提督はBarにいる。
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艦娘とスイーツと提督と・13
~明石・懐中汁粉~
ー工廠・深夜ー
「ん~……つっかれたぁ」
薄明かりの下でピンク髪の女性が伸びをする。何時間も座りっぱなしでいたのか、背骨や肩関節の辺りからバキボキとその身体に似つかわしくない音が鳴る。
「よ、お疲れさん」
「ひゃわぁ!?って、提督。ちょっと脅かさないで下さいよ~」
暗がりからヌッ、と姿を現した白熊のような巨体に驚き、危うく椅子から転げ落ちそうになる女。
「カカカ、驚き過ぎだっつの。今晩様子を見に来るって言っといたろ?」
「あ~……そうでしたっけ?」
「そうでしたっけ?ってお前……仮にもこの鎮守府の長とのアポをすっぽかすなっつの」
全くこいつは、と呆れたように溜め息を吐き出す提督。語らいの相手はお察しの通り、この鎮守府の工作艦にしてトンデモギミックやロマン武装の生みの親・明石である。さてさて、こんな時間に明石と提督が2人きりで何をしているかと言えば……浮気等ではなく新型艤装の開発計画を練っているのだ。しかも、提督の肝煎りで。
「すまんな、本当はこんな時間に作業する予定じゃなかったんだろ?」
「えぇまぁ。でも仕方無いですよ、こっちは殆ど趣味みたいな物ですし。本来のお仕事は疎かに出来ませんから」
工作艦の本来の仕事は、艦娘の艤装の整備と体調管理、それに酒保の管理である。護衛任務からの帰還途中に遠征隊が襲撃され、負傷。つい2~3時間程前まで鎮守府内はバタバタと忙しなかったのだ。今は応急処置の済んだ連中も皆入渠ドックに収まり、どうにか静けさを取り戻してはいるが。
「ま、くれぐれもワーカーホリックにはなるなよ?それとこれ……注文の差し入れだ」
「うわ、ホントに作ってきてくれたんですね!嬉しいなぁ……」
そう、既に手遅れじゃないかというレベルのワーカーホリックになりかけている明石がスイーツチケットを引き当てた1人だったりする。注文は『工廠の息抜きで食べられる和菓子。保存性・収納性高ければ尚良し』という物だった。
「開けても良いですか?」
「もち。その為に作ってきたんだからな」
ワクワクした様子で『そのお菓子』が詰められた箱を開けた明石は……笑顔ではなく、眉根を寄せた。
「最中(もなか)……ですか?提督」
少なからずその声音に含まれているのは『がっかり』である。あの提督が、殊更料理に関しては皆の期待を裏切ってくれる提督が、作ってくれた菓子が何の変哲もない最中。
「これなら別に、伊良湖ちゃんの所で買えますよね?」
わざわざ提督に作ってもらわなくても……いや嬉しいけど、好きな人の手料理ですし?なんて事を脳内でぼやく明石。対して提督は意地の悪い笑みを顔に貼り付けたままだ。
「アホか。鎮守府内で買える物をわざわざ作って、差し入れにすると思うか?この俺が」
「ですよねぇ~!……で、これ何です?」
「こいつはな……こうやって食うんだよ」
提督はおもむろに最中の1つを手に取り、明石が面倒臭がって片付けていなかったのであろう(流石に洗ってはあるが)お椀に入れ、そこにポットからコポコポとお湯を注ぐ。すると水気を吸った最中の皮が崩れ、その中から粉末状になったあんこが溶け出して来てお湯と混ざって最中から別の和菓子へと姿を変えた……そう、最中からお汁粉へと変貌を遂げたのだ。
「懐中汁粉って言ってな?生まれたのは江戸時代……まぁ、今のインスタントのはしりって言ってもいいかもな」
「は、初めて見ました!食べてみても?」
「当たり前だろ?お前に食わす為に作ったんだからよ」
提督は苦笑いを浮かべつつ、自分の分も懐中汁粉を準備しようともう1つ茶碗を取り出してお湯を注いだ。
「う~ん、初めて食ったが……何ともこれは」
「あれ、美味しくないですか?これ。私的には滅茶苦茶美味しいんですけど」
ズルズルと啜っていたお椀から口を離し、首を傾げる提督に話しかける明石。
「個人的には最中の皮はパリパリの方が好きな質なんでな」
提督的にはモ〇王よりもチョコモ〇カジャンボ派だったりするのだ、主に最中のパリパリ具合的に。なので、懐中汁粉のスープを吸って白玉の代役を担わされている最中の皮が許せなかったらしい。
「まぁ、それは個人的嗜好の差って奴ですね。私は好きですよ?コレ」
「そうか?まぁお前さんの為に作ったんだ、お前が気に入ったんなら問題ない」
そう言って段ボール箱を取り出す提督。中身は全て懐中汁粉だったりする。妖精さんに協力を仰ぎながら、防腐処理を施して大量ストックをしたのだ。
「ちょ、ダメですってば提督!依怙贔屓なんて!」
「違ぇよ、これは他の連中も納得の上での処置だ」
「ふぇ?」
「ウチはただでさえ大所帯だからな、工作艦である明石に掛かる負担もデカイ。だから、他の連中からももっと労ってやれと文句を言われてな?」
実際はもっと違う方法での慰安にしろ、と言われたのだがそれは却下した。内容は『ウチのルールに抵触する』内容だったからな。トップである俺自らがルールを破る訳にはいかん。
「疲れた時には甘い物がいいからな、妖精さんやら工員連中と分け合って仲良く食ってくれ」
「えへへ……ありがとうございます」
明石は、そのピンクの髪に負けないくらい顔を赤くしながら、俺の頬にチュッと口付けをしてきた。
「ま、まだ錬度が足りないのでっ。唇は、ちゃんとケッコンしてからにしますっ!」
自分でも無意識にやってしまったのか、わたわたと焦った様子で言い訳する明石。実は明石の恋心については他の連中に聞かされていたし、薄々解ってはいた。しかしこいつは一歩引いてしまって面と向かって好意をぶつけてこようとはしなかった。あくまでも上司と部下……ビジネスライクな関係でいようとしている。
「あぁ、楽しみにしてるよ……っと」
そこで俺はニヤリと嗤い、明石の腰(正確には逃げられないようにスカートのスリット)に手を回し、(というよりもスリットに手を突っ込み)明石の唇に強引に口付けをした。完全な不意打ちに明石の顔はゆでダコ状態である。
「てっ、ててて、提督?今のは……」
「ん?いつもありがとうって感謝の先払い。……要らなかったか?」
ブンブンと首を勢いよく横に振る明石。耳年増なクセに乙女っぽい所が実にからかっていて楽s……ゲフンゲフン、可愛らしい奴なのだ。
「んじゃ、俺はそろそろ店に戻るわ。早霜に留守を預けて来てるんでな」
「あ、ふぁい……じゃあ」
「あんまり根詰めすぎんなよ?じゃあな」
そう言って工廠を痕にした。ついでに、ニヤニヤしながら外で待機してた青葉をジャーマンスープレックスの上、カメラを破壊しておいた。翌朝、青葉への処分は追って伝える予定である。
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