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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第八十七話 状況は「前門の虎後門の狼」というわけですか。

 
前書き
今まで週一で更新してきましたが、次の更新をしばらく遅らせることとなると思います。 

 
帝国歴487年9月3日――。

イゼルローン要塞を攻撃している同盟軍に対し、フェザーン経由で情報がもたらされた時、真っ先に畏怖したのは他ならぬ「民間」転生者の二人だった。この時数日にわたる攻防戦は一応止まっていた。双方ともにこう着状態に陥っていたのである。
「ラインハルトが・・・・来る・・・・。」
二人以外誰もいない士官専用のサロンの一画で、カロリーネ皇女殿下が総身を震わせて、両手を体にまくようにしていた。
「ラインハルトが、来る・・・・。」
同じ言葉をアルフレートは静かに口にしたが、その思いはカロリーネ皇女殿下とはいささか異なっていたかもしれない。カロリーネ皇女殿下の思うところは純度100%の恐怖であった。むろんアルフレートとて同じように恐怖を感じていたが、アルフレートの心の底を覗くことができれば、少々違った色合いが見えてきただろう。
「ラインハルトが来るって・・・しかも10万余隻を引き連れてくるって・・・どうするのよ、これ・・・・。」
カロリーネ皇女殿下がかすれた声で言った。最強の敵将に最大の大軍は虎が翼を得たようなものではないか。こちらが立ちふさがろうともすれば、鎧袖一触、一撃で粉砕されてそのままイゼルローン回廊から同盟領内になだれ込まれるのではないか。
「どう考えても勝てない・・・無理よ・・・・。」
「そうでしょうか?」
カロリーネ皇女殿下が信じられないという目をしたので、アルフレートは慌てて補足した。
「違いますよ。私があのラインハルトに勝てるなどと思うのは幻想もいいところです。そうではなくて、この状況、ある意味で似ていると思いませんか?」
「似ているって、何に?」
「あの回廊の戦いです。あの時はヤン艦隊は回廊を目いっぱい活用して帝国軍の十数万の大軍を相手に後れを取らなかったではありませんか。」
「あのねぇ・・・・。」
カロリーネ皇女殿下はため息をついた。
「あの時は向こうには要塞はなかったでしょ?それに向こうは回廊に入り込むのに少なからず手間取っているし、ヤン艦隊は目いっぱい宙域を活用して布陣していたわ。でも、今は違うでしょ?そもそも帝国軍は『今』イゼルローン要塞にいるのよ。攻めかかっているのは私たちの方だもの。」
「それは分っています。確かにこのまま戦闘を続けていても勝ち目はありませんが、そうではなくて、負けない戦いはこれで出来るのではないですか?」
「負けない戦い?」
カロリーネ皇女殿下の眉がいぶかし気に寄せられる。そういうところも普段の快活さとのギャップと相まってアルフレートの胸の泉に大きな波紋を呼び起こした。
「帝国軍を引き寄せる作戦ですよ。例のイーリス作戦、あれに持ち込めることは可能ではないですか?」
「あ、まさか?このまま後退して帝国軍を回廊の私たち同盟側に引きずり込むわけ?そこを――。」
「面白そうじゃないの。」
二人が振り向くと、ウィトゲンシュティン中将の白い顔がそこにあった。
「閣下!!お体は大丈夫なのですか!?寝ていないと――。」
駆け寄るカロリーネ皇女殿下の髪をウィトゲンシュティン中将はクシャクシャとかき回した。この人らしくないしぐさだったが、それでいて自分の妹に対する仕草のような親しみさを見せていた。ウィトゲンシュティン中将はイゼルローン要塞に赴任してから、カロリーネ皇女殿下に対して時折このようなことをするようになっていた。
「私はそれほどヤワではないわ。でも、ありがとう。心配してくれて。」
ヤワではないわ、という言葉は突き放すようだったが、後半はとても温かみがこもっていた。ウィトゲンシュティン中将はこのように相反する感情を一つの言葉の中に平然と混ぜることができる人間だった。


「タンクベッドで睡眠をとってきたから、もうしばらくは大丈夫よ。無理はしないわ。・・・無理ができない体だっていうのはあなたたちにもばれてしまったのだから。」
「・・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下もアルフレートも、今やウィトゲンシュティン中将の身体を蝕んでいる原因を知っていた。

