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ソードアート・オンライン 瑠璃色を持つ者たち

作者:はらずし
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第二十二話 容疑者X

 
前書き



ええ〜、お久しぶりです、はらずしです!

まずは謝罪を。
待っていてくれた方、本当にすみませんでした!
中々書く時間が取れず……

なんと前回の投稿から半年以上という暴挙に出てしまいました…
それでも根気よく待ってくださった方、お待たせしました!

それではどうぞ!

詳しい謝罪は後ほど……(ーー;)
 

 
第二十二話 容疑者X



男性プレイヤーを吊るしたロープ。
その彼を突き刺し死に至らしめた短剣。

それら物的証拠をストレージへと放り込むと、キリトはアスナとともに教会の入り口で門番をしてくれていたプレイヤーに礼を言ってから、未だ野次馬だらけの広場へと戻った。

念のため、門番役を買って出てくれたプレイヤーに聞いてみたが、やはり他のプレイヤーが出入りした形跡はなかったそうだ。
微かな可能性とはいえ空振りだと少々堪えるが、そこに執着している場合ではない。
意識を切り替える。
キリトはすぅ、と息を吸い込んで、広場に響き渡る大声で呼びかけた。

「すまない、誰か一部始終を見ていた人はいないか。いたら名乗り出てくれ」

周囲がざわめき始めて数秒後、おずおずと女性プレイヤーが人垣から身を現した。
キリトには見覚えのない顔だ。武器も装備も簡素なもので、おそらく中層から来た観光客といったところか。
彼女はキリトを見るや、怯えた表情を見せたがアスナがそれをフォローする形で彼女へ優しく語りかけた。

「ごめんね。怖い思いをしたばかりなのに」

「あ…あの……私《ヨルコ》っていいます」

か細い声で名を告げてくれた彼女の声色に、キリトはーーおそらくアスナもーー聞き覚えがあった。

「もしかして、さっきの最初の悲鳴は、きみの?」

「は……、はい」

ゆるくウェーブする濃紺色の長髪を揺らしてヨルコと名乗る女性プレイヤーはうなずいた。
アバターの外見からして十七、八歳くらいか。正確なところはわからないが、キリトより歳上だろうことは言うまでもない。

全体的に青系統。冷色に寄った装備から《ヨルコ》という名前は、もしかすると《夜子》と当てはめるのかもしれない。

そんなことを考えていると、彼女のダークブルーの大きな瞳から、涙の雫が浮かんでいた。

「私………、私、さっき……殺された人と、友だちだったんです……。今日は……あの人とご飯食べに来てて……それだけだったのに……彼が………!」

涙ぐむ声で話してくれていたが、堪えきれないといった様子で口許を覆い隠し、嗚咽を漏らし始めた。
キリトは視線を外し、アスナは教会の内部にあった長イスにヨルコを座らせ自分も隣に座って背中をさすった。

当然の事だろう。友人が突如殺されたのだ。しかも目の前であんな殺し方だ。正気を保っていられなくてもおかしくはない。
消え入りそうな声で、すみませんと何度も口にしていたが、むしろ謝るのはこちらの方なのだ。
今から開いた傷口を広げるような問答をするのだから。

「………ありがとうございます。もう、大丈夫です……」

言葉とは裏腹に顔色は優れないが、それでもこの返事ができるのだ。彼女は案外と気丈なのだろう。
「辛かったらまだいいよ」というアスナの言葉にも「大丈夫です」と首を横に振って話をし始めてくれた。

「あの人……、名前は《カインズ》っていいます。昔、同じギルドにいたことがあって……。カインズとは、今でもたまにパーティを組んだり、ご飯を食べに行ったりしてて………、今日も晩ご飯を食べに来てたんですけど……」

