚の目みたいな驚き方するはずなんだ!」
「無茶言うなよ。……つか、こんなところまで真似しなくていいんだけど?」
「え?」
いや、別に真似しているわけじゃ…………まさか。
私は嫌な予感がして、恐る恐るエギルの方へ顔を向け直す。
視界に映ったエギルの表情は温かい意味を込めた微笑ましい笑みをしていた。
「何だ、キリカもラグー・ラビットの肉持っているのか。流石双子。二人して仲がいいんだな」
ついにはガハハと豪快に笑いだした。
兄がうんざりした顔で言ってきたからまさかと思ったけど、思った通りだったとは。
「なんで被るの!?」
「それはこっちの台詞だって」
「こっちの台詞だってあるわよ!」
まさか双子そろって同じ日に同じ高級食材を手に入れているなんて、どんな確率だよ。出来過ぎで明日からなんか不幸が舞い降りて来ないか恐ろしくなるわ。
あれ? 兄がエギルのところにいるってことは、兄も料理しないでお金に変えるのか。
……確かに兄も料理スキルは取っていないから、料理したところでゴミになるだけかもしんないけどさ。兄の知り合い……一番関係が深まっている人が料理できるって知っているのかな?
まあ、いいや。知らないのなら教えてやんないもんねー。
「……なんかもったいないなー」
「仕方ないだろ。俺はS級食材を料理できる程、スキルを取っていないのはわかっているだろ」
「……自分はね」
「何か言ったか?」
「別にー……」
私はテーブルに顔をくっつける様にうつ伏せになりながら、兄を呆れることにした。
本気でわかっていないのなら、尚更教えるわけにはいかないわね。明日になれば後悔したと嘆いてやればいいんだわ。
そんなことを私が思っている事を知らずか、今度は兄がラグー・ラビットの肉の件で訊ねてきた。
「そういうお前は食べないのか? 二度と手に入らないかもしれないんだぞ」
「そろそろ薙刀を新調したいんだよ。それにお金はあっても困ることないし……料理ができたら、こんな狭くて汚いところに来ないわよ」
「まあ、それもそうだな」
「なあ、どうして俺がディスられる流れになっているんだよ」
エギルに一瞥すると、失笑しぴきぴきと額に怒りマークを浮かべる。うん、見なかったことにして話し続けよう。
「悪かったって。じゃあ、さっそくだけどエギル」
私がエギルに買い取ってもらうために、トレードウインドウを表示させようとした時だった。
「キリト君」
誰が言葉を挟みかけて、キリトの背後から肩をつつかれている所を目で捉えた。
キリトは相手がわかっているような素振りを見せるかの様に、左肩に触れたまま相手の手を素早く掴んで「シェフ捕獲」と、振り向きざまに言った。
「珍しいな、アスナ。こんなゴミ溜めに顔を出すなんて」
その人の名はアスナ。攻略組の最強ギルドを誇る『血盟騎士団』……通称、KoBの副団長。美少女かつ、細剣術においては兄に負けず劣らずの強さを誇っている。その凄まじい技術力と恐らく容姿も兼ねて『閃光』という二つ名を持っている。
それ故にこの世界においてのアスナは芸能人ばりに有名人である。そんな人が兄のところへやってきた理由は一つ。
「なによ。もうすぐ次のボス交流だから、ちゃんと生きているか確認に来てあげたじゃない」
「フレンドリストに登録しているんだったら、それくらい判るだろ。そもそもマップでフレンド追跡したからここに来られたんじゃないのか?」
「……わかっているわよ、そんなこと」
こいつら人前でイチャイチャすんじゃないわよ。ほら、アスナの後ろの二人のうち一人がなんか恨めしそうに殺気を向けているんだけど。
実は私と、特に兄は一層のボス戦から付き合いはある。途中でちょっといろいろ会って、離れていた事もあったけど私の知らない間に仲は確実に深まって行った。
多くは語らないけど、実の妹である私の心境は複雑なものである。
「ちょっと兄、それくらいアスナがわかっていないつもりなの?」
「は?」
「……もういいわよ。久しぶりだね、アスナ」
「そんなに久しぶりって言うほど会っていない訳じゃないけどね。キリカちゃんも元気にしてた?」
「そりゃあ当然、元気百パーセントですよ」
