堕天少女と中二病少年
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決戦!? 堕天使vs黒騎士
我が黒騎士として目覚めたのはほと三ヶ月前。近所の100円均一ショップ……失敬、ダンジョンを探索していた中――置いてあった“黒刀“を目の当たりにした時であった。
ダンジョン内にいた男(一般人共は店員とか呼んでいたな)に、我はこの名刀につき問いかけた。男は「西洋風な刀のレプリカですね。100円でお買い求めできますよ」などと意味不明な返答をしてきたが、とにかく容易に入手可能なようだったので奴の話に乗った。
その日の帰還道中、夕暮れの光に照らされながら――初めて刀を手にして掲げたあの瞬間。忘れやしない、あれが我の原点だった。
さて、過去の足跡を振り返るのはほどほどにしておいて……。
「いつまで尾行する気だ?」
歩を緩めて我は言い放つ、さすれば後ろから「うっ」という小さな呻きがしてきた。やはり、そうだった。どうりで学校を出た辺りから誰かに見られているような感覚がしたものだ。我をつけてきている者がいたようだ。
「姿を現すがいい……」
「うふふ、あなたの後ろから堕天降臨っ!」
足元を我とは別の影が素早くよぎり、正体は眼前へ飛び出してきた。
相手を見据えて我は薄ら笑む。想定通り、つけてきていたのは堕天使ヨハネと自称する少女――津島善子であった。
「……我の恐ろしさを省みず、ぬけぬけとついてきた点については褒めてやるぞ、津島善子。」
「ふんっ、当然よ。私は堕天使なんだから――あと、善子言うな!」
津島善子は無駄に勝ち誇った顔で胸を張って告げたと思いきや、直後頬を膨らませて我に訂正を促した。いちいち表情の変化かが忙しい奴だ。
そしていかなる企みがあったのかは不明だが、必死に尾行していたのは間違いなさそうであった。頭のサイドに束ねてあるおだんごを含めて彼女の髪は風に美しくなびいているものの、制服が乱れている。
「……用件があるならさっさと済ますんだな。我とて暇ではない」
我は彼女を促す。学校での営みは始業式祭典のため11時――つい先程に終焉し、我は今まさに家に戻らんとする最中だった。早急に還り、武器の手入れがしたいのだ。
津島善子はすーはーと深呼吸し、やがて口を開く。
「ヨハネと勝負しなさい!」
「……なにぃ?」
これまた予想外だった。てっきり彼女はもっとくだらぬことを要求してくるものと踏んでいたのに。
「しかしそれは呑めない。第一、我は黒騎士。『騎士』と名の付く以上、迂闊に武力は使いたくない。それにこれといって潰し合う理由もあるまい」
「さあ始めるわよ!!」
「おい津島善子。何を勝手に決めているのだ」
「いいから! は~や~く~」
こいつ、強制戦闘型なのか? まるで聞く耳を持たない。というか、もはやあれは駄々をこねている。いささか彼女が堕天使なのか疑わしくなったぞ。
「フン、交渉決裂アンチプロミスだ」
「ちょっと!?」
制止しようとする津島善子に構わず、我はまっすぐに歩を再開する。付き合いきれぬ。
「待ってってば~!」
「断る!」
我がかわし、津島善子が阻む。それを繰り返した。彼女はしつこく粘っていたが、暫くすると追ってこなくなった。
――やっと諦めたようだ。
「では、またな」
首だけ向けてぴしゃりと静まった彼女に別れを告げ、我は拠点へ行く方向へ足を進め出した。かわいそうだが仕方なきこと――
「――――負けるのが恐いの?」
我の耳元で――そんな吐息。
横目で見ると、至近距離で津島善子が不敵そうに我を挑発していた。
己の深淵に触れられた感覚を覚えた。手の開閉を何度か繰り返し、我は確信する。
戦 闘 モ ー ド が 覚 醒 し た