ヨルコはそこでギュッと目を閉じた。
あの光景が、見せしめのようなアレが再び脳裏に浮かんだのだろう。
それを振り払うようにして、彼女は再び口を開いた。

「でも、人が多くて彼を見失ってしまって……、周りを見回していたら、教会、から……彼が………」

「その時、誰かを見なかった?」

アスナの問いに、ヨルコは一瞬、肩を揺らし、黙りこんだ。
そしてゆっくりと、しかし確かに首肯した。

「はい………、一瞬、なんですが……カインズの後ろに、人影があった、ように見えました……」

ヨルコの言からすれば、やはり、あの大勢からなる衆人環視の中、カインズ氏を死に至らしめた犯人とやらは悠々と、そして易々と犯行を行ったのだ。

攻略組に連なるプレイヤーさえいたあの空間で、誰に悟られることなく、誰に見つかることなく、人を殺して見せたのだ。

アスナは身体がブルリと震えたのを自覚した。

高レベルプレイヤーの他に、アスナの目の前で佇む黒衣の少年の磨き上げられた《索敵》スキルでさえ見つけることができなかった。
アスナの知る限り、彼の《索敵》スキルは攻略組でも群を抜くトップクラス。それはこの世界(SAO)での頂点と同義だ。

その彼でさえ犯人の影さえ見つけられなかった。それはなにを意味するのか。

もし仮に、ハイディング機能のついた装備を纏っていたとしても、移動中に能力が低下するというデメリットが存在する。
つまり犯人はそのデメリットさえ補正可能な《隠密》スキルを習得していることになる。

本当にそうだとしたら、犯人はそのためだけにキャラメイクをしているとまで考えてしまう。
気配を消し、目に留まることなく、闇から伸びる魔の手。

ーーー《暗殺者(アサシン)

安直だが、決して的はずれではない。むしろイメージそのものだ。

そしてその安易な結びつき方は、おそらくキリトも同じだ。人柄はともかく、攻略戦などにおける洞察力はアスナの所属する団長にさえ匹敵する。
そんな彼がこの想像へ行き着いていないわけがないと、アスナは確信すら抱いていた。
なんやかんやあっても、アスナのキリトへの評価は他に比べてずいぶん高いのだ。人柄はともかく。

「………?」

しかし。その彼はといえば、コブシを握りあらぬ方向へと顔を背けていた。
アスナと同じ判断に行き着いたようだが、彼はその先に思考を張り巡らせているようだった。
横顔しかうかがえぬその表情は、苦渋の面持ちで。けれど、ともすればーーー

「その人影に、見覚えはあるかな?もしくは、人影に特徴とかがあると教えて欲しい」

思考をよそに、キリトは二つの新たな問いを重ねていた。問いかける様子に先ほどの雰囲気はない。けれどどこか違う。いつもの彼とは何かが違った。
その違いに気づく前に、アスナは脳内から現実へ意識を向けた。

キリトの投げかけた質問は、しかし彼女の否定の態度で解はわからなかった。
そして再びーーー今度は穏やかな声色でーーーキリトが問うた。

「………嫌なこと聞くようだけど……、その、彼が狙われるような心当たりは……?」

キリトが危惧した通り、ヨルコは目に見えて身体を固くした。
確かにイヤな質問だろう。つい数分前に友だちを殺されたばかりだというのに、その彼が殺されるような理由があるかどうかを聞いているのだ。
それはつまり、彼女の友達の善性を疑っているのと変わらないのだから。

アスナはそれを問い詰めることをしない。配慮に欠けたものであることをキリトは重々承知しているはずだ。加えて、避けて通ることのできない質問でもある。

そうであって欲しくはないが、もしカインズ氏が誰かに狙われるような人物なのであれば、そこから犯人を特定できるかもしれない。

それらを加味して、アスナは叱責どころか感謝を贈るべきだと考えていた。
配慮に欠けた質問でも、勇気のいる質問だ。向かってくるかもしれない相手からの不信感を引き受けてくれたことに等しい。

大きな手がかりへの道は、しかしまた、ヨルコが首を横に振ったことで途絶えてしまった。
少なからぬ落胆は表に出さず、キリトは「そうか、ごめん」と短く謝った。

ヨルコから手がかりはなにも得られなかった。
犯人の動機ーーこれはどう考えても《見せしめ》や《処刑》という形での《復讐》だ。
そうでなければあの大衆を前にして殺す価値がない。本人なりのリスクとリターンが必ずあるはずなのだ。

