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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第八十八話 これが両雄の初対決になるでしょうか。(その1)

 
前書き
 お待たせしました。 

 
帝国歴487年10月1日――。


急報は直ちに首都星ハイネセンにとんだ。自由惑星同盟の最高評議会、そして軍首脳陣は帝国軍の大増援を聞いて戦慄を覚えた。
「十万隻以上だと!?」
最高評議会の面々は一様に青い顔を浮かべていた。十万隻と言えば、自由惑星同盟の全艦隊のほぼ半数に匹敵する。そのような艦隊を動員すること自体多大な予算と資源を食うことになる。これまでの大規模な会戦でさえ、その約半数の6万隻程度が動員されたにすぎない。
「前線からは後退許可を要請してきています。このままでは支えきれない、と。」
今日の最高評議会会議室には、違った色合いの人種が入り込んでいた。シドニー・シトレ宇宙艦隊司令長官とダニエル・ブラッドレー統合作戦本部長が入っていた。本来であれば最高評議会評議員のみが出席するのであるが、緊急の場合につき出席を許可されたのだ。と、いうよりも軍部に意見を求めたいという事で最高評議会の方から出席を軍に打診してきたのである。
 だが、その場の空気は必ずしも軍出席者たちにとっては居心地の良いものではなかった。
「後退だと?」
評議員の一人が声を上げた。
「アーレ・ハイネセンを動員しながら何らの成果を出さずに後退してしまっては、世論が許しておくものか!」
「その要塞が花火のように爆散してしまえば、もっと許さなくなるでしょうよ。」
すかさずブラッドレー大将がそう言ったので、その評議員はますます声を荒らげた。
「そうしないように作戦を立てるのが君たち軍部の仕事ではないか!」
「それが無理なんだと言っているんだ。」
一瞬静まり返った評議会場はたちまち沸騰した。
「無理とは何だ!」
「それでも統合作戦本部長か!」
「無理だというのなら他の人間にやらせるまでだ!」
「議長、統合作戦本部長の更迭を要請します!」
「まぁ、まちたまえ。」
議長が猛り狂う評議員たちを制した。
「統合作戦本部長、確認しておくが、本当にイゼルローン要塞を破壊することは無理なのかね?何も制圧してくれと言っているわけではない。そうではなくて破壊程度ならば主砲を間断なく発射すればできるのではないかな?」
「その主砲がイゼルローン要塞との間で生じた引力で使用不能になっている現状をどうにかできるのならですがね。そうするためには距離を取らなくてはならない。距離を取らなくてはならないという事はつまり後退しなくてはならない、という事ですよ。」
ブラッドレー大将がしゃあしゃあと言う。その言い方が気に食わなかったのか、居並ぶ評議員たちが一斉に眉間にしわを寄せた。それを横目で見ながら、
「ま、私も言葉が足りなさ過ぎました。議長、一つ軍部から提案をさせていただきたい。」
「この場でかね?」
通常提案は前もって行われるのであって、この場で何らの事前の根回しもなく提案がされることはない。ブラッドレー大将自身もそれを承知しているのだが、彼は敢えてそれを行うことにしたのだった。
「例のイーリス作戦を発動する機会は今だと思いますが。軍部としてはその発動の是非を議会に問いたい。」
議場がざわめいた。イーリス作戦の詳細は誰もがわからなかったが、大筋は誰もが知っていた。すなわち同盟領内における迎撃作戦である。
「しかし・・・それは、いきなりすぎやしないかね?まだ主要惑星においては何らの準備もできていないし――。」
「それを含めて判断するのがあなたがたの役割でしょう。軍部としては他に手がない。」
ないわけではないですが、と内心つぶやきながらブラッドレー大将は腕を組んだ。後方に座していて高みの指示ばかり飛ばす評議員たちに、第五次イゼルローン要塞攻防戦以上の薬を一発お見舞いしてやりたい思いがあったからである。