クリスティア病――。

 発見者であるクリスティア博士の名前からとられたこの病気は数百万人に一人の発症率であり、未だにその病気の治療法がわからないのである。発症してからの期間は個人差があるが、徐々に免疫が低下し、炎症を各所に起こし、死に至るのである。

この病名を、二人の幾度にもわたる「追求」についに折れたウィトゲンシュティン中将が明かしたのだった。つい最近発病したものであること、どのような治療法も確立されていない事、無理をしなければ通常の人とほぼ同じような生活ができることなどを。


「私が亡命したわけの一端、今となってはわかるでしょう?」
ウィトゲンシュティン中将が微笑んだ。無理をしているのが痛いほどわかるほどの微笑みだった。肉体的な痛みをこらえているのではない。彼女の微笑みの中には、様々なやるせない思い、精神的なダメージ、そしてもどかしさなどが詰まっていたのである。
「あんな劣悪遺伝子排除法が蔓延るような帝国を維持している本家、そしてそれを支える中枢は淘汰されるべきだわ。」
一転、苦々しさを込めてそう言ったウィトゲンシュティン中将が、カロリーネ皇女殿下を見た。
「あの・・・・。」
「失礼、話がそれてしまったわね。それで、その帝国軍を回廊に引きずり込む作戦、どういう風に考えているの?バウムガルデン大尉。」
アルフレートは突然の指名にうろたえながらも、
「は、はい。敵の大規模な増援が来たとなれば、今前線にいる帝国軍の取るべき道は二つです。一つ目は増援を知って自らの進退に影響すると感じ取った前線司令部がますます攻勢を強めるであろうこと、もう一つ目は増援艦隊の到着まで守勢に転じることです。ですが、一つ目の可能性は低いでしょう。」
「理由は?」
ウィトゲンシュティン中将の目が細まる。それを見たカロリーネ皇女殿下もアルフレートも士官学校時代の口述試験の試験官を思い出していた。
「増援艦隊を率いるのが他ならぬラインハルトだからです。」
ここまで言ってしまってから、アルフレートは「しまった!」というように顔を硬くさせた。だが、言ってしまったものは仕方がない。傍らであきれ顔をしているカロリーネ皇女殿下をしり目に、彼は不思議そうな顔をしているウィトゲンシュティン中将に向かって説明を続けた。
「今回の増援はミュッケンベルガー元帥自らが出るには軽すぎ、かといって大将レベルでの増援では意味を成しません。おそらく、副司令長官であるローエングラム伯が来援するとみるのが妥当でしょう。ラインハルト・フォン・ローエングラム伯は若き元帥ですが、その指揮ぶりは常に陣頭に立って戦うものであると聞いています。ですから、部下たちが手柄を取ることを彼は良しとしないでしょう。彼自身の手でこの要塞を仕留めたいと思うはず。そうであれば、その意を汲んだ部下たちが積極攻勢に打って出ることはないと思います。」
理由付けは強引だったが、結論としては事実を言ったのだとアルフレートは思っている。
「そこで、まず、敵の大攻勢が近いことを同盟軍上層部に報告して退却の許可及び回廊出口付近に主力艦隊の出撃を要請します。その間私たちは敵の攻勢を支えなくてはなりませんが、先にも言った通り、それほど脅威にはならないでしょう。」
ウィトゲンシュティン中将もカロリーネ皇女殿下もアルフレートの話を驚きをあらわにしながら聞いている。それを感じ取った時、アルフレートはある一つの光景を胸の内に思い出していた。

