堕天少女と中二病少年
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堕天使と黒騎士は契約した
「ん……?」
ガッチャン、と自室のドアが開門する音がした。それを耳にして、遠のいていた意識がほんの少し鮮明になる。
しかし我は意に介さない、慌てることもない。おおかた母が起こしにでもきたのだろう。黒騎士は朝に弱いのだ。まだチャージが要る。
「母……よ。時の余裕は未だ健在のはず。遅刻だけにはしない、我に……一さじの休息をくれまいか?」
眠りに沈みそうで途切れ途切れになりながらも、我はなんとか問いかけた。
「……」
返事はなかったものの、無言であるあたり母は了解をしたに違いない。沈黙は肯定だ。これで安心して回復につける。我は気を取り直してひとつ寝返りをうち、思考を止めた――。
「起きなさーい!!」
……止めたその時、耳に不予測のアラームがぐわんと響いた。
「っ!?」
たまらずにかけ布団を蹴り飛ばして身を起こす。開けた視界に部屋の真っ白な壁紙が飛び込んできたところで、ようやく我は起こされたことを理解した。
こんな形で邪魔を受けたためか、心へ強い不満の情が渦巻いてきた。おかげで淡く残った眠気が泡のように消えていく。
――還らぬ安息のひとときを返せ!
「よくもやってくれたな!!」
想いをぶつけるつもりで我は母が立っているであろう方へ向く。
「はぁい、リトルデーモン♪」
だがそこには母ではなく、別人がいた。我が通う中学校の女子が着る制服を纏った少女が。
ただしそいつは――肩から背中の途中まで続く漆黒マントを羽織っている。普通の奴らはこんなもの身につけない。
だとしたら、これは見間違いなどでは断じてないのだ。咄嗟に後ろに飛び退いて我は叫んだ。
「何故ここにいるんだ堕天使ィィィィ!?」
いたのは、津島善子だったのだ。
「やっと睡魔の闇を切り抜けたようね!」
「おかげさまでなっ!!」
やったと言わんばかりの顔で語りかけてくる堕天使。まったく、我の気も知らないで……む、そもそもどうやってここに侵入したのだ? 窓は開いていない、要するに彼女は玄関を通ってきたはずだ。すなわち母親と対面していることになる。我が母は堕天使の振る舞いを目にして敬遠はしなかったのか!?
「こら湧丞! あんまり善子ちゃんを待たせちゃだめよー!! 」
思考を巡らせていると母の注意がドアの向こう側から飛んできた。ここで我は悟る。
――堕天使の奴、母に対面したときは人間として挨拶したのか!
「リトルデーモン、学校に行くわよ!」
状況に追い付くので精一杯な我をよそに、堕天使は我の腕をぐいぐい引っ張りそんなことを促してくる。
「迎えに来いとは頼んでないぞ堕天使! だいたいなんだ『リトルデーモン』って。妙なあだ名を付けるんじゃない!」
「え……?」
我がやけくそになってそう言うと、彼女はきょとんとしてこちらを見つめ――やがて体をぷるぷると震わせはじめた。
「む。今我は悪いことを口にしてしまったか?」
「よ……」
「よ?」
「湧丞のバカぁーーっ! これでもくらえっ!」
「おぶあっ!?!?」
顔面に圧迫の砲弾が直撃した。堕天使がベッド上にあった枕を取り、それをこちらめがけて投げつけたのだ。本体の柔らかさ故に痛みはなかったが、インパクトある振動が当たったそこに数瞬伝った。
「えええええ!? 理不尽すぎるんだけど!?」
我はすぐさま堕天使に訴えかける。ダメージは皆無であったが、我の素を引き出させるには十分な威力の出来事であった。
「忘れたの!? 昨日契約したばっかりなのにー!」
「契約?! どういうことだ!」
訊いてもむくれてじたばたする堕天使。
「…………あっ」
が、ふっと思い出して。
「確かに契約したな、堕天使よ……」
我は他人事のように呟いた。
~~‡~~‡~~‡~~
あれは昨日――決闘が一区切りついてからのこと。