 それを横目で見ていたシドニー・シトレ大将もまた、彼に倣って何も言わなかったのは言うまでもない。

 評議員たちの会議は「小田原評定」とでもいうべきもので、結論が一向に出ないまま1日を過ぎた。この1日という時間が自由惑星同盟側にとってはどれほどマイナスになり、逆に帝国軍にとってはどれほどプラスになったことかは言うまでもないだろう。
 ブラッドレー大将はシドニー・シトレ大将と協議し、こうなることを見越してあらかじめ回廊付近に駐留させておいた主要艦隊に予備動員を下した。アスターテに駐留する第十艦隊、ヴァンフリートに駐留する第十二艦隊、エル・ファシルに駐留する第八艦隊、ティアマトに駐留する第五艦隊である。さらに第三、第二艦隊についても予備動員を下して緊急時に備えさせてもいる。
 
 前線からの急報がもたらされたのはその翌日だった。帝国軍側の大攻勢により、自由惑星同盟側は大きく後退を余儀なくされ、回廊を離脱したというのである。
 大筋としてはそうなるが、詳細としてはそれのみでは到底表現することのできない戦いが起こっていたのだった。

* * * * *
 帝国軍の要塞が後退していると聞いた瞬間、同盟軍は欣喜雀躍したに違いなかった。少なくともラインハルトから作戦を聞いた帝国軍の首脳陣はそう思っていた。
 全軍を再編成し、前衛を任されたミッターマイヤー艦隊は左後方にワーレン、右後方にアイゼナッハを従え、要塞をリング状に取り囲んでイゼルローン要塞がアーレ・ハイネセンより離れるのをじっと待ち構えていた。
「作戦開始まで、10秒!!」
オペレーターがカウントを正確に読み上げる中、ミッターマイヤーの右手が掲げられるのを艦橋の幕僚たちは見守っていた。その右手が振り下ろされようとする方角には、無数の光点が規則正しく並んでいる。帝国軍の大艦隊が到来したことで、すでに自由惑星同盟側の艦隊も戦闘配置についていたのである。
「3・・・2・・・1・・・0!!」
「ファイエル!!」
ミッターマイヤーが艦橋で叫び、右腕が振り下ろされたこの時が、イゼルローン回廊における会戦第二幕の始まりだった。帝国軍の艦艇は規則正しく、まるでラインダンスのように一斉に主砲を撃ち放した。整然と斉射された無数の白線は一糸乱れぬ正確さで敵陣へと到達する。自由惑星同盟側は第十三、第十六艦隊が応対し、第十七艦隊は予備兵力として待機しているが、総兵力はわずか3万隻強であり、帝国軍のわずか5分の一強である。前衛であるミッターマイヤー艦隊、ワーレン艦隊、アイゼナッハ艦隊のみをもってしても自由惑星同盟側の戦力を凌ぐのである。
「敵要塞に主砲エネルギー充填反応!!」
「来たか!!」
ミッターマイヤーはこれを予期していた。いや、彼だけではなく帝国軍全軍がアーレ・ハイネセンのインドラ・アローを予期していたのである。
「こちらもトールハンマー発射準備にかかれ!!」
要塞ではケンプが部下を叱咤激励し、トールハンマーの発射用意を急がせている。まさにこれこそが会戦第二幕における必要にして最大の山場なのだ。その横では前線総司令のフィオーナが前線各艦隊の配置を注意深く見ながら指揮をとる。
「各艦隊は各々指定された宙域に展開し、トールハンマー及び敵要塞主砲の発射に注意!」
彼女の前面のディスプレイには一斉に各艦隊からの『準備完了』のシグナルが映し出される。
「用意!!」
この会戦で前衛総司令を任されたフィオーナの右腕が張り詰めた空気を切り裂くように振られる。
「敵要塞からの、主砲の推定目標及び射程距離、出ます!!」
女性オペレーターが叫ぶ。要塞司令部のディスプレイに戦場宙域図が映し出された。
「思った通り、ですな。」
ケンプがつぶやく。それにうなずいて見せながら、フィオーナが後方のラインハルトに指示を乞う。もちろんラインハルトからの返答は既に決まっていた。
『各艦隊は当初の予定通り、作戦を遂行せよ。』
要塞前面に展開する艦隊については前述したとおりである。イゼルローン要塞をはさんで後方のラインハルト艦隊は15000隻、その前衛をルグニカ・ウェーゼル中将が7000隻をもって固め、その前方にはジェニファー・フォン・ティルレイル中将の指揮する13500隻が展開。イルーナ・フォン・ヴァンクラフト直属艦隊15000隻が左方を守り、右翼をミュラー艦隊13500隻が固める。
「敵砲撃、来ます!!目標、当要塞RC1457地点!!」
オペレーターが叫んだ。
「こちらも主砲充填完了です!!」
「撃て!!」
ケンプが叫んだ。イゼルローン要塞、そしてアーレ・ハイネセンの表面上に展開したリングが禍々しい光を放つ。それが収縮すると同時に双方が同時に主砲を発射したのである。双方から発射された光は互いを掠めながら螺旋を描き、そして、互いの表面に激突した。
「第一次砲撃、敵要塞表面相対左地点FZ875に命中!!」
「ワーレン!!」
ミッターマイヤーが声を上げる。それがなくともワーレン艦隊は既に行動を開始していた。敢えて前進を開始して射程距離をかすめるようにして敵艦隊前面に立ちはだかったのである。