私は右手をピースして、人差し指と中指をクイクイと動かして元気である事をアピールした。
結構効果があったのか、アスナは何それと口調は呆れているけど、表情は笑っていた。
あーあー、いいなー兄は。
容姿も良くて、性格も良くて、ゲームでいう圧倒的かつ正統派ヒロインと仲が良いとか羨まし過ぎて殺意を覚えるくらいだよ。私だったら速攻、自分の彼女にするためにどんな手を使ってでも攻略して行きたいんだけどなぁー。
……ワンチャン。ワンチャン、アスナが女の子同士でも良いんだったら、私は遠慮なくアスナを彼女にしてやりたいぐらい、彼女には魅力がある。
恐らく、アスナの後ろにいる二人組のうち一人、兄に殺意を向けた人も恐らく兄に嫉妬しているはずだ。好意を抱かないはずがないもんね。
それはさておき、良いタイミングでアスナがやって来たのはかなりの好都合だ。
「ねぇ、アスナ。いきなりだけど料理スキルの熟年度ってどのへんなの?」
「料理スキル? ああぁ、だからキリト君、急にシェフ発見とか言っていたのね。フフッ、二人共聞いて驚きなさい」
彼女は不敵な笑みを滲ませる。
「先週でついにコンプリートしました」
「「なん……だと!?」」
私達はハモように少々大げに驚いてしまった。だってそれはS級食材を扱えるほどの鉄人料理人である事を示されている様なもの。スキルだけで三ツ星シェフと同等の扱いになるはずだ。
熟練度はスキルを使用する度に気が遠くなるほどの遅々とした速度で上昇してゆき、最終的に熟年度1000に達したところで完全習得となる。ちなみに経験値によって上昇するレベルはそれとはまた別で、レベルアップで上昇するのはHPと筋肉、敏捷力のステータス、それにスキルスロットと言う習得可能スキル限度数だけだ。
現在、私は十二のスキルスロットを持っていて、その中で完全習得に達しているのは三つだけ。
薙刀スキルと、索敵スキルに、“ちょっと特殊なスキル”。この三つは戦闘に役に立つものを優先的に取っているので上がりやすい方だと思っている。
でもアスナは……こういっちゃあれなんだけど、料理は戦闘に役に立たない。それをコンプリートするということは余程の情熱をかけて料理をしたんだろう。
私も戦闘以外のスキルである裁縫スキルを取っているが、中々熟年度を上げられないでいる。
「……アスナ、頼みがある」
「え、ど、どうしたのキリト君。いつになく真剣だね」
マジな顔をする兄にアスナは戸惑っている様子だ。
まったく、兄ったら…………二人の関係は少しずつだけど実って行きそうだし、そんな二人の仲を見守っている私からすれば、ここで遠慮した方が二人のためになろうだろうけど、そんなの関係ねぇ。むしろ今は兄は邪魔な存在だ。
「これを見て」
「あーごめん、手が滑ったー」
「おわっ!?」
私はとっさに故意でないことを主張しつつ、勢い良く兄の横っ腹を突き飛ばしてアスナの前に出た。
「アスナさん、いえ、アスナ様! ぜひお願いしたいことがございます!」
「き、キリカちゃん? え、二人共今日はどうしたの? 何が会ったの?」
「はい、ありました! まずはこれを見てください!」
私はアイテムウィンドウを他人にも見える可視モードにして示した。いぶかしげに覗きこんだアスナさん、いやアスナ様は、表示されているアイテム名を一瞥するや眼を丸くする。
「うわっ! こ……これ、S級食材のラグー・ラビッドの肉!? す、すごいねキリカちゃん、よく取れたね」
「えへへ、たまたまですっておわっ!?」
アスナに褒められているところに、突き飛ばしたはずの兄が私とアスナの間に割り込んで、手で押しどかそうとする。当然、私は力いっぱい抵抗した。
だが、兄も兄で一歩も引かず、片手で私を突き放しながら、アスナにもラグー・ラビットの肉を見せていた。
「え、キリト君もなの!?」
「アスナ、取引をしよう。俺もラグー・ラビットの肉を持っている。こいつを料理してくれたらキリカのラグー・ラビットの肉を食べさせてやる」
「おい、ふざけんなよ。私だけが損になるじゃないの! ここは公平に私とアスナとで美味しく頂くから肉をよこしなさいよ」
「お前こそふざけんなよ。それのどこが公平だ」