だが肝心の人物像が全く浮上しない。キリトとアスナはカインズ氏の人となりを知らないし、それを知るヨルコも心当たりはないと言う。
けれど、もしかすれば、彼女が知らないだけで恨みを持った者がいるかもしれない。

憶測を交えるのならば外してならないのが《レッド》の存在だ。
奴らは《PK》をすることそのものが存在主義だ。
「自分はいつどこにいたって人を殺せる」という自己顕示欲を満たすためだけに、奴らの言葉を借りるなら《ショー》を行った可能性がある。

それを考慮してしまえば、もはや犯人を探し出すことなど不可能に等しい。ありていにいえば、砂漠で一粒の砂を探すようなものだ。

キリトとアスナは再び同じ結論に至り、出そうになるため息を殺した。




ヨルコが一人で下層に戻るのが怖いと言うので、近場の宿へと送った。

その後、現場にいたプレイヤーたちに注意喚起を行い、知り合いだった攻略組の人に情報屋へこの一件を伝えてもらえるよう頼むと、キリトとアスナはとりあえずその場を離れた。

「さて、次はどうする」

「まずは手持ちの証拠品を検証しましょう。動機がわからない分、こちらに頼るしかないわけだし」

「となると、《鑑定》スキル持ちが必要だよなぁ。おまえ………、あげてるわけないか」

「もちろん、君もね。………ていうか、その《おまえ》っていうのやめてくれない?」

「……へ?」

「何度かコンビ組んでたのに、《おまえ》じゃヨソヨソしいのよ。も、文句あるっ?」

「ゼ、ゼンゼンナイデス」

両手を挙げ、ふるふるとキリトは首を振りながら、「唐突だなぁ」と思っていた。
ここ最近は滅多に顔をあわせることもなく、あったとしても攻略会議の場であって、そこではだいたい議論が白熱してしまい、友人である褐色の大男からは「おまえら仲悪いのか?」と言われてしまう始末だ。
加えてつい先日、その議論が白熱しすぎたせいでデュエルにまで発展した相手だ。急にどうしたと思っても仕方のないことではないだろうか。

けれど、アスナの異様な迫力に逆らうような気概などこれっぽっちもなく。
ーーーなぜか頬に赤みを帯びていることに関しては一切触れずーーー

「えっと、じゃあ……《貴女》?」

「………」

「《副団長殿》?」

「………………」

「《閃光様》?」

「………ハァ。普通に《アスナ》でいいわよ。前もそう呼んでたでしょ」

「り、了解……」

ボスクラスのモンスターも真っ青の、灼熱が如きレーザーのような視線にキリトは震えながら頷く。

「そ、それで《鑑定》スキルの話だけど、フレンドに当てはあるか?」

これ以上なにを言われるか分かったものではないので、慌ててズレ始めていた話を軌道修正させた。

「う〜ん………鍛冶屋の知り合いで持ってる子はいるけど、今の時間は忙しいしムリかな」

言われて、キリトは目の端に表示されている時刻を確認した。
日も暮れ夜のとばりが降りてきたこの時間、鍛冶屋を営むプレイヤーなら、ダンジョンから帰ってきたプレイヤーたちの武器の整備で手が空かないだろう。

「ならオレの雑貨屋の知り合いに頼むか」

言いながらシステムメニューを開き、フレンド欄にて所在を確認する。
ついでにそのままフレンド欄をスクロールし、目当ての名前を見つけてタップした。

「エギルさんのこと?………雑貨屋さんでもこの時間は忙しいんじゃない?」

「知らん」

忙しかろうがそうでなかろうが問答無用だ。
端的な内容のメッセージを書き終え送信。アスナのため息を背にしてキリトは転移門へと向かった。



第五十層主街区『アルゲード』

街はキリトとアスナを猥雑な喧騒をもって出迎えた。

ついこの前に解放された層だけあって、観光客が多い。下層、中層にいたであろうプレイヤーたちがちらほらと目に映る。

その中でも特に多いのは商人プレイヤーだ。
雑多な雰囲気のあるこの街は、今日までに解放された層と比べても、店舗の賃金が格段に安い。
理由としては、その店の外装、もしくは内装が汚かったり、店舗そのものが小さかったりするのだが、それでもここに居を構えようとする人々は多い。

