ソードアート・オンライン 瑠璃色を持つ者たち
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第二十一話 匂い
前書き
お待たせしました&お久しぶりです!
はらずしです。
前回の投稿から三ヶ月も過ぎてたんですね……
驚きですw
みなさまが予想するところ、
「ここまで時間空いてりゃ、はらずしの野郎書き溜め込んでやがんなぁ?」
なんて感じなのでございましょうが。
………すみません、三ヶ月でこの一話しか書いてないんです。
諸事情で色々ありまして、テストとかテストとかテストとか……。
もう散々でして、ハイ。コレだけですw
そんなワケですが、今回いつもよりボリューミーになってるかと思われます。
文字数的にはそうなんですけどね……。
内容はわかりませんw
とりあえず、私のドウデモイイ話は置いといて、
最新話、どうぞご覧ください!
昼寝をするときには重要な条件がある。
一つ、当然晴天であること。
一つ、そよ風が吹いていること。
一つ、爽やかな湿度であること。
一つ、寝床が柔らかいこと。
この四つがリュウヤの「昼寝日和の条件」だ。
今日はその条件が揃い踏みした絶好の昼寝日和だった。
SAOにおける気候システムは、晴れていても湿っていたり、害はないがうっとうしい虫が飛んでいたりと中々素直じゃない。
そういうひねりが許されるのは美少女・美人さんに、正義の体現者《かわいい》だけである。
だが今日は珍しくデレてくれたのか、年に数えるくらいしかない最高の気候設定だった。
(機械にデレられても、とか言うのはなしで)
そしてお昼寝大好きダラダラ大好きっ子ことリュウヤは朝っぱらからグータラにお昼寝を享受してーーーいなかった。
そう、「だった」なのだ。
絶好の昼寝日和「だった」
最高の気候設定「だった」
全てが過去形。過ぎ去りし時、戻りはしない過去なのである。
リュウヤが自らの失態に気づいたのは夕刻にほど近い午後四時ごろだった。
昨日の昼間から迷宮区に潜ったら色々あって中で夜を越すハメになり、帰るのめんどくさいからっつって、そのまま夕方まで狩りでもするか〜のノリで三時くらいまで攻略をしていた。
しかし疲れは出るもので、そろそろ切り上げるかと思い迷宮区を出てきたのがその時間帯だった。
「ウソ…………だろ………?」
時計は巻き戻せても、時は戻せない。巻いたところで時間は余るだけだ。
リュウヤはヒザを曲げ、地に伏した。いわゆるorz状態である。
やっちまった、ほんとにやっちまった。なんでさっさと出てこなかったんだ……。
めんどくさがらずに出てこればよかった。
迷宮区出口の真ん前で手とひざをついている俺に、奇妙なやつを見る目をしながらプレイヤーたちが通り過ぎていく。
突き刺さるような忌避の視線は、しかしリュウヤには痛みすら感じない。感じているのは自らの失態の大きさだ。
ーーーいや、待て。まだ諦めるような時間じゃない。
四月に入ったこともあって、日はまだ高く(見えないけど)日没までは何時間か余裕がある。
その時間を、無意味に消費してはならないーーーッ!