「兄も何一つ取引してないじゃんか!」
私と兄は意固地になってしまった以上、引くことはできない。それを表す様に私と兄はアスナを放ったらかしにして押し合いをする。もう私と兄の中では、どちらかが押し負けたら敗北を意味していた。
「お前そういえばS級食材をお金に変えようとしていただろ? だったらその肉もういらないよな? 俺に譲ってもいいんだぞ?」
「もうお金にする必要はなくなったんですー」
「薙刀の新調はどうすんだよ。できなくなっていいのか?」
「別にそんなのはモンスターを倒して稼げば問題ないですし、兄と違って無駄使いしないからお金に大分余裕があるんですー。そういう兄もエギルの所にいるってことは、お肉いらないって事だよね。兄、めちゃくちゃ強いからお金に困らないでしょ? だったら、そのお肉は私に譲ってもいいんじゃないのかなー?」
「おいおいおい、俺が金にするって一度も言った覚えはないんだが?」
「でも料理できないみたいなこと言ったでしょ。それって、食べないから別の方法で活用するしかない事になるよね。いいから肉よこせよ」
「フッ、やれるものならやってみろよ」
剣と剣が交差し火花が散すように私達双子は睨み合った。一歩も引かないこの戦いに終止符を
打ったのは当事者であるアスナだった。
「二人共、兄妹ケンカはやめなさい!」
私達の間にアスナさんが入り、互いの胸に手を押し当てて引き離させた。
これは怒られる流れだと悟った私達が向こうが悪いと主張する様にお互いに指した。
「「だってこいつが」」
「だってこいつがじゃありません! どうしてキリト君もキリカちゃんも肉の一つや二つで蹴落とそうとするの。一緒に食べればいい事でしょ!」
ぐ、ぐうの音もないド世論。
いや、でも三人で二つの高級お肉を食べるよりかは、バラエティ番組あるあるの誰かが食べられずに、二人で頂くほうが得だと思うんだよね。その変わり一人は大分損するけど。
私があんまり反省していない事(恐らく兄も)にアスナは気づいていないが、私達のために一つの提案を微笑んで出してくる。
「ということで、料理してあげるから三人で仲良く食べましょうね」
「「えー」」
私と兄はハモる様にブーイングする。
兄は兄で私の事はお邪魔虫だと思っているし、私も私でアスナと私と二人っきりで食べた方が良いと思っているからだ。良い感じになっているアスナと兄に遠慮しようとも考えていたけど、ここまで来たら私欲を優先したい。兄のことなんか知るか。
そんな事を思って嫌な顔をしていたのをアスナは笑みを崩さずに、私達の胸倉をガシッと掴んだ。そしてそのままおでこがぶつかりそうなくらいまでグイッと寄せてくる。
「い・い・わ・よ・ね?」
「「は、はい……」」
微笑む姿の裏にある威圧を感じ取ってしまった私達は有無も言わずしてアスナの提案を受け入れるしかなかった。
私も兄も、将来はアスナに逆らえないのかもしれない。特に兄は尻に敷かれそうだけど、頑張ってね。
結局こうなるのだったら変に気を遣って、私欲のために兄に不遇な目に遭わせようとしなければ良かったわね。
この際、S級お肉をプロ料理人が料理してくれるのだったら、何だっていいや。
「悪いな、そんな訳で取引は中止だ」
……もう終わったからいいけどさ、兄もエギルに取引しているじゃんか。
私も取引しようと思ったけど、必要なくなったから悪いけど断らせてもらおう。
「あ、エギル。聞いていたと思うけど私も中止にするね」
「いや、それはいいけどよ……オレ達ダチだよな? な?」
「嫌」
「お、おい、キリカ! まだ言い終わってないぞ!」
「だ~め」
「せめて最後まで聞いてから断れよ! なぁ、キリト、何か言ってくれよ。オレにも味見くらい……」
「感想文を八百字以内で書いてきてやるよ」
「そりゃあないだろ!」
「駄目だよ、兄。それじゃあエギルが可哀想だって」
「フォローしようとしているけど、真っ先に断っただろ!」
「感想文は百四十以内にした方が丁度良いよ」
「文字数に悲観しているわけじゃないんだよ!」
悪いね、エギル。ラグー・ラビットの肉は三人用なんだ。貴重な食材に味見を許すわけにはいかないの。