本来ならあのまま別れるつもりであったが、我と津島善子はどこまでも延々と続いてすらみえる防波堤沿いの道を歩いていた。なんと家の方向が同じで、しかもかなりのご近所だというのが判明したためだ。
「――津島善子」
「なに?」
なんとなく呼びかけると、津島善子は疲れた様子で答えた。先程まで繰り広げていた決闘がたたっているのだろう。
……いや、おそらくは決闘後に意地の張り合いをしすぎたせいだが。我にも変な疲労がたまっている。
「……呼んでみただけだ」
「用がないなら話しかけないでよね。ヨハネは魔力の供給で忙しいんだから……」
我の中身なき返しに、ふうっと溜め息をつく津島善子。だが彼女はいきなりハッとして顔を上げると、あたふたして訊いてきた。
「さっきの勝負って、どっちの勝ちになるの!?」
「あー……そういえばその点が曖昧であったな」
我は顎に手をあて少々思案し、結論を出す。
「我の負けだな」
「なんでよ?」
あっさりと我が敗北宣言したことが気にかかったのか、津島善子は怪訝そうな目をこちらに向けた。
「考えてみれば、我は敵とはいえ女に武器を振り回したのだ、それは“黒騎士なりの騎士道“に大きく反する。仮に勝ったとて意味などなかろう」
「ふーん、案外ちゃんとしたポリシー持ってるのね」
「まあな。ということでお前の勝ちだ、満足か?」
「理由はわかったけど、ちょっと不本意」
納得しつつも複雑な表情をする彼女に、我は続ける。
「実際は中断したっきりだからな。いいだろう、いつか再び剣を交え――おっと、騎士道上もうお前とは戦わぬ」
「うふふ、あなたの騎士道ってどうにも脆そうね」
「そうかもな。しかしお前は堕天使としてボロを出しすぎているではないか……クククッ」
最後は双方とも小言をこぼし、笑い合った。
ああ――心踊る。必要以上に馴れ合ってしまったからかもしれぬが、津島善子とは気が合うように感じる。
「ねえ……えっと……その」
と、急に津島善子が静かになり――たどたどしく言葉を紡ぎはじめた。
「どうした?」
我が訊くと、彼女はいきなりこんなことを口にしたのだった。
「わ、私の――リトルデーモンになりなさい!」
「……ぬ?」
~~‡~~‡~~‡~~
「……思い出したならいいの!」
津島善子はぶっきらぼうにそう言ってぷいっと顔を背けると、そっと安心したように胸を撫で下ろした。毒気を抜かれた我はベッドから降り、登校の意を固めた。
「では、学校に赴くとするか」
うむ、そうだった。昨日をもって我は彼女の『リトルデーモン』になったのだ。別に比喩ではない。リトルデーモンは、リトルデーモンだ。あの後は彼女の家で儀式やら呪文やらをやらされて大変だった。
決闘する前に津島善子が言おうとした、彼女の欲する勝利代償。それがまさにこれ、『リトルデーモンになってもらうこと』。彼女いわくクラスの民々にも頼んでみたらしいが、男女ともに話がうまく通じなかったそうだ。
気持ちはわからんでもない。我も3ヶ月前黒騎士になったと初めて学校で宣言した時は、クラスの全員があからさまに困ったような顔をしたものだ。あれがどれほどこたえたことか。
……結局のところ津島善子の望みを端的に言うなら『友達になって』と、こういうことだろう。
「さっさとしないと置いていくんだからね!」
「うむ、ならば我を置いてさっさと行くがよい」
「ちょっとは焦りなさいよ!」
困った堕天使である。まあなんだ、我は制約に従ったに過ぎぬ。異論する気は毛頭ない。
「だったら落ち着くことだな、堕天使よ」
我はすました顔で堕天使をなだめつつ、通学バックを手に取るのだった。
――我は黒騎士。またの名を手尾湧丞。昨日をもって津島善子こと堕天使ヨハネの『リトルデーモン』になった、類い稀なる騎士だ。
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