垂れていた頭を瞬時に上げ、アクション映画バリの身軽さでジャンプしながら立ち上がると、リュウヤは猛然と走り出した。
「ひゃっはぁぁぁ!! 時よ、我が眠りを妨げることなかれ! 私は神であるぞぉぉ!」
ふはははは! とそう叫びながらその場を後にした。
当然、「なんだあいつ……」という視線を送られたが、そんなことを気にするリュウヤではなかった。
弁解しておくと、この時リュウヤは深夜テンションを引きずっていた。
「………あ? なんだあれ」
リュウヤがムダにステータスを全開にして転移門へと爆走していると、不可解な光景が眼に入った。
十数メートル先、作られた道から外れた草はらに、木漏れ日の下で寝ている少女と、それを尻目にボーッとしている少年がいた。
徐々にスピードを落としつつその場に近づくと、虚空を見つめていた少年がこちらに気がついた。
「り、リュウヤ………?」
「キリト………なにやってんのお前?」
正直な感想がまさにそれだった。
隣に美少女を寝かせておいて、リュウヤに気づいてかけてきた声は子犬のようなか細いもので、その瞳は助けてと言わんばかりに訴えてくる。
寝ている美少女もそうだ。
その顔立ちはもちろんのこと、服装を見れば一発で分かる。
かの栄光の騎士団《血盟騎士団》の副長にして恐るべき速さを持つ剣技ゆえに《閃光》とまで言われたアスナだった。
ちらりとアスナを見てからキリトへと視線を戻すと、キリトは頬をポリポリとかきながらリュウヤから目を逸らしていた。
「さて……、ファンクラブにでも連絡を入れようかな」
「待て待て待て待て、 ほんと待ってお願いだから! あんたが連絡すると誤解しかうまないからっ!」
「じゃあ俺と現実から目を背けないでちゃんと説明してもらおうか」
そういうと、キリトは不承不承といった風に口を開いた。よほどアスナの非公式ファンクラブの会員さんに連絡されるのがイヤらしい。
別に虚偽報告なんてしないって。
有る事無い事、拡大解釈して大げさにするだけだってば。
そんなこと(虚偽報告、拡大解釈)をファンクラブに連絡されたら、こっちは嘘偽りなく冗談抜きで社会的に、もしかすると物理的にも殺されかねない。男の嫉妬ほど醜いものはない。ネトゲプレイヤーならなおさらだ。
ーーーいや、男の嫉妬より醜いものなんてのはいくらでもあるーーーあった。それを俺は知っている。身をもって、身に染みて、知っている。
リュウヤの瞳に一瞬陰ったナニカに気づくことなく、キリトは言い訳を始めていた。
「今日は天気がいいからさ、ここで昼寝してたんけどーーー」
「ちょっと殴っていい?」
「えっ、なんで!? まだなにも言ってないぞ!?ていうか唐突だな!」
「俺は昨日から迷宮区に潜ってたから昼寝できてないんだよ………!」
「理不尽すぎる!」
ガッデム! と先ほどのリュウヤのように頭を垂れるキリト。
それだけでだいたい満足したリュウヤはキリトに先を促した。
「まあそれは後でいいや。とりあえず言い訳を聞こうか」
「結局殴られるんだな………。あと言い訳じゃないからな? 状況を説明するだけだから!」
キリトの言い分をまるまる無視すると、ぶつくさ言いながら、しかしやけに細かく教えてくれた。
特にアスナが話しかけてきたところとか。少し顔を赤くしながら。なんだ、スカートの中でも見えたのか。このラッキースケベが。
唐変木の鈍感ヤロウでも、思春期真っ盛りなだけはある。興味がないわけではない、といったところか。
キリトの話を要約すると、日中堂々とキリトが昼寝をかましていたらアスナがお叱りに来たのだが、キリトの口車に乗せられ同じく寝転がってみると、今のスヤスヤ状態に陥ってしまったということらしい。
簡単に言えばミイラ取りがミイラに、だ。
だがこれはかなり進歩しているとも言える。
以前までの彼女なら、有無を言わさずキリトを迷宮区へ連れて行っただろう。それこそ引きずってでもだ。
こんなイメージさえ持たれるほどに階層攻略へ異様な執着を見せるアスナは、ついに《狂戦士》とまで揶揄されるようになった。
そんな彼女が「口車に乗せられる」という事態は彼女の心境の変化そのものを如実に表している。
つまりキリトの一言一句の意味を考える余裕ができたということなのだろう。それはリュウヤにとって、攻略組の一員としても、先輩としても嬉しいことだった。
(ま、なにがキッカケかは知らないけど)
嬉しい変化の契機は追及せず、リュウヤは少しだけ相好を崩した。
「そんで? お前はずっとここで《閃光》様の寝顔をおかずにナニしてたの?」
「?? 普通に見張りしてただけだけど……?」
「ちっ、つまんねえ奴」
「なんかいきなり罵倒されたんですけど!?」
(だってこれはちょっと、男としてどうかと思うんだよなぁ……)