「これは!?」
第十六艦隊を指揮するティファニーは敵の意図を測り兼ねた。突如敵の左翼が前進し主砲の射程外から強烈な砲撃を仕掛けてきたのである。応戦をしようにも、先ほどのイゼルローン要塞からの砲撃は味方の右翼をかすめる格好になったため、陣形が左寄りになってしまっている。それはすなわち――。
『第十六艦隊は元の配置に戻れ!!』
アーレ・ハイネセンからの指令、いや、叱咤が届く。
『艦隊が邪魔だ!!これではインドラ・アローを撃てないではないか!!』
第十六艦隊はアーレ・ハイネセンの前面に展開させられてしまっていたのである。


* * * * *
極低周波端末を使用した電子戦略会議をシャロン、アンジェ、カトレーナの三人が行っている。
「イーリス作戦の『発動』ですわね。」
カトレーナが微笑みながら言う。それにシャロンも微笑をもって応えながら、
「既に各艦隊の準備は完了しているわ。イーリス作戦についてはその知名度は既に同盟中に広がっている。まさに予定通りというわけね。」
シャロンの言う「予定通り」にはもう一つの要素が含まれている。対外的な軍事行動以外にも、各地各界で「シャロン派」をはぐくんできたここ数年間がいよいよその成果を結実させようとしていた。
「カトレーナ。」
「はい、閣下。」
カトレーナはにっこり笑って見せながら、
「既に準備はできておりますわ。」
と簡潔に述べた。
「ご苦労。後は生贄の羊とそれを捌くための祭壇の準備はこちらが動かなくとも彼らがやってくれる。・・・・本当の生贄になるのは誰か、それを知らないで。本当におめでたい連中だこと。」
シャロンの微笑が濃くなった。
「その生贄の祭壇が完成し、捧げものが登壇した瞬間から、自由惑星同盟のすべてが変わるわ。」
「その時こそが、いよいよ閣下のお力が十全に発揮される瞬間となることでしょう。」
カトレーナが夢見る様な瞳をしている。彼女には今、その瞬間が見えているらしい。
「前線の戦闘状況はあまりよろしくはないようですが。」
アンジェだけが生真面目な顔をしていた。カトレーナの瞳から夢見る色が失せたが、シャロンの微笑は変わらない。
「構わないわ。極論を言えば前線の艦隊、そしてアーレ・ハイネセンすらも全滅しても構わない。既に例の計画もほぼ完成に近づいてきたことだし、それが完成すれば前線の損害を補って余りあるわ。」
「ティファニーを切り捨てると?」
今のシャロン発言の底に潜むものを感じ取ったアンジェが念を押すように問いかけた。
「別に切り捨てるとは言っていないわ。もっとも、あの子にこだわることがイーリス作戦を揺るがすことになるというのなら、私は躊躇いなくきり捨てるだけよ。」
さらりとシャロンは言う。まるで不要となった在庫を放り捨てるように。それを聞きながらアンジェは思う。シャロンはいつもそうなのだと。自分にとって害をなすものは、たとえそれが消極的なものであったとしても、躊躇なくきり捨てる。このスタンスは変わることはない。