プレイヤーたちが、色々な欠点がありながらこの街に居つこうとする理由を、キリトの所感を含めて述べるならばこう述べるべきだろう。
この街のアジア的なーーもっと言えば某商店街を匂わせる風貌が懐かしさを感じさせるからなのだ。
実際、なんだかんだ言いながら、キリト自身もこの街を気に入っていたりする。近々ここに居を構えるつもりでもいた。

既視感のある風景とは裏腹なエキゾチックなBGMと多数の呼びこみの掛け声。昼間から出店している屋台で立ち昇るジャンキー風味の香り。
それらは全て、魅惑の生脚を惜しげもなく披露している華麗な副団長様にはミスマッチが過ぎていた。完全に注目の的になってしまうのだ。

それを恐れてアスナを先導しようと歩いていたのだが。

「なっ、お前、なにしてるんだよ!」

ご本人様はロング丈の裾を揺らしながら、ジャンクフード(おそらく焼き鳥的ななにか)を口にしているではないか。

「ほいひーよ?(おいしーよ?)」

タレのついた肉を頬張りながら、片手に持っていた一本をキリトによこしてきた。
先ほどろくな食事もせずに出てきてしまったものだから、腹が減るのはわかる。わかるのだが、せめてタイミングというものが………。

というか、今ここでこの焼き鳥的ななにかをもらってしまえば、「おごりでごはん」の中身がこの数百コルするかしないかのものになってしまうのではないか。
慌てて出てきたレストランでの食事代は、両者から天引きされているので、あの豪華なフルコースはおごりではなくなっているわけで。

その事実を癪に思いつつ、アスナの頬張る姿が「ちょっとかわいかったな」とか思ったのを隠しながら、手渡された串焼きへヤケクソ気味にかぶりついた。
エスニックな味付けの謎肉をかじりながら、キリトはアスナに手料理を作らせてやると意気込んでいたりいなかったりしていた。

二人がキレイに二本の串を平らげると同時に目指す雑貨屋へと到着した。
汚れなどがつくわけがないのだが、それでも串を持っていた手をレザーコートにゴシゴシとこすりつけて店の中へ入った。

「相も変わらずアコギな商売やってるのか?」

「ん?なんだ、キリト。おまえか」

呼びかけに反応したのは褐色スキンヘッドの大男。イカツイ顔におよそゲーマーとは思えないガタイの良さを持ち合わせる商人兼斧戦士だ。
運んでいた荷物を降ろすと、カウンター越しにキリトと拳を突き合った。

「安く仕入れて安く提供するのがウチのモットーなんでね」

「後半は疑わしいもんだな」

「なにを人聞きのわるいことを。それよりどうしたんだ。いつもの取引か?」

「いや、今日はちょっと頼みごとをな」

「頼みごと?」

エギルが首をひねると同時に、紅白カラーの制服を着た美少女がご来店された。

「お久しぶりですエギルさん。今日は突然すみません」

そう言って、ぺこりとアスナが頭を下げるのが速いか否か。

「なっ。うわっ、なんだよ!」

「ソ、ソロのお前が、しかもなんでアスナといるんだよっ。仲悪かったんじゃなかったのかっ?」

カウンターの外にいるキリトを、その太い二の腕で強引に引きずり込み、アスナに背を向けて小声で問い詰めた。
エギルの疑問はごもっともだ。とある青年の口車に乗せられたとはいえ、つい先日口論から発展して決闘まで行ったのだ。それ以前に、ことあるごとにもめていた二人が一緒に行動していればこの大男ですら動揺する。