興味があるないに関わらず、男子として知識がないのは捨て置けない。コミュ障なキリトのことだ。教えてくれるような友だちがいなかったのか、それともそんな話にならなかったのだろう。
そっちの知識は男子として盛り上がる話題の上位なので(リュウヤ調べ)、その知識で男の友だちでも作ってもらえれば良い。
なんて大義名分を得て、今度みっちり教えてやるか、とリュウヤが不気味な笑みを携えて密かにスケジュールを組んでいるとキリトがふとアスナを見ていた。
「安心しろ、死んじゃいねえよ」
リュウヤがブラックジョークとともに苦笑気味に言うと、キリトも同じような表情を見せ。
「それはわかってるよ。ただ……」
「この寝顔を見た男はいるのかってか? そこも安心しろ。そんな無防備な表情見せんのはお前に対してだけだ」
「違うわ! ていうか、友だちくらいいるんだし、俺だけってわけじゃないだろ」
「はぁ………、わかってねえなぁ……」
「???」
ひたいに手をつきやれやれとかぶりを振っているリュウヤをキリトは不思議そうに見ていたが、少し間をおいて自らの心情を語り出した。
「あれだけ精力的に攻略してて、レベリングも自分だけじゃなくてギルメンの面倒もちゃんと見て。疲れなんか一切見せてなかったけど………やっぱり疲れてたんだな」
「………」
「ギルドに入るべきだ、なんて言ったのはおれだけど、こんなになるなら言わなければよかったかな」
自嘲気味に吐露されたキリトの感情。攻略組の問題児でもあり、アスナの今の役職へと導いた先導者として、少しばかりの罪悪感と相応の責任を感じているのだろう。
それに対しリュウヤは。
「言葉ってのは……」
「?」
「言葉は、軽い。空気に溶けて消えるように薄く、空を舞うように軽い。だから思いをーーー想いを伝えるには、言葉では軽すぎる。
たとえ本人がその気であっても、その気でなかったとしても。概念が飽和してしまう言葉では最適解を見つけにくく、見つけたとしても不適でないかと不安を持つ」
キリトを見ず、アスナを見ず。視線を宙に漂わせ、昔話を語るようにリュウヤの舌が回る。
「だけどな、言葉が重みを持つ時がある。それがなにかわかるか?」
「………?」
「昔の人はよく言ったもんだよ。“言葉”の語源と言われる『言の葉』っつう表現は皮肉にもほどがある。昔はどうだったか知らねえけど、現代の俺らにとっちゃ皮肉でしかない。
だってそうだろ?『言の葉』ーーー枝についた葉は風に散り、雨に散り。残ったものもやがて変色を始め自らひらひらと地に舞い落ち、土へ還る。それが栄養となり地となり自然の大きな役割を担う」
「………」
「もうわかったろ。言葉が重みを持つのは、そうーーー“時が経った後”だ。
おれはさっき『重みを持つ時がある』と言ったが、正確には『重みを持つ時が来る』だな。
無自覚に放った言葉は、いつの間にか何十倍、何百倍の重さを持って己を攻撃してくる。それこそ気づかないうちに、忘れた後にってな」
リュウヤは語る。己が感情の一端を、淡々に、淡白に、冷淡に。まるで他人事であるかのように、どこでもない場所を見つめながら。
キリトは聴く。リュウヤとは違い、ただリュウヤだけを、リュウヤの瞳の奥を見据えて。腰を据えて聴いていた。
だがリュウヤの視点が定まらないのと同じく、キリトにも据えかねるものがあった。
「っと、ちょっとしゃべりすぎたかな。で、なんの話してたっけ?キリトがアスナを襲おうとした話?」
「そんなことするかっ! ………おれがアスナを見張ってた話じゃなかったか?」
「当たらずも遠からず。ちょっとしっくりこないけど、まあそんな感じの話だっけか。
となると、一日中見張りをしていたキリト殿は大層腹を空かせてるんでしょうね〜」
そうリュウヤが言った途端、
グギュルルル〜〜〜。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………なにか言うことは?」
「食べ物を分けてください」
「はいはい、素直な子は良い子ですねっと」
腹の減りすぎで顔が悲惨なことになっているキリトをできるだけ見ないようにしながら、リュウヤはウィンドウを操作し始めた。
言わなくてもわかると思うが、リュウヤが視線を逸らしているのは直視すると爆笑しそうだからである。
リュウヤのウィンドウを操作する指が若干震え気味なのがなによりの証左だ。
「お、あったあった。これなんかどうよ」
シュン、という効果音とともに現れたのは、サンドイッチ(のようなもの)だった。
「そこらのNPC店でてきとうに買ったやつだから味の保証はねえけど、いるか?」
「………!」
ぶんぶん、と首を縦に振りながらキリトは目を輝かせてこちらを、正確にはサンドイッチ(のようなもの)を見ていた。
(これでしっぽと耳があったら完全に犬だな)
うっかりすると犬の耳としっぽをはやしたキリトを幻視してしまいそうになるくらい、今のキリトの所作は犬っぽかった。