 今までも、そしてこれからも。


* * * * *
アーレ・ハイネセンの前面に展開させられてしまった第十六艦隊も、いつまでもぐずぐずしてはいなかった。
「前面も敵、右側面も敵、左側面には友軍がいる。そして天頂方向は異様な重力場がすぐ上にあって艦隊を展開することはできない・・・・。」
ティファニーは決断した。というよりも考えられる一か所を目指すほかなくなったのである。徹底して訓練された迅速な艦隊運動によって、天底方向に速やかに動き出した。それを待っていたかのように天底方向から上昇し、彼女の前面に立ちはだかったのは、黒一色に塗装された艦隊だった。
「ビッテンフェルト・・・!!」
その名前をティファニーは恐怖と共につぶやく。ビッテンフェルト艦隊の前に立ちはだかって助かった人間はヤン艦隊くらいのものだ。そのヤン艦隊にしても回廊の戦いでフィッシャー提督を戦死させられている。
だが、とティファニーは思う。相手がビッテンフェルトだろうがラインハルトだろうが、ここを耐え忍ばなくては助からないのだ。
「主砲、斉射、一点集中!!」
ティファニーが指揮棒を振りぬく。規則正しいビームの光が一目散に敵陣に突き刺さった。そこかしこで艦の中和磁場が威力を発揮する光景が光点となってティファニーの視界に移る。それに耐えきれなかった不運な艦が爆散するのが見えたが、その数の少なさに打ちのめされそうになった。味方の攻撃のなんと頼りない事だろう。その責任こそ他ならぬ司令官である自分自身に降りかかってくるのだが、今の彼女にはそこまで思う余裕などなかった。
その直後である。ビッテンフェルト艦隊より数倍、いや数十倍にまさろうかという勢いのある驟雨が降り注いできたのは。
 衝撃が旗艦にまで達したのは敵の主砲の威力がすさまじかったからではない。敵の艦隊の勢いの次元が違っていたのだ。ビッテンフェルト艦隊はティファニーの前衛を蹴散らし、急速にその鋭鋒を本体に向けつつあった。
「私だって・・・・!!やられっぱなしで済むものですか!!」
指揮棒が手のひらにたたきつけられた時、ティファニーの指示は既に飛んでいた。
「A,B,両集団、転進、包囲!!」
ティファニーが指揮棒を振る。A,B次鋒として控えていた両集団が転進してビッテンフェルト艦隊の先鋒に側面から襲い掛かる。ビームを撃ちまくり、一瞬たりとも足を止めることなく、ガリガリと削り取るような執拗さで襲い掛かった。ビッテンフェルト艦隊の足が一瞬止まる。左右からの側面攻撃は、ビッテンフェルト艦隊の先鋒を孤立させるほどの激しさだった。思わず彼女だけでなく幕僚たちも成功を確信した声を上げた。
ティファニーとすれば敵の先鋒のみを孤立させることで、いったん向こうは戦線を立て直すだろうと思ったのだ。
 ところが、ビッテンフェルト艦隊の先鋒の勢いは止まらなかった。後続のことなど知ったことかと言わんばかりに先鋒の勢いは衰えることを知らず、目標をA集団に進路を変えて突撃してきたのである。
「A集団は後退!!B集団は側面砲撃!!・・・敵を近づけさせるな!!」
最後が声が裏返るのが分かった。後退しつつあるA集団に襲い掛かったビッテンフェルトの先鋒、そう、たかだか先鋒なのであるが、それが恐ろしい勢いでA集団を侵食しつつある。
(ビッテンフェルト・・・!!化け物じみているわ・・・・!!)
かすれた声で心の中で呟きながら、それでもなおあきらめずに指揮を執り、必死に押し返そうと頑張った。拘置しておいた一隊を増援としてA集団の後詰に回し、さらに自身の本隊から一隊を迂回させて敵の本隊側面に回り込ませてけん制砲撃を行う。
 敵の足がやや止まった。さすがに本隊を攻撃されては敵も戸惑うものと見える。ティファニーは束の間ホッと一息を吐いた。
「敵の攻撃が、艦載機母艦に集中しつつあります!!」
という悲鳴のような報告がもたらされ、彼女の安息をぶち破ったのはその時だった。艦載機母艦部隊は通常敵に対して露出することはない。長距離を活かした先制攻撃をもって敵を仕留めるのを得意とする。それが敵の攻勢の前に露出を余儀なくされているのは、護衛の艦隊がやられてしまったからだ、と理解するまで数瞬を要した。露出した艦載機母艦の前に敵が殺到するのが、本隊から視認できた。
「・・・・・・!」
ギリッと歯が食いしばられる。
「このままでは艦載機母艦が全滅します!司令官、後退の許可を!!」
後退というが、それが夢物語であることは冷静な人間から見ればわかりきっていることだった。後退速度よりも敵の前進速度の方が早いのである。
「・・・・・・・・。」
手が震えた。指揮棒が彼女の手の中でしなっている。彼女としてはこんな指示を出すこと自体全身が震えるほどの屈辱なのだが、もはやためらっている場合ではなかった。
「・・・・艦載機母艦乗組員は総員脱出!!母艦は自動操縦にして全艦敵に向けて突撃!!」
ティファニーの指示に幕僚は唖然となる。司令官は気でも触れたのではないか?
「いいから、時間がないわ!!言う通りに・・・いう通りにしなさい・・・・!!」
思わず横を向いてしまったのは、幕僚たちから向けられる視線が耐え難かったからではなく、こんな状況に追い込まれてしまっている自分が恥ずかしく、許せなかったからだ。