世界の終焉を思わせるかのように沈んだ表情をするエギルを放置して、私達はさっそくラグー・ラビットの肉の事で話し始めた。
「じゃあ、あとは場所だね。兄は論外として……」
「お前も似たようなものだろ」
否定してやりたいけど、否定できないね……。
料理スキルは料理道具と釜戸、オーブンの類が最低限必要になる。兄の部屋を行った事ある妹の私から言わせれば、それはもう人を誘える様な部屋ではなかった。
もし兄に彼女がいて、あの部屋を招いたら百年の恋も一時に冷めて別れ話になるだろう。
そういう意味では私はまだマシだと思っている。面白味のない部屋だけど、軽蔑されるよりかはマシな気がする。
私達がどこで調理するか悩んでいるのを見越したアスナは呆れながらも嬉しい言葉を投げかけてくれた。
「じゃあ今回だけ、食材に免じてわたしの部屋を提供してあげる」
「是非ともお願い致します!」
「お前は少し遠慮しろよ」
だって、それしか選択がないんだもん。どこか変な家を借りて料理するんだったらアスナの家で食べるほうが百倍良いに決まっている。こんなことで遠慮なんてしたら、もう二度とアスナの家に行く事はできないのかもしれない。
そういうことで、今晩はアスナの家でお食事会を開くことに決定。するとアスナは、後ろにいたギルドメンバーの二人に声をかけた。
「今日はここから直接『セリムブルグ』まで転移するので護衛はもういいです。お疲れ様」
護衛?
最強ギルドの副団長に護衛?
単純な疑問を思っていると、先ほどまで兄に対して殺意を向けていた長髪でねちっこそうな男が現状を納得できないでいるのか、荒々しい言葉を発する。
「ア……アスナ様! こんなスラムに足をお運びになるだけに留まらず、素性の知れぬ奴らを自宅に伴うなどと、とんでもない事です!」
なるほど、なんとなく兄に殺意を向けていた理由がわかったよ。
単純にして明快。彼はアスナの事が大好きで、女神様みたいな存在として見ているんだろう。そんな女神がどこぞの馬の骨ともわからない兄がアスナと接している事が許せないんだろうね。
うん、非常に困った人だ。
当然アスナもそれは嫌というほど感じているのか、明確にうんざりとした表情をしている。
「クラディール。素性はともかく腕だけは確かよ……多分貴女よりより十はレベルが上よ」
「ば、馬鹿な!? 私がこんな奴に劣るなど……っ!」
そう言われても、アスナは嘘ついていないよ。クラディールのレベルは知らないけど、多分当たっている。というか、兄は攻略組では割と有名人のはずなんだけど、知らないのかな?
「しかしアスナ様!」
クラディールという男は兄よりも下だということを認めたくないのか、憎々しげに叫ぼうとするともう一人の細身ながらも筋肉質の高く、武士道を感じさせる青年が止めに入った。
「やめろ、クラディール。アスナ様が信頼しているお方だ、我々が思っている非道な事はしないだろう」
「放せ、ストロングス! お前はあんな素性も知らない奴がアスナ様と接するどころか、自宅へ行くことを許すというのか!」
「護衛だけの役目である俺達があれこれ言ってもしょうがないだろ! それに向こうから無理矢理しているわけでもないし、何よりもアスナ様が誘った男と女だ。お前はアスナ様の信用を裏切るというのか?」
「ぐっ……」
ストロングスという男は話はわかってくれそうだけど、それでもアスナを様づけか。ということは内心は兄や私など認めるつもりはないのかもしれない。
仲間にも止められるクラディールは諦めが悪いのか、どうにかしてアスナから兄を離そうと、兄に憎悪を向ける。
そして彼は一瞬、閃いた様に顔が晴れるもそれはすぐに歪んだ顔へと変化した。
「思い出したぞ……お前、確か『ビーター』だろ?」
クラディールは兄に向けて知られたくない秘密を暴露する様に喜々としている。
『ビーダー』この世界の造語であり、ベータ―テスターと不正行為者のチーターを合わせた蔑称。最近はあんまり聞くことはなかったけど、それを持ち出すとはね……。
流石に兄が『ビーダー』である事は知っているか。いや、それもそうか……。