エル・ファシル――。

そこで自分は取り返しのつかない失敗をした。ヤン・ウェンリーの術策の裏をかくと息巻いて、数えきれないほどの兵士たちを死なせたのである。それ以来作戦を立案することなどできなかったし、トラウマがフラッシュバックして頭を抱えたことも何度もあった。士官学校ではそのせいで赤点すれすれにまで落ち込んだこともある。そんな彼を救ってくれたのはある一人の人物なのだが、そのおかげでアルフレートは自分を取り戻すことができつつあった。
彼は誓っていた。もう二度と、軽躁な真似はしない。作戦を立案する時は、自分一人の功名の為ではなく全軍を救うため、ただそのために立てるのだと。その思いをかみしめながらアルフレートは説明を続けた。
「・・・そして、敵の攻勢が止まり、増援艦隊が到着したその瞬間を見計らって、要塞を全速後退させます。タイミングが重要です。帝国軍が追尾して来れば、回廊出口付近で待ち伏せている主力艦隊と其角の計を取ってこれを迎え撃ちます。」
「後退の許可を、そして主力艦隊派遣の指示を、果たして司令部が下すかしら?」
「イーリス作戦を発動すると言えば、わかってくださいます。それについては――。」
アルフレートはここまで温めてきた作戦の概要をなぞって話した。彼が語り終えても、二人は長い事何も言わなかった。
「本来であれば。」
ウィトゲンシュティン中将がようやく口を開いた。
「あなたの意見具申は司令部全体で話し合われるものだけれど、あなたが今この場で言ったのは賢明だったわ。」
ウィトゲンシュティン中将の口ぶりには何とも言えない奇妙な調子が入っていた。
「わかっています。」
「この作戦、私が預かってもいいかしら?」
えっ?とカロリーネ皇女殿下が声を上げたが、アルフレートの視線と合うとその真意を理解したかのように顔を伏せた。
「はい。」
ありがとう、とウィトゲンシュティン中将はそう言い、アルフレートが作成した書類を受け取ると、それを無造作に整えながら、
「この作戦を実行に移す際に、私が陣頭指揮を執るわ。」
と、これまた無造作に言ったのである。
『駄目です!』
そう言えればどんなによかっただろう。だが、二人の唇からそれが出てくることがなかった。ウィトゲンシュティン中将にこれ以上無理をさせれば、容体は悪化しかねない。それでもなお止めることができなかったのは、ウィトゲンシュティン中将が背負う重荷の大きさを二人はよくわかっていたからだった。
「でも、帝国軍相手に大丈夫でしょうか?あんな大軍が密集して突き進んで来たら、それこそ――。」
不意にカロリーネ皇女殿下が口をつぐむ。残りの二人は何事かというように背後を見た。
「その作戦、詳しく聞かせてもらえますか?」
ティファニー・アーセルノ中将が立っていた。


他方――。


帝国歴487年9月3日が、ラインハルトの指揮する元帥府の麾下ほぼ全戦力がオーディン及びその周辺星域からイゼルローン回廊を目指して出立する日であった。
先述したように、先鋒はビッテンフェルト中将。それに付随する形でワーレン中将が次鋒を務める。
先鋒と本隊を結ぶ重要位置につくのは、転生者の一人であり、一時的に艦隊を抜けてつい最近まで女性士官学校にて校長をしていたジェニファー・フォン・ティルレイル中将。彼女は前世における騎士士官学校におけるイルーナの同期でありフィオーナらの諸先輩にあたる。それにラインハルトの本隊が続き、その左右をメックリンガー、ルッツ両中将が固める。後方を守るのはミュラー中将であり、アイゼナッハ中将は予備兵力として待機することとなる。ラインハルトの前衛を守るのはルグニカ・ウェーゼル少将。そしてイルーナ自身がローエングラム陣営の参謀総長として総旗艦ブリュンヒルトに搭乗して全艦隊の作戦指揮を行い、実際に艦隊運用に当たるのはジークフリード・キルヒアイス少将、イルーナ艦隊の運用はレイン・フェリル少将が当たることになっていた。

