提督はBarにいる。
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
栗でホワイトデーを・2
「あれ?提督さん、何してるんです?」
「あぁ、速吸か。いやなに……ホワイトデーのお菓子の試作をな?」
「あ~……そういえばもうそんな時期ですもんね!」
そう言いながら抱えていた書類をカウンターの上に置く速吸。どうやら任務の報告書らしい。
「輸送任務……確かラバウル技研に頼んだ奴だったか?」
「はい!遠方へのお使いだったので、速吸も参加してたんで」
「お、お使いって……お前なぁ」
ラバウル技研に届けて欲しい荷物があったので、輸送船をチャーターして護衛を付けたのだ。当然ながら遠方への遠征となれば航続距離も伸び、消費する燃料も増える。その為に補給艦である速吸もメンバーに組み込んだのだが……。
「え?だって提督さんのお荷物を、ラバウル技研にお届けしたんですよ?」
だったらお使いじゃないですか、と大真面目な顔で語る速吸。忘れてた、コイツちょっとアホの娘だった。天然というカテゴリに収めるには度が過ぎているので、失礼だとは思いつつもアホの娘という呼び方を(心の中で)させてもらっている。
「まぁいいや、そっちの仕事も一段落なんだろ?ちょうどいいからホワイトデーのお菓子の試食手伝ってくれや」
「え、いいんですか!?」
俺の発言を聞いた途端、速吸の目が輝いた。もしも犬の尻尾が付いてたら、凄い勢いでブンブン振り回されてそうな感じだ。
「あぁ、どうせ遠征から帰ってきてロクに休憩も取らずに報告書仕上げてたんだろ?」
「え、あ……アハハ」
遠征隊が帰ってきたのが昨日の夜遅く。今が午後の2時過ぎだから、おおよそ半日以上仕事にかかりっきりだった事になる。そのせいか、ショートボブの黒髪はあちこちハネており、目の下にはうっすらと隈が出来ている。アホの娘と揶揄した速吸ではあるが、責任感は強いし仕事は出来る娘なのである。ちょっと言動やら私生活が残念なだけで。
「疲れている時にゃあ甘い物が一番だからな……ただし、他の奴には内緒だぞ?」
「はいっ!速吸、守秘義務は守ります!」
大丈夫かなぁと一抹の不安を残しつつ、俺は予め作っておいたモンブランを出してやる。
「ふわぁ……こここ、これって栗のお菓子じゃないですかっ!」
「そりゃ、モンブランだからなぁ。どうみても栗だろ?」
「速吸、艦の頃は秋を知らなかったんです。だから栗とかお芋とか秋刀魚とか、秋の食べ物に目がなくて……」
変でしょうか?と視線を送ってくる速吸。あぁ、そういやそんな艦歴だったなぁと俺はそこで漸く合点がいった。
給油艦・速吸。ミッドウェーの大敗を受けた帝国海軍が、空母の損失を少しでも補填すべしと生み出した、カタパルトを備えたタンカー。当然ながらその腹の中は重油とガソリンに満たされ、艦載機を格納する余裕など存在するハズもなく、野晒しでただ載せただけという有り様。それでも無いよりはマシだと1943年のクリスマス、彼女は進水した。
瀬戸内海での訓練を終え、フィリピンへと向かった彼女を待ち受けたのは過酷な現実だった。6月11日に到着した2日後、アメリカ軍のサイパン島に対する艦砲射撃が始まったのだ。事態を重く見た海軍はあ号作戦を発令。属に言うマリアナ沖海戦である。速吸も補給部隊として参加。しかし作戦は大失敗に終わり、敗走する味方に給油を行って退却を開始。その途上でアメリカ軍の空襲を受けて損傷を受けるも、辛くも生存。呉に戻って修理を受けた後、再び派遣されたのもフィリピンに向けてであった。
8月10日、フィリピンに向けて出港するも悪天候に阻まれて思うように進めず、更には米潜水艦によるウルフパック(群狼戦術)によって包囲され、速吸を含む20隻の大船団『ヒ71船団』は送り届ける筈だった陸軍将兵7,000名の命と共に壊滅した。冬に進水し、翌年の夏に沈んだ彼女には秋の思い出が存在しない。そのせいか、秋の食べ物に人一倍思い入れがあるらしい。
「悪い事じゃねぇさ、人の好みなんざそれぞれだ」