訳ありだけど『ビーター』と定着した切っ掛けは兄が自ら悪役を演じたことだもんね。素人もいるであろうベータ―テスター出身者を一括りにさせないために、敵意と悪意を自分自身に向けさせたんだ。
「アスナ様! こいつらは自分さえ良ければいい自己中な連中です! こんな奴と関わるとろくなことがありません! 今すぐ考えを改めてください!」
兄が肯定も否定の反応を見ることなく、クラディールは勢いに任せて兄を否定した。『ビーター』である兄は悪である。そんな悪と一緒にいる必要はないと、アスナに訴えているのだろう。
しかしクラディールの思惑は見当違いになるでしょうね。現にアスナが不愉快な気持ちを向けているのは兄ではなく、クラディールなんだから。
それに、ほとぼりが冷めるまでは黙っていようとしたけど……ちょっと調子に乗られるとね、黙っていられるわけにはいかないんですよ、実の妹としてね。
「ちょっとあんた」
私がクラディールに食ってかかろうとした時だった
「騒がしいのだけど?」
透き通った声色が耳に入る。
不思議なことに怒りを向けていたクディールを一瞬で、私はその穢れのない声音に注目する様に振り返った。
「醜い争いなら、私のいないところでやってほしいわね」
そこにはアスナに負けない美少女。濡れ羽色の長い髪に、吸い込まれそうな蒼い瞳。全面的に黒と所々に蒼色に彩られた大正ちっくな服装ながらも和を感じさせる姿はまさに大和撫子。
彼女が現れただけで濁れてきた空気を浄化した。
彼女の名は……。
「苦労しているわね、アスナ。変な奴らに護衛させられるんだったら、さっさとギルドやめて、ソロになったら楽になれるわよ」
「ド、ドウセツ!? どうしてここに!?」
「どうしてって……ここに用事があるかに決まっているでしょ」
彼女の名はドウセツ。私達と同じ攻略組の一人であり、私と兄と同様に数少ないソロプレイヤーの一人だ。
アスナはドウセツが来た事を全く想像していなかったのかビックリしていた。少々驚き過ぎではないかと、こっちが呆れるくらい。
「ドウセツ! 何故貴様がここにいるだ!」
けど、同時にドウセツが現れた事に驚き、そして怒りを表す者がいた。
そう、アスナの護衛の一人であるストロングスというプレイヤーだった。先ほど武士精神満ち溢れたものが台無しになるくらい、表情は歪み、憎しみを隠すことなくドウセツに殺意を向けていた。
「エギルさん。取引お願いします」
「お、おう……」
今から殺されてもおかしない殺意を向けているのにも関わらず、ドウセツはドスルーしていた。
……相変わらずのマイペースさ、因縁をつけられている相手によくもまあ、涼しい顔でいられること。
当然、無視されるどころか自分がいない扱いにされた事に怒りを注ぎ、それらを全てまき散らす様に怒声を発した。
「貴様ァ! 誇り高き『血盟騎士団』の“裏切り者”が、俺のことならともかく、アスナ様の目の前に現れているんじゃねぇ! 今すぐ立ち去れ! アスナ様の前から失せろ!」
ドウセツは罵倒されるも、無視の一貫。どれだけ言われ様が、ドウセツはストロングスと会話すること自体を拒んでいる。
「なんとか言ったらどうなんだ!!」
ドウセツの態度に、ストロングスは当然の様に激怒する。
すると、無視の一貫を通していたドウセツは流石に反応しないとマズイと思ったのか、視線をストロングスに向けた。
ただ、ストロングスに向けるとため息をつき、軽蔑な視線でストロングスを捉えていた。
「さっきからうっとうしいのだけど、その口を閉じられることはできるのかしら? 脱退しただけで裏切り者扱いするとか、相変わらず進歩することない勘違いで可哀想な人ね。誇り高き血盟騎士団を汚しているのはストロングス自身だと自覚するのはいつになるのかしら?」
「黙れ!」
抑えきれない殺意を露わにするストロングスに対し、ドウセツの顔色は微動だすることない涼しげでいて、そして何よりも全面的に淡々としている。
「黙ってほしいのは貴方だってことを理解できないでいるのかしら。私を恨む暇があれば、力をつけるなり、怒りを抑える方法が考えた方が貴方の身のためだと思うけど? いえ、貴方はそういう事が出来ないから無駄に吠えるだけの駄犬でしかないのね。失礼したわ」