総兵力は10万余隻。兵員1200万人。イゼルローン要塞に向かわせているフィオーナ以下の5万隻を除けば、ラインハルト麾下の動員力としてはほぼ限度いっぱいであった。
「自由惑星同盟とやらを称する反徒共、その彼奴等の拠り所とする新要塞とやらを墓石に、イゼルローン回廊を彼奴等の墓標にしてやるのだ。」
という彼の意志を歓呼の声で迎えた将兵らは続々帝都オーディンを進発していった。閲兵をフリードリヒ4世の傍らで行っていたラインハルトも途中で皇帝陛下とその取まきに一礼し、短く遠征に赴く旨を改めて言上すると、閲兵台を降りて自らもブリュンヒルトの艦上の人となった。
 ベルトラム大佐、ザイデル曹長、デューリング少佐、シャミッソー少佐らかつてのハーメルン・ツヴァイの面々が出迎える。
「準備、完了しております。」
ベルトラム大佐が言った。ん、とうなずきを返したラインハルトは、ここまで付き従ってくれて来た面々を見た。
「元帥閣下、皆やる気ですぜ。今度こそあの同盟とかいう反乱軍の奴らに手痛いパンチをくれてやるんでしょう?・・・あなたの理想を込めたパンチをね。」
ザイデル曹長の言葉にラインハルトがうなずく。
「むろんだ。当然血は流れるが、その先にあるものを私はつかみ取りに行かねばならぬのだ。」
自分は歩みを止めるわけにはいかないのだ、とラインハルトは思う。ここで仮に、歩みを止めてしまっては、自分は死んだということに等しい。退嬰と怠惰こそ、ラインハルトには最もふさわしくないものだと周囲は思っており、彼自身も常に先駆者となってかけ続けたいという思いでいたのである。
「全艦隊、発進せよ。」
ラインハルトは麾下全軍に指令したこの時が、イゼルローン回廊にて待ち構えているであろう新たなる戦いへの第一歩だった。彼はそれを自らの意志で踏みだしたのである。


ブラウンシュヴァイク公爵邸――。
「いよいよ、あの孺子が征きましたな。」
フレーゲル男爵がうっすらと笑いを浮かべてワイングラスをもてあそぶ。その傍らにはベルンシュタイン中将が無表情で佇立し、向かい合っているブラウンシュヴァイク公爵の表情を失礼にならない程度に見守っていた。
「しかし成功するだろうか?何しろあの者は戦争の天才というではないか。」
二人を取り囲むようにして列席していた一門の者の中から声が上がる。
「あの孺子の才覚次第だろう。」
ブラウンシュヴァイク公爵は無造作にそう言った。大貴族の長として、今回ベルンシュタイン中将、そしてフレーゲル男爵、軍務尚書らが構築した第二次対ラインハルト包囲網については彼は可もなく不可もなしという態度だった。どちらかと言えば、苦々しい思いさえ込めて見守っていたのである。
 リッテンハイム侯爵を蹴落として、政敵はほぼいなくなった。残存する中ではリヒテンラーデ侯爵が強いて言えばそうであると言えばそうなのだが、それとても皇帝陛下の忠臣であり、今のフリードリヒ4世が崩御すればすぐに引退という事になるだろうと思っていた。
 ブラウンシュヴァイク公爵にしてみれば、これ以上の行動は無用な波紋を広げ、かえって自家の勢力をそぎ落としていくことになりはしないかと恐れているのだった。それに、今回のフレーゲルらが持ち込んできた案は大貴族の長にふさわしくないものではないか、と思っている。

「あの孺子さえ蹴落とせば、我ら一門の安泰と繁栄は恒久的なものとなるのですぞ、叔父上。」

そう言ってフレーゲル男爵は何度もブラウンシュヴァイク公爵の了承を求めたため、やむなく承知をしたのだが、彼自身胸の奥に複雑な思いを抱いていないわけではなかった。無位無官のライヒスリッターの息子風情が、と思う一方で、あの孺子の天才的なセンスを認めないわけにはいかなかったのである。
(あの孺子を殺すべきではないのではないか?)
そう思っていることに気が付いたブラウンシュヴァイク公爵は自分でも愕然としていた。生意気な金髪の孺子が宮廷に上がり、出世の階段を駆け上がっていったことについて、ブラウンシュヴァイク公爵自身も他の貴族たち同様に軽蔑と憎悪の眼で見ていたからだ。
(それともこれが大貴族の長としての矜持、というものか。)
ひそかに自嘲しながら、ブラウンシュヴァイク公爵はワインをあおった。そうしなければ、胸にたまった様々な感情がその口からあふれ出てしまいそうだったからである。