そんなに腹が減ってたのか、と苦笑しつつサンドイッチ(のようなもの)を手渡そうとして、
「………」
「………?」
「………やっぱやらねえ」
パクッと、リュウヤは自分の口の中に入れた。
「ああぁっ!」
モグモグ、モグモグモグ。
「お、割とうまいんだなこれ。今度も買ってこよ」
「あ、あああぁぁぁぁ………」
キリトの落胆する声が徐々にしぼんでいく。かすかな抵抗としてリュウヤからサンドイッチを取ろうとした右手が未だ突き出されているが、それもすぐに力を失って地に着いた。
モグモグ、ごっくん。
「ああ美味しかった。キリト、欲しかったら店の名前と場所教えてやろうか?」
「一応聞いとく……。あとで教えてくれ」
リュウヤの邪気のこもりまくった問いかけに、キリトはガックリとうなだれた。
とはいえちゃっかり情報を求めるところ、こいつほんとうに食べものには強欲なやつである。
その様子をリュウヤはニヤニヤと見ながらキリトに助言した。
「そうだ、メシが食いたきゃアスナにおごってもらえよ」
「えっ……? いや、それはダメだろ」
考えてもいなかったという顔をした直後に否定をするキリト。
人がイイよなこいつ、と思いながらもリュウヤはそれを認めない。
だって、面白そうだもの!
「なにがダメなんだよ。昼寝に誘ったのはお前にしても、その先の見張りって行為は十分恩を得るべきもんだろ。何も考えずに寝始めたこいつが悪い。
向こうにしても、メシおごっただけで命を守ってもらった借りがチャラになるなら儲けもんだろ?」
「う〜ん………でも恩の押し売りみたいでイヤだな。なんにせよ寝ろって言ったのおれだし、最後まで面倒みるべきじゃないか?」
「ん〜、律儀っつうか、頑固っつうか………頭硬いなぁ」
「ははっ。結構柔い方だと思うけど、過信だったかな」
やれやれとリュウヤは苦笑するのを見て、キリトは肩をすくめておどけてみせた。
「おどける」とはいえ、少し自嘲も含んだキリトの表情はリュウヤの苦笑を、謙遜に対する敬意を買うものだった。
「これでも褒めたつもりなんだぜ? 実直な男だっつってな」
「わかりにくい褒め方だな」
「気に入らないか?」
「いや、褒めてくれるのは素直に嬉しいさ」
「含みのある言い方で」
「誰かさんほどじゃないさ」
キリトはニヤリと笑い得意満面といった様子でリュウヤを見上げる。
だが惜しい。その「一本取ったぜ」みたいなドヤ顔が、リュウヤのプライド(笑)を刺激した。
「だったらそんないい男ことキリトくんは引き続き《閃光》さまの警護を起きるまで続けますよね〜? んじゃがんばれってことで、俺は帰る」
「ええっ!? ちょ、なんか食べ物くれよ!」
「ハッハッハ。だったらさっきも言ったように、そこでグースカ寝てるお嬢さまにでもおごってもらえ」
「そ、そんなぁ〜」
ドヤ顔から一転して悲壮な面構えに変わったところで、リュウヤは満足げに帰途へと足を向けた。
キリトへの嫌がらせという点もなきにしもあらずなのだが、そろそろ帰らないと眠り姫が起きてきてしまう。
どうせ彼女のことだ。一応の分別はあれど、寝顔を見た男に制裁を加えることは間違いない。
そんなものに巻き込まれるのはゴメンだというリュウヤはキリトに背を向けた。
本当に帰る気であるのを悟ったキリトは今日一番の落胆する表情を見せ、リュウヤを見送った。
だが、そのまま帰ると思っていたリュウヤがふと思いついたように口にした。
「ーーーあ、そうそう」
帰る足をピタリと止め、
「あといっこ、言い忘れてた」
首だけをひねってキリトを見やり、
「お前さぁーーー」
言った。
「ツメが甘いなぁ」
「ーーーッ」
彼の表情に映し出される感情はなかった。
ただ事実を伝えただけ。もっと言えば“助言”でもあったそれは、キリトの胸に衝撃という槍を突き刺した。
突き刺し、突き穿ち、突き抉った。
その槍には毒が仕込まれていて、キリトの身体を徐々に蝕んでいく。
キリトはその毒に耐えるように震える右手を左手で押さえた。
彼の一言でキリトは理解したのだ。
それはキリトの据えかねたものであり、奥底に封印したものへ宛てたものなのだと。
彼の言葉はそれに対するあてつけであり、攻撃であり、侵入する毒でもあったのだ。
だからキリトはおさえたのだ。
沸き立つ感情を抑えて、
震える右手を押さえる。
感情に我を忘れてしまわないように、右手が剣の柄を握らないようにーーー愛剣の切っ先が彼の背中へ向けられないように。
キリトは噴火寸前の衝動を奥歯で噛み殺しながら、しばし時を過ごした。
「こういう時ってさ、普通時間またぐじゃん?『彼はそう言って姿を消した……』とかさ。もっとこう、数日かそれ以上会わないじゃん。
なのになにこれ。なにこの仕打ち。ちょっと意味深なこと言って去ろうとした俺のカッコよさは何処に行ってしまったの?
