テキはトモダチ
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ケッコン協奏曲 ~赤城~
5.五人に幸あれ
「みなさん。ご心配をおかけしました」
清々しい笑顔でそう言った大淀さんは、執務室に集まった私と電さんに対し、深々と頭を下げていた。大淀さんの眼差しは、昨日あれだけのショックなことがあったとは思えないほどに、とても晴れやかだ。
だが、私は実は、それ以上に気になっていることがある。今私達の目の前で、いつもの死んだ魚の眼差しをしている、アホ提督の妙な出で立ちに関してだ。
「まぁ……ロドニーと戦艦棲姫もすまんかったね昨日は」
「いや……それは別に構わんが……」
「それよりも、だ」
「ん?」
……ん? じゃないでしょう。なんですか。その、頭の上に乗っかっている砲台子鬼さんは。
「……司令官さん」
「ん? どした電?」
「……どうして、頭の上に砲台子鬼さんを乗せてるのです?」
そのあまりの珍妙な出で立ちに、ついに電さんが我慢できなくなったようだ。提督の頭の上に鎮座している砲台子鬼さんの砲塔には、今も変わらず、ケッコン指輪が通されている。やはり、ケッコンカッコカリは成立してしまったようだ。その点に関しては大淀さんにとっては残念、砲台子鬼さんにとっては幸運といったところか。
「いや、執務室防衛の最後の砦ってのはわかってるんだが……こいつが俺の頭の上から離れてくれないんだよ」
そう言い、死んだ魚の眼差しに困惑の色を浮かべている提督。だが、別に迷惑しているというわけではないようだ。世の中の猫好きは、自身の家族の猫のフリーダムさに振り回されつつも、それが楽しい……と聞くが、今の提督の心境も、それと近いものがあるのかもしれない。
一方で、砲台子鬼さんも提督の頭の上はとても居心地がいいらしく、提督の頭の上で微動だにしない。頭の動きに合わせて見事な重心移動を見せ、バランスを崩すどころか机の上以上の安定感を見せつけている。
……しかも。
「……ん」
『……!』
「……朝から物好きだねぇあいつも」
提督が天井に死臭ただよう眼差しを向ける。と同時に砲台子鬼さんが砲塔をギギギと天井に向け、ぱちんぱちんとBB弾を発射し始めた。また天井裏に青葉さんが潜伏しているらしい。なんだこの息ぴったり感。まるで一体の生き物のように動いているじゃないか。
「ちなみに提督」
「ん? どうしたの赤城」
『……! ……!!』(ぱちんぱちん)
「砲台さんを頭の上に乗せた……きっかけは?」
「……いや、執務室で仕事はじめたら、今日は妙にくっついてくるからね」
「はぁ」
「仕方なく膝に乗せてやったのよ」
なぜそこで膝に乗せるという選択肢を取ったのかよくわからないが……きっかけは砲台子鬼さんか。昨日のこともあるし、ひょっとしたら、提督に甘えたかったのかな?
「でも、提督の膝に乗ったら机の影に隠れちゃうんで、仕方なく頭の上に乗せてみたんですよね」
「そしたらそれが随分気に入ったみたいでな。俺の頭からどいてくれんのだわ」
くすくすと可笑しそうに笑う大淀さんとは対照的に、提督はほとほと困り果てたという感じで、自身の頭上の砲台子鬼さんに視線を向けていた。一方の砲台子鬼さんは、青葉さんへの砲撃はもう気が済んだのか、モールドから蒸気を吹き出して、余計な圧力をぷしゅーっと抜いていた。その瞬間、提督の髪がパタパタとなびいていた。
「まぁ……俺にくっついてりゃ、俺の護衛って言い張ることもできるし……」
「別にこのままでもいいかってことになったんですよね? フフ……」
これは予想外。ここに来てロドニーさんと戦艦棲姫さん失業の危機が……まぁこの二人なら護衛じゃなくても、この鎮守府でできる仕事はいっぱいありますし。食いっぱぐれることもないでしょう。
それにしても、ここまで提督と砲台子鬼さんがベタベタイチャイチャしてて、大淀さんは平気なのだろうか。昨日はケッコンカッコカリが成立した瞬間を見て、あんなにショックを受けていたのに……今は、そんな二人の様子を、実に微笑ましく眺めている。
「大淀さん」
「はい?」
「平気なんですか? そのー……あの二人が……あれだけ仲が良くて……」
それに、提督と砲台子鬼さんの二人は、ケッコンカッコカリが成立してしまっている。それなのに、彼女は平気なのだろうか……。