「き、貴様ぁぁぁぁぁっ!!」
火に油を注ぐ様に、ドウセツはストロングスを煽って怒りのボルテージを上げさていた。その光景を見せられた私達は呆然としてしまう。
殺意向けられている相手に逆撫でするなんて余程の事情がない限り怖くてできないわよ。
流石『鬼道雪』と二つ名で呼ばれるだけあって、戦闘力も口喧嘩も敵なしですね。そんでもって相変わらずの怖いもの知らず、その度胸を私にも分けて欲しいね。
殺伐とした空気と、堪忍袋どころか全身が切れそうなぐらいストログスの怒りをこれ以上放って置けないと思ったのか、アスナは慌ててフォローに周り始める
「す、ストロングス落ち着いて。ド、ドウセツはね、別に悪気があったわけじゃないのよ」
「悪気があって言ったわ」
「ちょっ、もうドウセツ!」
悪気がない態度を取りながら悪気があると言うドウセツにもはや止める事ができないと判断したのか、右手でドウセツの左腕を掴み始める。
そして怒り狂う手前のストロングスと私達と同様に呆然としているクラディールに向かって早口で伝えた。
「と、ともかく護衛の皆さん今日はお疲れ様でした!」
伝えるだけ伝えると、残っている左手でキリトの右腕をガシッと掴み、ドウセツと一緒に引きずりながらグイグイと、ゲート広場へと足を向かって行った。
置いてきぼりにされた私は後についていく。
「お……おいおい、いいのか?」
「いいんです!」
「……ねぇ、まだ買取が済んでいないんだけど? 勝手に連行しないでほしいのだけど」
「あれほど挑発するのはやめた方が良いって、毎回毎回言っているのに一つも言うこと聞かないドウセツが悪いんでしょ! 今日はキリト君とキリカちゃんがゲットしたラグー・ラビットの肉を食べていいから、お説教するから覚悟してよね!」
「買取の邪魔したのだから、お説教はなしにしてもらうわね」
「ほんと、自分勝手だから!」
なんか流れで一人追加されるようだけど、私も兄もそれを口出しする程、気が強くないので諦めるしかない。と言っても、ドウセツが邪魔とかそういうわけではなくむしろ私としては歓迎している。
「ドウセツ」
私はドウセツに声をかけた。
「あら、いたんだ」
「エギルのところにすっといましたよ。それにしても、結構な罵倒だったね、ストロングスと何かあったの?」
「別に……うるさいから黙らせようとしただけよ」
素っ気ない態度でドウセツは答える。
先ほどのストロングスのやり取りを見ていてば、ドウセツがいかに冷酷で性格が悪い人だと認識してしまうだろう。
二つ名で知られている『鬼道雪』は戦国武将の立花道雪が由来されているらしいけど、それを知らない人からすればドウセツが鬼の様に厳しく、そして怖い人だと思われてもおかしくはないでしょう。
そういう意味では誰よりも近づきたくないプレイヤーがドウセツ。下手な『ビーター』よりも彼女を毛嫌い、そして恐れる人は多いだろう。ドウセツもドウセツで周りの人と協調する様なことはしない。例えそれが良くないことだろうが自分自身を貫いている。先ほどアスナがフォローに入ったのにも関わらず、それを振り払ったのがその例だ。
……でも。
「でも、私はドウセツが良い人なのは知っているからね」
本当はドウセツは良い人なんだ。
言葉が辛辣で、表情も無表情に近く、冷徹に見られることがあるし、私もドウセツに対して怒りを抱くこともある。
それでも私は知っている。最初に逢った時も、フロアボスと戦う時も、棘のある言葉をぶつけてくるけどもドウセツに秘めている確かな優しさがある。
私はドウセツのおかげで、今ここにいられる。
私にとってのドウセツは“恩人”。
絶望の淵まで追い込まれた私を救ってくれた温かさはしっかりと残っている……。
「何をどう思って私の事を良い人って言えるのかしらね。そこまでポジティブ精神だと不気味よね」
「素直にありがとうって言えないのかよ!」
優しいところはあるんだけど、やっぱり手厳しいなのは変わりないんだけどね。
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