そやってカッコつけて、「フッ、決まった」とかドヤ顔して帰った俺の気持ちが分かる?」
「こういう場合はさ、心の整理とか必要なんだよ。散々揺さぶってからかって、挙句に痛いところ突かれてさ。アスナが起きてから、少しはリフレッシュできるかなって思ってたおれの気持ちが分かるか?」
「「…………………ハァ」」
男二人。青年と少年の重い重いため息と、
「??? な、なんの話……?」
少女ひとりの困惑でできあがった空間は、なんとも周りの疑問の視線を集めるものであった。
第五十七層主街区《マーテン》
その一角にあるNPCレストランの前で異様というか、異常というか。とにかく形容しがたい光景があった。
少女ーーー《血盟騎士団》副団長アスナ。
大ギルドの一角の副長にして《閃光》と謳われた剣技による知名度もそうだが、彼女の容姿端麗な美貌だけでも周りの目を惹く。
だというのに、そのとなりを愉快そうに歩いていたのが。
少年ーーー《黒の剣士》キリト。
攻略組きってのソロプレイヤー。
浸透度こそ低いが、二つ名を冠されるだけあり攻略組の中でも抜きん出た実力の持ち主だ。
だが《ビーター》とも揶揄され、信頼より不評を買われやすい。
その二人が、まるで対極に位置する優等生と問題児が並んで歩いていたのだ。そりゃあ誰でも奇異の視線を送る。
これだけにとどまらず。さらに、さらにだ。
二人の行く先に立っていたのはキリト、アスナと同じ攻略組のプレイヤー。
青年ーーーリュウヤ。
数々のうわさと都市伝説を抱え、攻略組であるのかさえ怪しいナゾの存在。いったいいつからいたのか。神出鬼没な彼はその存在さえ疑われ、攻略組でもソロプレイヤー内でも浮いた人となっている。
上層、すなわち最前線から来たものならいざ知らず。はたから見れば、有名人とその隣を歩く見たことあるような男が、誰だアイツ的な人物に絡まれている構図である。
攻略組から見たとしても、若干、とは言いづらく、かなり異様な会合だ。
このものすごく、いろんな意味で周りの目を引く空間がどのように終わりを告げるのか。野次馬たちがチラチラと視線を送っていると、ひとりが動いた。
「それで………リュウヤはなんでここにいるの?」
困惑が抜けきらない中、質問したのはアスナだった。
「ふつうに買いもんだけど………おやぁ? そっちはどうなすったんで?」
受け答えて、彼らの様子に気づいたリュウヤはニヤニヤする笑みを隠そうともせずに問いかける。
「うっ………その………なんていうか……食事を……」
「ん〜? おやおやぁ? よく聞き取れませんなぁ?」
「お……おい、アスナ。言わなくていいから……」
「し、食事よ! ちょっとしたお礼です! 何か問題でも!?」
キリトの制止も聞かず、リュウヤの腹立たしい笑みに反抗するようにアスナはキレ気味に答えた。
だがそれはあまりにも逆効果過ぎて、キリトは頭を抱えたくなった。
「へぇ〜、へぇ〜〜? ほぅほぅ、なるほどそういうことですかぁ〜」
「な……なによ」
「いやはや別になんでもございませんで。ほれ、そこなキリトくん。ちょいとこっちをお向きなさい?」
リュウヤのしたり顔に警戒するアスナだが、それは空ぶりに終わり、口撃の矢はそっぽを向いていた少年に向けられた。
「……なんでしょうリュウヤさん」
「おいおい〜、別に敬語じゃなくていいってば。俺とお前の仲だろう? あ、それとも、なにかやましいことでもあるなかなぁ?」
「と、特に思い当たる節はないな……」
「おやおや、ほんとにそうですかなぁ? そういえば話が飛びますけどね? つい数時間前にわたくし何かを言ったような気がするんですが、覚えてらっしゃいます?」
「まったく話飛んでないし、絶対分かってて言ってるだろ!」
「はて、なんのことだか。キリトさんは〜分かってらっしゃるんでしょうねぇ、その言いぶりだと」