であるのだが、質問された本人にとってそんな疑問は些細なことでしかなく。

「ちょ、おい離せ!苦しい。苦しいから!」

カウンターを乗り出しヘッドロックを決められているキリトはバンバンと自分の締めつけている腕を叩き抗議する。

「いいからなんとか言えって。なんで一緒にいるんだよ」

「だから離せって言ってるだろ!」

そんなバカをやっている二人を、アスナは微妙な面持ちで乾いた笑いを浮かべていた。


店仕舞いを終えたエギルの先導で二階へと案内されたキリトとアスナは各々用意されたイスに座り、どちらからともなくあらましを語り始めた。

「圏内でPK?ーーデュエルじゃなかったのか?」

かいつまんで事情を説明し終えた後のエギルの発言がこれだった。当然誰しもが思うことであり、眼前で見ていた二人でさえ未だに信じがたいものでもあった。

「あれだけの数のプレイヤーがいたんだ。ウィナー表示を見落とすはずがない。それに友だちと飯を食いに来てたのに《デュエル宣言》を、まして《完全決着モード》の受諾なんてするわけがないだろ」

「ヨルコさんと一緒に歩いていたのなら、《睡眠PK》の線も薄いしね」

両手で持ったマグカップを揺らすアスナの補足にうなづき、キリトは続けて言った。

「加えて、突発的に起こったPKにしてはやり口が複雑すぎる。事前に計画されたものと考えて間違いない。そこで………こいつだ」

ウインドウを操作し、出現させたのは現場に残っていたアイテムーー凶器だ。
二つあるうち、片方はなんの変哲も無いロープ。もう片方は禍々しい色彩を帯びた槍
机に置かれたそれらに、エギルはまゆをひそめた。

「これをオレに鑑定しろ、ってのが今回の本筋か」

「正解だ。こっちには一切犯人の素性がわからない。なら凶器(これ)を検証するしかない。頼む」

「まあ、いいけどよ……」

ブツブツと文句を言いつつ、エギルはロープに手に取り、アイテムをタップする。
表示されるメニューの中の一つに鑑定用のアイコンがあるが、《鑑定》スキルを持たないキリトやアスナでは何もわからない。

しかしエギルならば。
商売のため《鑑定》スキルの熟練度を上げた彼ならそのアイテムから少なからずの情報を引き出せるはずだ。

「残念ながら、これはハズレだな。耐久値が半分弱減ってるくらいでそこらに売ってるやつと同じもんだ」

「重装備のプレイヤーをロープだけで支えてたんだ。むしろ耐久値が半分で済んでたことが驚きだよ」

解析の終わったロープを机に戻しながら結果を伝えたエギルに、キリトは肩をすくめると同時に少なからず落胆を覚えていた。

「でも、本命はこっちの短剣だ」

トントン、と置いてある短槍を叩く。

エギルは無言でそれを持ち上げ、再び鑑定を始める。
息を呑むキリトに感化されたのか、アスナも硬くなっていた。
数秒ののち、まずエギルの眉がピクリと動いた。

「ビンゴ。PCメイドだ」

「なにっ」

「製作者は?」

ガタッ、と音を鳴らしてキリトが立ち上がる。
続いてアスナが食い気味で問うた。

「《グリムロック》というらしい。聞かねえ名だな。少なくとも一線級の刀匠じゃねえ」

商人クラスのエギルが知らないというのだ。攻略組全権責任者様たるアスナも押し黙っている上に、ソロプレイヤーのキリトにグリムロック氏のことがわかるはずもない。

沈黙が場を支配するーーその前に、アスナが固い声で言った。

「でも手がかりにはなるはずよ」

「そうだな。一つ得られただけでも収穫だ。……エギル。一応、その短剣の固有名も教えてくれ」

「ちょっと待て。……《ギルティーソーン》となっている。罪のイバラ、ってとこか」

「罪の……イバラ……」

キリトはエギルに手渡された禍々しい色を放つ槍を見ながらつぶやく。
本来、アイテム名はコンピュータによってランダムで命名されるため、それぞれの武具の銘に意味はない。

ない、のだが。

毒々しい紫の輝きを持ち、その所々にトゲがある様は荊としての格好がよくついている。
《貫通継続ダメージ》の属性が付与されているのが見て通り受け取れる。

視覚から得るこの彩りの恐怖。槍が自らの腹に突き刺さり、力一杯引こうとも引き抜けない。ヒットポイントが徐々に削れてーー命が削られる感覚。
いったいどれだけの恐怖がカインズ氏を襲ったのだろう。それを想像しようとするだけで呼吸が浅くなる。

計画的犯罪ならば、この《ギルティーソーン》と名付けられた槍はこれ以上にない武器だっただろう。
罪に触れたものはその毒のトゲに殺される。

《罪深きものに制裁を》

偶然にしては出来すぎた銘だ。
もし。もしも。人の感情がシステムに介入したのなら。
溢れ出る怨念が決められた法則を意のままに歪められたなら。
犯人の黒く染まった思考がこの武器を生み出したのならーー

キリトはすぅ、と目を細めた。

「…………よし」

一息吸い込む。槍の持ち手を変え、槍の切っ先を空いている片手に向けて突き刺すーー

パシッ!