(前世前世前世!!そんなもの、何になるというの?!全然役に立たないじゃない!!)

指示は妨害電波の影響もあったが、比較的すぐに伝えられ、乗組員は総員脱出にかかった。残されたのは敵の砲撃で半ば残骸と化した母艦そのものだけだ。数瞬後には係留しているスパルタニアンもろともに火球となって四散するだろう。
「砲撃よ・・・・。」
疲れた声が出ていたが、それをティファニーは恥じた。こんな声を出すこと自体がどうかしているのだ。
「ビームもミサイルも・・・ありったけを、母艦に向けて撃ちまくりなさい!!」
という非常識極まりない指示は数瞬後に実行された。艦載機母艦にはスパルタニアンが無数に係留され、その燃料も満載されている。いわば動く火薬庫と言ってもよかった。ビッテンフェルト艦隊の中に入り込んだ即席の爆弾はあたりかまわず破裂し、思った以上の損害を出すこととなった。あたり一面に炸裂した無数の光球が明滅する。その光が旗艦艦橋に立つティファニーの顔を照らす。喜びのかけらもなく、ただ疲労感と嫌悪、絶望感に苛まれた顔だった。
ビッテンフェルト艦隊に有効打を与えたとはいっても、それとて全軍の1割強の被害を与えたに過ぎない。こちらは既に3割近い損害を出しているのだ。
「敵の足が止まりました!!」
という報告がもたらされた時、ティファニーは後退を決断した。もはや劣勢は決定的だった。この上は要塞の火力を共同歩調を取って敵の陣営に対抗するしかない。彼女は艦隊に要塞主砲射程内にまで後退を命じた。密集する主砲の斉射を浴びせかけ、その合間合間にありったけのミサイルをぶちまけながらの必死の退却が始まった。

 一方――。

 ヤン・ウェンリー率いる第十七艦隊は絶妙な位置から帝国軍の右翼であるアイゼナッハ艦隊に攻撃を仕掛けていた。ヤン艦隊の右には要塞が、そして左には航行不能な異常宙域が存在している。ちょうど細長い通路をヤン艦隊が「通せんぼ」している格好だった。大兵力を有するアイゼナッハ艦隊はヤン艦隊の3倍弱の戦力を有しているにもかかわらず、互角以上の戦いを強いられたのだ。
「・・・・・・・。」
アイゼナッハはしばらく顎に手をやった後、右手をゆるやかに前に振りかざし、ついでその腕を二度左九十度水平に曲げ伸ばしを繰り返した。
「ハッ!・・・前衛艦隊は主砲一斉射の後前進!左翼はそれに呼応して側面に主砲二斉射!!」
と、参謀長であるグリーセンベック少将が指示を伝える。グリーセンベックが不在の時には副官のグリース大佐が指示を伝える。このコンビネーションは絶妙な組み合わせであり、二人はアイゼナッハにとってなくてはならない人物となっていた。