「ぐっ……」
墓穴を掘ったキリトに遠回しかつ容赦なく口撃するリュウヤ。
キリトは子ども心に、一種の反抗期的な精神によって認めたくないのだ。
リュウヤに言われた「アスナにおごってもらえ」という助言。結果的にとはいえあれに従っていることを絶対に認めたくなかった。
理由は当然、リュウヤに操られたようで腹立たしいからである。
リュウヤはそれを分かっていてイジっているのだが、引き際は心得ているのかキリトいじりはソコソコにして手を引いた。
「まあこんなところでいっか。楽しかったし」
「「こっちは全然楽しくないっ!」」
キリトとアスナが息をそろえたかのように意を唱えるとリュウヤは愉快そうに笑った。
「アッハッハ、仲のよろしいこって。ほんじゃ、あとは若いもんでお楽しみくだされ。
あ、そうだキリト。かわいいことふたりだからって、ハメはずしすぎんなよ?」
「するかそんなこと! 怒るぞほんとに!」
「あなた………そういう目的だったの……?」
「ち、違っ………! おいリュウヤ。誤解させるようなこと言うなよ!」
「若気の至りってのは今だから許されるんだぜ」
「サムズアップしながら言うことじゃないわ! アスナも間に受けないでくれよ、頼むから!」
アスナがドン引きしているのをキリトは慌てながら訂正している。それがコミカルチックでなんとも周りの笑みを誘う光景だった。
いつの間にか懐疑の視線は生暖かい目線に変わり、ところどころで笑い声さえ上がっていた。
リュウヤも笑いながら、そろそろお暇しようとし始めていた。
そして身振り手振りで誤解を解こうとするキリトへ近寄り、すれ違いざま。
「分かってるよな、キリトくん」
キリトの横を通り、ふたりを振り返りもせず人混みをかき分けて、リュウヤは「またな」という意思を込めて手だけを振って去っていった。
「あ、リュウヤ行っちゃった。………? どうしたの、キリトくん」
ピタリと止まった身振り手振りに違和感を感じたアスナだったが、キリトは何事もなかったように笑みを作った。
「なんでもない。それよりさっきのは誤解で……」
「分かってるってば。そんな度胸あなたにはないでしょう?」
「うぐっ。それフォローになってないような……」
そんな会話をしながら、ふたりは店へと入っていく。
リュウヤとすれ違いざま、キリトの肩が一瞬跳ねたのを、アスナが気づくこともなく。
「これはいったいどういうことなんだ………」
「わからないわ。犯人も動機も手段も、何ひとつ見当がつかないなんて………」
キリトとアスナの口から重苦しい声が吐き出される。
さびれた教会の二階にある一室で、二人の攻略組が頭をひねっても出てこない難題がそこにあった。
もうすぐ日が暮れようとする夕刻、かすかな陽の光に照らされる部屋。広がる闇は、今まさに起きた出来事を暗喩しているようにも思われた。
キリトとアスナはリュウヤと別れたあと、レストランに入って約束通り食事をすることになった。
周囲からの刺さる視線に圧されつつ、それでも談笑しながら注文したうちのひとつであるサラダを食べていた。
そして二人が同時に吹き出した次の瞬間、外から悲鳴が聞こえてきた。
慌てて発生源へと向かうと、そこには首を縄で縛られ鎧の男が二階の窓から宙吊りにされていたのだ。
それだけでなく、その男の腹には禍々しい形状をした剣のようなものが深々と突き刺さっていたのだ。
男は懸命にそれを引き抜こうとし、アスナは縄を切りに全力で二階へ駆けていき、キリトは真下で受け止める準備をした。
だがその甲斐虚しく、男はHPの全てを削られ、脳裏に残るような破砕音を奏でながらポリゴンとなって散っていった。
「わざわざ衆目に晒すほどだ。普通に考えれば、見せしめなんだろうな」
「でもデュエルの winner 表示はどこにもなかったのよ? あなただって知っているでしょう、圏内でダメージを与えるにはデュエルを受けなければ不可能だって!」