「…………なんだよ?」

槍を持つ手を掴んで止めた相手、アスナに視線を向ける。
穂先はキリトの手のひらに当たるか当たらないかの距離。

「それはこっちのセリフよ!あなた何をしているのっ」

「なにって……実験だよ」

憤慨するアスナに、キリトはふてくされるように答えた。せっかくの実験だったのに。といった感じだ。
批難混じりの視線を向けるキリトだが、それはアスナも同様だ。

「バカ!この槍で実際に人が死んでるのよ!?」

怒鳴りつけるとキリトの手から槍をひったくり、

「これは、エギルさんに預かってもらいます!」

呆然としていたエギルに手渡した。
「お、おう…」と生返事で承諾しつつ、恐る恐るストレージに引っ込める。
ムスッとした表情でキリトを振り返るアスナは、ため息を一つ落として再度イスに座りこんだ。

「それで、明日の予定だけど、ヨルコさんからお話を聞くのはお昼過ぎの時間になるわ。それまでどうする?」

「そ、そうだな……。俺たちの得ている情報が圧倒的に少なすぎる。手口にしても、動機、犯人像さえわからないと来た。情報収集するしかない」

向けられたものが怒りではなく、質問だったことに驚くキリト。もう少しお説教が続くのかと思っていたが、今のお叱りで手打ちとなったらしい。
けれど険がないわけではない。これ以上怒らせないために、キリトは若干淀みつつ今思うことを口に出した。

言ったはいいが、情報収集が簡単にできていればこの複雑怪奇な状況には陥っていない。
どうしたものかとしばし唸っていると、アスナが思い出したようにーーけれどなぜか苦味のある顔でーー口を開いた。

「手口については、たぶん……頼りになる人がいるわ」

「っ! ほんとか?」

「ええ……まあ……。ただ……」

「“ただ”?」

何事もスパスパと言い切る彼女だが、珍しく言い淀んでいた。
攻略会議でも言葉を詰まらせたことのない彼女にしては本当に珍しい。
内心で首を傾げつつキリトは返答を待った。
しばし逡巡したのち、アスナは首を軽く横に振りながら、

「………やっぱりなんでもないわ。この件に関してはわたしがやるから気にしないで」

「………? そうか。なら午前中にその人に会って、午後からヨルコさんの話を聞く。こんな予定で大丈夫か?」

アスナの不可解な言動に疑問符は浮かぶが、そこはそれ。正体不明の不安がチリチリとうなじをつついているが、ただの気のせいだろう。

「そうね。それじゃあ明日の朝9時にこの街の主街区の転移門に集合ということで」

キリトはコクン、とうなずいて了承する。が、一名申し訳なさそうに手を挙げた。

「あ〜、すまねえ。俺は一応、商人だからよ……」

「分かってる。鑑定さえしてくれればよかっただけだから。これでお役御免だ」

すまねえな、と浅く頭を下げてエギルはもう一度謝罪した。
言動だけ見れば金勘定を優先する非情な男と思われるかもしれないが、決してそうではない。

彼は恐れているのだ。

この事件に関わり続け、犯人が特定され、当人と相見えた時。
普段モンスターに向けられている激情の焔が、理性を通り越した本能の怒りが、犯人に向けてしまった時。

気さくで、思いやりのある熱い漢がどうなるかなど、想像に難くない。
もちろんそれを理解しているからこその、キリトの軽口による承認だ。

「じゃあわたしはこれから一度ギルドに戻るから、これで失礼するわ。エギルさん、突然押しかけた上に何のお礼もできずにすみません」

立ち上がり、ぺこりと頭を下げるアスナ。
エギルが気にしていないと態度に表すと、顔を上げ、今度はキリトの方に目配せーーというより視線の槍を向けて、

「遅れたら、怒るわよ」

「そっちこそ、今日はちゃんと寝ろよな。なんならまた添い寝でもーー」

「い、いりませんっ!」

アスナは顔を真っ赤にして反論し、すぐさま階段を駆け下りていった。
ははは、とキリトは少しの笑い声をあげる。
ついで、彼女に続くわけではないが、礼を言って帰ろうとして立ち上がった。