だが、そんな私の心配をよそに、大淀さんは私の質問に対して、笑顔でこう答えてくれた。
「いいんです。ケッコンカッコカリが成立したってことは、それだけ彼のことを信頼してくれているということですから」
「はぁ……」
唐突に、大淀さんの目の前にある電話機がジリリリリンとなり始め、絶妙のタイミングで話の腰をおられた。
「ぁあ、ちょっと電話に出ますね赤城さん」
「はいどうぞ」
『では……』と私に断りを入れて、大淀さんは電話の受話器を左手で取った。
この時私は、大淀さんが提督と砲台子鬼さんのイチャイチャを微笑ましく眺める理由に、察しがついた。この電話は、話の腰を折るためにかかって来たんじゃない。きっと、真面目で恥ずかしがりやの大淀さんの代わりに、私に本当のことを伝えるために鳴ってくれたんだ。
「はい、新小岩鎮守府です。……はい。サクラバですね。少々お待ちくださいませ」
「コラッ……頭の上に乗るのはいいけど、足で髪をくしゃくしゃするのはやめなさいよ……」
「イ……提督。お電話です。あなた宛に」
「ほいほい? どなた?」
「司令部です。ケッコンカッコカリに関することで……」
「ほい了解。大淀、ありがと」
「どういたしまして」
そんな感じの会話を交わした後、受話器を渡す大淀さんと、それを受け取る提督。提督に受話器を渡した大淀さんの左手には……
「……んー?」
……まぁいいか。指摘するのは野暮ってものだ。二人は幸せな結末を迎えた。それでいいじゃないか。
フと、電さんと目が合った。電さんも大淀さんの左手に気付いたらしく、私と目が合った途端、『気付いたのです?』と私に目で語りかけていた。
「電さん」
「はいなのです」
「ふふ……」
「へへ……」
とてもやわらかい、彼女らしい満面の笑みを浮かべる電さん。つられて私の顔も緩む。胸が温かい。人の幸せって、温かいなぁ。
「はぁ……承知しました。ではこれで……」
提督が電話の受話器を置いた。時計を見ると朝10時。そろそろ電さんたちが朝の遠征任務に出る時間だ。
「それじゃあそろそろ行くのです! 大淀さん!!」
「はい! それじゃあ私も準備しなきゃ」
今回は大淀さんも出撃する。ただ遠征任務といっても、今はシーレーンを通って資材を持ち帰ってくるだけの輸送任務だ。敵に遭遇することもなければ、戦闘が起こることもない。ドラム缶に資材を目一杯積み込んで、それをひきずって帰ってくるだけの、体力勝負ではあるが簡単な任務だ。
大淀さんが自身の席から立ち上がり、入り口に向かおうとする。
「大淀」
そんな大淀さんに、提督が声をかけた。死んだ魚の眼差しが、いつになく、まっすぐと大淀さんを見つめていた。
「はい?」
「気をつけてくれよ?」
「大丈夫ですよ。電さんや天龍さん、深海棲艦の皆さんもついてくれてますし」
そんな提督の、死んだ魚の真っ直ぐな眼差しに答える大淀さんの眼差しもまた柔らかく、そして、ほっぺたが少し赤く染まっていた。
「だから、て……」
「ん?」
「……んーん。あなたも書類仕事、ちゃんと片付けてくださいね。イツキさん」
「ん……」
あら。これはまた……昨日の今日であさっぱらから……。今まで気づかなかったのだが、大淀さんをよく見てみたら……頭からちょっと大きめのハートが一個だけ、ぽややんと浮かんでいた。
大淀さんはそのまま電さんと共に、執務室を出て行った。その道すがら、二人の楽しそうな会話が聞こえてくる。
「集積地さんは?」
「電のお嫁さんはまだ寝てるのです……」
「あら……でもかわいい旦那様で……」
「天龍さんは先に港で……」
そんな二人の楽しそうな会話は、パタンというドアの音とともに、聞こえなくなった。
「提督?」
「ん?」
「おめでとうございます」
「……ありがと」
みんなには……別に、まだ伝えなくていいか。青葉さんがそのうち二人のことに気づくし、そうすれば勝手にみんなにも広まるだろう。なにより、これは私からではなくて、提督と大淀さんの二人から、みんなに報告するべきことだ。私がしゃしゃり出ることではない。
電さんと集積地さん、そして提督と大淀さんと砲台子鬼さん、どうかお幸せに。
おわり。
………………
…………
………
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