「なんだと……?」
「その気になったみたいね」
「うむ、お前の思惑通りな。黒騎士が敗れることはない――我が闘志に火を灯したことを後悔するなよ」
我は通学バッグを道の脇に置き、チャックを開けてそこから“黒刀“を取り出し、鞘から刃を抜いて一歩下がり――体勢をとった。戦闘の構えだ。
「って、それただのレプリカじゃない!」
「とうっ!!」
津島善子がわけのわからぬことを叫んだがどうでもいい。我は気迫にまかせて彼女の間合いへ踏み込んだ。
「その前に取り引きよ!」
「む」
……が、そう言って津島善子が掌をかざしたため我は体にブレーキをかける。
「ぜ~ったいにあり得ないでしょうけど、ヨハネ相手に勝利を手にできたらあなたの望みを一つ叶えてあげる。逆に、私が勝ったら……」
「勝ったら、なんだ?」
「や。やっぱりいいわ。後にする!」
「ならば戦闘開始といこうか」
望み、か。だとすればなおさら気を引き締めなくてはいけなくなった。我が億が一敗北して黒騎士としての力を吸いとられでもしたら致命的だ。
それにしても津島善子の奴、やけにもじもじとしていたが……。勝利した暁にどんな目論みがあるのか想像もつかぬ。
いや、ひとまずは戦いに集中するだけのことだ!
「一騎討ちでいいな? お前も武器があるなら出せ」
「特に武器は必要ないわ」
互いに下がり、距離をとる。準備が完了するのを確認し合い……ついに決闘が幕を開けた!!
「いくぞ! うおおおおおお!!!」
「とりゃああああっ!」
我も津島善子も、相手めがけて一直線に走り出した。
分かる。躯が加速するたびどんどん強く吹き付けるようになる抵抗の風と、我らの辺りをとめどなく散る重圧の気が。
目測20m、15m、10m。刻々と間が詰まる。
勝負はおそらく――一瞬で着く!
「へぶっ!」
「……あ」
……本当に一瞬で着いてしまった。津島善子が不意にコケたのである。
「お、おい」
「うぅ……いたた……」
寄ってみると、彼女が右膝を擦りむいているのがわかった。大事には至っていないが、とりわけ軽い傷というわけでもない。目に涙を溜めて津島善子は痛がっている。堕天使にもダメージという概念が存在するらしい。
「……少々待機していろ」
我はそう言いつけ、一度通学バッグが放ってある地点まで行き、消毒液と絆創膏を持ち出して彼女の元へ戻った。
「刹那に痛覚が刺激されるだろうが、耐えるのだぞ?」
彼女の傷口に消毒液を吹きかける。ピリピリしたのだろう、津島善子は涙目のまま僅かに身を震わせた。だがしっかり我慢しているようだった。
「いい子だ」
「うっ、うるさい!」
調子にのって撫でてみると、津島善子は慌ただしくそっぼを向いた。色々と悔しく思う点があったのかもしれない。
「治癒完了。動いていいぞ」
我は絆創膏がちゃんと傷口を覆うように貼り付けてから彼女を解放した。応急処置する機会はこれまでにあまり経験がなかったので慣れておらず、案外時間を要してしまった。
「…………ありがと」
「ぬ!?」
と、津島善子が我に礼を言ってきた。照れくさいのだろうか、彼女の顔はルビィの如く紅い。
「何か言ったか?」
「……何も言ってないけど?」
「だが、今『ありがと』とかなんとか」
「なっ――聞こえてないフリしてたの!? 堕天の力であなたに災難が降りかかるようにするわよ!」
半乾きの涙を袖で拭って、脅迫を試みる津島善子。しかし威厳は皆無である。
「ククッ……笑いが込み上げてきたぞ」
「この~~っ!!」
――今日は実に、騒々しい日だ。
我は雲の流れ行く晴天を仰ぎ、苦笑するのだった。
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