「エギル、俺も出るよ。鑑定してくれてありがとな。このお礼はいつか精神的にーー」

「なあ、キリト」

手刀を切って帰ろうとするところを、エギルの声が止めた。やけに真剣な声音だった。

振り返れば、やはり顔つきも変わっている。別段、なにがあるわけでもないのに。それともキリトがそう思うだけで、エギルにはあるのかもしれないがーー

「なんだよ。まだ何かあったのか?」

エギルに対し、おどけるように、肩をすくめてキリトは言った。
それを叱るでもなく、しかし瞳はキリトの表情を捕らえて離さず、しばしの沈黙が続いた。

「…………」

続く沈黙。この場にはキリトとエギルの二人きり。部屋の外からはここと同じ静けさを伝えるだけ。
静寂に耐えきれず先に根をあげたのは、当然キリトだった。

「エギル、用がないなら俺帰っていいか?明日の準備もあるし」



「お前、さっきなに考えてた?」



言葉を遮って発せられた声は、重く低く部屋に響く。響きは立ち尽くすキリトの耳へと嫌という程にしっかりと重量を持って届いた。

ーーキリトの表情が消える。

ーーエギルの視線が貫く。

それは一瞬。刹那の時間。
されど一瞬。膨大な情報量。

「なんの話だか俺にはわからないけど、別になにも考えてなかったとしか答えようがないな」

不思議そうな瞳で首をかしげる。実際なにを言われているのかわからない。そんな表情だ。
これにエギルは、

「………そうか。ならいいが」

なにを言うでもなく、けれど暗い表情で区切りをつけた。

これ以上ここにいてもすることのないキリトは再び反転して階下に向かおうとしたがーー

「それにしてもなぁ………」

エギルの、ムダに、本当にムダにニヤニヤした気色の悪い笑みが三度キリトの足を止めた。
含み笑いとも言うべき巨漢の表情。

「な、なんだよその顔………」

引き気味に問うが、不気味な笑顔は変わらない。理由はわからないが、まず腹の立つ顔面をどついてやろうと拳を構えた時、

「『“また”添い寝でも』ってのはなぁ〜。もうとっくにそんな仲になってたとは……。若いな、キリト」

「ーーッ!?」

「はっはっはっ、安心しろキリト。誰にも言わねえからよ。しっかりと“愛”を育んでくれ」

さっきよりさらにニヤニヤしているエギル。
この顔から分かるように、

(こいつ、分かってて言ってるな!?)

しかもわざわざ「愛」の部分を強調する手前、完全にキリトをからかっている。
ここまでくると、弁明したところで火に油を注ぐようなものだ。潔く、鑑定料だと腹をくくってこの羞恥プレイを甘んじて受けるほかない。

前のめりにニマニマと笑う彼に、ため息を一つおとし、キリトはゆっくりと拳を構えた。



この後、エギルがどうなったかは割愛とする。
















エギルの店を出ると、時刻はすでに夜の8時を過ぎていた。予想外に金も稼げたのでうまい飯でも食べようか、と路地裏を歩いて転移門へと向かった。
この時間帯だ。大通りならまだしもこの細い路地裏に人がいるはずもなく、すれ違う人はすべてNPCばかり。
一人になって数分。思考が過去を振り返る。

頭に浮かんだのは、アスナのトマトも顔負けの紅潮した表情。
叱責や怒号ならば聞き慣れたものだし、怒り顔ならば尚更のことだ。けれど、あの表情は。羞恥に頬を染めて取り乱す様はレア度が高い。
怒らせると怖いのは知っていたが、なかなかどうして。いじりがいが、ありそう、だ……。