 帝国歴487年9月20日には、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の遠征軍の先鋒は、もうイゼルローン回廊に差し掛かっていた。
「前線のエリーセル総司令より、ビッテンフェルト提督を中継し、回廊内部の詳細なデータが送られてきました。」
副官のリュッケ大尉がラインハルトに報告した。ラインハルトが促すと、ブリュンヒルトのディスプレイには詳細な敵味方の配置図が映し出された。
「これは・・・・。」
思わずイルーナがもらしたのももっともだった。あまりにも二つの要塞が接近しすぎている。敵の超長距離砲を封じるためとはいえ、これでは一歩間違えれば要塞同士が衝突するか、周囲の艦隊を巻き込んで取り返しのつかない損害を与えかねない事態だった。
 幕僚たちも、口々にざわめく。
「混戦状態ではないか。」
「これでは艦隊の展開ができない。」
「いや、展開しようにも妨害電波が強すぎて、敵味方の識別すらもできないのではないか。」
「いっそ要塞に任せて艦隊を後方待機させるか。」
「それはあまりにも消極的では――。」
不意に一斉に一同は口をつぐんだ。ラインハルトが立ち上がったからである。彼はディスプレイを見つめていたのは、わずか3分程度であり、その後1分の間顎に手を当てて考え込んだ後に立ち上がったのだと後にそう語られている。
「会議室に20分後に集合せよ。作戦を定めた。」
彼のアイスブルーの瞳は自信に満ちたきらめきを放っていた。
 20分後、幕僚と主だった艦隊司令官が会議室に入ると、ラインハルトは満を持して作戦の説明に入った。その奇想天外な作戦には誰しもが目を見張ることとなったが、こと最初の数語を聞いた段階において、すでに驚動天地の心境に達していた。