そう言って頭をワシャワシャと撫でてやる。
俺も一服するかとコーヒーを二杯淹れ、灰皿と共に持ってソファに腰を下ろす。コーヒーを啜り、煙草をくわえて火を点ける。ぷかりと煙で輪を作りながら、とある書類に目を通す。
「休憩中もお仕事ですか?やっぱり大変なんですね、提督さんって」
むぐむぐとフォークをくわえたまま、速吸が喋っている。
「あのなぁ。俺だって一応大将だぞ?それなりに忙しいんだよ……ってか、普段お前らの目に俺はどう映ってるんだ?」
「えぇと……」
速吸は思案顔になりながら、指を折りつつ俺に対する印象を挙げはじめた。
「お料理が好きで、お酒も好きで、お仕事が嫌いで、おっぱいの大きい人が好きで、いつもお仕事サボろうとしてて、それでいつも大淀さんに怒られてるなぁって!」
「ぐふぅっ!」
言い返したい。しかし殆どが客観的事実過ぎて言い返せない俺がいる。物凄い笑顔で言い切る速吸もすげぇと思うが、これじゃあ俺がおっぱい好きの飲んだくれてるダメ親父のようじゃないか。何としても否定したい、特にダメ親父の部分を。
「そりゃ、お前らが海上にいる時が俺の仕事してる時間なんだからよ。俺の仕事してる姿なんざ見た事あるわけねぇだろ?」
「あ、それもそうですね!」
助かった、速吸がアホの娘(よく言えば素直)で助かった。ただ、もう少し真面目に仕事しよう……と密かに心に誓ったのは内緒だ。
「それで、何の書類を見てたんですか?」
「あ~……何と言うか、ウチの抱えてる問題に関する現場からの声、って言えばいいかな?」
書類のタイトルは《当鎮守府に於ける演習の効率減少に対する陳情》である。
ウチの鎮守府は規模・戦力・錬度共に南西海域に存在する鎮守府の中では一番だと自負している。よって、良くも悪くも演習というのは『相手に合わせた』内容へと必然的に変化し、相手に経験を積ませる為の物と化してしまった。相撲や柔道でいう所の『胸を貸す』立場にしかなれなくなったのだ。
勿論、活きのいい艦隊ってのはどこにでもいるモンでウチに真っ向勝負を挑んでくる奴等もいた。……居るのではなく、居たのだ。過去には。その度にどこぞのモヒカン軍団よろしく砲雷撃しか出来ない連中に満面の笑みで襲い掛かる近接用の得物を持ったウチの艦娘達。その鬼気迫る姿は相手の艦娘にトラウマを与え、マトモにウチに挑んでくる艦隊は居なくなってしまったのだ。それこそ、同格の中将・大将クラスの艦隊と演習が組めればいいが、将官って奴は政治のコマにされやすい。というか、される。持ち場を離れて移動するだけで一大事なのだ。おいそれと演習が組める訳もない。そのせいで最近は艦隊内の味方同士での演習がメインになってしまっている。
だが、それもまた問題である。何せ相手は勝手知ったる身内。好む戦術、好まない戦術等の『クセ』が解ってしまう。相手の裏を掻いたり、苦手とする戦術ばかりで攻めてしまい、対応できる状況の幅が限られてしまうのである。ならば俺が鍛えようかと嬉々として出張っていくと、頼むから戻って書類を片付けていてくれ、日常的に地獄を見るのはイヤだ、とあからさまな拒絶をされる。何故だ。
要するに、何事も頑張りすぎたせいでどうにもならなくなってしまったのだ。
「あーあ、どっかに居ねぇかなぁ。ウチの連中とタメ張れるだけの戦力の相手」
まぁ、そんなのは俺の高望みだ。どうにか上手い手を考えてやるのも提督である俺の仕事だろう。
「さてと、ご馳走様でした。速吸はもう行きますね!」
「お、そうか?どうだったモンブランの味は」
「とっても美味しかったです!でも、私達の中には和菓子の方が好きな娘も多いので、選べると嬉しいかも知れません!」
成る程、和菓子か。ホワイトデーのお返しに和菓子はどうなんだと思い、自然と避けていたかもしれん。
「そっか、ありがとよ」
「いえいえ、それでは!」
にぱっ!と元気を振り撒くような笑顔を残して、速吸は去っていった。さてさて、栗の甘露煮を使った和菓子、作るとしますかね。そう考えた俺は残っていたコーヒーを飲み干し、腰を上げた。
ページ上へ戻る