「ーーーー」

ふっ、と浮かんできた別の思考。

『お前、さっきなに考えてた?』

キリトの返答は明らかにウソを含んでいた。
ウソそのものだった。
『なにも考えていない』、そんなわけがなかった。

思い出す。

手にした禍々しき彩色を帯びた魔槍。
あれがもし、自分に突き刺さったとしたら。

“罪には罰を”

この世全てのものには意味がある。
昔、誰かからそんなことを聞いた。

ならば、これが偶然という必然に仕組まれた悪意というなら。

厳重に組みこまれたプログラムなどいともたやすく通り抜け、システマチックなこの世界で我執がまかり通るなら。

真に汚れたこの身なら。果たしてーー

「………やめたやめた」

軽く首を振るう。考えても詮無いことだ。
今日はハプニングが多すぎて頭も体も疲れている。
思考のネガティヴさに拍車がかかっているようだ。

さしあたっては明日の朝、しっかりと起きれるかどうかを心配せねばなるまい。
朝に弱いキリトにはなかなか堪えるものだが、彼女に怒られるのだけは避けたいところだ。

「ふぁ〜あ………早く寝よう」

朝早く起きなければならない。そう考えただけで眠気が襲ってくる。
明朝の睡魔との戦いがすでに憂鬱となりながら、キリトは帰路の途についた。















とある宿。
真夜中の部屋に小さく揺れる火の明かり。
微かなロウソクの灯火以外、部屋を照らす明かりはない。あえて言うのなら月明かりが窓から差し込んでいる。
テーブルに置かれたランタンを前に両の手を重ねてうつむく一人の女性がいた。

「………」

ぎゅっ、と握りしめる手には尋常ではないほどの力が込められている。神に祈りを捧げるシスターさながらに。
はたから見ればまるで震えているよう。けれど、開く瞳に弱さなど皆無。
不安はある。しかしそれを殺すほどのものが彼女の奥底にあった。

まだやるべきことが残っている。

自分にそう言い聞かせる。
迷っている場合ではない。
足踏みできる事態ではない。
悩んでいられる時期はもう過ぎた。

すでに明日もスケジュールは埋まっているのだ。
今更後戻りなどできない。始まれば終わるまでこの計画を続けなければならない。
破綻は許されないのだ。

手をほどき、四肢に力を入れて立ち上がった。

コン、コン、コン。

三度のノック。急いで振り返る。決めた合図とは全く違う、普通のノック。

身体が固まった。

落ち合うはずだった相手ではないことにもある。けれど一番はこの時間だ。要件のないものが訪れていい時間ではない。ましてや、この宿は新しくとった宿。この場所を知っているのはわずか数名。

心臓が早鐘を打つのがわかる。たとえ仮初めの心臓だとしても、この緊張は本物だ。

謎の訪問者。十中八九が要件ーー計画を知って来ている者。
残り一、二の可能性を心の奥底に封じ込め、毅然とした態度でドアの前に立つ。

「どなた、ですか……?」

震えるノド。怯えと焦りの混じった声。
演技と本心があるからこそ出たものだ。

果たして、相手の反応はーー


「はて、誰、と来ましたか。
ええ、ええ。ならば名乗りましょうぞ。
しかして我が名は高尚なものでもありませぬ。
そう、わたしはーー
しがないただの、紳士です」












 
 

 
後書き



いかがでしたでしょうか。
中々進まない話ではありましたが、結構苦労しました。

キリトの心情的なところはオリジナル兼わたしの妄想です。
アニメだけ見ると、キリトが槍を手に持って一瞬ためらうシーンが
微妙に気になるんですよね。

そこで、原作と合わせてこの『瑠璃色を持つものたち』の
オリジナル色が入るようにしてみました。

キリトくんが原作よりダークよりになっちゃうのが
残念ですがね……

中の話はこれくらいにして
改めて謝罪を……

本当に申し訳なかったです。
一応の言い訳として受験生でして…
話浮かばないのと忙しさにかまけて怠けてました…

次回はもう少し早く投稿しようと思います。

ではまたお会いしましょう
See you!







次回こそ新キャラを……


 
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