知ってるよ、とキリトは言う。
HPへの絶対的不可侵領域である圏内で唯一ダメージを与えられる方法が《決闘》である。
内容は色々あれど、「圏内でダメージが発生する」ということだけは変わらない。
それはつまり「圏内でも死ぬ可能性がある」ということだ。
だから大抵のプレイヤーは決闘のさい《初撃決着モード》を使用する。相手に一撃を入れるかHPを半分まで削るかで勝負が決まるモードだ。
それならばプレイヤー死亡などという結果を出す確率がかなり減る。
けれど、プレイヤー死亡という結果が絶対に近いモードも存在する。それが《全損決着モード》。
相手のHPを削りきるまで終わらない決闘だ。投了できるとはいえ、危険極まりないモードである。
それを悪どくも利用したのが《睡眠PK》という卑劣な行為だ。
開発したのは、もはやアインクラッド全層を脅かす存在。レッドギルド《笑う棺桶》(ラフィン・コフィン)
寝ている相手の手を使い、勝手にウィンドウを操作。決闘メニューを開き《全損決着モード》を選択させーーー後はお察しの通りだ。
それを防ぐためにキリトはアスナの近くで見張っていたのだ。よってたかってくるレッドプレイヤーへの威嚇と防衛として。
《圏内》での殺人といえばこの《睡眠PK》しか存在しない。対策はあれど、犠牲者は少なからず出てしまうのが現実だ。
だが二人とも直感的に感じていた。
この明らかに異質な殺人は、そう簡単に結論が出るものではないと。
「もしこれが《睡眠PK》以外の、システムの抜け穴をついた殺人だとしたら……」
「それは絶対突き止めなくちゃいけないわ。たくさんの被害が出る前に対抗策を公表しないと大変なことになる」
「珍しく気が合うな。その考えには無条件で同意するよ」
ちょっとした皮肉を混ぜてキリトが頷くと、アスナは少々ムスッとした顔で右手を差し出した。
「ならこの件の解決まであなたにも手伝ってもらうわよ。………言っとくけど、昼寝の時間はありませんから」
「寝てたのはそっちだろ」
キリトは苦笑しながら差し出された手を握った。
それと同時に顔を紅くしたアスナが思いっきり力を加えてキリトの手を締めつけ、かなり情けない悲鳴を上げさせたのは後にまで残る思い出となった。
斯くしてここに急造の探偵&助手コンビーーーどちらがどちらかはわからないがーーーは不可思議な《圏内事件》へ動き始めた。
しかし彼らはなにもわかっていなかった。
この事件が単なる殺人事件に終わることがないのは感じていても、さらにその先の先があることをなに一つ予見していなかった。
拝啓、未来を語るもの達へ。
愉快に、不敵に。
闇より潜み、昏い瞳を携えて。
《鬼》は、嘲笑う。
敬具。
後書き
はい、というワケでいかがでしたでしょうか!
今回もまたはしょり過ぎたような気がするんですけど、
どうなんでしょうか?
よろしければご感想いただけるとありがたいですw
(宣伝)
そんな宣伝はさておき今回の内容なんですが。
まあ〜アレだけ「シリアスにはならない」とか言っておきながら
結局シリアス風味じゃねえかよっ、なんてツッコミが
来そうな内容になっちゃいましたw
初っぱなからこうだと後が大変になりそうですw
あとはそうですね、少年と青年の関係なんてどうでしょう。
意味わかんないですねぇ、ハイw
いったいなにがあったんでしょうか。
私としましても気になるところですね!w
(要は展開あやふや)
さて、本日はそろそろお暇することにします。
こんな遅筆な物語に、それでもついてきてくれる読者さま、本当に感謝しております。
では、またお会いしましょう。
See you!
あ、新キャラ出てない……
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