他方のヤン艦隊でも迎撃に余念がない。といっても、司令官が落ち着き払っているので、緊張の中にもどこか落ち着きがある。
「帝国軍右翼部隊、前衛が突入してきます!」
「敵の前衛に向けて一点集中砲火を浴びせたのち、前衛は後退。敵は側面攻撃を仕掛けてくるぞ。注意してくれ。」
ヤンが落ち着き払って指示を出す。前方では前衛艦隊が押され気味になり、後退を余儀なくされているように見えるが、実際にはフィッシャー少将の指揮の下、整然と後退しているのだった。それに吸い寄せられるように帝国軍前衛艦隊が突進してきた。それに応じて帝国軍側面部隊が主砲を斉射しながら攻撃を倍加し始めた。
「アッテンボロー。」
アッテンボローがスクリーンに出る。
『了解!』
既に打ち合わせはできており、ヤンのこの一言だけでアッテンボローはすべてを理解していた。


「・・・・・・・・。」
後方にあって、要塞司令部で戦闘を見つめていた前衛総司令官のフィオーナが「あっ!」と声を上げた。
「アイゼナッハ艦隊を、至急後退させてください!!」
彼女が叫んだときには、もう遅かった。


「今だ!!」
ヤンの号令一下、アイゼナッハ艦隊はすさまじい嵐に襲われた。前衛艦隊が主砲の猛射撃を受け、さらにアッテンボロー艦隊の側面攻撃を受けて、ほとんど壊滅状態に陥ったほか、その余波が側面部隊、さらに次鋒にまで及んだ。
アイゼナッハ艦隊は混乱状態に陥った。アイゼナッハは動じる顔を見せることなく、ジェスチャーによって艦隊に後退命令を出した。
「閣下!!」
グリーセンベックが悲鳴を上げた。その直後、アイゼナッハ艦隊左翼が猛烈な敵の射撃に襲われた。
いつの間にか要塞が前進してアイゼナッハ艦隊をその射程に捕えていたのである。
「後退!全艦隊、後退!後退せよ!」
アイゼナッハのジェスチャーを待つまでもなく、グリーセンベックが叫んだ。
「駄目だ!敵の要塞に捕まった!」
「ものすごい攻撃だ!!」
「馬鹿な、こんなはずでは!!」
「助けてくれ!」
「死にたくない!!」
「救援を――。」
「エンジン損傷!救援を乞う!救援を・・・・・アアアアアアッ!!!!」
断末魔の悲鳴がアイゼナッハのヴィーザルの艦橋に響いた。それも一艦だけではない、数十、数百、数千の艦隊の悲鳴だった。それらは悉く無慈悲な爆発によって途絶させられたのである。
『敵もやる!!』
ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン艦上でロイエンタールが腕組みをしながら前方をにらんでいる。その艦橋にミッターマイヤーがスクリーンにゆがめた顔を映し出していた。
「見殺しにもできまい。掩護せよ。」
ロイエンタール艦隊が前進して要塞表面にミサイルを浴びせかけ、砲撃をけん制するとともに、アイゼナッハ艦隊後方に展開して、支援砲撃を開始した。
「アイゼナッハ。」
ロイエンタールは僚友に呼びかけた。アイゼナッハの表情はやや硬さを残している。損害率3割、約3500隻を撃沈され、同程度の損害を受けた格好である。
「後は俺に任せ、卿は後退しろ。」
ロイエンタールの指示をアイゼナッハは無言でうなずき、スクリーンから姿を消した。
「俺はアイゼナッハのようには、いかんぞ。」
ヘテロクロミアの青年提督はその色の異なる両眼に静かな闘志をたたえていた。
「全艦隊、戦闘態勢、目標はあの姑息な艦隊だ。」
ロイエンタールは艦橋で臨戦態勢を指示した。
 
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