それは――。


* * * * *
ヤン・ウェンリー少将は敵の大増援がやってきても、さほど顔色を変えなかったと後にフレデリカ・グリーンヒルは語っている。その理由としては、
「これでこちらが引く立派な大義名分ができたじゃないか。」
というものだった。十万隻の大増援がきたからには、勝つ戦いをすることは難しくなったということは誰の目にも明らかだった。
 ラインハルト以下の十万隻の増援を目の当たりにした自由惑星同盟側前線部隊は直ちに緊急会議を行った。
「最高評議会としては、ただ撤退命令のみを出すことはできないと思います。何故なら、国家の威信をかけて作り上げたこのアーレ・ハイネセンが何の成果もあげずに撤退という事になれば、納税者たちから囂々たる非難が出てくることは明らかだからです。」
と、真っ先にティファニーが言う。彼女にしてみればこれこそがイーリス作戦の呼び水ではないかと思い、実際アルフレート、カロリーネ皇女殿下、ウィトゲンシュティン中将から作戦概要を聞いて、その通りにするほかないと思い込んでいた。少なくとも説明を聞いた直後は。
 ところが、である。先ほどシャロンから連絡が入り、イーリス作戦について艦隊の展開が思った以上に進まない旨の話があったのだった。予算委員会が渋っているらしい。何しろこの作戦で動員すべき艦隊はほぼ自由惑星同盟の全軍なのである。莫大な予算が必要になる。シャロンとしてはこうなることを想定して極秘裏に予算を組ませていたのだが、それは表ざたには出来なかった。
『委員会には折を見て裏から手を回すけれど、それが数日はかかりそうなの。そこであなたはできうる限り要塞の後退を阻止して足止めを図りなさい。』
と、シャロンはティファニーに指令したのだった。第十三艦隊のウィトゲンシュティン中将らがいぶかしがる視線を向けてくるのを彼女は懸命に頬の赤さをこらえながら耐えていた。
「私もその意見に賛成だ。評議会が撤退指令を下さない見通しが高い以上、直ちに増援を要請して、それまで持久戦を展開するしかあるまい。」
と、クレベール中将。
「だからと言ってこのまま座していては兵力で劣る私たちが不利になるだけよ。傷が深くならないうちに撤退すべきだと思うわ。」
ウィトゲンシュティン中将は内心の複雑な感情を押し殺そうと努力しながら言った。彼女にしてみても、何らの成果を上げずに撤退してしまえば、それこそ司令官の更迭という事態になりかねないことをよく知っている。
「ヤン・ウェンリー少将の意見はどうですか?」
と、ティファニーが水を向けた。
「撤退すべきでしょう。」
ヤン・ウェンリーの意見は明白だった。
「エル・ファシルの英雄と言われたあなたでさえも、敵を前にして尻込みするのか。」
クレベール中将の揶揄にヤンはかすかに眉を上げたが、
「ええ、そうです。勝てない戦を前にして勝てると言い切るほど、私は自信過剰ではありませんから。」
「では、ヤン少将、どのようにして撤退をなさるおつもりですか?」
むっとするクレベール中将をしり目に、ウィトゲンシュティン中将はヤンに尋ねた。
「要するに、最高評議会の顔を立ててやればよいのでしょう?つまりはアーレ・ハイネセンの主砲が帝国軍を撃破し、撤退するにしても一矢報いた実績を作り上げればそれでいいはずです。ま、もっともお偉方の中にはそれでも満足できない方々が大勢いるかもしれませんが。」
シ~ン、と一同が沈黙したのも無理からぬ話だった。いかにアーレ・ハイネセンがその主砲を駆使して帝国軍を撃滅したとしても、最高評議会、そして在野が望んでいるのは、まずはイゼルローン要塞の奪取、最低でもイゼルローン要塞を破壊して、アーレ・ハイネセンがその位置にとってかわるというものなのだから。
「責任は私がとるわ。」
静まり返った会議室に不意に女性の声が響いた。さほど音量は大きくなかったにもかかわらず、誰しもがその発言者の方を向いていた。ウィトゲンシュティン中将がそう言ったことに、隅に立っていたアルフレートは驚いていた。第十三艦隊を守る、家を守る、そう言い続けてきた司令官が、どうしてこういう発言をすることになったのか。
「違うわよ、アルフレート。」
カロリーネ皇女殿下はアルフレートの袖をそっと引っ張ってささやいた。
「ウィトゲンシュティン中将閣下はそう言わざるを得ない状況に追い込まれたのよ。」
「前門の虎後門の狼、ですか。」
アルフレートは苦々しい思いを込めてそう言った。最高評議会がせめて前線の状況をよく理解し、積極的に後退命令を出してくれさえすれば、と願わないではなかった。だが、その最高評議会の背後にある「支持率」という絶対唯一の指針が「後退を禁じる」という指標を掲げてしまえば、それは不可能になる。
「私たちの前世でもそうでしたね。戦争を仕掛けるのはむしろ簡単だ、タイミングよく撤退をすることこそ難しい、そう言ったことをニュースなどでよく聞きました。」
「同感。今の私たちの状況もまさにそれよ。こんな時・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は不意にと息を吐いた。今皆の眼はすべてウィトゲンシュティン中将に集中していて、二人に注意を払う人間はいなかった。
「こんな時、私たちがあの席に座れるほど地位と権力があったならば、事態は違っていたと思う?」
「さぁ・・・・。」
アルフレートは即答できなかった。何しろ未だ自分は大尉、カロリーネ皇女殿下は中尉という身分であるし、その地位程度の精神的な骨格しか身に着けていないのだから。
「私は駄目だと思うのよね。ああいう席に座れる人はそれなりのタフさと判断力がないと駄目だと思うの。あ、別にあんたのことをそんな風に評価しているんじゃないわよ、私の方よ。」
「わかっていますよ。私だってそうですから。」
アルフレートはかすかに笑いながら言った。声を上げて笑いたかったが、今の状況ではそれもできない。二人は自然と口を閉ざし、自分たちの上官に視線を向ける。
「少なくともウィトゲンシュティン中将閣下は、私より上だと思うわ。事態をかえられるかどうかはわからないけれど、変えようと精一杯努力なさっているから。」
流されまいと頑張っている私よりもよっぽどね、とカロリーネ皇女殿下はつぶやいた。それを聞きながらアルフレートは思った。近頃カロリーネ皇女殿下の口からは弱気な言葉だけが出てくるようだ、と。あの帝国にいた頃の活発で自信に満ち溢れていた皇女殿下はどこに行ってしまったのだと。むろん、あの頃のように戻ってしまっても困るのであるが、だからといって今のままではマイナスがあまりにも強い気がする。
 いけないぞ、アルフレート、と彼は自分にカツを入れた。今は会議中ではないか。カロリーネ皇女殿下の事は今考えることではない。
「あなたの戦術を忌憚なく言ってもらって結構よ。」
ウィトゲンシュティン中将が静かに言うのを、転生者たちはただ聞いているほかなかった。今この場ではどうすることもできない己の無力さを呪いながら。


 
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